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妖精の輪と時のロンド〜妖精たちのいるところ  作者: ゆずはらしの
囮になってみました。~Mが多くないですか。
27/45

5.

 ぐい、と体が引っ張られた。視界が回る。腹にかかる圧力。何だ、と思った次の瞬間、体が宙に浮いた。ぐん、と動く景色。衝撃とめまい。


「くっつくな〜っ!」


 叫ぶケルピーの声。あー。


「平気かね」

「ちょっとくらくらするけど平気」


 片腕一本で抱えられ、移動させられていた。ジェットコースターのようだ。


「で、どうかね。もうこれを消滅させてもかまわないかね?」


 言われた言葉に慌てた。


「まだ! まだだから!」

「どうしてかね。もう良いだろう」

「良くない! 全然解決してないだろう!」


 穏やかそうに見えてこいつは、どうしてこう戦闘意欲が満々なんだ。もがいて何とか地面に立つ。こちらに向かってぐるぐるとうなる黒妖犬に目をやる。らんらんと燃える赤い目。その奥にある渇望と怒り。


 怒り。


 なんでこいつも怒ってるのかなー、と思った。ジョン・セバスチャンが怒っているのはわかる。最後の一曲を弾き終えていない、と言っていた。それに、黒妖犬を歪めてしまった、とも。

 何となくだが、彼は自分に似ている気がした。全然違う部分もあるが。もし俺が、トリスタンやケルピーを歪めてしまったら。永遠に近いこの存在を、俺の都合で歪めて、本来の彼らとは違う存在にしてしまったら。俺はたぶん、自分で自分が許せない。


 彼もおそらく、そうだろう。大切な相手である黒妖犬を、自分の存在ゆえに歪めてしまったと、自分自身に怒りを覚えている。後悔と自責と、

 ……それでいて、喜びも覚えているだろう。

 それが人間だ。大切な相手を手に入れる、その行為に喜びを覚えないわけがない。たとえそれが相手を歪める事であっても。

 それで自分に嫌悪を抱く事になっても。

 小さなとげ。小さな毒。それは相手が純粋な存在ゆえに消える事はなく。癒える事もないまま、人の魂を弱らせてゆく。


 妖精にはたぶん、わからない。純粋すぎる彼らには、人間の持つ複雑で、相反する感情は理解できない。そうした複雑な感情を抱くがゆえに、自分自身をも傷つけ、苦しむ人間の魂の在り方は……彼らにはわからないだろう。

 わからないまま、彼らも苦しむ。大切な相手が傷つく姿を見て。


「黒妖犬」


 俺は呼びかけた。ぐる、とうなる黒妖犬の声。俺の言葉が理解できているのか。もうわからないほど歪みきってしまっているのか。


「なあ。おまえ。彼が好きか?」


 尋ねた言葉に返されたのは唸り声。かまわず俺は続けた。


「ジョンを。ジョン・セバスチャンをおまえ、好きか?」



 うるるるるををををっ。



 叫んで突進してくる。トリスタンが素早く俺を引っつかんだ。ぐい、と引っ張られてたたらを踏むが、何とか踏みとどまると、黒妖犬が通り過ぎ、振り向いてうなっていた。


「消滅させた方が早いのに」

「駄目だってば!」


 トリスタンは息をついた。


「これは歪みきっている。こうまで絡まりあっていたら、ちょっとやそっとでは引き剥がせないよ。せめて一緒に消滅させてやるのが、慈悲だと思うけれどね」

「何だよ、それ」


 言われた言葉に愕然として、俺はトリスタンを睨んだ。


「何なんだよ、それ! 消滅が慈悲だと?」

「この場合はね。あまりにも見苦しい」


 トリスタンはいつも通り、涼やかな表情でそう言った。


「妖精は消滅したら終わりだろう!」

「人間の魂は助かる。君には、その方が良いのではないのかね」

「それだって、ただでは済まないだろう! 絡まりあってるって、おまえ」

「これらにとっては存在を続ける方が苦痛だろう。こうなっては」


 淡々と答えるトリスタンに、俺は掴みかかりそうになった。


「同じ妖精だろう、トリスタン!」

「同じ妖精だからこそ。この見苦しい様が許せない」


 トリスタンは静かに言った。一瞬、彼の気配が鋭い刃のようになった。歌を歌い、音楽を奏で、詩を口にする彼はしかし、妖精の戦士でもあった。それを思い出させる気配だった。

 美しく、優雅にして冷酷。シーリーコートはそういう存在だ。人間の感傷や、情とは違う所に彼らはいる。

 人間のそれらの感情を、彼らは愛する。珍しい花を愛でるかのように。けれど。

 彼ら自身はそれらを解さない。決して。


「俺が歪んで何かに囚われたら……おまえは俺を消滅させるのか」


 鋭い気配に一瞬怯え、次に自分と彼らとの違いを思い知らされた気がした。後には苛立ちのような、悲しみのような、気まずい思いが残る。そうしたもやもやを抱いたまま、俺は彼から目を逸らした。それらを押し殺して尋ねる。すると、トリスタンは妙な笑みを浮かべたようだった。す、と腕を俺の体に回してくる。


「君となら歪んでも良い。一緒に消えよう」


 ……。

 ここでそうくる?

 ぎゃあっ! とケルピーが叫んだ。俺は後ろから抱き寄せられるような形になり、肩の上に顔を乗せられた。耳に息がかかってくすぐったい。


「いやそういう話じゃなく」


 離れろ、くっつくなと叫ぶ声が聞こえる。俺もそう言いたかったのだが、先に誰かに言われると、何となく言いづらい。


「他の誰かに囚われたなら、無理やりにでも引き剥がして私のものにするから、問題ないよ。その場合、君の魂が粉々になるかもしれないけれど」

「すごい問題あるから、それ。俺の魂を粉砕しないでくれる?」

「愛するがゆえだよ」


 さらりと言ってからトリスタンは、遠い眼差しになった。


「ああ。でももしそうなったら……、私も歪んでしまうかな。悲しみのあまり。それでも君のかけらを手放す事などできないだろう。内に取り込んで、抱きしめ続ける。力尽きる時まで。そうしたら……タカシ。一緒に消滅できるね……」


 うっとりとした風に言われた。

 変態だ。

 変態がここにいる。


「不健康な事を言うな。俺は粉砕されるのも、消滅するのも嫌だ。おまえと心中するなんてのも真っ平だ」

「つれないね」

「普通だから俺の反応は!」

「くっつくな陰険色魔騎士ーっ! おまえ殺す、絶対殺す〜〜っ!」


 叫ぶケルピー。今にもこっちに駆けて来そうだ。


「来るな、ケルピー! アーサーを見捨てたらボコる! 真剣にボコってやるからな、おまえ!」


 苛立ちを込めて俺が怒鳴ると、ぴたっと止まる。


「見捨てません。見捨てないからボコらないで下さい、タカシくん」


 俺の表情が怖かったらしい。そんな怖がらせるような顔してたのか?


「ぼこ……って何の意味ですか」

 アーサーが尋ねてくる。この状況下で質問する? 好奇心旺盛なのは良い事だけどさ。


「拳で黙らせるって事だ」


 そう言いつつ俺は振り返る事なく、背後の男に肘打ちと裏拳をかました。もういい加減、鬱陶しかったのだ。ぐっ、とか、ごっ、とかいう声がして、トリスタンが離れる。おおっ、という声がケルピーから上がった。アーサーがぽかんとして口を開ける。

 ちょっと暴力的な場面を見せてしまったか。子どもにはまずかったかもしれない。

 一瞬、反省しかけたが、ふふふ、と笑う声がしたのでそれは霧散した。俺の腰から下の辺りから。笑い声が。


「素敵だ、タカシ……」


 する、と腕が巻きついてきたので、一歩横に動いた。腕が外れ、ああ、と残念そうな声がした。


「前から思ってたんだが、微妙にマゾ風味だよな、おまえ」

「愛は全てを耐え忍び、愛は全てを征服する。君からのつれない仕打ちに私はひれ伏してしまいそうだよ」

「ひれ伏すのはおまえの勝手だが、俺を巻き込むな」

「もう遅い。私の心は君に、完全に征服されてしまっ……!」

 


 どご。



「カッコイイ……」

「すごいです、タカシ」


 ケルピーが手を胸前で組み合わせて夢見る乙女のポーズになり、アーサーが目をきらきらさせた。肘打ちを受けてうずくまっていた白い妖精の騎士は、俺に抱きつこうとした挙げ句、蹴りをまともに受けて、地を這っていた。……いや、反射だから。そんな、すごく蹴ろうとか思ってなかったから。おまえが勢い良くこっちに来たから、つい反射で蹴っちゃって、勢いがあった分、きつい蹴りになっちゃっただけだから!


「君の愛は痛い……」

「ないから。そのたぐいの愛はないから」


 痛そうだよな、これ痛いよな、とか思いつつ、それでもぐふぐふ笑っている妖精が不気味で、俺はひきぎみに言った。すると、トリスタンが。



 がすごすどっ。



「わ」

「すげえ」


 アーサーとケルピーがそれぞれ言って、目を丸くした。

 地面から跳ね起きて俺に飛びつこうとしたトリスタンを、俺は片足一本で地面に縫い止めていた。いや、反射だから! これも!


「ふふふふふ。この私を足蹴にするなど、君ぐらいなものだよ」

「足蹴と言うか反射で。待てができないのかおまえは!」


 解説すると、こういう順番だ。いち。トリスタンが跳ね起きて、俺に突進しようとした。俺はそれに気づいて、蹴りを入れた。これが最初の『がす』だ。に。前のめりになりつつ、それでもあきらめないトリスタンは、腕を伸ばしてきた。俺は咄嗟にそれを避け、かかと落としをした。これが次の『ごす』。さん。そのまま勢いで地面に激突したトリスタンを、これ以上飛びつかれては困ると俺は、足で踏みつけた。これが最後の『どっ』である。

 ちょっとひどいかもしれないが、俺としては全て反射的にやってしまった事だ。悪意はない。害意もなかった。

 起き上がり、抱きつこうという意志満々、まだ諦めていないトリスタンの背中をぐいぐい踏んづけ、抑えながらでは説得力がないかもしれないが。

 そこでふと、黒妖犬が静かなのに気づく。視線を流すとちょっと離れた所に、牛サイズの黒い犬が突っ立っていた。ふうっ、と息をついてから、俺は黒妖犬を見据えた。


「ちょっとそこの黒妖犬」


 なぜか黒妖犬がびくりとした。おい?


「なぜ怯える」

「あのう……その姿がちょっと怖いんじゃ……」


 おずおずとアーサーが言った。


「仕方ないだろう。踏んづけておかないとこいつ、何するかわからないし」

「素晴らしいぞ、タカシ! そのまま踏みつけていてくれ!」


 嬉々として言うケルピー。仲悪いもんな、トリスタンとは。


「あの腐れ馬が。足を退けてくれないか、タカシ」


 俺の足の下からトリスタンが言う。


「おまえ、こいつらを攻撃しそうだからこのまま」

「本当に、君の愛は痛い……」

「そういうわけだから、話をしよう。黒妖犬モーザ・ドゥーグ。ちょっと格好が変かもしれないけど、気にするな」


 真顔で言うと、黒妖犬はじーっとこちらを見つめた。片足で妖精の騎士を踏みつけている俺と、地に這った状態で俺に踏んづけられているトリスタンを。

 そして、言った。


「イイナ」


 何が。


「楽シソウデ」


 ……。

 この辺りの妖精はみんな、Mの気質があるのか!?



変だな。この回はシリアスでまとめるはずだったのに。

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