1.
夏至までに終わらせたかったのですが、間に合いませんでした。残念。
大気の中にある光。それがきらめきを増した気がした。
「来ないなあ」
とりあえず、俺は一人でうろついた。離れた所にケルピーとアーサーがいる。トリスタンも、ちょっと離れた所から俺を見つめている。
「警戒されたのかもしれないね」
「もうちょっと離れた方が良いか?」
甘く香る大気。顔を上げると、きらきらとした輝きが、俺の周囲を踊る。
どれぐらい、ここにいる?
あまり長くなると、人間の世界の時間との調整が難しくなる。こちらとあちらでは、時間の流れ方が違うのだ。下手をするとアーサーは行方不明扱いになる。何日も消えていたと、戻った時には騒ぎが起きるだろう。かつて、俺がそうなったように。
……。
ちょっと暗い気分になった。最長は何ヶ月だったっけ。こっちでの時間の流れ方って、本当に良くわからないと言うか。
まさかそんなに時が過ぎてるなんて思わなかったから、帰った途端、辻褄合わせに冷や汗をかいた。帰るのに苦労して、帰ってからも苦労して。母親が経験者だったので、フォローはしてくれたけれど。
受験の日に何かあったら、浪人してたよな……。
中間試験や期末試験の時は呼び出さないでくれと、知り合いの妖精全員に頼み込んだ。それでも何かの拍子に引っ張られる事があったので、普段の授業中、必死で集中した。試験勉強がまるまるできない事もあったからだ。記憶できるものはその場で記憶! が俺の勉強法になった。
おかげで集中力や記憶力は鍛えられた。怪我の巧妙というやつだろう。しかし勉強する時間は、他の同級生たちより格段に少なかったはずだ。高校にも大学にも、良く受かれたなと思う。
病弱で、健気系の美少年。
自分がそういう評価を受けていたと後から知って、複雑な気分になった。どの辺りを突っ込めば良いのやら。
最近は、一日で帰る! を目標にしている為、学業やバイトに支障が出る事はさほどない。妖精の友人たちからは不評だが、そうでもしておかないとこの先、就職に影響する。たぶん。
(でもある程度、時間に余裕のある職種じゃないと、問題起きるだろーなー……)
予測できてしまう、自分が悲しい。
(それにしても、病弱……)
……。
…………。
………………。
「タカシ? 顔色悪くなってますよ。気分でも?」
「ナンデモナイデス」
アーサーの言葉に力なく答えた。瑠璃子の友人が書いている、トンデモ本の内容を思い出して、力が抜けそうになったのだ。恐ろしい事に俺が主人公だという(絶対嘘だ!)。ファンタジーなんだかSFなんだかオカルトなんだか、よくわからない内容の(現代物じゃない時点で主役が俺ってありえないだろう!)。思い出すな、俺。名前が同じでも、あれは別人。どこか別のとこに住んでる知らない人!
俺はフツーの男の子です。うなじからフェロモン出したりしてないです。びらびらした服も着てないです。なぜかいつも満月の庭で薔薇喰ったり、霧の中でにやにや笑ってる趣味はないです。王子になった覚えも、姫になった覚えもないです。もちろん不治の病だったり、血を吐いたりもしてません。大体、どうして相手役が男なんですかーっ!
『人気あるからシリーズになってるよ!』
笑顔で言った妹の言葉まで思い出した。シリーズ。あれが何冊も。
『一番人気は、家族を全て殺されて、孤独に生きているお兄ちゃんが、真実の愛に巡り合うまでを描いた『月光の中に咲く薔薇』シリーズなの!』
『家族を全て殺されてって……』
書いているのはおまえの友人じゃないのか、瑠璃子。
りん。
りん。り、りん。
り、り、りん……。
小川のせせらぎが、銀色の音色を響かせる。鈴のように。ふと、そちらに意識が向いた。
り、
り、り、りん。
りん、……。
三拍子。螺旋。
あれは、何の意味。それに、あの夢。
……りん……。
俺に見えているものは……何。
ふっ、と大気が重くなった。輝きが消えて、陰りが生じる。
「来る」
トリスタンが少し離れた所でつぶやいた。音楽を産み出す妖精は、そうした声ですら、どこか心をとらえる。
「タカシ」
「アーサーの側にいてくれ」
俺を呼んだケルピーにそう返して、俺は腹に力を入れて立った。生臭い風が吹いた。そして。
じわり、と。
滲み出る、闇。