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妖精の輪と時のロンド〜妖精たちのいるところ  作者: ゆずはらしの
黒妖犬の事情。~タラした覚えはない。断じてない。
22/45

4.

「とりあえず、どれだけ危険なのか説明するよ。君はわかっていないようだから」


 アーサーを引き剥がしてからトリスタンが言った。子どもはぽいっと放り出され、ケルピーに抱き留められた。


「その子どもは、馬妖精が面倒を見ると良い」


 咄嗟に抱き留めてしまったらしいケルピーは、面倒くさそうな顔をして子どもを地面に下ろした。


「なんで俺なんだよ」


 トリスタンが彼を怒らせるような事を何か言う前に、俺は慌てて声をかけた。


「ケルピー。アーサーを守ってやってくれるか」

「任せろ! 俺がついてたら何があっても大丈夫だ!」

「うん。おまえ強いから。信頼してるよ、ありがとう」


 そう言って微笑むと、ケルピーは満面に笑みを浮かべて、「おう」と言った。物凄くうれしそうだ。何だか子どもを騙しているような気がして、良心の呵責を感じる。


「だからタカシ、ヒザマクラな!」

「……忘れてないんだ、それ……」


 そんなにしたいのか、膝枕。


「ずっと消えない印にしてしまおうか」


 何やら不穏な笑みを浮かべて、トリスタンが俺の手を取る。


「いやあの。それより。危険がどうのって?」


 守護の印はありがたいのだが、ケルピーとは長い付き合いだ。彼をこうまで苦しめる印は、少し困る。そう思って自分の手を取り戻し、話題を逸らすと、トリスタンは答えた。


「あの馬は、君に触れただろう?」

「え?」

「黒こげになりながらも、触れていただろう」


 そうだっけ? と思って今までの事を思い返す。襟首をつかまれた。抱きつかれかけた。抱きつかれかけた。抱き……ええと。


「服に触るぐらいでも、火花散ってたけど……」

「それぐらいなら火花で済むよ。私が君を魅了しようとした時、あれは君の腕をつかんだ」


 俺は目を丸くした。どさくさに紛れて気がついていなかった。


「そうなんだ……?」

「おかげで黒こげになったがね。それでも、あれは『腕をつかんだ』。つまりはそういう事だ。焼かれる事を恐れさえしなければ、『触れる』事はできるのだよ。その印をつけていても」


 トリスタンの言葉に息を飲む。それはつまり。


「死ぬ可能性もあるわけか。あれに触れられて」

「あれが、己が滅びる事を厭わなければ。君に触れて焼かれた後は、身動きができなくなるだろうからね。報復として我等に八つ裂きにされる事ぐらいは見当がつくだろう。それでも君に触れる理由があり、触れようと思うのならば、可能だ」


 そこで彼は、す、と俺に近づいて。耳元に唇を寄せてささやいた。


「君は完全には人間ではない。黒妖犬に触れられたとしても、おそらく即座に死ぬという事はないだろう。君の中の妖精の血が、君の命を守る。だが君は、妖精という訳でもない。覚えておきたまえ。黒妖犬に触れられれば、人間には死は免れ得ない。命は助かるとしても、触れられれば、君の中の人間の部分が死ぬ」


 俺は彼を見上げた。その白く美しい顔を。


「ここから戻れなくなるということか」

「戻る気もなくすだろう」

「その方がおまえには、都合が良いのじゃないのか、トリスタン」

「君が、私以外のものの手で変化を遂げる事は許せない」


 彼の顔は真剣だった。俺を案じてくれているのも本当だった。


「優しいのだかそうでないのか、わからない男だな」


 俺はそんな彼を見て小さく笑った。


「忠告をありがとう。気をつける」

「そうしたまえ」


 彼は離れた。

 その間、ケルピーはぎりぎりと歯をきしらせていた。だが何も言わなかった。離れた所にいる人間には聞きとれないだろうささやき声だったが、彼にはトリスタンの言っている事が聞こえたらしい。俺にとって大事な事を言っていると、そう判断して我慢したのだろう。


「なあ、ケルピー。あいつ、どうやったらおびき出せるかな?」


 そう言うと、彼はむ、とうなった。


「タカシ。おまえと、この人間の子どもをあれは狙ってる。姿が見えないけど、今も狙っているはずだ。一人でふらふらしてみろ。一発だ」

「そうか。そう言えばさっきは、アーサーが一人で立っていたな。俺たちから離れて」


 そう言ってから、俺は微笑んだ。


「アーサー。ケルピーから離れるんじゃないよ。ケルピーはその子を守る事を第一にしてくれ。黒妖犬が出ても突っかかったりしないで、とにかくこの子を守ってくれ」

「おまえは?」

「俺は餌になるから。一人でふらふらしてみる」


 そこでトリスタンに目をやる。


「少し離れていてくれるか」

「構わないが……」

「危険を感じたら呼ぶ」

「そうしてくれ」

「俺もタカシの方が良い〜」


 ケルピーがぶちぶち言っているのに、目をやる。


「おまえにしか頼めないんだよ、ケルピー。その子の事は。おまえは強いから、俺は安心だよ」

「だけどさあ」

「頼むよ」


 真面目な顔でそう言うと、彼は黙った。


「仕方ないなあ……恩に着ろよ」

「着る。ありがとう」


 微笑むと、顔を赤くしてそっぽを向いた。


「タカシ」


 不安そうな目でアーサーが俺を見た。俺は少年に微笑みかけた。


「大丈夫。魂を見るだけだから。何だかさ。俺にはそういう才能があるらしいし」

「でも」

「危険でも、こうしないと先に進めそうにない。俺にはその能力がある。だからやる」


 肩をすくめる。


「シンプルだろ?」

「ぼくは自分が情けないです。何にもできなくて」

「俺にもあったよ。そう感じる事。でも今は守られててくれよ、アーサー。頼む。嫌だとは思うけど」


 アーサーに近づいて、髪をくしゃっとしてやる。


「それで自分に力がないって、力不足だって、そういう思いも忘れる事なく持っててくれ。忘れなきゃ、努力をするからさ。そうしたら君はいつか、誰かを守れる力を身につける」


 アーサーは俺を見上げた。目に、少し傷ついたような陰りがあった。


「でも『今』には間に合いません」

「『いつか』の『誰か』には間に合う」


 その陰りに気付かない振りをして、俺は言った。


「それが大事なんだよ。そういうものなんだ、人生って。今は理不尽に思えるかもしれないけれど。……大丈夫。トリスタンは俺を見捨てたりはしないから」

「私をあまり信用しすぎるのも、君にとっては破滅だと思うがね」


 白い騎士が言った。俺は笑った。


「他の妖精に手出しされるような真似はしないだろ、おまえ。独占欲強いから。だから『今』に関しては、間違いなく信用できる」

「その通り。腹の立つ人間だ」


 ふー、とトリスタンは息をついた。


「だが愛しい。いつか必ず、君の魂を手に入れる」

「その時にはがんばって逃げます。えーと。じゃ、俺一人でふらふらします。ケルピーはアーサーを頼むね。トリスタンは、少し離れた所にいてくれ。で、もし黒妖犬が出たら。悪いけど、相手をしてくれるか。俺が観察できるように、時間稼ぎを頼むね」

「あのようなものを相手にするのは不本意だが。まあ良かろう」


 トリスタンが言った。ケルピーが陽気な感じに言った。


「タカシ! 終わったら絶対ヒザマクラな! 前のと合わせて二回! さっき一回だけって言ったけど、二回! 良いか?」

「それなら私も、もう一度したい」


 トリスタンが言う。俺は顔を強張らせた。


「何でそうこだわるんだよ、おまえら」

「だって好きな相手とするもんなんだろう、ヒザマクラは。俺はタカシが大好きだから、やりたい」


 全く裏のない、ケルピーの笑み。直球だ。こちらが恥ずかしい。


「日本文化だしね……」


 ふふ、と笑ったトリスタンの言葉には、言外に別の意味がてんこ盛りにされているような気がした。なぜそんな気がするのか。


「愛しい相手が心からの信頼を寄せて無防備になり、なすがままの状態に……」


 背筋が寒くなった。違う。こいつの膝枕の解釈は絶対違う。


「タカシを背中に乗っけるのは、前にやったけど。膝に乗せるのはやった事がない。それでなでてやるのは楽しそうだ。なでてるだけって不思議な感じするけどなあ。噛みつくのとか、なしって言うのは。でも俺、上手にやるから。おまえが気持ち良いようにがんばるから」


 ケルピーの発言。にこにこしながら、純真な子どものような響きの言葉を言う、んだが。内容にひっかかるものを感じるのは、俺の気のせいでしょうか。


「私の手の下で無防備になる君。私の手の動きに体を委ね、心を開いてゆく君。蕾が花開くように恥じらいながら、私に全てを任せる君。ふ。ふふふふふ」


 こいつも直球だ。ある意味直球だ。セクハラ親父か、おまえは!


「タカシは可愛いからな! いっぱい、なでてやるな!」

「ふふ。とても愛らしいだろうね……」

「おまえら……俺にダメージ与えて楽しいか……?」


 男の子だから逃げません。でも泣いて良いですか。




 結局、膝枕はケルピーには約束通り一回だけ、トリスタンは何もなし、という事になった。


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