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妖精の輪と時のロンド〜妖精たちのいるところ  作者: ゆずはらしの
黒妖犬の事情。~タラした覚えはない。断じてない。
21/45

3.

「まあ、あれだ。とにかく、あいつの中から人間の魂を分離させないと駄目って事だな?」


 笑顔って最強の暴力にもなるんですね、とか意味不明の事を言っている子どもは置いておいて、俺は言った。


「それができるならね」

「どうやるんだ?」


 トリスタンが応じ、ケルピーが尋ねる。俺は眉をしかめた。


「うーん……名前を呼ぶ、とか? アーサーの親戚で亡くなった人がいたら……」

「現代の人間の魂とは限らないよ?」

「あ、そっか」


 トリスタンの言葉に俺は考え込んだ。トリスタンはそんな俺を見て言った。


「まあ君の目と、今は舌があるからね。本質を見分ける事ができれば、名を言い当てる事もできるかもしれないが」

「本質?」


 眉を上げた俺に、トリスタンはふふ、と笑った。


「たとえばそこの子ども。君にはどう見える?」

「アーサー?」


 俺は少年に目をやった。子どもはちょっと緊張した顔になって俺を見上げた。


「九歳のイングランド人の子ども……、『古き血を継ぐ幼子。猛き獣の名の王は、世に平和をもたらした。その名を継ぐ者。揺らぎやすい境界線上にあるものの一人』」


 すらすらと舌が動く。


「これがどうしたんだ?」

「名は、本質に影響を与える。君の見た彼の本質は、猛き獣の名、そして王の名を持つ者でもあった。そこから、彼の名を導き出す事ができるだろう?」

「獣、だけだとわからないけど……王の名、から何となくわかるか」


 猪という意味の名前、アーサー。かつてこの名前の王さまがいた事は、イングランド人なら誰でも知っている。

 トリスタンの言葉に俺は、うなずいた。


「俺が黒妖犬の中の魂を見れば、名前につながる何かが見えるはず……か?」

「手がかりぐらいにはなるだろう」

「そうだな」


 俺はうなずいて、思い出そうとした。あの歪み。あの違和感。


「『……螺旋……』」


 舌が動く。何だろう。意味不明だ。


「螺旋?」


 アーサーが首をかしげる。俺も首をかしげた。


「何だろう。それしか思い浮かばない。螺旋に関係した名前ってある?」

「ええ? 何だろう」


 アーサーはぶつぶつと色々な名前を言い始めた。


螺旋スパイラル……バーバー(理髪店)? ヘリックス(数学の螺旋)……ヘリオス……エリック……全然違う。巻きつく植物とか……えーと、朝顔モーニング・グローリー……グロリア……男性の名前じゃないな。タカシ、その人、女の人なんですか?」


 言われて気がついた。俺は『男』だと勝手に思い込んでいた。


「どう……なんだろう。あれは、『男性だ』」


 何をどう判断しているのか知らないが、俺の舌はするりと断言する。


「……男、らしいよ」

「そうですか。じゃあ、花の名前とかは除外できますね」


 アーサーが言う。


「名前からイメージされるものを、魂が抱えている事もあるよ。螺旋そのものを名に持っているわけではなく」


 トリスタンが言う。


「イメージ? 螺旋の? うーん……ネジとか、DNAとか……でもそれって名前とどうつながる……?」

「頭文字がその三文字、とかじゃないですか?」

「(D)ドナルド・(N)ネイサン・(A)アレンとか? 何か違うよそれ」

「らせんって、あれだろ? ぐるぐる回るやつ」


 ケルピーが言った。


「ぐるぐる回る。うん。回るものって、他に何があったっけ」


 アーサーが自信なさそうに言った。


「カルーセル、とか」


 メリーゴーランド(カルーセル)。


「それも何か違うよなあ……」


 ぐるぐる回ってはいるが。


「螺旋、螺旋、……回るもの。何だろう」

「我等にとって螺旋とは、太陽や月の刻む時や季節も意味するがね。時は巡るものだから」


 トリスタンの言葉に頭を抱える。


「駄目だ。何にも思いつかない」

「本人のこだわりの場合もあるしね。案外、なんでもない事に結びついていたりはするよ。他の者にはわからなくとも、本人が己の名を呼ばれるたびに連想して、結びつけられていた、とかね」


 トリスタンが言った。俺はうなずいた。


「あー、そっか。本人には意味があるけど、他の人間には良く分からない連想……あるよね、そういう事。うわー、でもそれだと部外者はまずわからない……でも連想するぐらいだから、『螺旋』に何か関係している名前、と思いたい! ……螺旋……上に昇る力……時の流れ……コイル……電磁誘導……」


 ぶつぶつつぶやいていると、いきなり「『三拍子』」と舌が動いた。


「なんだ?」

「三つの拍子だね」

「いやそれはわかってるけど。なんで三拍子」

「音楽に関係した名前の人じゃないですか?」


 音楽関係。全然わからない。


「三拍子の音楽って、どれだけあるんだよ……俺、作曲家とか全然知らないぞ」

「螺旋、で三拍子?」


 アーサーも首をかしげている。


「宗教関係ではないかね」


 トリスタンがためらいがちな感じで言った。


「宗教?」

「三という数字は魔法に良く使われた。様々な宗教がその感性や思想を踏襲した」

「ああ、……素数は、何か神秘的な力があると思われていたんだっけ。キリスト教でも重要な数字だった」


 つぶやいて俺は、ふと胸をよぎった思い出に目を閉じた。エレン。

 彼女がここにいれば、何かわかっただろうか……。


『そんなの、あたしにわかるわけないでしょ』


 不意に彼女の明るい声が聞こえた気がした。そうだった。歌を愛して、愛を輝かせ、感性のままに歌っていた彼女に、理屈なんて意味がなかった。それでも彼女は正解を見つけた。その感性で。全ての理屈をすっ飛ばして、たどりついた。

 泣いても、わめいても、最後には。笑って行くべき道に向かった。あの潔いまでの胆力と勇気。俺を抱きしめた腕の優しさ。少しの狡さと愚かなまでの善良さ。……明るく輝くあの魂。


 エレン。

 君に会いたい。


「タカシ?」

「ごめん。ちょっとぼうっとしてた」


 トリスタンの声に我に返り、俺は言った。


「良くわからないよ。俺が見た時、黒妖犬の中に沈んだ何かは見えたけれど。詳しく観察している時間なんてなかった。もう一度、じっくり見たらわかるのかもしれないけれど」


 でもそれをするには、黒妖犬とまた出会わなくてはならない。


「あいつを滅ぼした方が早い」


 ケルピーが不機嫌そうに言う。俺は首を振った。


「それは駄目。中に人間の魂が入ってるんだぞ」

「別にかまわないだろ」

「駄目だって。どんな影響が出るかわからないんだから。ただでさえ、おかしな歪みになってるんだぞ」

「おびき寄せて間近で見るのかね?」


 トリスタンが言い、俺は「そうだな」と言った。


「他に手がないなら、そうするしかないな」

「危険だぞ。あれは一度、君に触れようとして果たせなかった。今度こそ、触れてくる」

「他に手があるか?」


 アーサーがそこで、強張った顔で俺の服の裾をつかんだ。


「タカシ。でもそれ、危ないです」

「そうだろうけど。ちょっと観察してみたいんだよね。うまく行けば魂を分離できるかもしれないし。……なあ、ケルピー。俺って餌としてどうよ?」

「どうしてタカシが餌になるんですか」

「どうしてって……なるだろう、俺。ならないかな?」


 そう言うと、「タカシなら立派な餌になるな」とケルピーが太鼓判を押してくれた。


「そうじゃなくて。タカシ。あなたは本当なら、……何も関係ない。安全でいたはずなんです。なのに。ぼくに関わったから、危険な目に」

「何言ってるんだ、アーサー」


 と言うか、今さら?


「俺はまあ、性分だよ。こういうのに首突っ込むのは。君を家族の元に帰すって約束したしさ」

「それで、あなたが危険な目にあうのは嫌です」


 アーサーは真面目な顔で言った。俺はまばたいた。


「危険なのは君の方だろう。俺は大した事ない。トリスタンの魔よけもあるし」

「タカシは、自分がどんな状態だったか見ていないから」


 アーサーは唇を噛んだ。


「死んだかと思いました。倒れたきり、動かなくなって。体温も低くなって。それも、……ぼくのせいです。ぼくをかばったから。嫌なんです。自分のせいで、……タカシが危険な目に合って。ぼくは何にもできなくて。だから。……嫌なんです」


 うつむいた子どもは、思い詰めた顔をしていた。俺が倒れたのがよほど衝撃だったらしい。

 それにこの子は、責任感が強いようだ。頭も良い。自分を助ける為に俺が尽力しているのが、良くわかるのだろう。だからこそ、つらく感じているのだ。……自分が無力であると思い知らされて。


「死んでいないだろう?」


 俺はそう言って子どもの頭に手を置いた。


「なあ。俺は大人で、君より妖精の事を良く知っている。こいつらが危険な事も知っているし、ここの事も君よりは詳しい。だからできる事をしている。それだけだ。俺だって、子どものころには誰かにかばってもらったし、手助けもしてもらったよ」


 ぽんぽん、と軽くたたくと、アーサーは泣きそうな顔になった。でも我慢して、唇を噛んだ。


「タカシが危険な目にあうの、嫌なんです」

「生きてゆくのに危険はつきものだよ。どこにいたってさ。危険を危険だと認識しているから、その分、俺は大丈夫」


 妙な理屈を言いながら、俺は子どもに笑いかけた。


「俺の側には妖精が二人もついてるし。さっきも大丈夫だった。平気だよ。どうしても気になるって言うんなら、いつか君が大きくなった時に、助けを必要としている子どもを助けてやってくれ。そうしてくれたら、俺はうれしい」


 アーサーは俺を見上げ、頬を染めた。しばらく動かない。

 それからいきなり抱きついてきた。


「え?」

「約束します。ぼく、……大きくなったら。誰か困っている人を助けます」

「うん」

「大きくなって。強くなって。絶対、誰かを助けられるような大人になります」

「うん。がんばれ」


 笑って俺はアーサーを抱き返した。


「タカシみたいに優しくて、強い人になります」

「俺が強いかどうかは知らないけど。願いを持つなら道も開ける。君が望むような大人になれるように」


 きゅっ、と一度抱きしめて。それから腕を離した。アーサーは俺を見上げてちょっと笑った。


「やっぱりタカシは妖精みたいだ。それとも、天使かな」

「いや、俺みたいな天使がいたら、天国は困った事になると思う」


 思わずそう言う。そこでふと、背後が静かな事に気がついた。どうしたんだと思って振り返ると、ケルピーとトリスタンが複雑そうな顔をしていた。


「君はまあ、どうしてそう、次から次へと相手を魅了してゆくのかね。子どもにまで手を出す事はないだろう」


 トリスタンが言い、ケルピーは、うらやましいだの、抱きつきたいだのぶつぶつ言っていた。


「はあ? 魅了? そんな事した覚えはないぞ」

「無意識かね。頼むから、無防備に笑顔を振りまかないでくれ。人間の世界でどれだけの男が惑わされているのか、心配になってきた」


 何だそれは。




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