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妖精の輪と時のロンド〜妖精たちのいるところ  作者: ゆずはらしの
黒妖犬の事情。~タラした覚えはない。断じてない。
20/45

2.

「魂を狩りだすものは多くあるがね。狩った魂に囚われた妖精とは。情けない」


 トリスタンは言った。俺の言葉を疑いもしない。


「俺の……言った事が、正しいと思うのか、トリスタン?」

「君の目が見た事だ。間違えるわけがないさ」


 ケルピーが首をかしげる。


「歪んでるのは歪んでたが、あれって魂、内側にあったせいか?」

「歪んでいるのはわかってたんだ……」


 思わず言うと、「まあな」と返事が返ってきた。


「なーんかキモチワリィ感じがした。こう、あるはずのとこにあるものがなくて、余分なものがある感じ」


 彼の説明は良くわからないが、手をわきわきさせながら言うその感覚は、何となくわかる気もする。


「違和感は存在した。あれが抱える魂の重みと歪みなのだとしたら、納得できる」


 トリスタンはそう言うと、まだアーサーを抱きしめている俺の側につかつかと近寄ってきて、ぐいと引っ張って引き起こした。


「おい」

「君の魂ならば、私も内に抱え込みたくはなるしね」


 そのまま自分の腕の中に抱き込んで、トリスタンはふふ、と笑った。


「永遠に虜にする。私の中で逃げられないように。そうしたくはなるよ」


 言われた内容に、ちょっとぞっとした。


「そんな事したらおまえ、存在が歪むぞ」

「かまわないよ。君に名をもらわなければ、消滅していた私だ」

「離れろ! 離れろ! は、な、れ、ろ〜!」


 ケルピーがぎゃーぎゃー騒いでいる。俺は、トリスタンの言った言葉に少しひっかかった。


「トリスタン。それって……」

「何だね」

「妖精が、人間の魂を内側に取り込むような事って……良くあるのか?」

「例がないわけじゃない」

「前にもそんなことが?」

「あったかもしれないね」


 トリスタンは俺の頬をなでた。


「理由は?」

「人の子に魅了される事も、我等にはある」

「魅了……」

「離れろ〜っ! 離れろってばあああっ!」


 ケルピーが叫んでいる。うーん。


「あれもそういう一例かな」

「そうだろうね」

「でもケルピーは、俺の魂を取り込んだりはしないよ」

「どうかな」


 トリスタンの意味ありげな言葉に、俺は眉を上げた。


「ケルピー。おまえ俺の魂、欲しいか?」


 尋ねてみると、水棲馬の青年は真っ赤になった。


「えっ。くれるの?」

「やらないよ」

「ええー」


 残念そうな顔をされた。


「そんなに欲しいものなのか、人間の魂って。トリスタン。そろそろ離してくれよ」

「君の魂は、いつでも我等を魅了するよ」


 首筋にちゅ、とキスを落とされた。うひい。


「だからどうして、そういう事を無理強いするんですかーっ!」


 アーサーが突進してきた。割り込んで俺とトリスタンを引き離す。ありがとう、アーサー。


「おまえ殺すっ! 殺すっ!」 


 ケルピーが歯をがちがち噛み鳴らしてトリスタンを威嚇している。


「ケルピー。俺は大丈夫だから、落ち着いて。まあ、……人間の魂を欲しがる妖精がいるって事はわかったよ」


 俺は首筋をさすりながら言った。


「あの黒妖犬も、それで人間の魂を取り込んだのかな」

「多分ね」


 トリスタンが微笑む。


「そんなに欲しい魂だったんだ。それで存在が歪んだ……のかな」

「可能性はあるね」

「誰の魂だったのかな……魅了、ね」


 俺はつぶやいてから、首をかしげた。


「わからないなあ……」

「君は、恋情についてうとい」


 くすりと笑ってトリスタンが言い、俺は眉をしかめた。


「悪かったな。なあ。それって、黒妖犬が人間に恋をしたって事なのか? それで魂を自分のものにして取り込んだ?」

「そう考えるのがわかりやすいし、自然だろう」

「魂を取り込むなんてどうやって」

「肉体を破滅させて、魂を喰ったのだろう」


 トリスタンの言葉に絶句する。


「相手を死なせて、魂を自分のものにした?」

「それが確実だし、手っとり早い」


 何でもない事のようにさらりと言われて、悲しみのようなものを感じる。ああ。こいつは妖精だ。人間じゃない。


「そう言えば、おまえに似たような事されたな、昔」

「私は魂を食べたりしないよ」

「俺から魂を引き剥がそうとしたじゃないか」

「君の魂は美しいからね」


 何年前の事だったか。この男は、俺の体から魂だけを引き剥がそうとした。

 寸前まで、本当にぎりぎりになるまで俺は、気がつかなかった。こいつがそんな事を企んでいたなんて。

 トリスタンは、全く害意を持っていなかった。あくまで善意でやろうとしたからだ。

 この男なりの愛情だったのだろう。

 けれど人間がそんな真似をされたら。確実に破滅する。


「俺は自分の肉体に愛着があるんだ。人間として生きていたいんだよ」


 ため息をついて言うと、「残念だ」という言葉が返ってきた。


「言ってろ。人間には人間の都合があるんだ。妖精の都合を優先しないでくれ」

「だから無理は言っていないだろう。あの黒妖犬がどうだったかは、知らないがね。アンシーリーコートは、欲望に忠実だ。相手の言い分を聞いたかどうか」


 ケルピーが顔をしかめた。だが何も言わない。


「ケルピー。アンシーリーコートが人間の魂に魅了される事ってあるのか?」

「あるだろうさ」


 低く言われる。


「それで、……喰ったりするのか?」

「すげえ惚れたなら、するだろう」

「相手は嫌がるんじゃないか」

「関係ねえさ。惚れたんなら喰うだろう」

「それって……恋なのかなあ……」

「ある種の恋ではある」


 トリスタンは言った。ケルピーを見やる。


「そこのアンシーリーコートが君を喰ったとしても。それもまた恋だと、このものは言うだろうね」

「俺はタカシは喰わない!」


 ケルピーが、きっとした顔になって叫んだ。トリスタンは冷やかな表情でケルピーを見やった。


「どうかな。おまえたちの愛は、肉を裂き、骨を砕き、血をすすりあう事だろう。相手を破壊し尽くして、やっと満足する。違うかね」

「俺はタカシと約束したんだ。その約束を破る事はない」

「本能が勝ったなら、いつかは彼を破滅させる」


 白い騎士は言った。


「おまえの約束を信じたりできるものか。欲望に忠実なアンシーリーコート。たとえ己が破滅したとしても、いつかは約定を破り、本能で行動するのだろう」

「破壊は俺たちの本能。それが俺たちだ。だが俺は約定を違えたりはしない。

 タカシ。俺は、今でもおまえを喰いたいと思っている」


 ケルピーが、俺の方を向いて言った。


「だが、約束した。だから喰わない」

「……。うん」

「おまえの肉はうまいだろう。血も、骨も、喰らったら夢心地になるだろう。そう思う。

 だが喰わない。

 けれど、もし。俺の本能が勝ってしまったら。おまえを喰おうとしたなら。その時は俺は消滅する事を選ぶ。そう約束する……信じてくれるか」


 妖精と付き合う事は、色々と怖い事もある。

 困った事も。

 でも、こういう時には。少し感動する。

 こんな風にまっすぐに相手を見て、約束をする存在が。今の人間の世界に、どれだけいるだろう。

 真摯しんしな言葉。本能に逆らう事を言っているのに。約束だからと、まっすぐに俺を見る水棲馬。何も飾らない、裏のない言葉だからこそ、人間である俺は心を動かされる。

 危険な存在だ。それは知っている。言われている内容を考えれば、どれほど危険かわかる。こいつは本来、人を喰う存在なのだ。

 でも俺は、……こいつを嫌えない。


「おまえは約束を守る存在だ、ケルピー。その点については信用している」


 そう言うと、ケルピーは笑った。


「そうか」


 トリスタンは逆に、むっつりした顔になった。


「君は甘過ぎるよ、タカシ」

「仕方ないだろ。これが俺だ」


 俺はケルピーを見やり、続いてトリスタンに目をやった。


「ケルピーも、トリスタンも。俺は好きだし、信頼もしている」


 そう言うと、二人は真面目な顔になって俺を見た。


「俺は人間だ。人間である事を選んだ。おまえたちは妖精だ。だからどうしても違ってしまう。わからない所もある。それは仕方ない。でも俺は。おまえたちが約束を守ってくれる事を知っているから、信頼している。そうしておまえたちが妖精であって、人間の事を理解しきれない事も知っているから。その点で信じ過ぎないようにもしている。……俺とおまえたちは、違う存在だから」


 言葉を切ると、俺は二人を見つめた。


「その上で俺は、おまえたちが好きだよ。人間としての部分で、おまえたちや、他の妖精たちの事が好きだ」


 そう言って微笑む。心からの言葉だった。俺に言える、俺がこいつらに渡せる、ぎりぎりの所の言葉でもあった。

 するとなぜかケルピーが赤くなり、トリスタンも頬に血の色を上らせた。


「タ、タカシ……」

「君、どうしてそういう……」


 二人して挙動不審になっている。あれ?

 つんつん、とアーサーが俺の服の裾を引っ張った。見下ろすと少年は真面目な顔でこちらを見上げてきた。


「ぼく、人が誰かをタラす所、初めて見ました」


 ……。

 タラしたつもりはない。断じてない。



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