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妖精の輪と時のロンド〜妖精たちのいるところ  作者: ゆずはらしの
夢と榛(はしばみ)と祝福と。
16/45

2.

「それで。何がどうなったんだ? 黒妖犬モーザ・ドゥーグはどこに?」


 尋ねると、トリスタンが「消えたよ」と答えた。


「消えた……?」

「印に弾かれて、すぐに。私が矢をつがえたら、溶けるようにして消えてしまった。どうしようかと思ったが、君が倒れてしまったのでね。介抱が先だと思った」


 それで膝枕なんですか……。


「あいつ、いきなり方向転換しやがって。俺に向かってくると見せかけて、おまえの方に飛びかかりやがった」


 ケルピーが、歯をがちがち噛みならしながら言った。


「おまえが倒れた時には胆が冷えたぞ。どこもおかしな所はないな?」

「ああ……大丈夫」


 さっき見ていた夢を思い出して、俺はちょっと額を抑えた。夢……だと思う。

 光と影の問答。

 あれは……何だ?


「タカシ?」


 心配そうなアーサーの声。


「大丈夫。ちょっと……夢を見て」

「夢?」

「うん……何だろう。大事な事のような気がする……けど」


 何だろう。

 何だったろう。すごく大事な事のような気がする。

 でも。


「ああ、駄目だ……わからない」

「どんな夢だったのかね」


 トリスタンが声をかけてくる。


「光と影が問答していた。おまえは何者かって、何度も何度も光が影に尋ねてた」

「ほう」

「影は、……あれは……、」


 俺は目を閉じて首を振った。


「トリスタン。あの黒妖犬、普通だったか?」

「普通、とは?」

「変じゃなかったか? 俺、何か変なもの見た気がする。あいつを見た時に」


 トリスタンはまばたいた。


「さて。変と言えば変だが……そこの馬に尋ねた方が早いのではないかね。アンシーリーコートの事は、アンシーリーコートに尋ねた方が良かろう」

「ケルピー?」


 視線を向けると水棲馬の化身の青年は、恐ろしく不機嫌な顔をしていた。


「タカシはどうしてそんな奴に頼るんだ……」

「は? 頼るって?」

「俺に! まず! 声をかけるべきだろう。アンシーリーコートについてなら。なのにどうして、そこの陰険色魔騎士に声をかけるんだっ!」


 ええっと。


「いや、話の流れって言うか……」

「私の方が貴様より、信頼されているからに決まっているだろう」


 なだめようとした俺をさえぎって、トリスタンが言う。嬉々として。


「んだと、この色魔野郎」

「嫉妬は醜いぞ、馬」

「ちょっ、やめてくれよ!」


 言い合いに発展しそうな二人の間に割って入り、俺はため息をついた。


「トリスタン、ちょっと黙ってて。ケルピー、順番にあまり意味はないよ。トリスタンの方が近くにいたから、声をかけただけ。……ああ、そうだ。さっきはアーサーをかばってくれて、ありがとう」


 ふと思い出して付け加えると、ケルピーが目を丸くした。


「う? ああ。……いや。おまえの頼みだったから」


 はにかんで、頬を染める。


「おまえが……喜んでくれたなら……うれしい」


 もじもじしている。


「おまえ、……属性が時々、乙女だよな……」


 何なんだ、こいつ。そう思って言うと、首をかしげられた。


「俺は妖精だぞ」

「どちらかと言うと妖怪だろう」


 ぼそりとトリスタンが言う。ケルピーはじろりとそちらを睨んでから、俺に目線をもどした。


「乙女というのは、人間の若い女の事だろう。それに俺の属性は水だ」

「そうだけど。ええっと……ゲーム用語というのがあって。あー、なんて説明すれば良いのかな。純粋な意味での属性とかじゃなくて、性格とかを『属性』と呼ぶ事が」


 説明している内に自分でも混乱してきた。


「スラングか」


 トリスタンが言う。


「人間は、色々な意味で言葉を使うものだしな。近ごろでは性格を属性と呼び習わすのか」

「うーん……まあ。あまり一般的じゃない……と思うけどね。妹属性とか、俺さま属性とか、そんな風に使う事もある……かな」

「ほう」

「へえ」


 妖精二人が興味深そうに俺を見る。こういう事教えて良かったのかな。変な風に広まって、『自分は妹属性』とか、『乙女属性』とか、言い出す妖精が出てきたらどうしよう。


「なるほど。タカシには時折、この馬が、経験の足りない娘のように情けなく見えるのだな」


 にこやかに言ったトリスタンに、ケルピーが愕然とした顔になる。


「タカシ。俺が情けなく見えているのか……?」

「え、いや、違うっ! 違うって!」


 慌てて否定する。言葉ってムズカシイ。


「いや、だからさ。おまえ、いつもは乱暴で大ざっぱな感じなんだけど。時々妙に繊細と言うか、初々しいと言うか? そんな反応見せるからっ」


 言っている事が何だか変だ。


「繊細? この馬が?」

「言いたい事はわかりますけど……」


 トリスタンが眉をあげ、聞いていたアーサーが首をかしげた。ケルピーは、ずい、と一歩前に出た。


「繊細と言うなら、おまえの方が繊細だ」


 真面目な顔で俺を見下ろして言う。


「いつも怖くなる。触ったら壊れるのじゃないかと思って。おまえは俺にも優しい。それでいて強い。だが、……もろい」

「え……と」

「おまえを見ていると、花を思う」


 はい?


「人間はみんな、花のようだ。おまえを見ているとそう思う。脆く、はかない。朝に咲いて、夕方には散る。俺の蹄の下で、ちぎれて壊れてしまう。だが俺は……」


 ケルピーは静かに言った。


「おまえを壊したくはない。本能に逆らったとしても」


 俺は絶句した後、ちょっと赤くなった。ケルピーの眼差しは妖精に特有の純粋なもので、言葉も小さな子どものように真っ正直で、思い切り直球だった。純粋さを忘れゆく人間としては誰だって、動揺してしまうだろう。


「ありがとう」

「なぜ礼を言う?」

「壊したくないと思ってくれたから」

「そうか」


 ケルピーはさらに、真面目な顔で言った。


「俺にとってはおまえの方が、属性が乙女だ。どんな乙女よりも繊細で美しく見える」


 沈黙が落ちた。



 ばちいっ!



「誰が乙女かあっ!」

「ぐおあああっ!?」


 思わず殴ってしまった。ケルピーは煙を上げて、ひっくり返った。


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