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妖精の輪と時のロンド〜妖精たちのいるところ  作者: ゆずはらしの
夢と榛(はしばみ)と祝福と。
15/45

1.

 黒妖犬モーザ・ドゥーグはさっきより、さらに大きくなっていた。


「あ、」


 アーサーが息を飲んで、立ちすくむ。青ざめて動けない。


「アーサ……っ」


 飛び出そうとした俺は、けれど。トリスタンの腕一本で動けなくされた。どこまで腕力強いんだ、この男!


「ケルピー! アーサーを」


 少し離れた所にいる男に目をやると、面倒くさそうな顔をされた。


「俺、おまえ以外の人間の為に動くの、ヤなんだよ」

「アーサーを助けてくれるおまえは、カッコイイと思う!」

「すぐ助けるから待ってろ」


 きりっとした顔になると駆け出す。


「私は格好良くはないのかね?」


 ほっとしていたら、トリスタンが言った。ええっと。


「離してくれよ」

「離したら君は無茶をするだろう」

「無茶をしているつもりはない! 結果的に無茶になってるかもだけど」


 堂々と言うと、呆れた顔をされた。

 ケルピーは、すっ、と体を低くすると、一瞬で馬に変化した。地面を蹴ると黒妖犬をあっさり飛び越える。アーサーの前に着地すると、少年を背後に庇って立つ。


「よう。しつこいんだよ、おまえ」


 そう言うと、彼は蹄で地面をかっ、かっ、と掻いた。


「やるってんなら相手するぜ? さっきは結局、勝負つかなかったしなあっ」


 黒妖犬は燃える目をぎらつかせ、うなった。体勢を低くして、飛びかかろうとでもいうような姿で、ケルピーとアーサーを睨み据える。

 俺はトリスタンの腕から何とか抜け出すと、一歩、前に出た。その時、

 何かが。

 犬の形をしている相手の中の、何かが。

 滲み出る黒い陰りが、霧のように見えて。その奥にある何かに、引っかかった。これは。

 なんだ……?


 

 ぐをるるるるるるるっ



 黒妖犬はうなると、ケルピーに向かって走った。水棲馬はぐうっと身を屈めると、飛びかかる準備をした。

 俺はもう一歩、前に出て……、


「タカシ!」


 アーサーの叫ぶ声。気づいた時には目の前に黒妖犬が迫っていた。えっ、どうして? と思う間もなく、らんらんと燃える炎の目が、俺をのぞきこんでいた。ぐわっと開いた口の中に、ずらりと並んだ牙が見えた。



 ばちいっ!



 火花が散った。その後は……、

 暗転ブラック・アウト




『終わりのない、輪が描かれる』


 そんな声がした。柔らかく、明るい。光が差し込むような声。


『螺旋の夢。時の輪は輝いて踊る』

『囚人は、解放される事がない』


 きしむような声がした。


『妖精の輪に踏み込んだ者は。永劫の囚われ人となる』


 明るい光が揺れた。


『輪が描かれる……終わりなく続く。喜びは輝いて、地に満ちる』


 黒い影が揺れた。


『輝きは闇に墜ちる。輝ける者よ。おまえも闇に墜ちる』

『我は命を歌う。安らぎと喜び、熱と光。それが我』

『俺は死を運ぶ。憎しみ、恐れ、冷たさと闇。それが俺だ』


 光と影が、ゆらゆらと揺れている。互いに向かい合い、問答をしている。


『そなたは囚われているのか。何をもって囚われたと言うのか』

『俺は死を運ぶ。ただそれだけ。そうしておまえを闇に墜とす』

『はるか彼方の血族よ。そなたはどこにいるのか』

『俺は囚われ人。俺は憎む。俺は恐れる。そして恐れられる』

『そなたをとらえる鎖はどこにある。そなたを閉ざす檻はどこに』

『俺は死を運ぶもの。存在を壊す憎しみ』


 向かい合う光と影。揺れる存在の輝き。


『そなたは何者か』

『俺は穢れ』

『そなたは何者か』

『俺は死を運ぶ』

『そなたは何者か』

『俺は破壊そのもの』


 そうじゃない。ふと、そう思った。

 影の中に見えるものは。


『そなたは何者か』


 ……あれは。何。




 いきなり覚醒した。目を開けると、アーサーが泣きそうな顔でのぞきこんでいた。


「タカシ! 良かったあ……」


 ほっとしたように言われ、まばたく。


「あれ? おれ……」

「倒れたんですっ。黒妖犬に襲われて。死んじゃったかと思った……」

「力のない守りをつけるわけがないだろう。この私が」


 トリスタンの声がした。なぜか近くから。あれ?

 手が髪をなで下ろして……ええっと? すみません。頭の下にやたらと弾力のあるものが。何が。何が起きてるんでしょうか、俺に。

 視線をさまよわせると、少し離れた所にケルピーがいて、おあずけをくらった犬みたいな顔で、うーうーうなっていた。


「うらやましい……俺もやりたい……」


 何を。


「タカシ? まだ意識が?」

「ええと……俺、今、何が」


 そこで硬直する。上からのぞき込まれて。


「君は、黒妖犬モーザ・ドゥーグと接触したのだよ。ただ、私の守りがあったからね。あれは弾かれて、君に触れる事ができなかった」

「……トリスタン」


 近々と、彼の顔が。ついでに俺の頬の辺りに感じるのは。布地……なぜ布地。布地の向こうにあるのはひょっとして。


「何だね」

「尋ねてはいけない気もしますが、……俺の頭の下にあるのは何でしょうか」

「私の足に決まっているだろう?」


 足。足なんだ。それって。


「ヒザマクラ……」


 この弾力は、たぶん筋肉。

 頬に触れているのはトリスタンの腹。さすが騎士。鍛えているらしくて、布地の向こうにあるのは固い筋肉の感触。割れてるんだろうなあ、こいつの腹。すごいよなー、騎士だもんなー、うん割れてる割れてる。……思わず現実逃避した。


「日本の文化にあったよね。愛する相手の為に足を枕にして、撫でてあげるというのが。君をそのまま地面に横たえるのには、忍びなかったからね」


 にっこり笑顔で言われた。ええと。でも。その。


「初膝枕が男……」


 何か色々ダメージを受けた。俺だってそれなりに、夢とか希望とかあったんですよ。そりゃ膝枕をしてほしいなんて、そうそう言えないですけどね? でも男にされるより、女の子にしてもらいたいじゃないですか? 筋肉よりは脂肪の方が、ありがたいって言うか! 脂肪って言ったら女の子に殴られるかもだけど、でも男としては脂肪の方が! 柔らかい方が!


「ううう〜俺も。俺もやりたい〜」


 ケルピーがうなっている。やってどうするんだ! 俺のダメージを増やすつもりかっ!?


「どうかしたの、タカシ?」

「なんで止めてくれなかったんだ、アーサー……」

「えっ、ええと? トリスタンさんが日本の文化だって……足に乗せるには、筋力とか耐久力とか必要みたいだったし? ぼくだと子どもだから、うまく頭が乗らないかなって」


 何だまされてるんですか。

 起きようともがくと、トリスタンがぐい、と体を押さえつけた。


「ちょっ、おい」

「駄目だよ。もう少し、ね?」

「何がもう少し……起きる! 起きるから!」


 じたばたすると、残念そうな顔をされた。トリスタンの腕が離れると同時に、転がり落ちるようにして彼から離れる。


「タカシ!?」


 慌てた様子でアーサーが手を伸ばすのに、ありがたくつかまって、俺は上体を起こした。

 青い空。緑の野原。花の香り。岩肌に輝く水晶や貴石。そこここにきらめく小さな虹。りんりんと響く小川の流れる音。

 穏やかなそこには、憂いは一つも見当たらない。

 黒妖犬はいない……どこにも。


「眠っている君は、素直で愛らしかったのに……」


 残念そうに、トリスタンが言った。二十歳過ぎた男が愛らしいわけないだろうっ。


「意識のない状態で、反抗的な人間がいるか」


 いたら怖い。


「その内、君を眠らせて連れて行こう。綺麗に飾って、毎日愛をささやいてあげるよ」

「心の底から辞退します」


 ぶんぶん首を振って言うと、ふふふ、と笑われた。


「タカシ。俺も。俺もやりたい! ヒザマクラ! していいかっ」


 ケルピーがわめく。


「してどうするんだっ。膝枕は普通、女性が男性にするものだ!」

「そうなんですか?」


 アーサーが首をかしげる。


「頭って重いですよ。女性に重いものを乗せて負担をかけるよりも、男性が請け負ってあげた方が良くありませんか? 女性にそんな事を強いるのは、少しひどいと思います」

「え、いや……そう? 頭……って重い?」


 考え込んでしまう。


「ええと……いや。そんなに長くはしないって言うか。あれ? どうなんだろう」


 そんなに知識があるわけではないので、良くわからない。女性にしてもらう膝枕って、ひどいのか?


「男性は、女性を受け止めるだけの力強さがあります。体格も骨格も、男女では全く違っている。男性側が、女性の体重を受け止めてあげるべきです」


 きっぱり言われた。……そうだな。アングロサクソン系の人種では、男女の体格差、すごいもんな。いや、ちょっと待て。


「それだと、俺がこいつに膝枕されてた理由がなくなるんですけど……?」


 トリスタンを示す。白い妖精の騎士はにっこりした。


「愛する者の頭を膝の上に置いて、弛緩するまで愛撫するのが日本の文化だろう? 警戒心をなくし、安心しきって眠る相手を眺めるのは楽しいと思うね」

「おまえの日本文化の解釈は間違ってるから! 何かものすごーく違うから!」

「間違ってるんですか?」


 きょとんとした顔でアーサーに言われ、脱力した。


「いや、えーと、まあ。警戒心……はないだろうね。恋人同士でやるもんだから、……でも普通は、男女でやるもんですよ……」

「そうなの?」

「そうです」


 一応、そう言っておく。



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