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妖精の輪と時のロンド〜妖精たちのいるところ  作者: ゆずはらしの
相談しました。~危険が危ない。
14/45

2.

 四人全員で、ぞろぞろと歩く。ケルピーが知っている、人間世界と妖精郷との接点に、ともかく向かおうという事になったのだ。

 なだらかな緑の丘。穏やかな甘い空気。花々が咲き乱れ、水晶や貴石が光を浴びて虹を作り出し、小川は鈴が鳴るような音を立てて流れている。

 美しい場所。美しい風景。

 そんな中で俺たちの所だけ、不穏な空気が渦巻いていた。


「とっととどこかに行ったらどうかね、馬妖精。彼の身は私が守る。おまえのように薄汚い馬の手は、必要ない」

「けっ。手出しする気満々の癖しやがって。おまえの指図は受けねえよ、色魔騎士。タカシは俺のだ。俺が守ってやるんだからな」

「はっ。馬には知恵らしきものが宿る頭もないのか。私と共に暮らすのが彼にとっては一番良いと、なぜわからない」

「タカシは嫌がってるじゃねえか。魅了使ってる時点で丸わかりだろ、おまえとは行きたくないってさ。大体、使うって事自体、自信のなさの現れだよなあ」


 ……ずっと、こういう会話が続いている。俺の背後で。


「貴様のようなものが側にいると、彼の目が穢れる。身の程を知ってどこかへ行け」

「おまえみたいのが側にいたら、タカシが泣く事になるのはわかりきってるだろうがよ。こいつの意志を無視して、支配する気満々のくせして、大きな口たたくな」

「私が彼を、泣かせるわけがないだろう。何よりも大切にして、宝石のように磨き上げ、昼も夜も私の腕の中で、宝物のように扱うさ」

「タカシの魂は、閉じ込められたら窒息しちまわあ。好きなとこ駆け回るのが綺麗なんだよ。俺と一緒に野山を走る方が好きに決まってら」


 黒妖犬と出くわすのと、どっちが怖くないかなー、と意識が現実逃避しかけた。ひょっとしたら、黒妖犬も逃げるかもしれない。それほど不穏な空気が、俺の背後からびしばし漂ってくる。

 アーサーが、つかんでいた俺の腕をそっと引いた。


「もてますね、タカシ」

「もててるのか、この状況。どっちも男だぞ」

「嫌われるよりは、良いのじゃないでしょうか」

「俺は、友情の範囲内の好意が欲しかったよ……」


 背後での会話は続いている。


「絹でその身を包み込み、黄金や真珠、水晶で飾る事が、貴様にできるか。貴様にできるのはせいぜい、生肉を差し出すぐらいだろう。それぐらいが関の山だ」

「風を切って走り、大地に眠る楽しさを知らねえのか。俺はタカシを背に乗せてどこへだって行けるし、走れるさ。必要なモンは、その辺の妖精を脅して手に入れるしな」

「盗品で、彼の歓心を買おうと言うのか。下賤げせんな妖精の考えつきそうな事だ」

「宝石でご機嫌取ろうとしてる奴が、何言いやがる。俺のタカシは、そんなもんに惑わされたりしねえんだよ」

「誰が貴様のものだ!」

「へっ。おまえのじゃないのは確かだな」


 聞いていると精神衛生上、良くない。ものすごく良くない。俺は内容をできる限り耳から遮断して、アーサーとの会話に集中する事にした。


「アーサー。君の家族の事だけど。古い家系じゃないの?」

「え? ああ、そうですね。父の方も母の方も、古いと思います」

「妖精の話とか、伝わってない?」

「うーん……それが。母は割と夢見がちな人で、そういう話も聞きましたが……でもあくまでも、普通のおとぎ話でした。黒い犬の話、なんてのはなかったな」


 俺は、ちょっと考え込んだ。アーサーは知らないが、トリスタンの言う通りなら(そして彼はこういう事では間違わない)、彼は妖精の血を引いている。そういう家系の子どもだ。

 あの黒妖犬はそうして普通ではないとも、トリスタンは言った。

 知らずに契約を破ってしまったのか。それともそんなものは何もなくて、単に偶然で。アーサーの運が悪かっただけなのか。

 ……けれど。偶然、という事はこの世にはない。


『覚えておいで、隆志。この世では、どんなにつまらなく見える事でも。どんな小さな事でも。全てがつながり、完全を作り出しているのだよ』


 じいちゃんは、そう言っていた。


『偶然はない。運命は全て見えぬ糸でつながり、そうしておまえの前に現れる。私はノーラと出会ってから、そう思うようになった。全ては、そこにある。ただ私たちが気づかないだけで』


 温かい手で、俺の頭を撫でてくれた。あれは何をしていた時だったか。じいちゃんと並んで西瓜を食べた。夏の終わり。蚊取り線香の煙が漂っていた。その時じいちゃんが、ぽつりと言ったのだ。


『真実を見る目を、江利子もおまえも持っている。望むと望まざるとに関わらず。それは、おまえたちの持つものであり、決して目をそらしてはいけないものだ。だから、隆志。良く見なさい。良く考えなさい。そうして経験を積みなさい。いつかおまえが迷った時。魂が悲しみを、苦しみを抱える時。あるいは愛がおまえの魂を満たす時に。それらはおまえの前に現れる。全て』

『意味わかんないよ』

『わからなくても良い。それが人としての、おまえの在り方になるのだよ。……覚えて、考えていてくれ。そうしたらいつか、おまえの大切な誰かを助ける事ができるかもしれない』

『そうなの?』

『そうだよ』


 じいちゃんは、妖精よりも世界がわかっていたのではないか、と思う事がある。妖精の見える俺や母さんよりも、はるかに世界を理解し、また妖精たちの事も理解していたのでは、と。

 幼い時に両親が離婚して、父親と別居してしまった俺にとって、じいちゃんはずっと父親のようなものだった。


『良く見て。良く考える。良いね? 心を豊かにして、おまえの中に真実を持ちなさい。揺るがないそれは、おまえの力になるだろう。隆志。世界はおまえの前に開かれている。そうして小さな事や、たわいのない事。意味がないとされる事を、決して見過ごすな。それは全てを現す真実につながる。それこそが人間にとっては』

「……意味がないとされるような、小さな事が。全てを現す真実につながる」


 俺の言葉に、アーサーはきょとんとした顔で俺を見上げた。


「タカシ?」

「それこそが人間にとっては。その人生においては、大切な事だから……俺の祖父の言葉だ」

「良くわかりませんが……、大切な言葉のように聞こえます」

「うん。俺もまだ詳しくはわからないのさ。でも大切だと思う」

「おじいさん、何て名前の人だったんですか」

隆史タカフミ。タカは俺と同じ。高く上げる。フミは……本とか文章だな。意味は、尊敬されるべき書物、かな。そんな人だった。魂にたくさんの、大切な言葉が記されているような人だった。俺の名前の半分は、じいちゃんからもらったんだ」

「さっきの言葉、ぼくにも教えてもらえませんか? もう一度言って下さい」

「『心を豊かにして、おまえの中に真実を持て。揺るがないそれは、おまえの力になるだろう。意味がないとされるような小さな事が、全てを現す真実につながる。それこそが、人間にとっては。その人生においては、大切な事だから』」


 微笑むと、アーサーは少し頬を赤くしてから繰り返した。


「心を豊かにして、おまえの中に真実を持て。揺るがないそれは、おまえの力になるだろう。意味がないとされるような小さなことが、全てを現す真実に……タカシのお祖父さんって、賢者みたいな人だったんですね」

「そうかな? ……そうかもな」


 くすっと笑って俺は言った。妖精と結婚するぐらいだから、そうかもしれない。


「見かけは普通のじいさんだったよ。変な所が抜けてて、味オンチで」

「あじおんち?」

「ばあちゃんの料理はそりゃもう、壊滅的な味付けだったんだ。なのにそれを、うまいと言って食べるんだぜ。いろんな意味ですごい人だったよ。大好きだった」


 アーサーは俺を見上げてから、ちょっと笑って、ぎゅっと腕にしがみついた。


「なんだ?」

「ぼくもタカシが好きです」

「そうか?」

「大好きです」


 何だか可愛いなあと思ってしまって、頭をぐりぐりしてやった。

 その間も背後の会話は続いている。


「おまえのようなものが近づいたら、それだけで影響が出るだろう。彼に穢れをつける気か。破壊を旨とする薄汚いものが」

「何かっつーと魅了使って、魂コレクションしてる奴らの仲間が何抜かす。手当たり次第に手出して、タラしまくるてめえらも言ってみりゃ、俺らとどっこいどっこいだろう」


 不穏な空気が険悪なそれになっている。何かもう、一触即発みたいな感じが。後ろから。

 やばいかなー。そろそろ止めないといけないかなー。でも振り返りたくないなー。逃げちゃいたいなーもう。


「われらを侮辱するか、馬」

「やる気なら受けて立つぜ、色魔」


 剣を鞘ばしらせる音に、さすがに慌てて振り向く。


「やめろ! トリスタン。剣を戻せ。ケルピーも、挑発するんじゃない!」


 剣を抜いていたトリスタンと、本性に戻りかけていたケルピーは、俺を見てから、渋々と言うふうに戦意を収めた。本当に渋々だったが。


「どうして君は、こうも慈悲深い。こんなアンシーリーコートなど、君の心を傾ける価値もないと言うのに。ここで消滅させた方が、どれだけ良いか」

「俺がタカシに、アイサレテルからに決まってんだろー、てめえと違って。俺たち、アイシアッテルから〜」


 トリスタンが無言でまた剣を抜きかけ、俺は慌てて駆け寄ると、彼の手をつかまえた。


「駄目だって!」

「斬る」

「はっはー。庇われてるよ、俺。なー、タカシ、これって愛の証〜?」

「ケルピー! 挑発はやめろって言ってるだろっ!」


 ケルピーは何か言いかけ、そこでふと、真顔になった。トリスタンが、いきなり俺の腕をつかんだ。


「来た」

「え……っ、あ、アーサー!」


 俺は思い切り、トリスタンに庇われていた。離れた所では、一人で立ち尽くすアーサー。そうして、俺たちと彼の間に。

 滲み出る、黒い影。

 らんらんと光る目と、子牛ほどの大きさの。

 黒妖犬モーザ・ドゥーグ



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