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妖精の輪と時のロンド〜妖精たちのいるところ  作者: ゆずはらしの
相談しました。~危険が危ない。
13/45

1.

「つまり、急に消えてしまった、と」


 俺はケルピーに確認した。黒髪の男はうなずいた。


「ああ。おまえたちが、いなくなってすぐに。そっちに行ってるとは思わなかった」


 トリスタンが、ちらりと彼を見やって言う。


「役に立たない馬だ」


 ケルピーは、明らかにいらだった顔になった。


「うるせえよ、糞シーリーコート。犯すぞ」

「ケルピー! 子どもの前で悪い言葉を使うな!」

「ごめんなさい、もう言いません」


 俺の前では今、煙をあげる男がうずくまっている。隣にはアーサーがいて、トリスタンとの間に距離を作ってくれている。色々あって、これが一番良い位置関係だという事になった。

 トリスタンが挑発しまくるので、ケルピーが何度も俺に触れようとして、黒こげ寸前までになったのだ。アーサーが間に入って、何とか会話らしい会話ができるようになった。


「駄目です、トリスタンさん。それ以上タカシに近づかないで」


 それまでの経緯も見てきたアーサーは、彼が要注意であると判断したらしい。やや緊張した顔で、俺のガードをしてくれている。


「私は君に幸運を授けたというのに。恩知らずだね、人間の子ども」

「タカシに対してより多く、恩を返す必要を感じています。話が混乱しますから、離れていて下さい」


 何だかしっかりしている。九歳なのに。


黒妖犬モーザ・ドゥーグって、どんな行動が普通なんだ? 瞬間移動みたいな事もできるのか?」


 ケルピーは首を振った。


「良くは知らない。俺たちは基本、他のやつらに興味ないし」

「トリスタンは? 亡者の群れホースト……ガブリエルの猟犬ガブリエル・ラチェットとか、詳しかったよな」

「あれは、必要があってね。黒妖犬については良く知らないな。あまり関わる事もないし」

「うーん……」


 俺は困ってしまって、首をかしげた。


「なんでアーサーに目をつけたのかなあ? 俺に関しては、騒いだ自覚があるけど。アーサーは理由がわからない」


 妖精の血を引いているからだろうか?


「黒妖犬って……そもそも、どういうものなんだ?」


 トリスタンは、ふうと息をついた。


「アンシーリーコートについては、あまり口にしたくないのだよ。けれどそっちの馬は、頭が悪そうだしね……」

「なんだと、陰険騎士。頭が悪いのは、おまえもだろう。名前をど忘れしてるくせして」

「タカシが新しく名前をくれたから、問題ない」


 涼しい顔でさらりと受け流すと、トリスタンは「あれは独自の判断で、色々やるんだよねえ」と言った。


「普通は、まあ。思ってもいない所に現れて、不用意に近づいたり攻撃しかけてきたりする人間に、恐怖と死をもたらしているね。基本は何もしないけれど。人間側が何か反応したなら、そっちに向かう。そういう感じだよ。でも時に、自分の判断で人間を追いかける事もある」

「そうなんだ? どんな人間を追いかけるの」

「猟犬たちにもそういう性質があるが……、罪を犯したり、けがれた魂を持つ人間だ。そういう魂を狩り出して、追いかけたくなるみたいだね」


 アーサーがびくりとした。俺は眉をしかめた。


「アーサーが何か罪を犯したと?」

「さあ」

「俺も何かしたのか、そうしたら」

「それはない。だから多分、あれは普通ではないのだろう」


 あっさりとトリスタンは言った。


「あるいは、この人間の子どもの、家系にまつわる因縁からかもしれないね。何かの契約があって、それを守らなかったとか」

「ぼくの……」


 アーサーは何か考え込むような顔になった。



 ばちっ。



 そこで火花が散る。ケルピーが俺に手を伸ばそうとして、弾かれたのだ。煙を上げる手を抱えて、ケルピーはうずくまった。


「ケルピー。俺に触ると火傷するって、わかってるだろう。効果が切れるまで、近づいたらだめだ」

「だって、タカシがすぐ側にいるのに……」


 ううう、と唸ってまた手を伸ばしてくる。



 ばちばちっ。



「触れないぃぃ。触りたいぃぃぃ」


 煙を上げながら煩悶はんもんしている。そんなに悩む事ですか。


「そのままどこかへ行ってしまえ、アンシーリーコート。見苦しい」


 トリスタンが冷たく言った。ケルピーが、がーっと怒りだし、そのはずみにまた俺に触ろうとして弾かれた。あちこち焦げつかせてばったり倒れた彼を見て、俺は息をついた。


「トリスタン。外してくれないか、これ」


 手を差し出す。甲には銀に輝く印。


「なぜ。それがあれば君は安全だよ」

「このままだと、ケルピーがその内、回復しきれないほど大怪我をする」

「どうでも良いだろう、そんな馬」


 醒めた口調で言ってから、トリスタンは付け加えた。


「それにあの黒妖犬モーザ・ドゥーグは君も狙っているのだろう?」


 俺は眉をひそめた。


「それとこれとは……」

「関係あるよ。君の事だから、出くわしたら自分に注意を向けようとするだろう? この子に向かわせまいとして」


 アーサーの肩がびくりと震えた。トリスタンはかまわず続けた。


「触れられたら、君でも命はないよ。あれは生あるものには、死そのものとなるからね」

「つけとけ、タカシ。おまえに万が一の事があったら、悔やんでも悔やみきれん」


 そこで煙を上げていたケルピーが、顔を上げて言った。


「俺はこう見えても、悪しき妖精アンシーリーコートの中ではそれなりの魔力を持っている。その俺を出し抜いて、あいつはおまえらを追いかけた。甘く見るな」

「自分の不手際を言い訳するのには、良い理由だね? 馬妖精」


 トリスタンが言い、ケルピーは「むきーっ」と言って歯ぎしりをした。とことん気が合わないらしい。


「この根性曲がりの、腐れシーリーコート! あちこち喰いちぎって、ヒイヒイ言わせたろか」

「子どもの前で、汚い言葉を使うなってば! トリスタンも挑発しないでくれよ。ケルピーは、俺たちに協力してくれている。さっきは体を張って助けてくれた」

「ふん」


 トリスタンが顔を背けた。俺は息をつくと、ケルピーに触らないよう注意しながら、彼の前に膝をついた。


「大丈夫か?」

「ああ、これぐらいは……」

「人間だけじゃなくて、妖精も食べるんだ?」


 しまった。という顔をして、ケルピーは目線をそらした。


「俺は雑食なんだよ」

「それは知ってるけど……他のものじゃ駄目なのか? 食べるもの」


 ケルピーは困った顔になっている。


「食い物は、……酒でも肉でも。本質フォイゾンを食っとけば、存在の維持はできる。だがアンシーリーコートにとって、生あるもの、形あるものを破壊するのは、本能みたいなもんだ。俺にとっては、恐怖も食事の一つなんだよ。おまえとの約束だから、人間は喰わない。だが、それ以上は約束させないでくれ。俺自身の魔力が枯渇する」

「そうでないと……駄目なのか?」

「俺はアンシーリーコートなんだよ、タカシ。そんな顔をするな。おまえの前ではやらないよ」

「そういう問題じゃないよ……」

「そういう問題さ。俺は、何かを壊さずにはいられない。生あるものを滅びに引きずり込むのに、快感を覚える。おまえにはしないが。おまえは生きて笑っている方が可愛いし、綺麗だ」

「だからこそのアンシーリーコートだ。近づかない方が君の為だ、タカシ」


 トリスタンが、後ろから声をかけてきた。俺は首を振った。


「俺は人間だから、おまえたちの事良く知らないし、わからない。甘いのかもしれないけれど、……ケルピーは変化しようとしてくれた。そういう所が俺は、嫌いじゃないんだ」

「甘いね」

「ああ。本当に甘い」


 トリスタンの声になぜか、ケルピーまでが同意した。


「おまえ、気をつけないと、いつか俺に喰われるぞ。俺は、おまえと同じ存在じゃない。俺に人間の心を投影するな。そんなものは持っていない」

「そうか?」

「そうだ」


 水棲馬の化身の青年の目は、深い淵のようだった。見た者を奥底に引きずり込む、餓えたような何か。純粋過ぎて人間には持てないだろうその目は、近づいた者を破滅に誘う何かを持っている。

 一瞬、くらりとした。


「そのものの目を長く覗き込む事は、破滅への道を歩み出した事と同じ。人間にはね」


 そこでそう言う声がして、はっとなる。トリスタン。


「何かを隠しているように見える。誘惑されているように見える。けれどその実体は、憎悪と破壊。壊してやりたいという欲望だけ。……それがそのものの本質。それがアンシーリーコート」


 冷たい指が俺の頬に触れ、シーリーコートの青年がすぐ側にいて跪き、俺の頬に手を伸ばしている事に気づいた。あっさりかわされてしまったアーサーが、「ああっ」と声を上げているのを無視して彼は、俺を至近距離で見つめた後、微笑んだ。


「君が何を、私たちに投影しているかは知らないがね。それは幻想だよ、タカシ。私たちに対する時は、常に君が優位に立たなければ。そうでなければ囚われて、人間としては終わりだ」


 トリスタンの瞳の色が、薄桃色から変化している。じわりとにじ琥珀こはく色。


「それが嫌なら、支配するのだね。私たちを」

「そういうのも、嫌なんだよ」

「なぜ?」

「友だちを……支配したいなんて、思う人間はいない」

「そう。でもそれができないのなら、君に人間としての未来はない」


 綺麗な琥珀色。

 いや、違う。金色。

 彼の瞳。

 光。

 目眩がした。彼の瞳には力と魔力があり、ケルピーとは正反対の、引きずり込む魅力に溢れていた。目が離せない。一瞬で、その瞳以外何も見えなくなった。息すらできない。動けなくなった俺に微笑みかけて、トリスタンが顔を寄せてきた。その途端、



 ばちばちばちばちっ!



 ぐい、と引っ張られて地面に倒れた。「ぐおあ〜っ!」と悲鳴が上がった。目を上げた先で、黒こげ状態のケルピーが、ぶすぶす煙を上げて倒れ、ぴくぴくしていた。


「ケルピーさん! 身を張ってタカシを守るなんて……なんて献身的なんだ」


 アーサーが言う。いや、献身的って?


「タカシ、こっち! なに呆然としてるんですか」

「あれ、いや、あの」


 ぐい、と子どもに手を引かれ、俺は目を白黒した。今、何が。どうで、どうして、どうなったんですか。


「君、無防備すぎるよ。そこも可愛いけど」


 トリスタンが、のんびりとした風に言った。瞳の色が薄桃色に戻っている。


「あっさり魅了にひっかかるような無様をさらして、私を失望させないでくれないか?」

「魅了……かけてたのか、今っ?」


 シーリーコートの魅惑の魔法なんて、まともにくらったら、……あ、危なかった。危なかった、俺!


「ふふ」


 笑ってから、トリスタンは立ち上がった。


「かけたよ。かけるに決まっているじゃないか? 君が隙を見せたんだから。それは私にとって、誘惑して欲しいって誘われたのと同じだよ」


 誘ってません!


「良かった、間に合って。ホントに危なかったんですよ、タカシ!」


 アーサーが、俺の腕にぎゅっとしがみつきながら言う。


「ケルピーさんが引っ張らなかったら、確実に唇を奪われていました。ありがとう、ケルピーさん。命をかけてタカシを守った、あなたの犠牲をぼくは忘れませんっ。どうかぼくたちの胸の中で、美しい思い出になって下さいっ」


 興奮しているのか錯乱気味なのか、言っている事が変だ。何だかアーサーの性格が、少し壊れてきたような気がする。


「まだ滅びとらんっ! 勝手に思い出にするなあっ」


 叫んで、ケルピーが立ち上がった。まだ煙があがっていたが、すごい回復力だ。


「そのまま滅びてしまえば良かったのに」


 残念そうに、トリスタンが言った。


「おまえみたいな、陰険色魔野郎の前にっ! タカシを残して滅びていられるかっ!」


 陰険色魔野郎……。


「エロ妖精と張りますね」


 アーサーが言い、トリスタンは眉を上げた。


「何だね、そのエロ妖精と言うのは」

「タカシがケルピーさんに贈った名前です」


 アーサーが言い、トリスタンは「ほう」と言った。


「エロ妖精。なるほど」

「うるせえよ。おまえに言われたくない、陰険色魔」

「タカシに言われるような、不埒ふらちな真似をしたのではないのかね、エロ妖精」


 トリスタンとケルピーが、睨み合った。


「手足ばらばらにして端から食いちぎってやろうか、色魔騎士」

「剣で八つ裂きにされたいのかね、エロ馬」

「腹かっさばかれて、生きながら犯されたいか」

「手で触れるのも忌ま忌ましいな。矢で射抜いてはりつけにでもしたら、清々しいか」

「ははは」

「ふふふ」


 笑い合う二人は、恐ろしく不穏な空気を漂わせていた。アーサーが俺にしがみついた。


「な、なんか怖いです、タカシ」

「心配するな、アーサー。俺もだ」


 俺は少年を抱き返してやりながら、このまま逃げてしまおうかと、半ば真剣に考えていた。


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