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妖精の輪と時のロンド〜妖精たちのいるところ  作者: ゆずはらしの
幸運をあげよう。~いやそれ、セクハラだし。
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3.



 幸運をあげよう、とトリスタンは言った。


「わずかなものと大きなものと、どちらが良いかね?」

「どちら……」


 アーサーは困った顔になった。


「わずかなものより、大きなものの方が良いように思えるけど……何かありますか」


 俺を見る。


「言葉遊びや、言い抜けが好きな連中だからね……。トリスタン。わずかなものと大きなものとの違いは、どこにある?」

「わずかなものは長く続く。大きなものは一度だけ」


 歌うように言う彼に、「ほらな」と俺はアーサーに言った。


「どっちが良いんでしょうね」

「場合によるね。一度で使い切るのが必要なほど、ひどい状況の時もあるから。でも今回はそこまでじゃない。……多分」


 俺はトリスタンに尋ねた。


「幸運を使い切ったら、不運が来るとか、そういう代償みたいなのはあるのか?」

「それは、それぞれの人の持つ運命にもよるね」

「運命?」

「本来の状態がひどい人間ならば、不運がやってくるだろうさ。そうでないのなら、それなりだ」


 俺はアーサーの方を見た。通訳する。


「もらった幸運に頼りきりにならずに、普段から自分に幸運がやって来るよう、努力しろって事らしい」

「努力したら来るんですか、幸運?」

「そのたぐいの本は山ほど出ているから、興味があるなら読んでみたら良いよ。要は、物事がうまくいった時には、自分以外のものに大いに感謝して喜びましょう。うまくいかなかった時には、自分自身をしっかり見て、何が足りなかったのか検討し、問題点を改善しましょうって事だな。逆にしてる人間多いから」

「逆……うまくいった時には自分の実力で、悪い時には自分以外のもののせいだから何もしない?」

「そういう人多いよ。よくわかったね?」

「ぼくの側にもいますから。そういう人」


 妙に大人びた表情をしてからアーサーは、「わずかなものの方を選びます」とトリスタンに告げた。


「大きな幸運を一度にもらっても、今のぼくでは使いこなせない。でもわずかなら、少しずつでも、もらった幸運に対応できると思います。だから、わずかなものの方をもらいます」

「その矢を」


 トリスタンは、アーサーが持ったままだった矢を示した。アーサーが差し出すと、受け取ってから指ですっとなでた。

 形が崩れる。

 光の粒子になるとそれは、手のひらほどの大きさの、矢の模様をあしらった、丸い銀のブローチになった。


「ちょっと大きいぞ」


 俺がのぞきこみつつ言うと、彼はおや? という顔になった。


「こんなものではないかね?」

「現代では、あまり大きな装飾品は身につけない。小さなものを、ほんの少しだけつけるんだ」

「美しくないね」

「プライド(マント)やフェーリア(キルト)がすたれたから。俺の着ているもの見たらわかるだろ? シャツ、ズボン、ジャケット。布地はボタンやファスナーでとめるから、大きなブローチはつける必要がないんだ」

「ふむ」


 トリスタンは俺のジャケットを一瞥すると、もう一度指でブローチをなでた。ブローチは小さくなった。銀のボタンになる。


「これなら良いか?」

「ああ、これなら……」


 トリスタンは出来ばえを確認するかのように見つめてから、アーサーに目をやった。


「さて。では、名乗れ、人間の子ども。私におまえの名を告げよ」


 そう言われてアーサーはまばたいた。


「名前……?」

「君の名前と、両親の名前を告げて」


 ささやくと、彼はうなずいた。


「ぼくは、アーサー。父の名はアルフレッド。母の名はメアリー・エレン」

「大層な名前だ」


 皮肉げにトリスタンが言い、俺は口を挟んだ。


「現代の言葉では、名に込めた意味はあまり考えない」

「大層な名である事は確かだ。妖精の王アルフレッドとはね。聖母メアリー鹿エレンの組み合わせも、どうかとは思うが」


 しかし彼は、それ以上は言わず。型通りに自分の力を分け与えてくれた。


「アルフレッドとメアリー・エレンの息子、アーサー。名に猛き獣イノシシを持つもの。りんごの木の祝福を司る者として、我が息吹を与えよう。その身に幸運があるように。印を受け取るが良い」


 ボタンに唇を寄せ、ふっと息を吹きかける。その途端、銀のボタンは光を放ち、模様が生きているかのように蠢いた。しかしそれは一瞬の事で、すぐに輝きは薄れた。


「取れ」


 トリスタンが差し出すそれを、アーサーは恐る恐るという風に受け取った。小さなボタンを、少し恐れを込めたような目で見下ろす。

 俺の目にはしかし、トリスタンの息吹がそこに込められているのが見えていた。小さな火花のようなものが宿っている。とても小さな力。でもこれは、彼に幸運を引き寄せるだろう。大きくはないが、ほんの少し。何かあった時には心を支えてくれるような、小さな幸運を。


「良かったな、アーサー。トリスタンはこういうの、うまいんだよ。それはきっと、君を守ってくれるだろう。つけてごらん」


 俺が声をかけると子どもは少しもたついたが、銀のボタンを自分の服の襟につけた。針がついていたので、ブローチ状態だったのだ。

 俺はトリスタンの方を向いた。


「ありがとう、トリスタン。あれは……ここから出た後も有効か? 人間の世界に戻っても」

「多少は影響が残るだろうね」


 それなら、喘息も少しはよくなるかもな、と俺は思った。


「本当にありがとう」

「君にそこまで礼を言われる事ではないよ。気まぐれだ。永久的なものでもないしね」

「そうなんだ?」

「子どもに与えるような祝福だ。役目を果たし終えたら、自然と彼の元から離れるだろう」

「あ、あの、……これってなくしたら、幸運もなくなるんですか?」


 アーサーが尋ねる。トリスタンは答えた。


「そのものに幸運があるわけではない。ただの印だ。私が祝福を与えたという。だがそれは印であるから、なくせば契約もそこで終わりという事になるな。私が与えたのはしかし、小さなものだ。幸運を招き寄せるようにはしておいたが、ごく小さなものに過ぎない。わずかな底上げ。それだけだ」


 穏やかにトリスタンは言った。


「だが与えたのは確かだ。うまく使え、人間の子ども」

「あの……ありがとうございます」


 アーサーが言う。トリスタンは皮肉げな笑みを浮かべてから、俺の方に向き直った。


「君にも祝福をあげようか」

「俺?」

「祝福というより魔よけかな」


 俺の手を取ると、手の甲にキスをする。


「えっ、あっ?」

「悪しきものが君に近づかないように」


 そう言った途端、彼の唇から何かが俺の手に流れ込んだ。きらめく何か。

 唇が外れると、手の甲に何かの印がついている。それはしばらくきらめいていたが、やがて消えた。


「これ……」

「魔よけ」


 トリスタンは悪戯いたずらめいた笑みを浮かべた。


「代償はいらない。これは私の心だから」

「ええと……ありがとう」

「礼もいらない。私がしたくてした事だ」


 ふふ、と笑う。


「どうしても気になると言うのなら、祝福をもう一つ、受けてくれるかね?」

「もう一つ?」


 トリスタンは真面目な顔になると言った。


「いつか君が妖精の男と結ばれる時には、喜びのみがあるように」


 ……。

 なんて不吉な事を〜〜〜っ!


「祝福じゃないだろ、それ! 呪いだろ!」

「なぜ。私は優しいよ?」

「おまえ限定? おまえ限定の呪いなのか、それ? 忘れてるみたいだからもう一度言うけど、俺が好きなのは女の子だから!」

「なぜそうも、あるべき自分の未来から目を逸らすのだね?」

「未来は自分で切り開くものだと俺は思うからですっ!」


 泣けてきた。


「しかし君は、いつかそうなる運命だよ。私にはそう見える」

「俺には見えません、そんな運命! トリスタン。言葉で俺に縛りをかけるの、やめてくれ」


 睨むと彼は、ふふ、と笑った。


「なんだ。気づかれたか」

「気づくだろう、普通」


 この妖精は、言葉に力がある。語る言葉で相手を縛り、魔法をかける事ができるのだ。それほどあくどい事はしないが、たまに気まぐれのように言葉を投げかけてきて、俺を自分の支配下に置こうとする。


「君の意志は、どうしてこう固いのかな。少しはぐらついてくれれば良いものを」

「ぐらつきたくないからです」

「私は美しくはないかね?」

「俺が女の子なら、ぼーっとなるかもしれません。でも俺、男ですから。頼むからあきらめてくれよ、トリスタン」

「……まあ。今回はあきらめようか。それなら、君の方から私に口づけてくれないかね?」

「えっ」

「それで我慢してあげるよ。嫌なら良いがね」


 言われてちょっと考える。それぐらいは……しないと駄目かな。さすがに。何だかんだ言って、色々力貸してくれてるし。うっかりミスで危なかった俺を、大目に見てくれたし。代償なしで魔よけまで。

 これで、ありがとう、バイバイでは、自分がひどい人のようだ。

 うーんと思ったが、頬にぐらいなら良いだろうと、彼の肩を抱き寄せた。挨拶で良くやるしなと思いつつ。

 唇を寄せようとした所で、がし、と後ろから襟首をつかまれる。えっ?


「はうっ?」


 思い切り引っ張られて、のけぞった。次の瞬間、ばちばちっと火花の散る音がして、「痛えっ!」と叫ぶ声がした。


「一体なに……ケルピー!」


 振り返ると、黒髪の若者が、顔をしかめて立っていた。手からぶすぶすと煙が出ている。


「ちょっ、何だそれ! どうし、」

「おわあ!」


 慌てた俺が彼に触れようとすると、またもやばちばちと火花が散った。俺の手の甲に、銀の印が浮き上がった。慌てて手を引く。ケルピーの腕の、俺が触れた所は、焦げたようになって煙が上がっていた。


「な、なんで」

「効果があったようだ。魔よけの」


 あっさりと言う声がして、トリスタンがにこやかに俺の横に立った。


「良かったね、タカシ。その馬はもう、君に触れる事ができないよ」

「魔よけって……ええ? そういう事!?」

「この根性悪の糞シーリーコート! なんて事しやがるっ!」


 ケルピーがわめく。トリスタンは涼しい顔だ。


「美しい花にまとわりつく害虫を、私がそのままにしておくと思ったのかね? 滅ぼされたくなければ去れ、馬妖精」

「んだと、根性ねじまがりの陰険屋! おまえみたいなのが側にいたら、タカシの貞操が危機一髪だろう、今何してたっ!」

「うらやましいか」

「ものすっごくうらやましいわっ!」


 言い切るケルピー。こうまでストレートに言われると、何やら清々しい。内容はともかく。


「精々悔しがると良いよ」


 トリスタンが俺の肩を抱き寄せる。ケルピーがぎゃあっとわめいた。


「離れろ陰険シーリーコート!」



 ばちばちばちばちっ!



 飛びかかって俺を抱き寄せようとして、また火花に弾かれた。ぶすぶすと煙を上げて、ばったり倒れる。学習しようよ、ケルピー……。


名前についてですが、アーサー、という名には「イノシシ」という意味があります。猪太郎とか猪介くんですかね、日本語にしたら(笑)。

アルフレッドは、アルフ(妖精)+レッド(王、指導者)、超自然的な力を持つ指導者、という意味だったみたいです。

メアリーは聖母マリアから。エレンにも妖精の意味があります。ウェールズの方では鹿、の意味があったらしい。

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