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妖精の輪と時のロンド〜妖精たちのいるところ  作者: ゆずはらしの
幸運をあげよう。~いやそれ、セクハラだし。
11/45

2.

「アーサー。ここは妖精の世界で、妖精の法則で全てが動いている。あの黒妖犬は、俺と君に向かってきた。人間である俺たちだけじゃ、多分逃げ切れない。……まず、この事を理解してほしい」


 静かに言うと、アーサーは黙って俺を見た。


「俺は君と約束した。君を必ず家族の元に帰すと」

「でも、それは」

「約束は守るものだ。そうだろう?」


 微笑んで、俺はアーサーの頭をなでた。


「妖精にとって、言葉はとても重要なものなんだ。約束は決して破らない。トリスタンが君に祝福をくれると言ってくれたのは、とてても稀で、好運な事なんだよ。代償が俺のキス一つなら、安いぐらいだ」

「ぼくの事なら、ぼくが代償を支払うべきです」


 アーサーは頑固に言った。そこでトリスタンが声をかけた。


「おまえでは支払えないよ、人間の子ども」

「なぜですか」

「私が手助けしたいのはおまえではなく、タカシだからだ。おまえは私が何かしてやりたいと思うほどの物を、何も持っていない。今の時点では。おまえは、タカシに守られているだけの存在なのだよ。私と何かを交渉する権利も何もない。

 言っておくが、ここで出会ったのがおまえだけであったなら、私はおまえを見殺しにした。

 タカシは我々にとって大切な存在だが、おまえは迷い込んだだけの、何も持たない子どもに過ぎない。気を惹かれる事も、興味も何も持てない、ただの人間だ。我らはタカシの意思を尊重するがゆえに、おまえに対して寛容であろうとしている。だが、それだけだ。それだけに過ぎない。

 己が立場を自覚するが良い、人間の子ども」


 アーサーは目を見開いた。何か言おうとして、でも言えなかったらしい。黙って唇を噛んだ。


「トリスタン。言い過ぎだ」

「事実だろう。タカシ、君、この子をかばって黒妖犬モーザ・ドゥーグの標的になったりしていないかい」


 俺が黙っていると、トリスタンはふうと息をついた。


「答えない所を見ると図星だね。君は本当に、小さなものや弱いものに対して甘いね」

「趣味なんだよ」

「そうか。だが、それで隙を見せるのは感心しないね。『成り金のセクハラ親父』とやらに」


 苦笑気味に言うと、トリスタンは俺に近寄ってきた。俺が立ち上がると、ひょいと腕を伸ばして抱き寄せた。


「おい」


 背後から抱きつかれる形になって、俺はちょっともがいた。白い騎士はかまわず抱きしめると、耳元に唇を寄せてささやいた。


「隙を見せてはいけないよ。私たちは人間ではないのだから。どれほど好ましい姿をし、人間に似た所を見せたとしてもね」

「トリスタン……?」

「軽々しく口づけを取引に使うなんて。私に対して。私がどういう存在か、わかっているのかね? 本気で口づけを交わしたら、一度で君の理性は消えるよ。メロメロの腰くだけになって、私の言うなりだ。人間の尊厳とやらを全てはぎとられて、戻れなくなってしまう。……そうなったらそのまま、連れて行こうと思っていたのだけれどねえ」

「メロメロ……どこで覚えてくるんだ、そういうフレーズ……」


 そう言いつつ、ぞっとした。トリスタンがそう言うのなら、多分本当にそうなのだろう。


「理性の消えた俺が欲しいのか?」

「君が君であるのなら、私には変わらない」

「大きく変わると思うけどな。そうなったらそれは、俺じゃない」

「それでも君を手に入れる事はできる」


 トリスタンは腕の力を強くした。


「人間を見ているのは、正直言ってつらい。すぐに死んでしまうから。君が死ぬのは見たくない。それよりは傷をつけても、歪めてもかまわないから、摘み取って自分の手元に置いておきたい。君に対してそう考える者は多いよ、タカシ。私を含めてね。気をつけるんだ。私たちに隙を見せるな」

「……」


 妖精が人間をどう思っているのか、……時々考える。

 妖精の感性や感情は、人間とはかなり違う。それでも時に、誰かを愛する事はある。ばあちゃんのように。

 ばあちゃんは、じいちゃんを好きになって、結婚して、子どもを産んだ。でも妖精のばあちゃんと、人間のじいちゃんでは、寿命が違い過ぎた。じいちゃんは天国に行って、ばあちゃんは妖精の世界に戻った。

 そうして妖精は、人間と同じ天国には行けない。地上で別れてしまえば、二度と会う事はできなくなる。

 喪失の先の長い命。

 愛した相手が失われ、二度と会えない痛みを抱えて生きるのは。存在を続けてゆくのは。どこかがねじれたり、冷酷さを備えたりするのには、充分な理由だろう。

 彼らが時に、人間を誘拐して閉じ込めたり、やたら魂を集めたがるのは。その辺が起因しているのかもしれない。

 かと言って、その行為を肯定できるわけでもないが。


「傷つくのも嫌だし、歪むのも嫌だな」

「なら、気をつけたまえ」

「そうする。ありがとう、トリスタン」


 まだがっちり俺を抱きしめている男に、どうしようか考えてから、拘束されてうまく動かせない腕を何とか上げる。俺の肩に首を乗せるようにしている男の頬を、ぺちぺちたたいた。


「なんだい」

「いやちょっと。動かせないんで。腕」

「なら、じっとしていると良いよ」

「それもどうかと……離して欲しいんですが」

「離すと君は逃げるだろう」

「それはもちろん」

「もちろんなのか」


 ぎゅうと力を入れられた。ぐえ。


「ぐ、ぐえ、みぞおち、みぞおちっ! 力弱めろ、食ったもの出る!」

「だって逃げるじゃないか」

「逃げないから! 体折れる! 酸欠になるっ!」


 じたばたしながら言うと、ふーと息をつかれた。腕の力が弱められ、俺は、ぜえはあ息をついた。


「おまえ、力強いんだからさ……加減してくれよ」

「君が弱過ぎるんだよ」

「現代人はこれで標準だよ。剣も槍も日常装備じゃなくなってるんだから、筋力衰えて当然だろ」


 白い騎士はまだ背後から抱きついている。

 ねてるのかなあ、と思った。

 片手を持ち上げると、今度は前より高く上がった。俺の肩に完全に顎を乗せてしまっている彼の頭をそれで、よしよしとなでた。


「……。そこの子どもと、同じ扱いかね」

「初めて会った時には喜んでたぞ。こうしたら」

「ほとんど自分を失っていた。大雑把おおざっぱな感情ぐらいしかなかったからね」

「こう言ったらなんだけど、小犬に懐かれた気分だったよ。おまえ、俺の後ついてまわってたし」

「私は犬かね」

「可愛かったよ。あの頃のおまえ。ぼーっとした感じで。いつもにこにこして歌ってた。守ってやらなくちゃって俺、思ってたんだぞ、子どもながらに。

 その相手にいきなり拉致らちられて、監禁されるなんて思わなかったし……ショックだった、あれは」


 あの時は、本気で悲しかった。自分の見ていたものが、綺麗で優しいだけのものではなく、危険をはらむものでもあったと、無理やり気付かされて。

 ぼんやりした感じで優しく笑って、歌を歌う彼が俺は、好きだった。

 でもそれは……本来の彼ではなかった。俺が見ていたのは、ただの幻想だ。自分にとって都合の良い夢を俺は、消えかけていた彼に重ねた。

 悲しかったのも、傷ついたのも。だから、彼のせいではない。俺が間違えていたのだ。最初から。

 それでもどこかで覚えてしまう感傷は……俺の弱さだ。本来の自分ではない姿を見せていたトリスタンにしてみれば、失礼も良い所だろう。


「君を愛しているからやった。私に恥じる所はないよ」


 俺の思いに気付いているのか、そうでないのか。トリスタンは堂々と言い切った。顔を動かし、ちゅ、と俺の頬に口づける。

「ああっ」という声がアーサーから上がった。挨拶のものより少し長かった気がしたが、やがて唇が離れた。


「今ので契約?」

「不本意だが我慢しよう。挨拶と変わらないじゃないか、これでは」

「あー、まあ……うん」


 悪かったかなという気がして、どうしようかと考えた。けれどその前に白い騎士は腕をほどき、俺から離れた。


「君の頼みでなければ、指一本動かしたくないのだよ。人間の為などには」


 何だかむっつりした感じで言う。


「しかもこんな生意気な人間」

「すみません。よろしくお願いします」


 謝ってしまう日本人な俺。するとトリスタンは、更にむっとした顔になった。


「その子どもの為に君が低姿勢になる、それが腹立たしい」

「そうですよ! タカシはもっと毅然きぜんとしていて下さい!」


 騎士の言葉に、なぜか同意するアーサー。おい。


「いや……アーサーは俺の預かりで弟みたいなものだし、頼んでるのはこっちだし……なんで君が怒るの、アーサー」

「タカシは誰にも頭を下げちゃ駄目です」


 子どもはきっぱりと言った。何それ。


「ぼくはあの時、感動しました。一晩付き合えと言ったあの妖精を、言葉と態度で翻弄ほんろうして、最後にはひれ伏させてしまった。すがる相手を足蹴あしげにしようと言うばかりの冷酷な対応。王者の余裕に満ちた傲慢ごうまんなまでの笑み。あなたは常にああでなくては」

「そんな事したの、君?」


 トリスタンが俺を見る。


「足蹴……はしてない。傲慢な笑みって……アーサー、君、目に何かフィルター入ってる?」

「ぼくは、見たままを言ってますよ!」

「馬妖精を冷酷にひれ伏させ……是非見たかった」

「だからそれは誤解……なに喜んでるんだ、トリスタン」

「ふふふ。あの鬱陶うっとうしい馬をタカシが足蹴に」

「してないから。俺は単に説得、」

「すがりつく彼を、いたぶってました」

「素晴らしい」

「おまえら、人の話を聞け!」


 怒鳴ってしまった。実は気が合うんじゃないのか、二人とも。


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