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妖精の輪と時のロンド〜妖精たちのいるところ  作者: ゆずはらしの
幸運をあげよう。~いやそれ、セクハラだし。
10/45

1.

入れる予定だったアーサーの両親の名前を入れ忘れ。慌てて修正しました。

 アーサーは何が何だかわからない、という顔をしている。綺麗な羽根のついた芸術品のような矢を差し出したまま、困ったように俺とトリスタンを交互に見つめた。


「ええっと……なんの」

「大した事ではないよ」

「うん、大した事じゃない」


 トリスタンが言い、俺も言った。言葉は同じでも、意味合いは違う。トリスタンの『大した事ではない』は、わずかに妖精の血が混じっていても、おまえは人間に過ぎない、という意味だ。見捨てても、自分には何の問題はないのだと。俺の『大した事じゃない』は、……。



 がし。



 いきなり頭をつかまれ、アーサーは「ひえっ」というような変な声を出した。かまわず俺ががしがしなでると、目を白黒した。


「おぅわっ? 何なの、タカシ?」

「可愛いなーと思って」

「はあっ? ぼく男ですよっ?」

「そうだな。強く生きろ」


 意味不明。という顔をされた。


「いやちょっとね? 頭なでたくなった。妹いるし、俺」

「はあ」

「人間って好きだよ。馬鹿みたいに醜い事もするけど。でも馬鹿みたいに綺麗ですごい事もする」


 アーサーは、何? なんのこと? という顔をしている。かまわず俺は続けた。


「だから、おまえは必ず帰してやる。無事に。家族の所に」


 手を離すと、トリスタンの方を見る。文句があるなら言ってみろという風に。


「大した事じゃないだろ?」


 トリスタンは、呆れた風に肩をすくめた。


酔狂すいきょうだね」

「どっちにしろ、あいつ、俺にも目をつけてるよ」

「それは許しがたいな」


 さらりと言ってから、トリスタンはアーサーに目をやり、俺に目をやり。何か企んだ顔をして、ふふ、と笑った。


「それで、タカシ。私に何を頼みたいのかね?」

「頼む?」

「私には関わりのない事だ。だが私の祝福は、多少の助けにはなるのではないかね」


 瞠目どうもくする。


「基本、人間には関わらないのがおまえたちだろう」


 そう言うと、「気まぐれだ」と返された。


「どうする。私に頼むかね?」

「正直、祝福とかもらえるのなら、ありがたいけれど……見返りとか要求する?」

「当然だ」

「嫁になれとか、結婚しろとか、一緒になれとかはナシだから」


 そう言うと、残念そうな顔をされた。言う気だったのか?


「一晩過ごせとか、そういうのもナシだから」

「妙に具体的だね」

「さっきケルピーに要求され、」

「なんて事を言うんだ、あの馬妖精! 何も悪さはされなかっただろうね?」

「……たけど、何とか逃げた」


 真剣な顔で俺に詰め寄ってきた妖精に、俺は気押されつつ言った。


「君はあのたぐいのものに甘過ぎるよ、タカシ。あれらは憎悪と破壊から生まれた影のものだ。君が関わって良い存在ではない」

「いや、向こうから関わってきてると言うか……、割と良い奴だぞ、あいつ」

「馬妖精に感化されたのか? 私の君が。純粋にして美しい君が! ああ、でも、君は優しい。清らかな心の持ち主だ。あの忌ま忌ましい馬妖精に、だまされても仕方がない……許しがたい、あの馬!」


 トリスタンは何やら険悪な表情になると、「やはり閉じ込めて」とか「記憶の操作を」とかぶつぶつ言い始めた。


「ええと……すみません。あなたの不穏な心の声が、音声で聞こえてくるんですが」


 恐る恐る声をかけると、にっこり笑いかけてきた。


「私は、君の為になる事しか考えていないよ」

「そこに俺の希望や要望が、全然入っていない気がするんですが。あなたの思惑のみがある、『俺の為』みたいなんですが!」

「いけないかね?」

「いけないに決まってるだろう! ちょっとでもそんな真似してみろ、二度と口きかないぞ!」


 叫ぶとトリスタンは、余裕の微笑みを見せた。


「タカシ。君にはまだ、わからないかもしれないけどね。好きな相手を独占したいというのは、男なら、誰でも持っている感情なんだよ」

「感情を持つのは仕方がありませんが、本当にやったら犯罪です。痴漢も犯罪です。犯罪は許しません」

「私を痴漢と呼ぶのか」

「おまえの手は今、どこにある」


 さりげなく俺の腰に回っていたトリスタンの手を、俺はべしっとはたいて落とした。


「見返りをくれないのかね?」

「おまえの祝福は、痴漢が見返りなのか」


 地を這うような声で言うと、トリスタンはおやおやという顔をした。


「そんなはずないだろう。合意の上で一晩」


 セクハラです。セクハラ妖精がここにいます。


「おまえそれ、ケルピーと同レベルだぞ……」

「何て事言うんだい。なら、君の心臓が百度脈打ち、その七倍になるまでの間ならどうかね」


 それってどれぐらい。


「成人男性の心拍数が一分で六十から七十……ええっと? 百度って一分半ちょいな感じ? その七倍……七百割る六十ないし七十……十分強?」


 思わず計算してしまい、首をかしげる。


「いきなり時間が短くなったな?」

「それだけあれば充分だよ。終わる頃には君は、私との結婚に同意しているから」


 ……。

 何するんですか、十分で。


「どっちにせよ、セクハラだろう。さわやかに微笑みながら言う事か。大体十分で何する……いや、言わなくて良い! 言わなくて! 子どもがいるんだぞ、トリスタン!」


 嬉々として口を開こうとした妖精を、慌ててさえぎる。


「キス! キス一回! それじゃだめか?」

「一回だけ?」

「それ以上は、俺の神経がもちません」


 肩を落として言うと、トリスタンはふふ、と笑った。


「いとけない君。愛しい者よ。けがれなき君には口づけも、未知の領域にあるものか。その聖域に、最初に触れるものと、私がなるのか」


 誰かこいつの口を閉じてくれ〜!


「ほっぺたにっ。ほっぺただけっ!」

「それじゃつまらないよ」

「つまるつまらないの問題じゃない……ちょっと待て。おまえ、ものすごく目が真剣なんだけど?」

「それはもちろん」


 す、と顎に手を添えられ、顔を上向きにされた。


「君の口づけをもらうのに、いい加減な態度では失礼だろう」


 ……。

 いや。その。だから。怖くないよお嬢さん、私がリードするからね、みたいなその目、なに。

 うわ。ちょっ、顔。近い。近いって!


「待って下さいっ!」


 どう逃げようと思っていたら、横から叫ぶ声がした。アーサー。


「どうしてタカシとキスなんですかっ!」

「どうしてって。タカシは君を守りたいんだよ。だから私に、君への祝福を頼みたいのさ」


 トリスタンが言った。アーサーが顔を歪めた。


「そんなのっ」

「必要だ、アーサー。トリスタンは魔力が強い」


 いらないと言う前に、慌てて言う。ここで彼が拒絶したら、そのままそれが『妖精からの助力はいらない』という契約になりかねない。


「正直、俺一人じゃ君を守りきれるかわからない。こいつはシーリーコートで、暗い力をはね除ける。君には必要だ」

「だったらその場合、ぼくが代償を支払うべきでしょうっ! タカシがキスされるんじゃなくてっ!」


 子どもが叫び、俺たちはぽかんとなった。


「アーサー……トリスタンとキスしたいのか?」

「違いますっ!」


 念の為尋ねて見ると、真っ赤になって怒鳴られた。


「すまないね、人間の子ども。君も可愛らしい事は可愛らしいが、私の心はタカシの元にあるのだよ」


 真面目な顔でトリスタンが言い、アーサーは憤死しそうな顔になった。


「違いますったらっ! あなたちょっと最低ですよっ! 人の弱みにつけこんでキスをさせろって、ひどくないですか!」

「言い出したのはタカシだよ? 祝福の代償にキス一回」

「でもひどいです。好きな相手にする態度じゃありません」


 アーサーはきっぱり言いきった。


「好きな人には、誠実に心を伝えるのが本当でしょう。弱みにつけこんで触らせろとかキスをさせろとか、そんなの本当の……真実の愛じゃありませんっ」


 わあ。

 正論です。でも何だか変です。

 トリスタンの目つきが、何やら不穏なものになった。俺の側から離れ、アーサーの方に向き直る。


「言うじゃないかね、人間の子ども。私の心に偽りがあると言うのか。それとも君は、君の方がタカシに対して誠実だと言いたいのかね」

「あなたよりは誠実なつもりですっ!」

「ふ。ただの人間が、タカシに何をしてやれる? 今でも、かばわれてばかりだろう」

「少なくとも、弱みにつけこんだりはしてませんっ!」


 二人は睨み合った。何なんだ、この会話。


「私は私にできうる限り誠実に、彼に対しているよ」

「ぼくだって、ぼくにできる限り誠実に、彼に対しています」

「常に真実の愛を、彼に捧げている」

「あなたの愛は、とても真実のものには見えません」


 だから何なんだ、この会話! 男三人(内一人は妖精だが)でどうして、真実の愛について語り合わないといけないんですかっ! しかも対象が俺って、どうかしてませんかっ!


「おまえら。ちょっと黙れ」


 声をかけると二人がこちらを向いた。俺は頭痛を覚えてこめかみを揉んでいた。


「なんかこう、……変だよ、会話が。成り金のセクハラ親父と保護者の男が、世間知らずの女の子を間にはさんで言い合ってるみたいに聞こえるんだけど」


 自分で言って軽くダメージを受けた。この場合、『女の子』に相当するのが自分だと気づいて。

 するとトリスタンが、「どっちが成り金かね」と尋ねてきた。


「尋ねるのそこ? おまえ」

「それはひどい。保護者と言うなら私の方が保護者だろう」

「人間の保護者は普通、保護している相手に、一晩一緒に過ごせとか言わない」


 トリスタンは黙った。衝撃を受けたらしく、「成り金」とか「親父」とかぶつぶつつぶやいていた。美意識が許さなかったのかもしれない。だが俺の受けたダメージよりはマシだろう。

 唯一ダメージのなかった子どもは、元気が良かった。


「タカシ。どうして相手に遠慮するんですか。嫌なら嫌って、きっぱり断るべきです!」

「うんまあ、それはそうなんだけどね。そう言ってられない時もある。……俺の為に怒ってくれたのか、アーサー?」


 地面に膝をついて目線を合わせると、子どもはちょっと困惑した顔になって目を逸らした。


「ぼくの為に、嫌な相手とキスをしなきゃならないなんて、……そんな犠牲、あなたに払わせたくありません」


 いや犠牲と言うか……犠牲なのか? 俺が女の子なら許しがたい事態だけど、俺、男だし。

 トリスタンが眉を上げた。


「言うじゃないかね。言っておくが、私とタカシは長い付き合いだ。彼は恥ずかしがり屋だから私の求めに応じないが、それでもわたしたちの心は、つながっているのだよ」


 つながってはいないと思う。


「それに一度でも私と口づけを交わせば、タカシは私の虜になる。嫌だなどと言うはずがない」


 なんでそんなに自信満々なんだ……。


「トリスタン……ちょっと黙ってろ。話がややこしくなるから」


 俺が言うと不満そうな顔をしつつ黙った。



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