エロトマニア
教室掃除も無事終わり滅多な話をするために部屋を変えることにした。
旧校舎地下第二音楽室。
旧校舎の第二ともなるとほとんど人の出入りはない。
使えなくなった楽器のパーツや錆びだらけの銅色の管楽器。
他にも要らなくなった模型や部活の道具が所狭しと置かれている。
もはや使わないもののはずだが、そこにはきっと私たちには計り知れない先輩方の青春の思い出がしっかり残ってるからだろう。
そしてこの部屋にはそういう捨てるのには惜しい昔の逸話アイテムが寄せ集まる効果があるようだ。
「元は音楽室なのに今はゴミ溜めみたいな場所だけれど、間藤くんの困りごとを解決するプラン作りにはちょうどいいかと思ってさ」
「何がちょうどいいんだ?」
「ここは人が集まらない。だからこそ誰かの気配がわかりやすい、ストーカーが来たら一目瞭然だよ。僕らがいるから襲われることもないだろうしひとまずはここで話をしようか」
「ストーカー退治大作戦だな!」
ストーカーか。
私からしてみれば好意の伝え方が不器用な奥ゆかしい子に思えるけれど、彼らにとっては違う。
まさか自分が想いを寄せている相手から警戒されているなんて知ったら、彼女は一体どう思うのか。
悲しいだろうな。
「……仮にも相手はあなたのことが好きな人なんだから、断るにしても優しく断ってあげて。あなたはこの手紙の送り主のことを怖いと思ってるのかもしれないけれど、この人は純粋にあなたが好きなだけ。それを忘れないで」
私の立ち位置は相楽君について回っているだけのクラスメイト。そんな私が何か彼の行動に介入するわけにはいかなかったから、言いたかったことは少なくそれだけにとどめておいた。それでも私の言葉に少しは揺らいでくれたのか間藤くんは大切な何かを思い出したかのようにハッとした。
「すまん…今のは俺が悪かった」
「それをいう相手は私じゃないわ。貴方のことを本気で思ってくれているあの人に会えたらいいなさい」
「そうだよな。俺のこと好きなんだもんなぁ……俺ずっと人に好かれようとしてきて、空ぶることが多かったのに、こうやって好きになってくれたのはスゲェありがたいことだよな」
「えぇ、とてもありがたいことだわ。だから考え直すなら今のうちよ」
あぁ結局過干渉になってしまった。
人の恋路ともなると幸せになってもらいたいから。
目の前にいる快楽魔とは異なる理由だけれど、私も局所的に属性は同じのよう。
人に幸せになってほしい。
間藤君はしばらくの沈黙ののちに俯かせた顔を上げて彼なりの正解を出そうとした。
「やっぱり俺、コイツとッ!?」
「----」
そこから先に紡がれるはずだった純愛に対する返答の言葉は悪魔によって寸断された。
利他的な利己主義者。彼の行動はいつも他人のために見える行動にして、自己の快楽のための行動だったが今回のそれに関しては例外だった。
誰のためにもならないような行動。
先ほどまで沈黙していたはずの相楽くんが唐突に間藤くんの前まで歩み寄り、彼の顔を両横からしっかりと手で抑えた。
そして、浅く息を吐いた後素早く彼に口づけしたのだった。
接吻。
何故何故何故何故何故何故何故何故何故?
側から見ているだけだった私の頭の中ですらそんな疑問で頭がショートしていた。
相楽くんは今もーーソレをしている今も!--何を考えているか分からない顔でただ間藤くんだけを見つめている。
熱い接吻を受けた間藤くんは顔を真っ赤にしながら数回痙攣した後、乱心したまま力の限りで相楽くんを突き飛ばした。
突き飛ばされた相楽くんはそのまま砲弾の如く吹っ飛び背後にあった楽器類の残骸をひっくり返しながら地面に落ちる。落ちた彼の上に派手な音を立てて管楽器やら胸像やら鳥籠やらが降り注ぎ、彼の上に山を築く。
「ばばばば、馬鹿野郎!何しやがるッ!?うぅ」
淡い恋の道から一転、腐敗した快楽の道に堕とされかかったのだからそういう反応になるのはわかる。けれど顔を赤くするのはやめなさい。別の意味にとらえられかねない。
懐古の残骸の下地となった彼がゆっくりとその山から亡者のように這い出る。
頭から一筋の血流を流してそれでもなお不気味に微笑む。
「血、血が....!」
「あ、お、すまない!でもお前が突然まさか、なぁ!?」
「そうだよ相楽君!?彼の純情を返してあげなよ!?」
動揺しすぎと言われるかもしれないが動揺した。
これをきにもし友人が脈絡もなく同性とキスしたらどうするべきかという恋愛漫画ーーもとい、対人指南書を作ろうかと思ったほどに動揺した。
最早ここまでくれば一種の修羅場である。
キスも、血流も、微笑みも。
そしてまた相楽君は微笑んだまま間藤君に近づき、間藤君はまるで蛇ににらまれた哀れな小鳥のようになすが儘にされてしまった。
両腕から抱き寄せた間藤君の耳元で艶やかに呟く。
「僕もこの手紙の彼女くらい愛しているから、一人で解決しないで。全部僕に任せてくれれば全部望むままだよ」
そういって間藤君をじわじわと陥落していった。
蛇ににらまれ、逃げ出せずじわじわと毒牙に犯されていく小鳥。
これから最愛の相手を求めた矢先に残忍にその思い事食い殺される。
その蛇にはきっと恋心もなければ愛でて育む心もない。
蛇にとっては食べることも愛することも同じ。
快楽を生むために愛する。
わがままに肉欲に溺れたいから人を使う。
私の欲を受け入れた様に、彼の悩みも解決したうえで糧とするのだろう。
少なくとも今の私にはそういう風にしか思えない。
これを愛とは認めない。
「....わかった....お前に任せるよ....ストーカー退治、よろしくな....」
「うん。任せて。僕に全て委ねてくれ」
手籠めにされた間藤君に今は考える余裕もない。素直に手紙を渡した後そのまま部屋から心を失ったかのように出ていった。
頭から血を流しているこの男の方傷を負っているように見えるが、間藤君の方が心に深い傷を負ったことだろう。
愛そうと改心しかけた心をこの男によって壊されたのだ。
たとえ彼が許してもそのことだけは私が許さない。
「なんであんなことしたの!?」
「きみこそ僕の邪魔しないでくれる?」
私の怒声にも近いそれはいとも簡単にはたき落された。
彼の声音は人ならざる冷たさが帯びていて、私の怒りなど響きはしなかった。
彼の顔を見てみると呆れたかのような、失意したかのような顔をしていた。
忘れていた。
彼に何かを願った以上私は彼と同等ではないのだ。
間藤君のように心を狂わされる側にいることをーー小鳥であることを確認させられた。
彼にとって気にいらない何かがあったんだろう。
今度は私が食べられる。
どれほど強かろうが、賢かろうが、変態であろうが関係ない。
彼は意地汚く不埒にそのすべてを快楽の下に食いつぶす。
私が彼を殺せたとしても私は彼自身には敵わない。
力関係が彼の前では成り立たないのだ。




