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全日本選手権が終わった四日後。俺は実家を訪れた。
目的は、両親に協力をお願いすることだった。
「だから、しばらく応援してください」
俺は父親の真正面に正座して、そして頭を下げた。
四年後のオリンピックを目指して、スケートを続けたい。
でも、四年後、俺はもう25才のいい大人だ。普通ならちゃんと自立していなければいけない。
そしてフィギュアスケート選手はあくまでアマチュアの世界。それだけでお金を稼いで、自立して生きていくことはまず不可能だ。
自立することを考えれば、プロに転向するという道もある。でもあくまで選手としてオリンピックを目指したいのだ。
だから、俺は考えた。どうやったら自立して、かつ四年後のオリンピックを目指すことができるか。
必死に考えた結果、出した結論。
それはコーチをしながら、選手としての活動も続けるということだった。
未央以外の生徒も教えるプロのコーチになるのだ。もちろん二足の草鞋を履くことなるし、そもそもコーチになりたいといっても、いきなりなれるものでもない。
だから、まずは絵理子コーチのお手伝いとして働かせてもらう。そして少しずつ経験を積んで、そのあと独り立ちする。
もちろん、コーチ業だけで自分のスケートにかかる莫大なお金をすべて工面することはできない。だが、幸いなことに全日本選手権のあと、ある企業からスポンサーになってもらえるという話が来た。
スポンサー料とコーチとしての収入を合わせれば、なんとか親に頼らずにスケートを続けることも可能だろう。
「今すぐには無理だけど、二年以内に自立します。だから、それまで、スケートを続けさせてください」
考えてみると、親に対してお願いをしたことなんて、いままで一度もなかった。スケートを続けることは、俺にとっては当たり前のことだったから。お願いする必要なんてないと思っていた。
でも、もう甘えていていい年ではない。
自分のことは自分で何とかする。そんな当たり前のことが、今の俺にはできないのだ。そのことをしっかり自覚したうえで、自立できるまでは応援してもらう必要がある。
「二足の草鞋を履いて、それで本当にやっていけるのか?」
と、父はそう問いかけてきた。
それは当然の疑問だろう。
「生徒を持つと、自分も頑張らなきゃってなるんだ。絶対に自分のスケートにプラスになるんだよ」
「大学を辞めたら、もう普通に就職することも難しくなるぞ」
これからは、選手としての練習に加えて、コーチとして生徒に教えることになる。当然今までより時間がなくなる。
優先順位が低い物は切り捨てなければいけない。だから、俺はスケートに専念するために、大学を辞める決意をしていた。
大学三年生まで私立大学の高い学費を出させておいて、本当に今さら何を言ってるんだって話だろう。
だが、それが今はベストな道だと思った。
父さんは、黙り込んで、しばらく机の真ん中を見つめた。
だが、やがてため息をついて、
「お前がそうしたいなら、そうしろ」
明後日のほうを向きながら、そう言った。
「ありがとうございます」
俺はもう一度、深く頭を下げる。
……これで、なんとかスケートを続けられる。
「真面目な話は終わりにしよう」
と、父さんは立ち上がる。
「―全日本制覇のお祝いに――ケーキを買ってきたんだ。いまコーヒー淹れるからみんなで食べよう」
父さんはキッチンのほうに行ってケトルの電源を入れるのだった。
(END)




