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スケート&スカート!  作者: 天川太郎
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4


 ♪


「それじゃぁ、いただきます」

 四角いテーブルを、四人で囲う。全ての面に人が座ってご飯を食べるのは、ものすごく久しぶりだ。

 ――翔馬がアメリカに行く前は、それが当たり前だったのだが。

 今日の夕飯は餃子だった。うちでは、誕生日や試合が終わった後など、ちょっとしたイベントの時に食べる定番のメニューで、俺もレイカも大好物だった。いつもならちょっとしたお祭り気分なのだが……

「……」

「……」

 だが、こんなにも重たい空気が流れる食事は久しぶりだ。

 俺とレイカとコーチは、もうかれこれ10年も同じリンクで練習してきた。共有した時間は、両親のそれよりも長い。だから今更話すことはそんなになく、毎日の食卓が大盛り上がり、なんてことはほとんどない。

 しかも今日は、コーチが餃子を焼き続けているので、キッチンとテーブルを行ったり来たりで慌ただしい。

 なので、必然的にテーブルでは俺とレイカと未央が話すことになるのだが。

「……」

「……」

 レイカと未央は、餃子を口に運ぶ時以外、一切口を開こうとしなかった。 

 未央が黙るのはわかる。なにせいきなり知らない人間の中に放り込まれているのだから。

 だが、なぜレイカも黙る?

 彼女はリンクでも年下の子供たちのお姉さん的な立ち位置で、年下の扱いには慣れているはずだ。

「……」

「……」

 なのに、今日のレイカはずっと黙り込んでいる。あからさまとは言わないが、ちょっと不機嫌そうだ。

 それからご飯を食べ終えると、未央は「ごちそうさまでした」という言葉を残して、二階に与えられた自分の部屋に引き上げていった。コーチは風呂に。俺とレイカは特にやることもないのでリビングに残る。

 しばらく俺たちは何をするでもなく、興味のないテレビのニュースを見ながらぼうっとする。

 俺はふとこんなことを聞いてみた。

「最近、授業行ってんの」

 大抵、トップクラスのフィギュアスケート選手はほとんど学校に通わず、代わりに毎日練習している。少なくともレイカも昔はそうだった。

「今年はちゃんと行ってるよ。練習もあんまりできないし、学校くらい行かないと」

「それは偉いな」

 俺はトップレベルの選手というほどでもないくせに、大学の授業にほとんど行っていない。多分、練習がなかったとしても大学の授業に行こうとは思わないだろう。

 親を納得させるためだけに入学したのだから。

「そういえばさ、先週、就活セミナーがあった」

 と、レイカは大学の何気ない出来事を報告する。

 ――俺たちは20歳。大学3年生。来年の四月にはいよいよ就職活動が始まる。新卒という最強のカードを切れる千載一遇のチャンス。多くの人間にとって、それからの4、50年の人生を左右するたった一度の勝負が迫っているのだ。今の時期が人生においてどれだけ大事なのか、わかっているつもりではあった。

 だが、毎日最低8時間もの長い時間を好きでもないことに費やすなんて、考えただけでもぞっとした。

「どうだった、セミナー」

「うん、なんか本に書いてあることを読み上げるだけだった」

「じゃぁ行かなくてよかった」

「うん、行かなくていいよ」

 俺はなんでもないよという風に装ったが。でも内心、すごく焦っていた。

「レイカはさ、就活とかするの」

 レイカが怪我をする前だったら、こんな質問をすることはなかっただろう。

 史上最高の才能と、オリンピックのメダリストという輝かしい実績を持ち、そして何より世界一フィギュアスケートを好きな人間が、普通の会社員になるわけがない。

 だが、怪我をしてトップの座から転落してしまった今なら話は別だ。

「うーん、どうなのかな」

 彼女は苦笑いして言った。

 彼女の美貌と、輝かしい実績があれば、例えば芸能界で生きていくこともできるだろう。もちろんプロショースケーターという選択肢もあるし、それこそコーチになっても大人気だろう。

 オリンピックの金メダルという夢は消えてしまったかもしれないが、道はいくらでもある。

「正直今は何も考えてない。リハビリで精一杯だったし……」

 それも仕方がないことだろう。

「歩夢は?」 

「俺は……正直わからない」

 人気のあるレイカと違って俺は平凡な選手だ。今の所フィギュアスケートだけで食べていけるような実力はない。

 だったら、普通に就職をしなきゃいけない。普通に会社に入って、自分で生きていくお金を稼がないといけない。

 でも、まだ20歳。女子と違って、男子は20代前半が伸び盛りだ。だから今から頑張っていけば、もっともっと上達して、今より試合で活躍できるような気がしていた。

 だが、だからと言ってスケートで食っていけるかと言われると……答えに窮する。

 つまり、俺にしても、レイカにしても、難しい選択を迫られているのだ。

 夢を追うか。現実を見て、一人の人間として生きていくか。

「ねぇ、歩夢」

 レイカが改まって呼びかけてくる。

「コーチなんてやらないよね」

 少し唐突な確認。

「やらないよ」

 俺は即答した。

 だがレイカはそれでもこう言った。

「私、反対だから」

 反対。そんなネガティブな言葉が彼女の口から出てきたことに驚いた。

「やらないって」

 俺が答えるとレイカは「ならいいけど」と言って口を閉じた。

 そしてしばらくの沈黙。俺が次の言葉を見つけられないでいると、

「私は、歩夢には滑ってて欲しいから」

 彼女は呟くようにそう言った。

 それは――“私がちゃんと滑れない分”という意味だろうか。

 それから、レイカはまた黙り込んだ。そしてその後、彼女はわざとらしく「よっこらしょ」と言って立ち上がった。

「久しぶりに長めに練習したからちょっと疲れた。もう寝ようかな」

「ああ、俺も寝るわ」

「じゃ、おやすみ」

「ああ」


 ♪

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