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テレビの取材が終わった後、いったんシャワーを浴びて着替えを済ませた。
スケート靴と衣装を脱いだ時、長い戦いが一旦終わったのだと強く実感した。
荷物をカバンに詰め込んで更衣室を出ると、
「歩夢」
この十年間を共に戦ってきたリンクメイト――近藤レイカが待っていた。
オリンピック出場を逃したフリーから一日。彼女がこの一日をいったいどういう風に過ごして、どういう風に気持ちの整理をつけたかはわからない。
でも、少なくとも今は、その表情から絶望は感じられなかった。
「ずっと考えてたんだ。今年の全日本が終わった後、どうしようかって」
フィギュアスケートの選手生命は長くない。
女子の場合それは特に顕著だ。だいたい15、6才で身体能力がピークに達する。その後は基本的には下り坂だ。
そして残酷なことに、オリンピックは四年に一度しかない。
もしレイカが次のオリンピックまでスケートを続ければ、その時25才。少なくとも近代において、25才ででオリンピックを制した女性は一人もいない。それどころか、オリンピックの金メダリストの多くは十代の選手だ。
彼女が次の四年間を戦っても、オリンピックで金メダルと取るどころか、出場することさえ危ういだろう。
だったら。21歳。オリンピックイヤー。今以上の引き際はないだろう。
――でも。
「やっぱり、次のオリンピックを目指そうと思う」
レイカはそう言い切った。
「歩夢の演技を見て、やっぱりスケートは何が起こるかわからないって思ったから」
彼女は笑って、そして自分の――金属が支えているその右足をさすって言った。
「足はろくにいうこと聞いてくれないけど、それでもまだ滑れる。まだ上手くなれると思うんだ」
そうだよな。
次のオリンピックで金メダルを取れる可能性は低い。
出れるかどうかだってわからない。
それでも、俺たちは滑り続ける。滑れる限りは。
だって――フィギュアスケートが好きなんだから。
フィギュアスケートで一番になるって決めたんだから。
「俺も、やっぱりオリンピックで一番になるまでは諦めない」
例え、ソチに行けなくても。
いや、もしかしたら平昌にだっていけないかもしれない。
でも、そうなったとしても、俺は絶対に諦めない。
その覚悟が今は確かにあった。
と、その時、
「白河さん」
後ろから呼びかけられ、振り返ると、そこにはスケート連盟の職員がいた。
どうやら――審判の時がやってきたらしい。
「選考の結果をお伝えします」
そして、その口から――冷酷な現実が告げられる。
「――代表は、白河翔馬選手に決まりました」
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