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スケート&スカート!  作者: 天川太郎
34/40

33


 ♪


 全日本選手権、男子フリースケーティング。

 第一、第二、第三グループと進む中、俺はゆっくりコンディションを整えていった。

 そして六分間練習もこなして、後は自分の演技を待つだけだ。

 俺は最終滑走。そして翔馬がそのひとつ前、五番滑走だ。

「今、第四滑走が終わった」

 裏で体を温めていた俺に、絵理子コーチがそう呼びかける。

「今いく」

 リンクサイドに出ると、既に翔馬は氷上にいた。その姿を見据えつつリンクサイドに佇む。

 前の選手の得点が出るが、それに対する興味は、正直なところほとんどの観客が持っていないだろう。観客が高いお金を払ってチケットを買ったのは、半分以上、白河翔馬の演技を見るためなのだから。


【――白河翔馬さん】


 大歓声の中、リンクの中央へ向かう翔馬。

『さぁ、白河翔馬の演技。曲はグラディエーター。命を賭して戦う剣闘士の物語です』

 絶対王者としてスケート界に君臨する彼が、今日は奴隷の身分に身を落とす。絶対的な皇帝を前に、屈することなく戦う剣闘士の演技だ。

 一体彼は何と戦っているのだろう。

 何が彼を追い詰めるのだろう。

 どうして、そんなに鬼気迫る表情で演技に臨めるのだろう。

『さぁ六連覇をかけた戦いが始まります』

 その佇まいはまさに剣闘士そのものだった。生と死の境目で戦う男の背中。

 そして彼が滑り始めると、銀盤の景色が一変。リンクが一瞬でコロシアムに変わる。

 さぁ、昨日は完璧に決めて見せた四回転。当然今日も――

『四回転のトウループ』

 まるで空にかかる虹のように大きな弧を描いたジャンプ。そのあまりの美しさに、心を打ち砕かれそうになる。

『今日も決めたァ!』

『完璧なジャンプでした』

『さぁ、次も四回転。今度はコンビネーションです』

『四回転トウループ、三回転のトウループ』

『四回転、三回転! これも鮮やかに決めて見せました』

『入り方、高さ、流れ、隙がありません』

 やはり翔馬は決して失敗しない。これだけ難しい技をやっていて、それでも失敗しないのだ。

 シュートを絶対に外さないサッカー選手、ホームランしか打たない野球選手、絶対にサービスエースを決めるバレーボール選手。そんなやつらは世の中にはいない。

 けれど最高難易度のジャンプを、絶対に成功させるフィギュアスケート選手がここにはいる。それが白河翔馬だ。

『そしてアクセルジャンプは――』

『トリプルアクセル。完璧です』

 まるで嵐のように高難度の技を連続で繰り出す冒頭から、音楽はさらに激しさを増す。

『さぁ、コレオシークエンス』

 リンクをめいっぱ使って、コロシアムの観衆を煽るようにステップを刻んでいく。

 そして嵐が過ぎ去り、一転スローパート。

 だが、彼はここでも観客を魅了し、そして得点を稼いでいく。

『スピンのポジション、回転速度も素晴らしいです』

 一つ一つ丁寧に技をこなすが、決して小さくならない。ダイナミックさと繊細さ、その二つが彼の中には両立している。

『さぁ、ここから演技後半に入ります。まずはトリプルアクセルからのコンビネーションを予定』

 だが、ここで違和感に気が付く。ここは本来ならトリプルアクセルからコンボの予定だった。

 だが翔馬が跳ぼうとしているジャンプは、明らかに予定していたアクセルではない。

『これは……』

 ありえない。

 あっていいはずがない。

 理性がそれを否定した。

『四回転のサルコウ!』

 でも現実だ。

『なんと、三本目の四回転ッ!』

「嘘だろ」

 翔馬が三回目の四回転を跳んだのだ。

 彼は今まで演技の中に三回目の四回転を組み込んだことはない。今シーズンも――少なくとも昨日まで、その気配はなかった。

 それなのにいきなり挑戦して、そしてそれを成功させてみせた。

『なんということでしょう。白河翔馬、三本目の四回転を演技後半に成功させましたッ!

 翔馬より四回転を一本多く跳んで差をつける。その作戦は根底から崩れ去ってしまった。

『トリプルルッツ、ダブルトウループ、ダブルループのコンビネーション』

『三連続も決まるッ!』

 そこからも彼の演技は一切乱れなかった。

『トリプルアクセル、ダブルトウループ』

『いったい、何が彼をここまで突き動かすのか!』

 ジャンプだけじゃない。スピンも、ステップも完璧にこなしていく。

『トリプルフリップ』

『もう誰も彼を止めることはできません!』

 わずかな綻びさえない。すべての要素が、一本の川のように流れていく。

『さぁ、歴史を変える演技を締めくくる、ストレートラインステップシークエンス!』

 観客の大歓声と、それに負けないほど熱いステップが呼応して、リンクを激しく揺らす。

 最後の最後まで、拍手が鳴りやむことはなかった。

『我々は、フィギュアスケートの歴史の、新たな扉が開くのを目撃しましたッ』

 リンクに無数の花束が投げ込まれる。

 ――俺はエッジカバーを外し、翔馬がリンクを上がるのと入れ替わりに氷上に繰り出した。

 フラワーガールたちが必死に花束を回収する中、少しずつ体を動かす。

 身体が硬くなりすぎない程度の、適度な緊張感。

 フラワーガールがリンクから出ていったところで、俺はループジャンプの軌道を確認する。自分が跳躍しているそのイメージを確かなものにしていく。

 二回その動作を繰り返したところで、アナウンスが会場に流れた。 


【白河翔馬さんの得点――】


 スコアが聞こえることはなかった。大歓声に上書きされてしまったからだ。

 だが、その得点がどれだけのものだったかは、実際の得点を聞くまでもなくわかってしまう。

『なんと、300点を超えてきました! 白河翔馬、全日本の歴史を塗り替えました!

 いや、得点なんて関係ない。彼の演技はとてつもないものだった。

 歴史に残る演技。まさにそういう演技だった。

「すごいな演技だったな」

 恵理子コーチが、大きくも小さくもない声でそう言った。

「間違いない」

 俺も、それに同意した。

 翔馬の演技のすごさを素直に認めた。

 ――客観的に見れば、もうオリンピック選考会は終了したといっても差し支えない。

 四年間負けなしの男が、自分のベストを超える演技をしたのだ。勝負ありだ。

 だが、不思議と恐れや諦めはなかった。

 リンクは翔馬の生み出した熱気の中にある。観客たちは、次の選手の演技がまさか前の演技を超えるものであるはずがないと、無意識にそう思っているはずだ。

 だからこそ――熱い。身体から熱がどんどん出てくる。

 世界一のフィギュアスケーター、白河翔馬。それが完璧な演技をこなして見せた。

 でも、だからこそ。

「俺が勝つ」

 宣言する。自分を鼓舞するために、というよりは、心の底からそれが可能だと信じているからこそ。

 コーチはただ頷いて、こぶしを突き出した。

 俺はそれに自分のこぶしをトンとぶつけ、その反動で踵を返して、リンクへと滑り出した。


【――24番、白河歩夢さん。千葉クリスタルパレス!】 


 歓声。それは白河翔馬に向けられたものの、一体何分の一だろうか。

 きっと、今観客たちは余韻に浸っている。白河翔馬の圧倒的な演技に満足しきっている。

 だが、それは間違いだと、俺が証明してみせる。

 おそらく観客たちは、俺が白河翔馬に勝てるなんて思っちゃいない。だからこそ、俺がもし勝ったら、いったいどれだけのサプライズになるだろう。

 そして、その可能性はゼロじゃないのだ。

 翔馬に勝つために用意した作戦。それは彼よりも四回転を多く跳ぶというものだった。

 だが彼が3本目の四回転を成功させた以上、このままでは勝てない。

 ならどうする?

 単純な話じゃないか。

 ――もう一つ、足せばいい。

 驚くほどシンプルな答え。

 だが、一つのプログラムで4本の四回転なんて、誰も成功させたことがない。

 しかも、俺が演技に加えようとしているのは2度目のサルコウではない。

 そうではなく――まだ誰も成功させたことがない技だ。

 練習でさえ演技に入れたことがないその技。

 そんな技、この土壇場で成功するわけがない。

 でも、それしかない。

 迷いはなかった。

『ショート一位、白河歩夢の登場です』

 さぁ、もう待ったはなしだ。

 明日こそは翔馬に勝つと決めて滑ってきた。

 だが、それではだめなのだ。

『オリンピックへの切符はたった一つ。それを手に入れるにはスケート界のレジェンドを――白河翔馬を、倒さなければなりません』

 無敗の男に勝つ。

 今こそその時。

 今日こそその日。

 明日でも、

 来週でも、

 来年でも、

 四年後でもなく。

 ――今日、翔馬に勝つ。

『彼の思いを乗せたプログラム。“ジキル&ハイド”より』

 嵐の前の静けさ。

 鐘の音が、演技の開始を告げる。

 リンクを一周して加速。自分で生み出した風の心地よさに身をゆだねる。

 白河歩夢が、白河翔馬に勝つためのとっておきの秘策。

 それは、世界初への挑戦だ。

 普通に考えたら、この絶対に失敗が許されない大一番で、ぶっつけの技に挑むなんて無謀そのもの。

 だが、その無謀の先にしか勝利はないのだ。

 失うものは何もないからこその挑戦。

 ――ふと観客席に未央の姿を発見する。

 そういえば、前にアイツにはこの技を見せたっけ。

 あの時も準備なんて全くしてなかったけどうまくいった。

 だから、今日もきっとうまくいく。

 スリーターンから遠心力を生み出し、体を沈めて反動も使う。全ての力を、ただ天へと向けて、跳び上がる。

 確かな跳躍。

 刹那の飛行。

 意識さえ薄れてしまいそうになるほどのすさまじい遠心力。

 そして次の瞬間、絶望的なまでの衝撃。悲鳴をあげる。俺の右足が。

 だが。

 ――ブレードが深く、深く氷を削っていった。

『よ、四回転!』

 ――右足はしっかり持ちこたえた。

『ループ! 四回転の! 四回転のループです!』

 完璧だった。自分でそう確信できるほど、非の打ちどころのないクワドラプル・ループ。

『これは、世界初のジャンプ! 白河歩夢、世界で初めて四回転ループを成功させました!』 

 これが俺の用意した作戦。

 翔馬よりも難しい演技構成にする。

 単純で、そしてものすごく難しい作戦。

 その最初の技が成功した。

 だが、まだここからだ。四回転一つではとても翔馬には勝てない。

 すぐさま、二本目のジャンプへの助走。次も四回転ループに勝るとも劣らないジャンプ。

 左足のエッジに重心を乗せる。その反動がそのまま跳躍に。同時に振り上げた右足のエッジが氷を撫でる動作から、体をひねって回転力に。

 すべての動作がわずか一秒に凝縮され、そして大きな旋風を巻き起こす。

『四回転のサルコウ!』

『二つ目の四回転ッ!』

 ――二つ目、成功。いつもならここでガッツポーズの一つでも飛び出るところだが、今日はそうはいかない。

 前半に残ったもう一つのジャンプも、やはり四回転――。

 今度は助走は短め、そして多少のステップを挟む――ターンから左足のトウをついて、

『四回転のトウループ!』

 三度四回転を降りて、初めて小さくガッツポーズ。

『三つめの四回転ッ!』

 ここからはスローパート。しばし、スケートを楽しんでいこう。

 まずはデスドロップからのシットスピン。キャノンボール、パンケーキとディフィカルトポジションの連続から、手の位置で回転に変化をつけていく。

 さらに、今度はキャメルスピン。努力の末会得した少々不格好なドーナツスピン。背中を沿って、指でトウをつかみ円を描く。チェンジエッジも忘れない。

 そして、全身でスケートを表現するコレオステップ。

 極限まで抵抗を少なく、大きく滑っていく。

『ずっと弟の翔馬選手の陰に隠れていました。しかし、今こそその時、今日こそその日。歌詞に込められたその思い。オリンピックへの、思いを今演技にぶつけます』

 ここで演技は折り返し地点だが、密度は後半に行くにつれてどんどん上がっていく。

 まずは畳みかけるような怒涛の5連続ジャンプ。

 その一つ目は、おそらくプログラムで最後の難所となる。

 今回は本当にミスが許されない。わずかにでもグラつけば、とんでもない減点になる――

 だが、今なら。

 吸い込まれるようにターンして、左足のトウを氷に突き刺した。

 四回転、そして次の瞬間には俺の右足は再び氷をとらえる。だが、そこでは終わらない!

 もう一度体を引き絞って、ワンモアジャンプ!

『四回転のトウループからトリプルトウループ!』

『なんと、この全日本の歴史上はじめてッ! 四本目の四回転、成功ッ!』

『基礎点14.6が1.1倍に。さらにGOEの加点が3点近くつきます!』

 これで四本の四回転は成功――

 だが、ジャンプはあと四本もある。

 次は、四回転を上回る高得点――アクセルからのコンビネーション。

 トリプルアクセルは、四回転にも勝るとも劣らない難易度を誇るジャンプだが、俺にとっては最も得意とするジャンプ。それゆえ、このジャンプを考えうる限り最も難しい組み合わせで跳ぶ。

 跳躍から三回転半、そして軸足が氷に付いた次の瞬間、すぐさま一回転とともに足を換える。そしてトウをついてもう一度三回転!

『トリプルアクセル、シングルループ、トリプルフリップの三連続』

『トリプルフリップとのシークエンス!』

 難しいアクセルからのコンボも軽く決まる。

 今ならどんなジャンプでも、100回やって100回成功させられる気がする。

 そして、高難度のジャンプを立て続けに成功させたことで、俺の中にさらなる挑戦心が生まれていた。

 世界で初めて四回転ループを成功させたのだ。もうアクセルもループも、失敗するはずがない。

 だから俺は、もう一つ、とんでもないコンボを入れることにした。

 おそらくこの技も、決まれば世界初――。練習でさえ挑戦したことの技だが、今なら。

 アクセルジャンプの軌道から、再び高く跳び上がる。

 完璧な三回転半。右足に全ての体重が乗る。だが、そこで俺はフリーレッグを軸足から離すことなく、再び着氷した右足のバネだけを使って、ワンモアジャンプ。

 ――ファーストジャンプより高く跳び上がる。

 そして完璧な三回転から着氷!

『トリプルアクセル、トリプルループッ!』

 再び俺の右足が氷をとらえた瞬間、叫びだしたくなる衝動を抑えることができなかった。

『三回転半から三回転のループ! これもおそらく世界初の技です』

『凄まじいコンボの連続ッ!』

 休む間もなく、次のジャンプ。

 もはや助走はいらない。この高揚感だけで十分だ。

 ステップから直接、なんの躊躇もなく。

『トリプルルッツ!』

『ここまでノーミス! さぁ、ジャンプはあと一つ!』 

 もう恐れるものなんて、何もないッ!

『トリプルサルコウ』

『決まったぁッ!』

 ジャンプはすべて成功。だが演技はこれでは終わらない。

 体力的にはかなりキツイ。

 8本のジャンプを着氷した右足は悲鳴を上げている。

 けれど、そんなことはどうだっていい。

 今、この瞬間、最高のスケーティングができてる。

 だからもっと滑りたい!

『さぁ後は、この美しいメロディに乗せて、駆け抜けるだけ! ストレートラインステップシークエンスッ!』

 リンクの端に立ち、60メートル先を見据える。そこは近くて、けれども遠い。

 ここからあそこまで、ステップとターンをいくつもこなしながら進んでいかなければいけない。

 このストレートラインは、決してまっすぐな道のりではない。何度も遠回りして、転びそうになりながら、それでも進んでいく道だ。

 でも、それが俺にとってのフィギュアスケートだから。

 滴る汗を振り払うように、再び進み始める。

 ――音楽をとらえていく。もっと、もっと、もっと細かく。音符の一つ一つを。自分の足に付いた二つのブレードでメロディを奏でていく。

 一歩一歩、深く、深く、エッジを傾けて。画家が筆を振るうように、これまで積み上げてきたものを、氷に刻み付ける。

 そして、ステップの勢いを助走にして、最後のコンビネーションスピン。

 速く、極限まで速く。どんどん肢体を体の中心に引き付けて、脳がはちきれそうなくらいの速度で。

 そして曲の終焉とともに回転をほどき、まぶしい天へと手を伸ばした。

 ――もう俺を支えてくれたメロディはない。

 代わりに、歓声だけが降り注ぐ。

『前人未到! 四分半の中に、四本の四回転!』

『いやぁ……本当に……言葉がありません』

 手を下ろし、視線をスタンドに向けた。そこには総立ちになって揺れる観客。

 花束やぬいぐるみが次々とリンクに投げ込まれる。歓声は鳴りやまない。観客たちは隅から隅まで総立ちで俺に――この俺に拍手を送っている。

 恵理子コーチは、言葉もなく抱擁でもって俺を迎えた。彼女の胸にほとんど飛び込むように身を投げ入れる。

 しばらく――時間にして数秒かもしれないが――抱き留めてもらった後、なんとか体に力を入れてコーチから離れ、エッジカバーを受け取る。

 ブレードに付いた氷を払うことさえ億劫で。無造作にカバーをつけ、キスアンドクライへと向かった。

 ソファーに座り、カメラに手を一振りすると観客たちは凄まじい熱量を帯びた歓声を返してきた。

『暫定値ではありますが、技術点では断トツの一位。全ての要素に出来栄え面、GOEで大きな加点がついています』

『ジャンプだけではなく、スピン・ステップにも気迫がこもっていましたね』

 机の上に置かれたミネラルウォーターのフタを、残こされたわずかな力で開けて、一気に半分を飲み干す。

「最高だったよ」

 演技後、コーチが初めて口を開いた。

「ありがとう」

「アクセルとループのコンボなんて、見たことないぞ」

「俺もないよ。演技中に思いついたんだ」

 そもそも男子でも女子でもトリプルループをセカンドジャンプにつけることができる選手は多くない。

 まして、それをトリプルアクセルにくっつけるなんて。ループを得意とする俺にとってさえ無謀な挑戦だった。

 まぁ、それでも成功したから結果オーライというやつだ。

「さぁ、どこまで点数が出るかな」

 今の自分にできる演技はした。その自負はあった。

 でも、翔馬の点数を超えられるか、それはまた別の問題だ。

『翔馬選手も今日はいつにもまして素晴らしい演技をしました。果たしてそれを超えられるか』

『ショートの点差もありますし、フリーの技術点は歩夢選手の勝ちです。後は、演技構成点がどこまで伸びるかですが……』

 翔馬を超えるには何点が必要か計算する気力はない。今さらそんなこと考えたって意味がないのだから、後は待つだけだ。

『夢を掴むのは、兄か、弟か』

『さぁ――得点が出ます』


【――白河歩夢さんの得点】


 会場は一気に静まり返る。

 心臓がギュッと収縮する。

 そしてすぐさま、機械的に点数が読み上げられて――

 ――会場は複雑な色の絶叫に包まれた。

 俺はソファーに脱力してもたれかかった。

 ――勝負が終わったと思ったら、勝負はまったくわからなくなった。


 ♪


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