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全日本までの日々はあっという間に過ぎ去った。
最初の週には、全日本ノービス選手権が行われた。
未央は、関東大会の時を超えるような素晴らしい演技をした。
だが、結果は十一位。
未央の演技がショボかったわけでは決していない。そうではなくて、全国大会の壁が厚かったのだ。
関東大会で優勝できたのは、周りのライバルたちが大ゴケしてくれたことと、そもそも他に比べて関東ブロックは選手の層が薄いことが理由だった。
関東大会なら奇跡も起こせたが、全国の強豪選手が集まった全国大会では、11位でも大健闘だ。
――いずれにせよ、それで俺と高橋未央という天才少女の仮の子弟関係は終了したのだ。
未央のお父さんが長期出張から無事帰ってきて、予定通り未央は自分の家へと戻っていった。
再びコーチとレイカと三人暮らしに戻った我が家だったが、そのさみしさに浸る余裕はなかった。
いよいよ俺たちにとってもっとも大事な大会の幕があがるからだ。
全日本選手権。
フィギュアスケート大国・日本のトップを決める大会。同時に――オリンピック代表の座を争う場でもある。
試合は明後日から。まずは女子シングルのショートが行われる。
――レイカは、関東大会を勝ち抜き、さらに東日本大会もなんとか戦って、全日本への出場を決めていた。
そして今日、レイカが一足先に現地へ向かうことになっていた。
俺はレイカが出発する前に自分の練習に行かなければいけないので、その前に一言声をかけておこうと思って、彼女の部屋を訪れた。部屋の扉は開け放たれていた。
「もう行くのか」
と、声をかけながら部屋の中に入って――驚いた。
部屋の壁には本棚があって、そこには彼女がこれまで取ってきたメダルやトロフィーが並んでいた――この前までは。
全日本選手権、グランプリファイナル、世界選手権――そしてオリンピック。無数のメダルが並んでいたはずなのだ。
だが、本棚は空になっていた。
「お前……メダルはどうしたんだよ」
聞くと、レイカは答えた。
「捨てた」
笑顔でも、悲しい表情でもなく、ただ淡々と彼女は言った。
「どうして……?」
そして、俺が聞くと、彼女はほんのわずかにだけ笑みを浮かべて言った。
「私が欲しいのは、一つだけだから」
四年前のオリンピック。
レイカは金メダルの最有力候補だった。
才能に恵まれた上に、努力も他人の倍した。世界ランキング1位、世界選手権二連覇、グランプリファイナル三連覇――実績も抜きんでていた。
だが、彼女は金メダルを取れなかった。
運命のいたずら。そう言うしかない。だって、誰がどう見ても四年前、世界一のスケーターは近藤レイカだったのだ。それなのに彼女が金メダルを取れなかったのを、運命のいたずら以外になんと言う?
それでも、彼女は諦めずに四年後を見据えて再び歩みはじめた――その矢先、怪我をした。
今、彼女はオリンピックへ参加することさえ叶わないであろう状況にある。
国際大会で活躍する上位選手がほとんど参加しない東日本選手権でさえメダルを取れなかった。いまだに難しいトリプルジャンプは飛べず、プログラムには二回転を織り交ぜている。そんな状態で全日本のメダルを取れるわけがない。
近藤レイカの競技人生はきっと終わりに近づいている。
だが、彼女はこれまで積み上げてきたものを全て捨てて、このオリンピックに挑もうとしていた。
彼女がどんなにいい演技をしても、オリンピックの代表になれるはずがない――それでも戦うのだ。
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