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遠征からこれほど暗い気持ちで帰ってくるのは久しぶりだった。
飛行機に乗っている間、窓越しに雲を眺めながら、飛行機がこのへんで落ちてくれたらラクなのにと本気で思った。別に試合で勝てないのはいつものことだったから結果は割とどうでもいい。
暗い気持ちになる一番の原因は――弟子の存在だった。情けない姿をさらしてしまったという羞恥心。
いったいこれからどんな顔をして彼女に指導するというのだ。何を言ったって、説得力なんて皆無だ。
恵理子コーチは、道中、終始パソコンと向きあいなにかの書類仕事に追われていた。いや、本当は気を遣って仕事に追われているフリをしてくれただろう。
10時ごろ現地を出発して、昼頃羽田の空港に着く。そしてそこから一時間電車に揺られて地元の駅にたどり着いた。
コーチは直接リンクに行くと言ったので、途中で別れる。俺はいったん家に帰って、午後から練習の予定だった。
重たい足取りでスーツケースを引っ張りノロノロ歩く。だが、どれだけゆっくり歩いても、家には着いてしまう。
「ただいま」
と、小さな声でそう言うと同時に、足元を覗くと――幸い未央の靴はなかった。
それでようやく安堵のため息をついた。
土曜日だからてっきり家にいると思ったが、練習かなにかに行っているのだろうか。
俺はスーツケースを玄関に放り出して、靴下を脱衣所に投げ込み、その足でリビングに行ってソファーに転がり込む。
何かする気にはなれず、目を閉じて、この現実から逃げようと――
だが、次の瞬間、俺は飛び跳ねた。
急に電話が鳴ったからだ。あわてて立ち上がり、受話器を取る。
「もしもし、神崎ですが」
次の瞬間、リンクの氷よりも冷たい声が聞こえてきた。
「高橋と申します。娘の未央がお世話になっております」
相手は未央の母親だった。俺は電話だというのに、反射的に背筋を延ばした。
「あの、えっと、白河です。あの、神崎コーチに教わってる」
しどろもどろになりながら答える。
「白河さんでしたか。ちょうどよかった」
そこで、どうやら未央のお母さんは俺に話があったらしいということがわかり、一気に緊張が走る。
「突然ですが、来週土曜日か日曜日、お時間をいただけないでしょうか」
「えっと、来週ですか。コーチは不在にしているのですが……」
一応その事実を伝えてみるが――
「構いません。白河さんにお話があるので」
「……わかりました。えっと未央は?」
「未央も呼んでください。具体的な時間帯ですが――」
日程をつめたあと、未央のお母さんは「ではよろしくお願いします」と機械的に言って電話を切った。
――一体、何の話があるというのか。
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