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スケート&スカート!  作者: 天川太郎
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 ♪


 いよいよ試合開始。未央は第二グループになったので、俺と一緒に観客席で試合の進行を見守る。

 リンクでは、第一グループの6人が六分間練習を行っていた。

 そして、リンクサイドに目を向けると、大きなカメラを持った人たちが数人見える。

「テレビの取材があるんですか」

 と、未央が聞いてくる。

「ああ、普通はこんな小さい大会に記者なんてこないんだけどな。未希ちゃんが今シーズン初演技を披露するとなれば、話は別だよな」

 かつて、日本の女子フィギュアスケート人気をけん引したのは、言うまでもなくレイカだった。だが、彼女が上位争いから脱落した今、スケート界はレイカに代わるスターの出現を切望している。

 そこに、国民的子役出身の実力派スケーターが現れれば、そりゃメディアも群がるというものだ。

 実際、数台のカメラの矛先は常に未希ちゃんに向けられている。他は眼中にないと言う感じだ。

「っていうか、お姉ちゃんの試合見に来たことないのか」

 俺が聞くと、未央は「ない」と即答した。

「興味ない」

 今朝から感じていたことだが、未央と未希は、さほど仲のいい姉妹ではないらしい。

 会ってすぐに喧嘩をしだす、と言うようなことはないが……どうにも冷めている気がするのだ。

 思春期ならいざ知らず、この年頃で既に仲がよくないと言うのは、少々珍しい気もしたが…………自分には経験があることなので、理解できないことではなかった。

 今の俺と翔馬もだいたい同じような感じだ。

 喧嘩するほど仲がいいというが、俺たちはほとんど喧嘩しない。会話もほとんどない。


【選手の皆さんは、六分間練習を終了してください】


 公式試合さながらのアナウンス。

 リンクで滑っていた六人のうち、未希ちゃんはただ一人リンクに残る。

 くじ引きの結果、未希ちゃんは栄えあるトップバッターを引き当てていた。

 ――それは、他の選手にとってあまりに残酷なことだった。

 主役ちゃんの前に滑るのであれば、まだ前座になることができる。 

 でも主役が真っ先に滑ってしまったら、その後に滑る人の演技は全て蛇足にしかならない。


【――一番、高橋未希さん】


 身内から飛ぶ声援と、スチールカメラの音に応えながら、彼女はリンク中央へと滑っていく。

 そして中央でポーズ。数秒後、曲が始まる。

 “トゥーランドット”。

 滑り出した瞬間、隣で未央が息を飲んだのが聞こえた。

 ――無理もない。

 滑り出した。ただそれだけのことだが、ここまで差が付くのだ。

 わずかな助走でいっきにスピードをつけ、難しいターンをしてもまったくスピードが落ちない。そして身のこなしに華がある。

 流石の未央も、単純に“滑る”という行為において、自分が圧倒的大差で負けているという現実を受け入れざるを得ないだろう。

 だが、未希ちゃんが得意なのはスケーティングだけではない。

 さぁ、まずはジャンプ。

 彼女が跳ぶのは最高難易度の三回転、トリプルルッツ。

 完璧なエッジさばきから離氷、そして完璧な空中姿勢の後、再び氷上に舞い戻る。

 ――だが、それだけでは終わらない。着氷後ただちにもう一度トウをつく。

 ファーストジャンプよりもさらに高く舞い上がる、トリプルトウループ!

 ――三回転+三回転。

 長らく女子ではトップレベルの選手しか跳ぶことができなかった大技。トリプルアクセルを跳ぶことができる未央でさえまだ跳ぶことができない技だ。

 しかし、未希ちゃんはその技を完璧に、そして余裕をもって成功させた。

 さらに続けてもう一つ。

 ダブルアクセル、そしてトリプルトウループ!

 今度は二回転半+三回転。高難易度のコンボをこうも簡単に決められてしまっては、他の選手は太刀打ちできない。

 そこから演技中盤のステップシークエンス。その身のこなしの華やかさには、色気さえ感じてしまう。

 それでいて、足元では難しいターンやステップを刻んでいるのだから、小学生の域はとうに超えている。

 そして演技後半、トリプルフリップ、トリプルループ、トリプルサルコウと決めて、これで五種類の三回転をすべて成功させた。

 演技の最後は二連続のスピン。後ろ向きで回転に入るバックエントランス、そしてスピン中にエッジを切り替えるチェンジエッジ、さらにはI字スピン、ドーナツスピン、ビールマンスピンと柔軟性のいるディフィカルトポジションを畳みかける。

 最高評価のレベル4を取る要件は十分に満たしているのに、そこからさらに難しい技を積み重ねてくる。

 ――これが今の女子ノービス。

 ジュニアやシニアクラスに匹敵するほどの実力者が戦う修羅の世界。

 隣に目を向けると、未央は微動だにせずただ未希ちゃんの――同世代のトップ選手の演技を見つめていた。

 あえて言うまでもない。未央と未希ちゃんの間には大きな差がある。そしてそれは一か月そこらで埋められるようなものではなかったのだ。

 キスアンドクライで得点の発表を見た後、未希ちゃんは俺の方に駆け寄ってきた。

「未希ちゃん、前よりさらにうまくなったね」

「ホントですか!?」

「うん。前から上手かったけど、さらに上手くなったよ」

 未希ちゃんはドヤぁという顔で、険しい表情をした未央を見た。それを見て、未央はさらに顔をしかめる。

「これは関東大会が楽しみだな」

 俺が言うと、未希ちゃんは、

「ノービスの記録を塗り替えます!」

 と高らかに宣言した。

「楽しみにしてるよ」


 ♪


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