13
♪
日曜日。リンクの最寄りの駅から40分ほど電車に揺られ、俺と未央がたどり着いたのは、横浜プリンセスFSCのホームリンクだ。
横浜プリンセスFSCは関東圏の強豪スケートクラブだ。
そして今日ここで、横浜プリンセスFSCと千葉クリスタルパレスFSCとの交流試合が行われることになっていた。
もともと未央が俺の弟子になる前にエントリー期間は終わっていたのだが、無理を言って急きょ参加させてもらうことにしたのだ。
この大会はスケート連盟の公式試合ではない。だがそれでも試合は試合だ。スケートを始めて間もない未央にとっては貴重な実戦経験になるだろう。
リンクに行くと、既に大会に参加する生徒たちが練習を始めていた。
と、リンクで滑っていた一人の女の子と目が合う。彼女は、俺に気が付いた瞬間、トップスピードでこちらに滑ってくる。そして、
「歩夢さ〜ん!」
急ブレーキをかけるが、それでは勢いを吸収しきず、あるいはする気がなかったのか、彼女はそのまま俺に抱きついてきた。
「お元気でしたか!」
超元気な声でそう言ってくる。
「ああ、元気元気」
切りそろえられた前髪の下の大きな瞳がまっすぐ俺を見上げる。
――高橋未希。
おそらく、日本で一番有名な12歳だろう。
彼女には二つの顔がある。
一つは女優の顔。6歳の時に出演した作品が視聴率20パーセントを超える大ヒット作品になり、一躍時の人となった。さらにドラマの主題歌も大ヒット。なんと若干10歳で紅白出場も果たした。
だが――彼女は、女優として生きていく道をあっさりと捨て去った。ドラマ出演をキッパリやめて、別の道を歩き出したのだ。
それが――フィギュアスケートだ。
もともと、役作りの一環で初めたスケートだったのだが、多忙なスケジュールの中、わずかな練習時間で彼女はどんどん上達した。
そして女優を辞めて本格的にスケートに打ち込んでたった一年で、全日本ノービス銅メダルという輝かしい実績をあげることになる。
女優業で培った確かな表現力、そしてジャンプ・スピン・ステップ・スケーティングとあらゆる技を高いレベルでこなす姿は、とても小学生には見えない。
ポスト近藤レイカと言われている逸材だ。
「ものすごく久しぶりですね!」
俺と未希ちゃんはだいぶ前から知り合いだ。――といっても、これは別に特別なことではない。フィギュアスケート界隈は狭い世界だ。他の競技に比べると選手の数が少ないので、顔見知りでない選手の方が少ない。
「いや、言うても、強化合宿以来だけどな」
合宿は夏だったので2ヶ月ぶりである。
「2ヶ月も会ってなかったなんですね! どうりで寂しい毎日だと思いました!」
と未希ちゃんは大げさに言った。
ちょっとわざとらしい言い方なのだが、それがまた可愛い。
「あ、未央、久しぶり」
――と。
俺との会話に一区切りがついてから、未希ちゃんはようやく未央に――実の妹に目を向けた。
――そう。
高橋未希は、高橋未央の実姉である。
二人は一歳差だが、雰囲気はかなり違う。
未希ちゃんは明るくて、人懐っこく、とにかく社交的な印象。
一方、未央は大人しくて、やや毒舌気味。
真逆の性格をしているので、姉妹だというのがいまいちピンときていなかったのだが……
しかし、こうして並んでみると、ああしっかりと血が繋がっているなと思った。
当然なのかもしれないが、容姿はかなり似ていた。
「久しぶり」
未央は久しぶりに会った実姉に、そんなぶっきらぼうな返事をした。
未希ちゃんは、横浜の名伯楽、鈴木コーチの家に下宿している。そのため、実家に住んでいた未央とは時々しか顔を合わせないはずだ。
家族との久しぶりの再会。普通なら、もう少し安心感とか、嬉しさとか、そういう感情を出して良さそうなものだが――
「ところで」
と、未希は妹とそれ以上会話続けようという努力はせず、再び俺に視線を戻してきた。
「歩夢さん、未希は実はものすごく怒っているのです」
未希ちゃんはいきなり、わざとらしく「怒っていますよ」という表情を浮かべる。
「え? なんか悪いことしたっけ」
全く身に覚えがなかったので、思わず素直にそう聞いてしまった。
「未希の方が先に指導をお願いしていたのに、まさか未央のコーチになるなんて」
「ああ、そういえば……」
自分で言うのもなんだが、俺は未希ちゃんにかなり「気に入られて」いる。
一度も試合で勝ったことのない三流選手である俺のどこに魅力があるのかかわからないが、どう言うわけか「歩夢さんのようになりたい」「だからスケートを教えて欲しい」と前からせがまれていたのだ。
天才少女から誘いは光栄なものだったが、言うまでもなく、俺はあくまで現役の選手であってコーチではないので、ずっと断ってきた。
それなのに、急に未央のコーチになったのだ。そりゃ怒るか。
「ごめんごめん。なんと言うか、流れで」
「許しがたいですが……まぁいいです。今日の演技を見れば、未希のコーチになりたくなるはずです」
未希ちゃんはかなりの自信をのぞかせていた。
「それは楽しみだな」
♪




