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ライの思い出買取屋  作者: Yu Tsukitani
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第2章  歳と共に召される記憶

ライのお店に見合わないお客さんが来店。老婆が放つ依頼とは!?記憶買取屋のハートフルショート!

第2章  歳と共に召される記憶

私の名前は「ライ」


幼げから未成年に間違えられるが、これでも成人している大人の女性だ。


このお店では記憶を買い取るという特殊な古物商をしている。


今日もギャンブル狂の女子大生の15年分の記憶と、ヤクザ崩れの兄ちゃんの幼少期の記憶を買ったばかりだ。


「あとで楽しむとするか……」いささか疲れてしまった。私はベッドに横になると目を閉じた。少し眠ってしまったらしい。


時計は15時すぎを指していた。


「カラン」乾いた鐘の音が店内に響く。


「いらっしゃいませ。」私は別にお客様に有り難がったりしないが、日本の商売の通例儀式として挨拶をした。


「ここは記憶を買ってくれるんだね。」そう言った女性を見て私は少し驚いた。


頭は全て白髪、危なっかしく杖をつき、腰もかなり曲がっている、正直こんな店よりデイサービスに行ったほうがいいと思う。


私はあまりお客様に情を挟まず接客するのだが、今回は私の中で特別な感じがして、お茶を召し上がってもらおうと老婆に問うた。


「何かお出ししましょう、緑茶は好きですか?」私がそう言うと、老婆は「私コーヒーしか飲まないの。」と言った。


あいにくこの店にはハーブティーか紅茶しかない。調子が狂う。


「それで何の記憶を売却されるのですか?どんな記憶でも買い取らせていただきます。当然リスクはありますけれども」


非常にシンプルなルールだが、もしこれを読んでいるあなたが私の店を利用することになるかもしれない。その時のために覚えておいて欲しい。


・記憶の返却は絶対不可能だということ


・記憶の欠損による弊害は当店は一切その責を問わないこと


「ルールに異論はないわ。ではご依頼させてもらっていい?」老婆はすごく悲しい顔でゆっくりと話した。


ーーーーー


「亡くなった旦那との記憶を消していただけるかしら。」


ーーーーー


要約はこうだ。この老婆は1週間ほど前に旦那さんを老衰で亡くし、思い出すのも悲しく辛い毎日を送っていること。


記憶をなくせば元気に暮らせるのではないかと、この店の門をくぐったこと。


「分かりました。報酬は75年分の記憶なので、750万円になります。現金で用意するのはさすがに不用心ですので、後払いで口座へ振り込みます。」


「お金はいらないわ」


女性はとんでもないことを言った。時間が止まった、その中で流れるのは沈黙と時計の音だけだ。


「しかしですね、こちらもビジネスですので……」私は初めての体験に少し動揺してしまった。


「私はお金欲しさにここに来ているわけではないのよ、話を聞いて分かったでしょ?お嬢ちゃん。」確かに美味しい話ではあるし、美味しそうな記憶でもある。


罪悪感を感じながらも、私は老婆の意向に沿うことにした。


ーーーーーー


「では儀式を始めます。気持ちが悪くなったり、落ち込む場合はおっしゃってください、すぐに中断しますので。」


「いいわ、やって頂戴」老婆には決意が見て取れる。


「この白いアルバムに手を添え目を瞑り、このお茶を飲んでください。目を開けた時には、亡くなった旦那さんとの記憶は無くなっています。」


私自身、老婆への儀式なんて滅多にやったことがなかったので、ちょっと緊張する。手のひらがじんわりするのが分かる。


老婆が全てお茶を飲んだ。あとは目を開けるだけで全ては完遂される。その瞬間、老婆は目を瞑ったままシクシクと泣き出した。


「〜〜さん、ごめんなさい。私の身勝手であなたは私の中から消えてしまう。なんて悲しいのでしょう、なんて罪深きことでしょう。」


「さようなら」老婆がそう別れを告げると目をゆっくり開けた。


10秒ほど経ったと思う。


老婆があっけらかんとした表情で「???……おじいちゃんの記憶がまだ頭にあるわ。どうしてかしら?」と聞いた。


私は少し微笑みながら「私も滅多に経験することではないのですが、絆が強すぎて記憶を取り出せないことがあるんです。残念ながら、あなたから亡くなった旦那さんの記憶は取り出せません。それだけあなたと旦那さんの互いに想い合う気持ちが強いと言うことです。」


老婆がしんみりこう言った。


「儀式を受けている途中ね。すごく後悔したわ。天国であの人のこと見つけられなかったら悲しいじゃない?それが怖くて、悲しくて。」


「儀式が失敗してよかったかもしれませんね。」私はうんうんと納得しながら老婆にもう一度勧めた。


「ひと段落したので紅茶でもどうですか?」


老婆は「あいにくコーヒーしか飲まないわ」と言いながら微笑んだ。


ーーーーー


「ありがとう、いい経験になったわ」と告げると老婆は街の喧騒に消えて行った。


老婆が訪れてから3時間は経っただろう。


「ふーっ。あれはリスキーすぎるわ。」と私は呟き、老婆が儀式に使った白いアルバムをレプリカ用の棚に直した。


「私にだって消したほうがいい記憶と消していい記憶の区別くらい分かるわ。あれは消してはダメな記憶。不幸にしかならない。おばあちゃんには悪いけど、人間としての業は背負ってもらわないと。」と頭の中で今日の出来事を追想した。


「私は聖人ではないけど、私の中での法には従いたい」と思いながらお気に入りの鳥塩系のラーメン店へ出かけた。


ライは明日も色々な人の大切なものを消していく。

MBSラジオ短編賞1

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