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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

バラード1番 Op.23 ト短調

作者: 山々

子供たちは焚火を囲んで、古老の話を待っている。


・・・。

では今日は、うちのじいさんが若いころ、鷹から聞いた話を聞かせるとするか。

お前たち、鷹は分かるか?

あれ、あの空の高いところを、ゆっくり回っている。あれだ。

・・・それ、この焚火から上っていく煙を見てみい。

あの時もちょうど、そこかしこにこんな煙が立ち上っていたそうだ。

・・・もっとも、火元は焚火ではなかったわけだが・・・






―――。

鼓動が、聞こえた。

今にも消えそうな、弱々しい音だった。

あれは倒れた兵士のものか、兵士たちが守ろうとした国のものか。

そうしてリトアニアは、滅んだ。


眼下に広がるのは、焼け野原と死体に群がるカラスどもばかりだった。

―――俺か?

鷹は死肉など喰わない。

鳥の王たる種族に馬鹿なことを聞くな。


―――あの子供はどうやってか、生き残ったらしい。

十字軍の首領が引き取って、育てることにしたようだった。

いくら幼子と言え、自分たちが滅ぼした国の王子を育てようとは、

あの首領も酔狂なのか、罪滅ぼしのつもりだったか、それともただの―――


まあいい。

なんにせよ、あの子供は素直で出来が良かった。

俺もあの子が年頃になってから狩りに付き合ってやったが、剣も弓も、馬も抜群だった。

獲物を追い込む勘も鋭ければ、野営地の設置も勘所を押さえていた。

途中で怪我をした者があれば、応急処置までしていたな。

まさに天才、だった。

そのくせに驕ることもなく、新しい父親を尊敬していたよ。


それが自分の親を殺した軍の首領だと、あの頃のあの子は気づいていたのか。

俺には判らなかったし、今も判らん。


―――名前?

ああ、たしか―――コンラッドといったな。






コンラッドは成人して、十字軍に入った。

俺は思わず、「この養父にして、」とも思ったが、当然の成り行きだったろう。

なにしろ「首領の息子」にしてあの才だ。


―――嫉妬やいじめ?

まあそれなりにはあったが、有無を言わせないだけの実績を上げていたからな。

あれよという間に次期首領へと上り詰めるさまを見るのは痛快だったよ。


―――英才教育のたまもの、とも言い切れないな。

あの子に才は確かにあったが、競う者がいたから、というのが大きいと思う。


副首領の子供たちがちょうど、同じ年の頃でな。

名前は上から、パウリス、ダリウス、エリカだったか。

中でも同い年の次男とは性格も合って、いつもつるんでいた。


幼いコンラッドと一緒に無茶ばかりする弟を見て、慌てるパウリスはなかなか見ものだったぞ。

エリカの方は最初、突っかかってばかりだったな。

大方あれも、兄たちをとられるのではと嫉妬していたのだろう。

そのエリカが女だてらに十字軍に加入すると言った時の、3人の慌てぶりといったら。


―――ん?

女でも前線で戦った者はいたぞ?

数は少なかったが、確かにいたのだ。

理由はそれぞれにあっただろうが、むしろ多くの男の兵士より勇猛だった。

おそらくは―――


―――それでエリカは、だと?

お前が脱線させたのだろうが。


―――まあいい。

そうしょぼくれられると調子が狂う。

続きを話してやるから、情けない顔をやめろ。






―――。

昔はいがみ合ってばかりだったエリカとコンラッドも、

いくつもの戦場を共にすることで、打ち解けていったようだ。

当然と言えば当然、か。

ダリウスもエリカも、戦場での才にあふれていたが、

なにしろあの二人、考えもなしに突っ込んでいく。

窮地に陥れば毎度、コンラッドが助けに行っていた。

特にエリカの無鉄砲さは、どんどん拍車がかかっていってな。

おそらく、天才コンラッドに認められたかったのだろう。


いやむしろ、助けられたい、などといった願望もあったのかもしれんな。


ダリウスの方は、初陣からコンラッドを信頼しきっていた。

戦場で一緒に暴れるのを、楽しんでいた節もある。

自分から窮地に飛び込んでおきながら、コンラッドが来ると

悪びれもせずに活き活きとしてな。

そうなったときのやつらの軍は、本当に手が付けられなかった。

敵も相当嫌だったろうに。


パウリスは裏方に徹していたな。

もともと剣も馬も得意ではなかったし、

3人に任せておけば大丈夫、と感じ取っていたのだろう。

物資補給を徹底して、弟たちが心置きなく動ける舞台づくりを自身の役割としていた。

そして4人とも、十字軍の英雄として名をあげていった。


その頃だ。

あいつらがコンラッドに接触してきたのは。






鼓動が、聞こえた。

リトアニアという国は、たしかに滅んだ。

治めていたワーレンロッド家も、コンラッド以外はみな死んだ。

だがリトアニアの鼓動は止まっていなかった。


あいつらはリトアニアを復活させようと、

コンラッドに持ちかけた。

当然、十字軍がコンラッドの父王を殺したことも伝えていた。

不正と非道を説き、情にも訴えて。


それでもコンラッドは、すぐには応えなかった。

しかし、あいつらの存在を明るみに出すこともしなかった。


そうして十字軍では功を上げ続け、リトアニア再建の志士たちの存在は隠す、

コンラッドの二重生活が始まった。



そういえば、ある祝勝会のことだ。

次期軍団長とまで目されるようになったコンラッドの前に

エリカが初めて、まともに女性らしい格好で立ち、ワルツを誘った。


コンラッドのやつ、誘われるままに踊り、

終わる頃にはすっかり惚れこんでいた。

騎士としての忠誠を捧げる、とひざまずくコンラッドと、

想像を超えた状況に直面してうろたえるエリカを見て、

ダリウスはにやにやしていた。


最後にはパウリスがしびれを切らして、コンラッドに種明かしをした。

あまりに綺麗で気づかなかった、とうろたえるコンラッドに、

怒り出すエリカ、大笑いするダリウス、なだめるパウリス。


おそらく、あの4人の一番幸せな時間だっただろう。



―――。

鼓動が、聞こえた。

もはや消えそうな鼓動ではなかった。

反乱軍の準備が整った、とコンラッドの前に立つ志士は言った。

明日コンラッドたちの軍に、反乱軍鎮圧の命が下ることも。






いつも通りの戦だった。

ダリウスとエリカの部隊が先行し、反乱軍を挟み撃ちにする。

中央ではコンラッドが目を光らせている。

はずだった。


突然自身の部隊に後方への移動を命じ、反乱軍にわずかな手勢で突撃するコンラッド。

あまりに唐突な作戦に、右翼に展開するエリカが戸惑う。

左翼のダリウスはそれでも、コンラッドには考えがあるのだと先行部隊の速度を加速する。


ほら案の定、反乱軍の鼻先をかすめるようにして、

コンラッドの手勢はこちらに来る。

その後ろには、誘い出された反乱軍を引き連れて。

こうして僕らの方に意識を向けさせ、エリカが背後に回りやすくする、

そんな狙いか。

自身を餌に、守りの堅い反乱軍をおびき出す。

こんな奇策を成功させるなんて、さすがはコンラッドだ。

さあ、コンラッドが本当に食われないうちに合流するぞ。

・・・はは、コンラッドのやつ、あんな緊張した目をして。

待ってろ、すぐ後ろのやつらを片付けてやる。



コンラッドたちの手勢が、ダリウスの軍に向かっていく。

反乱軍に追われながら。

ああ、そうか。

なら私はやつらの背後をとればいい。

そういうことだよね、コンラッド?

あれだけの大軍に追われてるのは心配だけど、もうすぐ合流するし、

あっちはダリウスに任せて、私は・・・



コンラッドの目の色が変わった。

妙に悲しそうな色だ。

声をかけようと近づく。

「コンr・・・」

衝撃で声が止まる。

何でコンラッドが僕を刺しているんだ?

なんで引き抜いた剣を、僕に向かって振り上げている?

こんなことしている間に、反乱軍がすぐそこまで迫って・・・



合流したコンラッド達が、ダリウスに近づいた。

そこまではいい。

次の瞬間、ダリウスの体が馬から落ちた。

何が起きたの?

なんで、反乱軍に向きなおらないの、コンラッド?

なんで、自分の軍を攻撃しているの?

ああ、こんなことをしている場合じゃない。

左翼が崩れる。

背後をとるより、まずは左翼を助けて、後方に下がらねば。

でもなんで?

考えている暇なんてない、今は。

けれど、どうして?






「何か言うことはあるか」


つながれたコンラッドに、パウリスが冷たく言う。

コンラッドの視線は、遠いところを見ている。


「まさか一緒に育ったやつが、反乱軍の手先とは」


コンラッドはまだ煙の上がる戦場の方を、見つめている。


「おかげで前線は崩壊、ダリウスは死に、

 前線基地の城を奪われ、こんなところまで後退した」


「大戦果じゃないか」


パウリスはコンラッドの見るものを遮るように立ち、顔を覗き込む。


「・・・なぜだ」

「どうしてそそのかされたりした」

「奴らはいまごろ、新しい頭を担ぎ上げている頃だろう」

「かつてのリトアニア王城を奪取出来た途端、門を閉じたのがその証拠だ」

「死ぬばかりだったお前を救い、ここまで育てたこの軍を裏切り、

 お前を裏切るやつらに何をもらったというんだ」

「・・・ダリウスは、いつもお前を・・・」


言葉に詰まるパウリスの後を、エリカが継ぐ。


「コンラッド、どうして・・・?」


「・・・なんで答えないの?」


「・・・お願いだから、理由を言って・・・」



「・・・ダリウスを・・・4人一緒にいたあの頃を、返してよ!」


ずっと戦場の方を見つめていたコンラッドの焦点が、エリカに合う。


「・・・それは私が、コンラッド・ワーレンロッドだからだ」



リトアニア王家の血筋・・・ワーレンロッドはまだ潰えていなかった。

その場の誰もが息をのむ。

エリカの瞳は、黒く沈んでいく。


「・・・斬りなさい」







兵士の振り上げた斧で首が落ちるまで、

コンラッドは戦場の方を見つめ続けていたな。

やつの見つめる先には、リトアニアの旗が翻る反乱軍の城があった。




夜空に昇る焚火の煙を見上げながら話していた、

古老の視線が子供たちに戻る。


・・・これがじいさんの聞いた話だそうだ。

こうして、今のこの国ははじまったんだ、とな。

今も耳をすませば、聞こえてくるはずだ。

この国の鼓動が。

1.原作はアダム・ミッケヴィッツ作、

 「コンラッド・ワーレンロッド」のあらすじから思い浮かべた創作です。


2.上記、1.の「原作」はショパン作曲、

 バラード1番 Op.23 ト短調の着想になったと言われています。


3.上記、2.を主張したのは多くの標題音楽を残し、

 自身に限らず人の音楽にも勝手に物語や名前を付けまくったシューマンとのことです。


4.なお、ショパンは標題音楽を嫌っていた節があります。

 この創作がショパンの思い描いた音楽と一致するものとは限りません。


5.生物学的、歴史的事実に即したものではありませんあしからず。

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