人形
その青年は会社の帰りにふと珍しい骨董屋の看板を見つけた。
黒猫と白猫が煙突のある屋根の上で見つめ合っている絵だった。
彼は好奇心に任せて地下にあるその店のドアを開けてみた。
一見、普通のアンティークショップとは違った雰囲気を感じた。なんというか、もっと神秘的な雰囲気をたたえた店内の様子だった。
「いらっしゃい」物陰から主人らしい初老の男が顔をのぞかせた。
「あ、こんばんは、こんな店があるなんていままで気が付かなくて・・・ちょっと見せてもらってもいいですか?」
「どうぞ」主人は愛想よく答えた。
「アンティークショップというより、魔法の館のようですね。水晶とか、革表紙の古い本とか、頭蓋骨とか・・・」
「ええ、まぁ、骨董商は表向きの看板、と言ってはなんですが、実際は魔術に関する品物を扱っています」
「へえ、魔術ですか。なにかおもしろいものはありますか、例えば呪いの人形とか・・・」
「そのようなものもないことはございませんが、例えばこちらなどはご興味がおありかと思いますが、「祝福の人形」です」
「え、呪いじゃなくて祝福の人形?」
「左様です。既にご承知だと思いますが、所謂呪いの人形というのは、殺したいほど憎んでいる人間の髪の毛や爪など、その人のからだの一部を人形に埋め込み、その人形に呪いをかけ、人形の足に針を刺すとそこに激痛が走り、目に針を刺すと目がつぶれてしまうというものです」
「ええ、そんなことを聞いたことがあります」
「この「祝福の人形」は他人ではなくご自身の人形です」
「と、いうと」
「ご説明しましょう。この人形にご自分の毛髪や皮膚の一部などを埋め込みますとこれがあなたの分身・・・もっというならあなた自身になります」
「それではそれでなにができるんですか」
「ここにもう一つ、「願いの粘土」というものがございます。これであなたの願うものを創ると、現実のあなたがそれを手に入れることができるというものです」
「・・・・」
「たとえばこの粘土で美しい女性の人形を作ると、その美しい女性があなたの前に現れます。またマイホームを作ると家が手に入ります。高級の外車でも、金の延べ棒でも・・・そうそう、ここにこの粘土で作ることが可能なものの一覧とそれに魂を吹き込むそれぞれの呪文が書かれた手帳がございます」
「へえ、じゃあ欲しいものが何でも手に入るという訳ですね!」
「おっしゃる通りです」
「それは高いんでしょうね」
「お安いとは申せませんが、分割払いもお受けしておりますし、だいぶ興味がおありのようですから、特別にお安くしてさしあげましょう」
「でも本当にそんなうまい話なんてあるのかなあ・・・」
「お疑いはごもっとも。ひと月間ご利用になってお気に召さないようでしたら、代金は全額お返しします・・・」
青年はその「祝福の人形」を買った。
部屋に帰ると早速人形に自分の髪の毛を一筋埋め込み、それに呪文を掛けて自分の魂を吹き込んだ。
「さて、こっちの「願いの粘土」の方だけど、何を作ろうかな。店の人が言ってたようにやっぱり美人がいいな」
青年は馴れない手つきで自分好みのスタイルの女性をつくり、手帳に描いてある通りの「美女」の呪文を唱えた。するとそこにひとりのうつくしい女性が現れた。
「わあ、こいつはすごい。ようこそ。はじめまして」
しかし美女は煙草をふかしながら青年の部屋を見渡すと「フン」と鼻をならした。
「なあにこの部屋、貧乏くさいったらないじゃないの。大きなキッチンもベッドルームもないじゃない。あたしいやだわこんな部屋」
青年はムッとするやらがっかりするやら、すぐに美女の人形を壊してしまった。
そして次に手帳の「マ」のページを開く。「えーと、マイホーム、マイホーム・・・」
次に若者は4LDKのマイホームを作り呪文を掛けた。
すると彼の部屋が突然立派なリビングルームになった。
「へへん、どんなもんだい!」
しかし今度はマイホームを手に入れたものの、独り暮らしの青年にとってこんな家は宝の持ち腐れでしかなかった。
青年はそれも潰して元の部屋のベッドに寝そべって魔法の手帳をめくった。
「キ・・・金貨、金の延べ棒、金塊・・・」
しかしそこには青年の求めている「愛」や「恋」そして「幸せ」といった形のないものの名前は載っていなかった。愛の代わりに「美女」があり、幸福の代わりに「金塊」「外車」といった具合だった。
これじゃあ本当の「祝福の人形」とは言えないなと青年は思う。そしていっそこれを返してしまおうかとも。
数日後、青年はふと思い立って粘土で人形を作り始めた「ニ、にんぎょう・・・フランスにんぎょう、日本人形、お雛様、コケシ・・・」その中から彼は一番シンプルな女の子の人形をこしらえた。そして人形に魂を吹き込む前に、その中に自分の人形を埋め込んだ。
青年は大きな病院の小児病棟へ行き、それをひとりの付き添いの母親に手渡した。
「これをお嬢さんにあげてください」
「あなたは?」と訊かれ
「ええ、ちょっとしたボランティアです」
青年の作った女の子の人形は、寝たきりの少女の親友になった。彼女はその痩せた手で、愛情をこめて人形の髪を梳かしてやり、母親の読んでくれる物語に一緒になって耳を傾けた。少女はいつも人形に語りかけ、夜は同じ枕で寝た。
少しづつ少女の容体が良くなるとともに、青年にも変化が見え始めた。
これまでいつも胸の辺りにぽっかり穴が開いたような寂しさが薄らぎ、夜もぐっすりと眠れるようになった。また周りの人たちからも、最近表情が活き活きしてきて自信に満ちているように見えると言われるようになった。
ある日、いつものように青年が病院を尋ねると、少女の容体が悪化していた。母親に訊くと、明日まで持たないだろうとの返事だった。翌朝早く少女は息を引き取った。
青年の胸の中で、何かがパチンと音を立てて壊れたような気がした。
彼は少女の横に眠る人形を手にして、みなに見えないようにそっと背中を開いてみた、そこには青年の埋めた彼自身の人形の姿はなかった。いつの間にかふたりの粘土は溶け合って、一つの人形のからだを形作っていたのだった。
彼は少女の母に、人形は彼女のお棺の中に一緒に入れてくださいと頼んだ。
そのことで彼自身がどうなるかは彼にもわからなかった。ひょっとしたら一緒に焼け死んでしまうかもしれないとも思ったが、彼にはどうしても少女と人形を引き離すことはできなかった。
やがて少女とその人形は灰になって、その煙は天に昇って行った。青年はそこに立ち尽くしていた。ふと青年は胸の奥になにか温かいものが埋め込まれたような感じを覚えた。そしてそれは彼の中で少しづつ息づきはじめた。




