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7 市場調査2

 それぞれの行動計画を確認した後、二人は宿を出発した。


 まずシエナが先を歩き、十歩ほど後ろをルイスがついていく。

 シエナはルイスよりずっと小柄なので、人混みに紛れると見失われる可能性がある。そのためはぐれないよう、ルイスにはシエナの魔力を込めた魔具を渡していた。

 小さなガラス瓶の中に魔石が浮いており、魔力の主がいる方向へと魔石が移動するコンパスのような装置である。非常に単純な構成で、分かるのは方角のみで距離や細かい位置までは判別できない。だが、ないよりはましだと思って急いで作っておいたのだ。これくらいなら、魔術師団に許可を申し出ることなく作製していいのだ。


(さてさて、どこから見ていこうかな)


 調査対象は、主に露店だ。店舗の場合は、出店許可条件などが厳しくて監査も入りやすい。何よりも、不正商品を売った場合に逃げ道がなくなる。

 店舗は正規の品で保証も付いている分、値段は高い。そのため資金にそこまで余裕のない市民は、露店商から魔具を購入することが多いのだ。少々の不良品があっても仕方ないと、値段と性能を天秤に掛けた末の結論だ。


 皆が経済性を考慮して露店商から購入するのだから、露店自体を規制することはできない。シエナたちが取り締まるべきなのは、明らかな偽物や贋作を売る連中だ。


「格安魔具、販売中!」という立て札を見つけ、シエナはその店に足を向けてみる。

 店主は暇そうにあぐらを掻いて座っており、シエナを見ると片手を挙げて応えた。


「……よう、いらっしゃい。見ていくか?」

「ええ、どんなものを売っているの?」


 なるべく無邪気そうに、無知を装ってその場にしゃがむ。店主は商品のディスプレイなどはしておらず、彼の背後にいくつかの木箱を置いていた。


(わずかだけど、魔力を感じる――まったくの偽物ではなさそうね)


 静かに判断するシエナに対し、店主はボードを引っ張り出して見せてきた。


「ほらよ。品揃えなら、いいとは言えねぇからな。それと、うちは照明魔具専門だ」


 彼が提示したボードには、用途ごとに分けた照明魔具についての説明が書かれていた。小さいものではカンテラ型やスタンド型、最大サイズだとミニシャンデリア型まであるそうだ。彼の背後にひときわ大きな箱が一つだけあるので、それがシャンデリア型なのだろう。


 ひとまず、シエナはスタンド型を見せてもらうことにした。商人は面倒くさそうに腰を上げて箱を持ってくるが、その手つきは丁寧だ。


「ほらよ。操作なら俺がするから、あんたは触れないように」

「うん、分かった」


 そうして麻布の上に載せられたのは、合計三つの照明魔具。シエナが若い女性であることを考慮したからか、星形、ハート形、ピンク色とどれも可愛らしい。


「あら、可愛い」

「あんたくらいのお嬢さんは、こういうのが好きみたいだからな」


 シエナの素直な感想を聞いて、商人は少しだけ得意そうに言った。

 触るな、と言われたので触れることはできない。シエナはつと目を細め、さりげなく右手のひらを地面に押しつけた。わずかな魔力を地面に流し、並べられた照明魔具、そして奥の木箱へと「手」を伸ばしていく。


 目の前にある三つの照明魔具からは、微弱ではあるが魔力が感じられた。それほど強力ではないものの、魔力の流れは安定しているししっかりと貯蓄されている。

 奥の木箱は、箱越しなので正確な魔力は計れない。だが全てから魔力反応がしたし、最大サイズのシャンデリアからは他よりずっと高い魔力が感じられた。


 魔具の性能と、ボードに示されたそれぞれの値段に商人の説明。それからたたき出せる結論は――


(正当商品……)


 シエナは地面から手を離し、商人が魔具の灯りを付けたり消したりしてくれるのを見守った後、にっこりと微笑んだ。


「ありがとう、おじさん。とっても可愛いし便利そうね。でも……やっぱり、私のお小遣いだとちょっと高かったみたい」

「そりゃあ、国立学校を出たエリート魔術師から仕入れているんだからな。そこらの偽物と同じにしてくれちゃ困るぜ」

「そっか……偽物には気をつけないといけないわね。そんなにすごい魔術師様から仕入れているの?」

「おう、ローランド・ウェルツって言うんだけど、俺の幼なじみなんだよ。腕はいいのに商売の才能はからっきしだから、こうして俺が露店で売ってるんだよ。いつか店舗を持てたらいいんだがよぉ」


 商人の言葉に反応したシエナは、頭の中の魔術師名簿を素早く繰る。


(ローランド・ウェルツ……うん、存在する名前だ)


 市場に出没する偽物商人は、魔術師の名前を出してさも正規品であるかのように売りつけてくる。

 だが、彼らが提示する名前は、大きく分けて二種類。誰もが知っているような大物魔術師か、架空の名前かである。


 ローランド・ウェルツ本人に会ったことはないが、その名は確かに名簿にある。この商人の言うとおりそこまで有名な魔術師ではないので、いわゆる「知る人ぞ知る」人物である。


(信憑性は高そうね)


 結論を出し、シエナはにっこり微笑んで立ち上がった。


「そうなのね。お話ししてくれてありがとう。もしお金に余裕ができそうなら、また立ち寄るからね」

「あんだ、やっぱり買ってくれないのか」

「ごめんね。その代わりに、知り合いに紹介しておくから」


 商人は恨めしそうにシエナを見上げてくるが、彼だってシエナがぽんっと購入するとは思っていなかったはずだ。いくら露店の品とはいえ、魔具はそこらの日常品よりずっと高価なので買い手も慎重になる。彼がまっとうな商人なら、無理に購入させるよりも相手の出方をはかるだろう。


 予想通り、商人はかったるそうに商品を箱に戻しつつも、「おう、そうしてくれよ」とあっさりと答えた。がっついてくる方が怪しいので、これくらいの態度の方がこちらも信頼を寄せることができるのだ。


 商人に挨拶をして店を離れた後、シエナはポケットからメモ帳を取り出して一連の出来事をささっとメモした。先ほどの商人は、「知り合いに紹介しておく」というシエナの台詞の「知り合い」を友人か何かだと思ったのだろうが、シエナの報告先は町長だ。

 不正取引者はその場で締め上げるが、信頼できそうな者は町長に報告する。町長だって、露店商とはいえきらりと輝くものがあれば目を付けたいと思っている。そのようにして市場は発展していくのだ。


 メモ帳をしまったシエナは一息ついた後、ふと思い出したように背後を振り返った。ルイスがちゃんとついてきているか確認しようとして――


「……おぉ」


 ついつい、声を上げてしまった。

 ルイスは、きちんと仕事をしていた。シエナの後方十歩分程度のところにおり、露店の商品を眺めているようだ。視線は商品に向いているが、彼の意識がシエナに注がれているのをなんとなく感じる。彼がシエナの護衛をしているということに気づく者はいないだろう。


 衣服を着替えた時にも思ったのだが、平民の格好をしていても彼はとても目立つ。マスクまでとは言わずとも、顔が隠れるようなツバ広の帽子でも被らせるべきだったかと後悔する。


 そんな彼は、道行く若い女性たちの視線を一身に浴びていた。本人は全く気にしていないようだが、シエナと同じ年頃の少女たちが黄色い声を上げてルイスを注視している。


「ねえ、あの人素敵じゃない?」

「本当! 見ない顔だけど、旅の人かな?」

「でもさぁ、なんかすごくきらきらしてない? 王子様っぽいっていうかー」

「分かる! ……ひょっとしてさ、お忍びでここまで来た本物の王子様だったりして!?」


(むちゃくちゃ目立っている……)


 隣できゃいきゃいはしゃぐ少女たちを見やり、シエナは苦笑する。

 ルイスが目立つのは計画通りなのだが、シエナの予想を上回る効果である。彼は貴族の子息であって王子様ではないのだが、にじみ出るきらきらのオーラは少女たちの目にもしっかり映っているのだろう。


「ねえ、銀細工を見てるみたいよ」

「ええっ、まさか恋人へのプレゼントとか?」

「だって、あんな美形よ! きっと、恋人へのプレゼントを買うためにお忍びでやって来たのよ!」

「嘘ぉ……ショックぅ……」


(勝手に物語ができあがっている……)


 シエナは肩をすくめ、視線を前へと戻した。ルイスが店先で立ち止まっているのは、シエナもまた動きを止めているから。シエナが動きだせば、ルイスは自然な動作でシエナの後を追ってくるだろう。


(まあ、あんなに格好いいんだから注目されても当然だよね)


 きれいなもの、珍しいもの、美しいもの。そういうものに少女たちが心惹かれるのは当然のことだろう。

 親密になれなくても、遠くから見つめる、一瞬だけの出逢いとして思い出に刻む、そういう出逢いが少女たちに笑顔をもたらし、心を潤す。


 シエナはうっとりとした眼差しでルイスを見つめる少女たちに背を向け、歩きだした。

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