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6 市場調査1

 結局朝食中ずっと悶々としてしまったシエナは一旦自室に戻り、ベッドに突っ伏して頭の中を整理させる。そうすると、訓練を終えたルイスと宿の玄関で出くわしても平常心を保てるようになった。

 それまでのきっちり着込んだ姿から一転、長袖シャツにズボンというラフな格好で、実に爽やかな汗を流すルイス。顔をタオルで拭う彼に、「おはようございます、シエナ様」なんて爽やかに挨拶されると、ほんの少しだけ残っていた妙な後ろめたさももすっきり飛んでいった。


 本日は雨が降り出す前にまず、町長のもとへ挨拶に伺う。もちろん、護衛としてルイスを連れて行く。


「難しそうな顔をなさってますね」


 町長の屋敷で挨拶を終えたシエナに、ルイスが背後から声をかけた。

 彼はシエナと町長がやり取りをしている間、部屋の隅に立って成り行きを見守っていた。魔具や魔術関連のことはよく分からなかったにしろ、二人がどんな話をしていたのかだいたいのことは把握しているだろう。


 声をかけられたシエナは、心配そうに眉を垂らして顔を覗き込んでくるルイスを見、苦笑した。


「……そうかな? 仕事内容なら大丈夫よ。今までの調査とほとんど違いはないから」

「だといいのですが……」

「だいたいのことはルイスも聞いたと思うけど、早速昼から市場調査に向かうからね。町長曰く、魔具の不良品報告はちょくちょく入ってくるみたい。でも、連絡が入ってから調査しても、現場はもぬけの殻」

「相手もプロでしょうからね。捕まる前にさっさと身をくらませるでしょう」


 ルイスの言葉に頷き、シエナは一旦立ち止まって建物の壁に身を預けると、先ほどの打ち合わせで書き込みをした資料を広げた。


「そう、だから先手必勝。被害者が出る前に、犯人を捕まえる。私が魔術師であることはぎりぎりまで隠して、抜き打ち調査を行う。……相手が大人しく捕まってくれれば一番ありがたいけれど、そうはいかないでしょうからね」

「相手が対人で魔術を使えない魔術師だからと、暴力に訴えてくる者もいるでしょう」

「うん、だからそういう時にはルイスの出番よ」

「はい、お任せください。シエナ様の側でいつでも控えておきます――」

「あ、今回はちょっと離れたところで見ててもらうわ」


 シエナがそう言ったとたん、すうっとルイスの顔から笑みが消えた。

 笑みは無表情になり、すぐに不機嫌そうな表情へと変わっていく。


(え? 不機嫌?)


 彼の顔面変化に、シエナは目を瞠った。

 シエナとしては今後の予定を述べていただけなのに、何かルイスの機嫌を損ねるようなことを言ってしまっていたのだろうか。


 ルイスの変化にシエナが戸惑っていると、ルイスは腕を組んで眉根をぎゅっと寄せた。


「……それは、あなたから離れたところをついて行けということですか」

「う、うん。あのね、こういう調査では相手の不意を突くことが肝心なの。私が一人、しかも若い女だということなら相手も油断する。魔術師だとばれた後も、ほら。相手が弱そうな女なら、舐めてかかるじゃない? そこでルイスにお任せしようと思うの」

「……では、商人とのやり取りはシエナ様に一任するということなのですね」

「ええ。今までにも何度かやってきたから、手順とかは大丈夫よ」


 女性は、男性よりも非力だ。だが逆に、弱さを武器にできることもある。


 魔術師団では、シエナやチェルシーのような若い女性でも容赦なく駆り出される。それも、かなりの確率で、一人で。魔術師団の永年人手不足も理由の一つではあるが、そこにはリスクを逆手に取る先方でもあるからだ。


 魔術師の任務は、大概単身で行う。そして魔術師騎士共に動きやすいように、騎士を護衛に付ける場合でも魔術師一人につき騎士一人の場合が多いのだ。数が少ないからこそ、機敏に行動して弱みを強みに変える。相手が武器を持っていていざ刃傷沙汰になったならば、魔術師がサポートに回って騎士たちが攻撃を担う。どの任務でも、だいたいの方向性は同じなのだ。


 ルイスは数秒ほど渋い顔をしていたが、間もなく笑顔になって頷いた。


「……かしこまりました。その、本心ではシエナ様を一人にすることは不安ではあるのですが、仰せのとおりにいたします」

「うん……ごめん、頼りなくて」

「そうではありません。シエナ様が頼りないから不安なのではなく、女性一人で危険な任務に向かわせることに歯がゆい思いがするのです。決して、シエナ様の力不足なのではありませんし、仕事内容に不満もございません」


 ルイスは穏やかな笑顔で説いてくる。今は魔術師と騎士という協力関係にあるから致し方ないものの、紳士として、騎士として、シエナの身を案じてくれている。


 それが――嬉しい。


(ううん、私が特別なんじゃない)


 ついついうぬぼれてしまいそうになる心に、ぴしっと鞭を入れる。


(彼は紳士だから、私は女だから。だから私の身を案じてくれている)


 シエナが特別だからとか、そんなことを考えてはならない。

 あくまでも、仕事だから。


(でも、そうだとしても――私の力を認めてくれるなら、十分嬉しい)


 ルイスはシエナの指示を受け入れてくれた。


 ならば、シエナは彼の「主人役」として、そして魔術師として、全力を尽くすのみだ。









 一旦宿に戻り、服を着替える。町長と打ち合わせをした時は、身分がはっきりするようにシエナは魔術師のマントを、ルイスは騎士団の紋入りの上着を着ていた。それを、二人とも一般市民が着るような普段着に変える。


 シエナは、膝下丈のスカートにシャツ、ボレロタイプのジャケットを纏った。肩胛骨までの長さの髪は緩くまとめ、リボンで留める。元々化粧はしない質なので、これで一般市民に紛れ込むことができるだろう。変装や化粧などの技術も、学校で学んでいる。魔術師のための国立学校の受講科目はなにも、魔術関連のみではないのだ。


(うんうん、これなら相手も油断するはず!)


 シエナは鏡に映る自分の姿を何度もチェックした後、意気揚々と部屋を出た。シエナと同じくルイスも、一般市民に紛れるような服を着ているはずである。

 

 だが、しかし。

 胸を張って部屋を出たシエナは、そこにいたルイスを見たとたんに真顔になってしまう。


(……普段着なのに、何この色気)


 廊下の壁に身を預けてシエナを待っていたルイスは、若い青年が愛用するシャツとズボンという出で立ちだった。立派な騎士剣は預けており、今身につけているのは護身用の短剣のみ。服の色合いも地味なのだが、いかんせん彼の容姿は際立っている。


 王子様然とした美貌と柔らかい笑顔は、質素な服ではごまかしきれない。低く見積もっても、「お忍びで町に降りてきた貴族の子息」である。シエナの方は完璧な町娘に変身したというのに。


 ルイスは部屋を出た姿勢のまま固まってしまったシエナを見、白い歯を見せて爽やかに微笑みかけてくる。


「……はは。こんな動きやすい格好も久しぶりですね。どうですか、市民に見えますか?」

「見えない」

「えっ」


 やけに上機嫌だったルイスは、シエナの容赦ない感想に目を瞬かせる。むしろ、こんなに目立つ容姿なのに、本人は完璧に変装できたと思っていたことが驚きである。


「なぜですか。シエナ様の言うとおり、ご指定の服にちゃんと着替えましたよ」

「いや、その、服はいいのよ。でもなんというか、顔が――」

「顔は生まれつきですけれど……」

「うん、まあ分かっているんだけど……あと、物腰というか雰囲気がね……」

「……はぁ」


 ルイスは困惑顔で自分の姿を見下ろしているが、爽やかな美貌と生まれ持った高貴な気配は隠しようがない。服の袖をしげしげと見つめる仕草でさえ上品なのだから、どうにもならない。顔全てが隠れるようなマスクでも被れば何とかなるだろうが、それではただの不審者である。


「……宿に置いていきたい」

「……! な、何言っているのですか! 私はあなたの護衛ですよ!」

「わ、分かってるよ。でも――」


 言葉の途中で、シエナはふと考え込んだ。


 これは、別の利点があるのではないか。


 どう見ても、ルイスは目立つ。それはもう、シエナが霞んでしまうくらいに。


(とすれば、周りの人たちの視線も、私よりルイスに向くはず。彼から離れたところで行動するなら、動きやすくなるかも?)


 シエナに関しては、目立たないのが一番だ。だとすれば、周囲の視線はルイスに引きつけてもらうというのも手である。


 とはいえ、これでは彼を騙して囮にするも同然だ。そのため、シエナは先に彼に説明しておくことにした。


 ルイスはシエナの言葉を聞き、しばし考え込んだ後頷いてくれた。


「おっしゃるとおりですね。では、私はあなたから少し離れた場所にいて様子を窺っております。あなたも行動しやすくなるでしょう」

「うん……ありがとう。無茶言ってごめんね」

「あなたの役に立てるなら、この顔も悪くはないと思いますよ」


 そう言ってルイスは自分の頬に軽く触れた。なんとなく、彼は自分の顔がそれほど気に入っていないような言い方である。


(……きれいな顔だと思うけど、ルイスも苦労してきたのかも)


 貴族の名字を持つだけでも苦労してきたと、彼は語っていた。もしかすると、彼の涼やかな美貌も厄介ごとの種になったことがあるのかもしれない。


 平々凡々な容姿のシエナには、想像するのも難しいことだ。ルイスは男性で騎士だというのにまつげは長いし、色気がある。いらないならばちょっとくらい分けてほしいとさえ思うが、そうもいかない。


 ある者にはある者の、ない者にはない者の苦労があるのだ、きっと。

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