第3話「静寂世界とパルミラの宴」3
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「オマエナノカ、オレサマノ、ドウホウヲコロシタノハ?」
貫禄があるその姿は重戦車をイメージ出来た。
それに相当な場数を踏んでいる事も、相手の間合いの取り方で分ってくる。
「そうだとしたら?」
「コロス」
間髪入れずにもう一撃、だが、今度は愛用のガントレットで弾く。片手だけなので開店以来売れなかった閉店セール品なのだが、防御力は高かった。不満があるとすれば、偶然に出来たムンクのような模様が呪いのアイテムぽくて嫌だった。
それよりもだ、この異常事態に己の目を疑う。
あの下等モンスターが魔法を使ったからだ。しかも一度ならずも二度もだ。何でオークが使えるんだ? 呪文を唱えるにはその意味を理解していないと駄目なんだぞ。簡潔に説明すると、坊さんがお経の唱える時、意味を解しながら自分の想いも乗せていると理解してくれればいい。そんな高等思想、とてもこいつらに読解出来るとは思えない。
その間にもサンダーボールを乱射。そのまま距離を詰めてくる。これが奴の必勝パターンか?
俺は算段が甘かった。
明らかに普通のオークじゃない。
目の色が赤く変色している。肌も病的までの赤黒いどどめ色、原色を保っていない。筋肉も一般オークに比べるとドービングしたみたく、はち切れるばかりに過剰に発達している。あちらこちらに血管が浮き出ていて気持ち悪い。
異常に太い牙二本が下の歯から生えているせいで、支えるのがやっとなのか、しゃくり上げたツラになっている。
これを踏まえ改めてまじまじと観察すると、ある事象が脳裏に過った。
緊張で握る手から脂汗が滲み出る。
……これは非常にまずい事になった。
俺はこの状態を知っている。何回かお目にかかった事があったからだ。この筋肉オークは別にこういう個体でも、突然変異でもない。もっと酷く厄介なものだ。
『魔神感染病』
人類の敵、世界を刈るもの『魔神』、魔神自体はレベルによるが大したことはない。厄介なのは、周囲にいるモンスターを凶暴進化させるウイルスを持っている事だ。
感染した者は、このオークの様に本来備わっていないチート的な別次元の強さを身に付けている。
考えたくは無いが、この状態は非常に危険だ。これは間違いなく魔神の恩恵を受けている。
どれだけまずいというと、最悪の場合、国なら大災害クラスの一大事と表現してもけして過言ではない。
幸い、見たところ感染者はこいつだけだ。今叩けばこれ以上は広がる心配はない。
問題なのは時間だ。
そうじゃないと、間違いなく奴が来る。魔神には感染体を辿る習性があるからだ。
弱い奴ならウチのパーティーでも問題ないが、上位クラスじゃ全然準備不足だ。
俺は思案する。ここは隠し玉を使うべきかどうか。今のままでも勝てはする。だが、無料パズルゲーム程度の時間制限しかないとなると、その限りではない。
急接近した筋肉オークはごんぶとなこん棒でラッシュを掛ける。俺は咄嗟に鍾乳石の地形を利用し難なく回避。しかしながら、天然記念物級の代物を簡単に薙ぎ倒すのはいただけない。もしこの世界にも鍾乳洞の保存委員会があったら、このオークは訴えられるかもしれない。
当たればクリティカルは確実だろうが、力任せに振っているので交わし易かった。さぞ相手は中々攻撃が当たらずイラついているだろう。
「大人しく捕まってくれないかな?」
そうすれば余計な手間が省ける。
会話しながらも、湧き水で湿った地面を相手に合わせながらすり足で移動。皮で制作したお手製の靴なので持久力が無く、水を吸い上げ気持ち悪かった。
「シネ」
「さよですか」
予想通りの反応で対処しやすい。言葉通じるのと話が通じるのは、また別物のようだ。
「再考の余地は無しか」
「ヤツカラ、ニゲテキタノニ、アキラメラレルカ」
「奴?」
気になるワードに思わず聞き返す。
「バケモノダ」
カタコトながら、そこには理性があった。とても本能剥き出しの低級モンスターとは思えない。
それにオークが恐怖するバケモノとは、つまり奴らしかいない。
「悪いな。本当なら汚染されているお前は生け捕り調べられるんだが、これから使う俺の秘密を公にしたくないんだわ。跡形もなく消し去る」
「キョセイヲハルナ」
筋肉オークの合図で、隠れていたオーク達が一斉に俺に飛びかかる。
『貴女に心を奪われた愚かな俺に、狂わしい程の愛を与えて欲しい』
始動キーを頬に書き込む。
どうみても告白の1文。
病んでる女神はよほど俺が困っているのがお好みなのか、この壊滅的にセンスが無いこの能力開放こそが、このクソッタレに反撃する合図。
続けて手の甲に全方位バリアと書き殴ると、オーク達は見えない壁にぶつかり、粉々に弾け飛ぶ。
「ナゼダ!?」
「くけけ、オーク程度が束になったって、本気の俺に勝てるわけないだろう、ぼけ」
お嬢の前ではけして口に出さない雑な言葉を、既に事切れた哀れな肉骸共に吐き捨てた。
「遊びもここまで、そろそろ狩りの時間だ」
不遜な態度と映るだろうが、これは実力見あったものだ。
手に握っている長くて太い我が唯一無二の必殺武器から、全てを変えかねない漆黒のパッションがキャンバス目掛けて放出された。
ガントレットを外した腕に『レベル99 アイアンハンマー』と書き込む。