第3話「静寂世界とパルミラの宴」1
こんにちは。雨が鬱陶しいです。上がったらまた暑くてダレてしまいますけどね。
よろしければ、読んでくれれば幸いです。
☆毎週水曜日 お昼頃更新
闇夜の静寂が俺の世界を包む。
羽虫は冬眠の目覚めからまだ早かったのか、寒さで縮み込む。
椅子をひと漕ぎ、床が軋む。
優雅に空中散歩しているハウスダストの一部が紅蓮の炎に焼かれ、かぼそい断末魔をあげている。残念ながらこれは氷山の一角。これぐらいで根をあげる奴等じゃ、俺を長年苦しめている喘息に出来はしない。
大分燃焼してきたので、赤レンガの暖炉に新たな薪をくべる。全体がヒビ&焦げて黒くなっているのはご愛嬌。
鉄の火かき棒でつつき、空いたスペースに誘導。途中、火花が飛び散る様が実に綺麗だ。
されど、生乾きが紛れていたのか煙が多い気がする。
暖炉の側でへばりついている我が家のお犬様は、煙たかったのか、寝そべりながら豪快なくしゃみをした。
セントバーナードなので図体は大きいのだが、大人しいので番犬にもならない。寒い時にはこの通り暖の側をテコでも動かない有り様だ。
季節的には春なので日中はぽかぽか陽気だが、まだ暗くなると気温が一気に下がる。
ここは俺の生家だ。
ご覧の通り、年季が入り過ぎて物置小屋に見えなくもない、ボロボロの母屋だ。天井を見上げると長い年月を掛け湿気で出来た染みが、怒っている俺の死んだばあ様に見えた。
両親は健在だ。今はお屋敷の方で暮らしている。
俺は顔に品性がない、要はブサメンとかで、基本、本家には出入り禁止なんだそうだ。(入れるのは汚れる煙突掃除の時だけだ)まぁ、余計な気遣いをしなくていい分、こっちとしては願ったり叶ったりだ。だが、母が事ある毎に『ブサイクを生んでごめんなさい』と、周囲に頭を下げるのは、居た堪れなくなるから何とかして欲しい。
あれから闇が深まり、夜が道草もせず正確に訪れていた。神はこのものを言わぬ従順な労働者に、皆勤賞をあげるべきではないだろうか。
無論、我がパーティーに課せられたクエストは無事にコンプリート。被害というか酷い目に遭ったのは、オーク達に執拗に追い掛けられたフェロモン勇者と、災難続きの下僕のみ。何時もの日常なので、もう話にも上がらなかった。
つい一刻ほど前、解散し帰宅。多少、窮屈さを感じながらも、秒刻みな自由を満喫いていた。
こんな時は熱燗できゅっと1人お疲れ様会をやりたいものだが、色々と倫理的な問題があるから、熱燗ならぬ火にかけているミルクで我慢する。
で、今は柄にもなく物思いに耽っていた。なので焦点が合ってなくても、リビングデッド扱いにしないでくれると助かる。
仕事が終わった後は大体こんなこんな感じだ。お嬢のサポートに全身全霊を注いでいるので、終わった時の反動が凄い。
ホテルマンや旅館の女将もこんな気持ちなのだろうか。お役御免になったらボケてしまうかもしれない。
うちは代々ライトルガード家の使用人の家系だ。歴史は古く創始者から続いている。
ただ、所詮はお手伝いさん、財務担当のメディカル家や、軍事担当のガストン家やアプリコット家に比べると身分はかなり低い。唯一勝るのは数だ。複数の爵位を持つ為、かなりの広大な版図を持つライトルガード家、その使用人のうち三分の一は俺の血族だ。だがら、不本意ながら中心に近い位置にいる俺は、お嬢と一定の距離をとっている。何故ならある意味、一族の生死与奪権をこの手に握っているからに他ならない。俺の失態がそのまま一族の失脚に繋がるからだ。
お嬢のお付きになって大分時間が経つ。立場上は騎士様の栄光を影で支えている従士だ。実際はただの下僕なのがお涙頂戴だろうか。
その前に、何故に大貴族、しかもお嬢様が冒険者など野蛮な事をやっているのか疑問だと思うだろうが、答えは実にシンプル。ここがそういう世界だからだ。祖国の常識が外国では通じないのと同じ事。ここにはここの習わしがある。女性が第一線で活躍するなど、ラノベではお約束の設定だし、この期に及んでクレームは受け付けない。
更に付け加えるのなら、ライトルガード家は古来より武門の家柄。名を連ねる者は男女問わず、必ず軍属または冒険者として功績を残さなければならない。
なので我らがパーティーは地道にクエストをこなして、愛と正義と金の為、武名と知名度を着実に上げていた。
ただ、嫌な予感がする。予兆を感じたのだ。実は皆にはまだ話してはいないのだが、今回のクエストにある異変があった。実に下らない、実に腹立たしい事だ。出来ることなら関わりたくない。折角のRPGライフが台無しだ。
我が家で唯一無二のライフラインで沸かした鉄製のポットを、器用に取っ手を棒に引っ掛け取り出す。外国映画で焼き付いた光景を、自らの手でやるとは思わなかった。
それはそうと人間というものは何故、「あちち……」熱いものを触ると無意識に耳たぶを触るのだろうか。
悪戦苦闘して注いだミルクを飲んだ拍子に、不意により掛かった椅子の背もたれにまた亀裂が走る。1世紀以上前の年代物なので耐久性はもう無く、浅黒く変色していた。この椅子でウチのひいじいさんが、ポックリ逝ったそうだ。
春眠暁を覚えずにはまだ寒いが、暖まる物を飲んで気が緩んだのか、気だるい感覚に身を委ねながら、俺はいつの間にか、夢の中へ旅立っていった。