第二話「オーク討伐」3
こんにちは。
憂鬱な梅雨のシーズンに入りました。物書きとしては静かで集中出来るのでありがたいのです。
よろしければ、今回も読んでくれるとありがたいです。
☆毎週水曜日 お昼頃更新
「問題ない。それより、お嬢は何処に行った?」
何事も無かった様に鼻血を袖手へ擦り付けた。
更に性癖について疑われるのが嫌だから、お嬢の事を引き合いに出してうやむやにする。
俺自身は未だにノーマルだと疑っていない。フェイスが守ってあげたい系なので、本能が誤作動してしまうだけなのだ。
「アルシャンならこの奥に行ったよ」
奥に指を差す。
「また自分勝手に独断専行しているのか? あの唯我独尊は」
ドンキホーテなお嬢の事だ。恐れをなして逃げたオーク共を追撃したのだろう。冒険者組合からのミッションは巣の破壊とオークの完全駆逐だからな。
では、忠実なこのサンチョとしては後を追うしかない。暴走気味な騎士様は命懸けで手綱を引かなければ、水車を破壊しかねないのだ。
「ここは任せて先に行って」ネズミが横切った。「がんばっ、うにゃあ!」
「……」
俺は振り向かず、早急にここを後にする。このままじゃ輸血しても間に合わないからだ。
それでも生成されて出来た真新しい血痕を、石灰岩のキャンバスから歪んだ気持ちと共に靴でかき消す事を忘れない。
さて、お嬢様探索隊は更に奥に進む。アクシデント続きで一喜一憂だが、ゴールは目前に迫っている。
幸運にも夜行性の猫科じゃない俺でも目が慣れてきたので、それほど苦痛じゃない。ただ、文字通り手探りだから、諸手に付着した色んな謎液体の感触が、何とも名状しがたい気分に陥る。
この道から土砂が多い。やりっ放しの削れた感じになっている。オークは手を抜いているのか、それともまだ完成していなかったのか。
謎の地底人またはイエティ探索なら、ロケ御用達の観光用洞窟を使えば良いだろうが、生憎、ターゲットはフリーダム&アドリブ上等、達の悪い美少女の皮を被った悪魔だ。シナリオが一切ない生中継、せいぜい放送事故に遭わない事を、いるかどうか皆無なうんさんくさいこの世界のプロデューサー、要は神に祈ろうではないか。
「お嬢にナイスな言い訳を考えておかなければ――」
一瞬、めまいではないのだが、足下のバランスが崩れ壁にもたれ掛かる。
「何だこの振動は……? マジか。おいおい、俺はつくづくヤンデレなトラブルの女神様に、歪んだ愛情を注がれているな」
異変を察知した俺は一人毒づく。
だが、幾らお嬢の事が心配だからと、責任ある引率の先生を見習ってまで先駆けする気は無い。それどころではないのだ。決意を新たにした矢先、先程から指先に伝達してくる振動が大きくなっているのだ。山ではないので溶岩とは想像しがたい。地震の類いか、はたまたオーク達がストリートダンスを踊っているのか、いや、この状況下で考えられる答えは1つだ。
「これは非常にまずい」
それは突然起きた。
雷鳴轟くが如く轟音と共に、頭上目掛けて岩盤が落ち物系パズルゲーの様に崩れてくる。残念ながら連鎖で消す事は出来ない。地盤が脆弱だから何らかの衝撃に耐えられなかったのだろうと、瞬間的に分析する。
もちろん、この神の試練に対してなんの対策も立てていない俺にとって、終わりを意味していた。
「労災は出るのかな」
今際の際の一言がこれじゃ情けない限りだが、お嬢にこき使われていた哀れな従者には、このフレーズがしっくり来た。
こうしてお嬢捜索隊(隊員1名)は落盤に飲まれる。
だが、予想外にまだ痛くない。
俺の目の前で、巨大な槍に触れた岩盤がふ菓子の如く簡単に粉砕していくからだ。
「バカ」
「お嬢様」
俺は助かった。
唇をへの字に曲げた不機嫌な天使が顔を覗いた。
あらかた片付いたが、俺は重たい崩れた岩盤に押し倒されていた。ただ、暗闇でも無機物相手ではムードも情緒も感じない。
「ちっ、下等なオーラを感じたからオークかと思ったわ」
本来なら主従の感動的な再会シーンが、お嬢と俺ではこんなもの。
見下ろして蔑んでいる目差しと、あからさまな舌打ちが、俺を歓迎していない表れではなかろうかと思った。
「お嬢様、ありがとうございました」
「ふん、お前が何処で死のうが私には関係ないけど、縁起が悪いのよ」
俺の額数ミリで停止した大型の槍が振動音を発している。だが、冷汗が吹き出す理由には十分だった。全てをナノレベルまで粉々にする、神槍ブリュンヒルデ二式は、この従順なシモベをサンドイッチにしている硬い棺桶を簡単に粉砕する。
相変わらず、お嬢のこの鎧は恐ろしい。
ここまでくると、鎧ではなくてロボかパワードスーツと説明した方がしっくりくる。
機装鎧 ノア
装甲:オリハルコン魔導合金
動力:アポロ式V2魔導ターボエンジン
搭載武器:魔導粒子砲二門
自立飛行型自動追尾レーザー六基
防御機構:対魔法属性別障壁
対物理障壁
補助動力:魔力推進ブースター二基
武器:神槍ブリュンヒルデ二式
突進力、破壊力、防御力が群を抜いていて、コーナリングに問題があるがそれを十二分に補う。
ブリュンヒルデを突き出したら、もう、騎兵ではなく戦車、いや、全てを粉々に粉砕する辺り、大型モンスター掘削機の方がしっくりくる。
付いた異名が、移動無敵要塞『アイアンメイデン』だ。
神の金属を加工し最新式の魔導科学を導入して、伝説の鎧を参考に作った、名前からして親の愛情と過保護が集大成した実に大迷惑な大鎧だ。神槍ブリュンヒルデ二式と共に領民の血税は全てこれに注がれたと言っていい。
ギリシャと北欧神話とキリストを合わせて、一体、何処のRPGのラスボスなんだと問いたい。
「後れ馳せながら只今到着しました」
「遅すぎるわよ。給金泥棒」
お嬢は言った。間髪入れずに言い切った。配慮という言葉を人生の何処で置いてきてしまったのだろうか。
「すみません」
反論は許されない。
理不尽だが、これも従者の勤め。
「それよりナガテ、お花積みに行きたいわ」
珍しく顔が紅かった。恥ずかしいのか、それとも我慢しているのか。震えているのと、唇を噛んでいる所等を分析するに、後者で正解だろう。道具としか見ていない、けんもほろろなお嬢が、今更、俺何かに羞恥心を感じる訳もなしだ。
だが、大掛かりなこの武装を解除するのには、随分な時間が掛かる。
「……」
開発者達よ、今度造るときは操縦者の尿意も計算に入れてくれ。