第二話「オーク討伐」2
皆さま、わざわざの御足労ありがとうございます。
毎週水曜日お昼頃の更新です。
「暗いな」
何気無い一言に、エコーがかかっている。
洞窟は暗い。当たり前だ、照明があったらトンネル掘りか炭鉱になってしまう。オーク達も気を使って人間様をもてなしてくれればいいのだが、やるかやられるかの関係に対話の道は中々開かない。
灯りは緊急時用の簡素な物しか用意していなかった。しかも先程の喜劇を演じたせいで、湿気ってて使用不能。仲間と合流すれば何とかなる等と安易に考えていた俺は愚かだ。どうすれば、生き生きとオークを殺しまくっている殺戮マシーンに、貸してくれ? なんて、無神経なお願いが出来るだろうか。
ともかく、灯りの対策は冒険者としては必須だから、今後の教訓に生かそう。
慎重に足を動かしながら、音を頼りに先へ進む事にした。
……されど、かっこ良く反省したのも束の間、都合良く燃え盛っている松明が下に置いてあった。パルミラが気を利かせたのだろうか。
俺は発見したら取り敢えずゲットという、RPGの基本作法または理念に従って躊躇無く拾う。
勿体無いので、今回はありがたく頂戴しよう。
だが、あの炎大好き、天然放火魔には、無暗やたらに洞窟内で火を着けるのは止めて欲しいと、今度じっくりと言い聞かせなければ駄目だ。
それだけで俺の寿命が長くなるからだ。
少し歩を進めると、お嬢との苦行の末、身に付けた俺の不幸センサーに違和感を生じ始める。
何かが変だ。道内が暑いし、焦げ臭いし、通路が所々爛れて焼け石になっている。近くで溶岩でも流れている感じに似ていた。それに松明から、何故か肉の焼けた匂いが漂ってくる。
俺は直ぐに気づくべきだった、行動すべきだった、この周囲の異変に。
「なははは! 我輩の炎の塵となるがいいわ」
十字路前、眼前を何の予兆もなく、特大火炎が渦を巻いて通過。電車なら心地よい風で済んだが、如何せん、炎を含んだ熱風では只で済むわけがない。
貰い火して衣服に引火。だが、幸いまだ乾いていないので、大したことにはならなかった。ただ、松明だと思っていたのが、オークの骨付き肉だったと発覚。それも一緒に灰となった。
是非とも、今後事故多発を防ぐ為、この交差点には信号機か止まれの標札が欲しい所だ。
「おお、ナガテ遅かったな」
銀髪ロリメイドが駆け寄ってくる。歩数が短いので、ここまで来るのに時間が掛かるが、長い付き合いなので多目に見よう。
火の聖霊サラマンダーを呼び出しているので、パルミラの周りだけ真夏の日射しの様に明るい。
「お前か? 灼熱地獄に変えた犯人は」
洞窟内の地表がルビーの様に飴色に光っている。もちろん温度急上昇で頭の思考が低下。湯気が立ってて温泉の源泉にいる気分になった。
パルミラ・ガーフィールド。エルフでライトルガード家の開祖からメイドをしている。信じられないが元軍人で、エルフ解放戦争にも参加している。冒険者登録は魔法使い。
パルミラはゼロ距離まで近づくと、「済まん、ナガテの顔が煤だらけなのだ」白いローブの下に着ているメイド服からハンカチを取り出す。世話好き屋さんなのだ。
しかしながら、ミニマムエルフでは、幾ら背伸びをしても、ジャンプしても、ハンカチを投げても俺のフェイスには届かない。
思い通りに行かず、涙を浮かべる辺り可愛いと思う。
「とう!」
だから、幾ら背が届かないからといって、「おふっ」その度に業を煮やし、回し蹴りで膝カックンは止めて欲しい。
「ぬう、人間は成長が早くて不便なのだぞ」
パルミラはそう捨てゼリフを吐き、新たな興味対象を発見、この場を早々と離れていった。
そんなあいつに一言だけ言いたい。
「顔拭いてけや!」
肝心の最後の過程がふっ飛んでいた。やはりあのエルフ、長年生きているので認知症になっているのではないだろうか。
俺は理不尽な扱いに憤慨しながらも進む事にする。照す物がなくなり視界が悪いので心持たないが、お嬢に折檻されるよりマシだと、心を奮い立たせる。
幸いな事に、手作りの拙い道の先から明かりが漏れているので、難儀または不安はない。だが、通路が緩やかな下り坂になっているで、何処に繋がっているのかが気掛かりだ。ここでシチュエーション的に悪の結社とか、地下ロボット基地をイメージしたら、昭和のアニメ信望者とレッテルを貼られるであろうか。
未知との遭遇を期待して、色々と妄想していると足取りは軽いものだ。遠くに感じたゴールがもう目の前にある。少年の頃に置いてきたワクワクした気持ちを抱きながら、光のゲートをくぐった。
そんな冒険少年の視界に飛び込んできたのは、ブルースカイが広がっている外でも、金髪ギャルの楽園でも、鬼が住まう地獄でもなく、全面を覆うクリスマスイルミネーションばりのヒカリゴケに囲まれた、うちのエースと複数のオークが切り結んでいる、ある意味想定内、ファンタジー感が無い実に現実的で平凡な光景だった。
「君らに恨みはないが、周辺の人達の暮らしを守る為、悪いが死んでくれ」
流線が美しい日本刀から放つ鋭い一閃が、手負いのオークの浅ましい胴体を、綺麗に横一文字に分かつ。
それを皮切りに声の主を囲んでいた中隊規模の集団が、息つく暇もなく崩れていく。剣術の型を忠実に守りながら動きがシャープ。一つ一つの動作が洗練していて、無駄な動きが全くなかった。
この人間にとって、とても都合のいい事をほざいているこいつはコスモス・ゴールドガーデン。通称コスモ、勇者だ。大陸国家共同主催の勇者選抜適性検査で選ばれた、紛れもない数少ない公認の勇者だ。
言動で分かると思うが、良い奴で、頭が固いというか、融通が効かないというか、絶対正義マニアと断言していい。
是非、こいつに変身ベルトを送りたい。さぞかし恍惚とした表情を浮かべるであろう。
ここは先程の人工的に掘ったものとは異なり、自然に生成された大きな大空洞になっていた。余裕でドーム一個分の広さはある筈。
洞内の気温が低いので、吐く息が白くなっていた。
ミルクキャンディの様な淡い光沢を持つ鍾乳石が、情緒がない言い方だが、竹林または針の山みたいに軒並み乱立していた。ここまでなるのに、途方もない年月が掛かっているのだろう。
「おい、危ないぞ」
コスモの背後から不意を突いたオークを、折れていた鍾乳石で脳天一撃。同時に足払いをして柱に刺してやった。日本だったら殺人犯で逮捕、または器物損壊で起訴されていたであろう。
野郎を助ける主義はないのだが、こいつには俺をここまで導いてくれた恩がある。早いうちに返しておくことに越したことはない。
「ナガテ、ありがとう」
満面の笑み。愛刀『菊一文字』を鞘に納める。
「お、おう」
不意を突かれ、挙動不審ぎみにどもった。
声変わりがしていないから、コスモの高いキーボイスにキュンとくる。同じパルスが高くても、パルミラが弾けるレモンスカッシュに対して、コスモは甘いミルクキャラメルな感じが合っている気がした。
それにしても、やけにオークはコスモを狙ってくるな。
ミネヴァの比じゃない。まるで飢えたケダモノの様だった。興奮して吐く息が荒い気がする。
「あいつら、僕をみる目がエロい気がする」
沈鬱な面持ちで肩を落とすと、サイズが合わない年代物のプレートアーマーが、シーソーの要領で盛大にズレた。親の形見だから調整する事を頑なに拒んでいるのでしょうがない。
「とうとうモンスターにまでメスと勘違いされたのか。御愁傷様だな」
コスモは童顔だから初対面だと一度は女に間違われる。ミネヴァと並ぶと男女が逆に勘違いされるのもしばしばだ。
「ふんだ!」
頬を膨らませる仕草がまた可愛い。だが、こいつが目指す益荒男までは遠い道のりだ。
昔、こいつに好きと言われて、一瞬男でも良いかなと脳裏を過った時は、自然と涙が流れたものだ。勿論、当人は友達としてだろうが、出会った頃はアップデートしていないので今ほどの耐性がなかった。
数回のバージョンアップ……、要は馴れた今でも「にゃあ!」と鳴かれたら、無条件で鼻血が垂れる。
「ナ、ナガテ、鼻血が出ているよ!」
こんな風に。しかもエコーが効いているので効果は2倍。どうやらコウモリが羽ばたき、肝を冷やした様だ。
男女問わず冒険者達を虜にする、コスモきゅんクオリティーは伊達じゃない。流石は『イノセントサキュバス』だ。勇者な本人にとっては不名誉な異名を持つ。