第2話「オーク討伐」1
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一面草が生い茂る平地に容赦なく吹き付ける風。緑が一斉に動く様は、まるで大海原で波をうっている錯覚に陥る。地平線の先まで、アップダウンが緩やかな丘以外、所々にしか大きな障害物が存在していないので、バーゲンセールのおばちゃん軍団並に勢いが強い。それに身を晒しながら、俺はコンスタントに仲間がマーキングした岩を発見していた。大地から突き出した天然オブジェに軽石を擦り付けて、矢印とコスモのマークが描いてある。相変わらず真面目ちゃんの勇者様は、良い仕事をすると素直に感心した。
因みにマークは個人を表していて、冒険者パーティーを判別する為に使用。今回みたくクエストでは中々役に立つ。
コスモが太陽、お嬢がユニコーン、ミネヴァが骨付き肉、パルミラが自画像、俺はコウモリの翼。当初、絵日記の様な幼稚な太陽にしたが、コスモと差異を出す為、真ん中にタテ線を加えようとしたら、何故か顔面を真っ赤にしたミネヴァにブッ飛ばされたので、無難な第2案になった。
あれから些末な雑事を片付け、お嬢達の後を追って、忌ま忌ましい湿原を後にした。湿度が下がったので、気分的には幾分か緩和したみたいだ。
だが、直ぐには向かわず、ある意味バットステータス状態の解除を優先。
近くの川で、体に付いた大量の泥を流す行為だ。粘着力があるので中々取れず悪戦苦闘したが、長年お嬢の元で強制的に身に付けた洗濯スキルで、頑固なこびり付いた泥を削ぎ落し、何とか原型を取り戻す事に成功した。
俺は安堵した。このまま行ったら、ゴーレムもしくはスライムと間違われて、お嬢に刺殺されかねないからだ。
枯れ木を集め火を起こし、早急に干したが、生乾きでまだ多少冷たい。パンツに至っては、薄いからと海苔を炙る要領で火に晒していたら着火。お尻の割れ目箇所に、見事な円形のミステリーサークルが出来上がった。
こうなったのも、お嬢達と早く合流しなければいけないと、気が焦ったからに他ならない。奴等じゃ、あの我が儘に対処出来ないだろうし、そのとばっちりは、ダイレクトで俺に返ってくる。
でも、もう少し乾かせば良かったと後悔先に立たず。背に服が張り付く度に、冷たくてカエルの様に飛び上がった。
で、今に至るわけだ。
先行している自称友が残した矢印を頼りに、土を踏み込み蹴り上げる。足取りは重いがこれより重くはなりたくない……、あの大鎧で物理的に。
見渡す限り地平が続くこの平原では、目印がとても重要になってくる。不幸な事に似たような地形が続くので、錯覚が起きやすいからだ。
定期的に設置してある痕跡を頼りに、二時間ばかり迷走すると、目的地にらしき場所へとたどり着く。10キロ程、足を伸ばした辺りだ。目印がゴールを示していた。
俺は立ち止まり、終着地点を見渡す。
丘陵を上った先に無数の切り立った崖が、石碑、またはモノリスみたいに立ちはだかっていた。
だが、それだけじゃない。
「血生臭いな」
と、異変に気付き独り言ちる。
隈無く周りを見渡すと、いたる所にオークの亡骸を複数発見。賽の河原の積み石または、ホットケーキの様に重なりあって倒れていた。だが、滴り落ちているのが蜂蜜ではなくて緑の血じゃ、何とも言えないげんなりした気分になる。
切り口、深さから、斧の一撃が致命傷だと分かる。
オークは図体が比較的大きく、肉厚だから、普通なら一撃の元で成敗なんて出来ない。こんな事が出来るのは、俺のパーティーメンバーであるミネヴァのみ。ドワーフだけあって身体能力がべらぼうに高い。
俺の世界だとドワーフは髭面のじーさんが一般的だが、実際は女もいる。そりゃそうだ、生殖の問題もある、野郎だけでは子孫を増やせない。
特徴は男と違って童顔、もちろん髭なんて生やしていない。ただ、性格がとてもがさつなのと、背が低いのは男女共通のようだ。
鈍重な斬撃音が、近くで今も戦闘している事を示す。
「おらぁ!」
襲いかかる緑の巨漢達を、矢継ぎ早に肉骸へと変質させていくミネヴァ。何が可笑しいのか、折角の端正な顔立ちが台無しになるほど、歯茎を剥き出し歪んだ笑みを浮かべてる。その姿は、ドワーフというより、鮮血をバケツで浴びた様なみずみずしい朱色の髪と相まって、殺狂いのバーサーカーと呼んだ方が合っている気がした。
鍛えられた躍動感ある体を振り子にして、身の丈と大差ない大型の斧を豪快にスイングを繰り返す。黒ずんだプレートアーマーの下に纏っている鎖帷子の移動音が、聞き心地が良い軽快なリズムを奏でている。
流石はパーティーの切り込み隊長だ。その褐色の華奢なボディからはパワーファイターと想像出来ないが、ドワーフという種族がそれを可能にしていた。意外と結婚願望が強いとか、あからさまに恋に恋している可愛い所もあるのにな。
「弱い、お前ら弱すぎるぜ。おちんちん付いているのか!?」
ただ、この様にがさつなので、まだまだ婚期はやって来そうもない。これで口を開けば花も恥じらう乙女だと微塵にも疑っていないのだから、ドワーフの乙女の定義が一般人とずれているのは否めないだろう。
そんな事より、俺は不謹慎ながら、華やかに舞踊っている主役より、役者達を引き立てている舞台セットの、あるポイントが気になっていた。
この奥は地盤変化により突き出した地層の壁のせいで袋小路状態。貝やら骨やらが散りばめられたティラミスの様に、何層も各時代の土または石が剥き出しになっている。その中央の岩盤には、大きな空洞が空いていた。
どう観察しても、目的である巣の入り口に間違いない。ここだけ密集して、恐ろしい顔付きをした人外巨漢達の死体が転がっているのがその証拠だ。
比較的最近、明らかに色が違う人口的に削った感じの跡がある。離れた所に大量に積まれている岩と土くれの山がそれを物語っていた。オーク達がこさえたのだろう。随分粗く削っているから、グシャグシャにしたアルミホイルみたいに凹凸が目立っている。
今回のクエストは最近発見されたオークの巣の駆除。
この世界のオークは雄しかいない。なので種を残すため他種族と交配するのが一般だ。人間の村を襲う事も多々あった。
ここのオーク達も、あらゆるメスを拐ってこの洞穴で繁殖するつもりだったのだろう。早い発見だったので、今回は未然に防げたと言って良い。
おへそが出ているミネヴァを置いて行って貞操が心配ではある。だが、覇王項羽を彷彿させる程の偉丈夫なので加勢は無用だ。この規模だ、力尽きて四面楚歌になる前には全て片が付くだろう。
目があったので軽く手を上げる。
「悪い、お嬢の機嫌が悪くなるから先に行くからな!」
「おう!」
と、快く了承してくれて、快活な彼女は歯をむく。更に何も言わずとも、気を利かせてオークの注意を逸らしてくれた。
気さくなのか、それともお嬢が怖いのか。
兎も角、真意は問いただす暇はないので、好意に甘えて地下へと続く薄暗い縦穴に足を踏み入れた。