第1話「何時もの光景」3
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第1話後編です。
毎週水曜日お昼頃更新。
では、ごゆるりと閲覧下さいませ。
「なはは、ナガテは面白いなぁ」
「それは俺の行動が面白いのか、俺の顔がおもしろ顔なのか。返答次第では今後の付き合い方を変えるぞ」
「ノーコメントなのだ」
当人は無難な選択を選んだつもりだろうが、まだまだ詰めが甘い。誉めているつもりなら黙秘する必要性は無いのだ。即ち、ノーコメントとは遠回しに悪意と受け取ってもおかしくはない逃げ口上と断言してもよい。
昔からパルミラは変わっていない。俺が物心付いた時からお屋敷でメイドとして働いていて、お嬢の世話係をしていた。俺も良く遊んで貰った覚えがある。
それに比べて、お嬢は昔から俺をこき使っていた。道具かなにかと勘違いしているに違いない。
「――ナガテ! 何か来るよ」
気持ち悪いので靴の中に溜まった泥を落としていると、コスモが野生の勘もしくは勇者の勘で、危険を察知した。
そのお陰で突如、パーティー目掛けて襲ってきた魔魚(ピラニアの亜種)群の一部を、俺はお嬢の前に立ち塞がり「危ない!」鞘に収まったままのダガーで咄嗟に撥ね退ける。
「きゃあ!」
「くけ?」
だが、打ち返した方角は、俺にとって風水の暗剣殺。長年の不幸経験が背後から死の宣告を感じ取った。
俺は確信した。不意とはいえ、一本足打法は伝説のバッタークラスのセンスがなければ撃ち分けは無理なようだ……。
「……パルミラ」
俺の背後から流れてくる、噴火寸前の活火山を彷彿させた、押し殺し切れてない震えを帯びた声帯音が、俺の鼓動と見事にリンク。
恐る恐る振り向くと、カッコ良く決まったのはヌカ喜び。お嬢の神々しいご尊顔を拝見して全てを理解した。この場から全てを投げ出し死ぬもの狂いに逃亡したいが、黄泉平坂のイザナミと同等に、一心不乱に追撃してくるのは目に見えている。
「はいな。お嬢様」
ロリメイドは内容を言わずとも、意味を汲み取って行動に移る。流石、お嬢のおしめを取り替えている頃からの付き合いだな。息がぴったりだ。
見た目、幼児なパルミラは、浮遊魔法フライでお嬢の目の高さに合わせて、懐から出したレースが付いた高級感溢れるハンケチで頬に付着した泥を丁寧に拭きとる。もちろん、原因は俺が弾いた魚の水しぶきならぬ泥しぶきだ。
魔法使いの前にお嬢付きメイドでもあるパルミラは、細々とした身の回りの世話をする。お嬢の髪が何時も小綺麗なのは、この魔法ロリエルフメイドのお陰。
「申し開きしたい事はあるのかしら?」
「ごめんなさい」
土下座して素直に謝る。リーマン流謝罪術。お客様相談室に在籍経験もあるので慣れたものだ。
庇ったのだし、普通の関係なら責任は無いのだが、主従な以上、雇い主に少しでも被害が及んだ時点でこっちの敗けだ。
「お前の責任よ。何とかしなさい」
「え?」
「しなさい」
「……はい」
俺にノーという選択肢は無い。許されない。
あー、毎度のことながら、なんと言う無茶ぶりなのだろうか。
それだけ俺の事を信じていると言うことか? いやいや、違うな、ここは役立たずが早く死んで、新しいお付きが欲しいというのが本音だろう。結構面食いだし、俺があの世に旅立った瞬間、あのパパにイケメンを所望するに違いない。
なので、俺は嫌がらせの意味も込めて、絶対に死ぬつもりはないし、お嬢を喜ばせるつもりもない。
次々と魔魚が集まってくる。まるで公園で放されている、餌を待ちきれない錦鯉の様ではないか。
口がパカパカではなく、ガチガチの違いはあるがな。
「俺が囮になっている間に、お嬢様達はここを抜けて下さい」
「当然ね」
お前には良心はないのか? ゲームやアニメなら、幼馴染みのポジションは心配するもんなんだぞ。
「待ってよ、君を置いてなんて行けないよ!」
心配そうに抗議するコスモ。
勇者だけあって、優しい事を言ってくれる。
「コスモ、アルシャンデリアの鎧が重たいせいで、身動きがあまり取れないんだ。ここはナガテの好意に甘えようぜ」
「でも……」
ミネヴァはやんわりと状況説明するが、納得がいかないみたいだ。
そう、重武装で足手纏いのお嬢がいるせいで早い動きが取れない。特に渡し板が掛かっているだけのか細い道じゃ、小回りが効かない戦車状態と同じだ。
もっと先まで行けば浅瀬になるから応戦出来ると思う。だから、このお荷物を連れてさっさと行って欲しいのが本音だ。
「冗談よ。大事な使用人を危険な目に合わす訳には行かないわ」
「そうだよね。仲間なんだもん、ナガテばかりに辛い思いはさせられないよ」
「お嬢様、勿体無いお言葉」
意外なお言葉にナガテ感激。だが、コスモの擁護が霞んでしまう程に、残念ながら裏を疑ってしまう。
「代わりに私が囮になるから、鎧のメンテに必要なお金出してもらえる? そうね。金額的に言って一族郎党合わせて1年分の給金かしら」
お嬢の大鎧は特注品なのでべらぼうに高い。国の国家予算に匹敵する程だ。
コスモの方に目を向けるが、
「ナガテごめん。庇う事が出来ない」
済まなそうに背を向ける。
そりゃそうだ、兄弟が一杯いるコスモには荷が重い話だ。
「大丈夫です。お嬢様を守る為に俺がいるのです」
日本の政治家の如く、誰かの為とか、心にもない偽善と建前を口に出す。
後で親戚一同に拷問される位なら、面倒でもここで体を張った方が増しだ。
こいつらは血に反応する。
「くっ!」
腕の皮膚を軽く切り、ナイフに付着した真っ赤な血液を数滴垂らすと、案の定、歴戦のマフィアみたいな凶悪なツラの魔魚達が、勢い良く群がってきた。
「お嬢様を頼んだ」
そう、後事を仲間に頼み、腕から血を沼に流しながら、俺は来た道に向かって足を蹴る。
もちろん、魔魚は大群で俺を追い掛けていた。
計画通りだ。これで周囲に忠誠心をアピール出来る筈等と、姑息な程に計算高い事を考えていた。
願わくば、お嬢様がこの哀れなナガテ使いの荒さを悔い改め、心配して止めてくれたらなぁと、頭の隅に過ったが、もちろんそんな奇跡は、万年同じ給料がいきなり昇給する並に起きないと太鼓判を押す。
「ナガテ、無理はするなよ!」
代わりにコスモが大きめの声で俺にエールをくれるが、残念ながら同性からだとそんなに嬉しくはない。
だが、振り向き様に小さくガッツポーズをして、自称友達の好感度アップも忘れない。
大丈夫だ。俺はこんな雑魚にやられはしない。
むかつく事があるとすれば、俺が倒しても意味がないのが非常に気に食わないだけだ。
徐々にお嬢達から遠ざかっている。
足場が悪いからたまに躓くが、運動神経が良くない俺にとってはこれも想定内だ。ステータスに逃げ足の補正がされている盗賊クラスだった事に感謝する。
魔魚の大群は列をなし空中を飛ぶ。例えるならば、黒光りした龍が天空を舞っているみたいだ。
そのまま獲物、即ち俺を目掛けて器用に螺旋を描きながら重力に乗って落ちてくる。
巻き込まれた頃には、ミキサーに入れた肉の様に、ミンチになって綺麗に奴等の体内の中であろう。
「きしし、さあ、こいや。このくそカマボコどもが」
それでも俺は不敵に笑みを浮かべ、両手を下段の位置で広げて、魔魚達を受け入れる体勢をとった。
別に生きる事を投げた訳じゃない。これが俺にとっての勝利のポーズだと気付いたのなら、それが大正解だ。花丸をやろうではないか。
細工は流々、仕込みを御覧じろ。
◆◇◆◇
如何であったであろうか。以上が愚かで滑稽な日常の風景だ。
どこか懐かしくもあり、真新しくもある。
ここで改めて自己紹介をしょう。俺の名はナガテ。ライトルガード家の使用人で、幼い頃より伯爵の娘アルシャンデリアの側仕えをやっている。フルネームは訳あってここでは名乗る事が出来ないが、大した理由じゃないから気にしないでくれ。
このくそ忌ま忌ましい物語の語り部であり、主人公を務めている。
そして何を隠そう転生者だ。
このまるでRPGを彷彿させる不思議な世界で、第二の人生を強要されている哀れなリベンジャー。
俺には目的があった。まだここで情報開示は出来ないが、けして成り上がりでも、ハーレムでも、まったり領地経営でもない。
もっと単純で純粋な動機だ。