第5話「再会と崩壊のエチュード」2
次回より、不定期連載にシフトチェンジします。
ごめんなさい。
入り組んでいる建築物が太陽を遮り、下り坂の街路地には陰が差す。赤レンガの通路に陰と陽のコンストラストが絵画のひと風景を思い浮かべる。これでのどかなBGMがあれば、低電波で送る深夜放送の映像番組になるだろうが、生憎、無音の世界、無声映画。がらがら声のおっさんの講釈師だと雰囲気が台無しだ。
ただ、
「うおおっ、衝動買いも大概にしろぉ。お、お嬢は俺達の苦労と大切さが全く分かっていないぃ!」
「うわぁん! 何の罰ゲームなのだぁ。重たいのだぁ」
俺達はそれどころじゃない。
自然の摂理というか、重力の法則と絶賛戦闘中だからだ。敵に回った自然の重力に、かいな力で懸命に購っているが、この戦いは分が悪すぎる。
一番下がLサイズの木箱、次がMサイズ、続いてS……、かと思うだろうがまたLに戻る。そんなに甘い積み方じゃ持ちきれない。しかも『天地無用』ではなく、ほとんど『割れ物注意』という、SはSでも難易度とお嬢の心がドSだ。
腕の痙攣が止まらないのだ。重さは200㎏はゆうに超えるだろう。しかも落としたら給金半額だから油断出来ない。
俺は喜劇王でもコメディアンでもないのだが、つみ木またはダルマ落としを連想出来るぐらい絶妙なバランス感覚で辿々しく歩を進める。どこぞの国の行進曲が流れて来そうだ。隣ではエルフメイドが、崩れそうで崩れない危なっかしいステップで高度なルンバを披露していた。パルミラの魔法で重さを軽減してもこのザマ、なんとも情けない限りだ。
何故こんな醜態を興じているかというと、我らのヘビーナイト様が先日稼いだ金によって、この通り大量の物に化けた。お嬢曰く、領国の経済が回る為に一役買っているんだそうだ。それが領主一族の責務だと豪語している。だが、真実は小説より奇なり。綺麗事を述べているが、お嬢の馬鹿力により毎日のように食器が粉砕しているので、家にバレないように買い足しているのが真相だ。
実にはた迷惑な責務だと、呆れながらも多少の誇らしさを胸に俺達は従事していた。
「そ、それよりも、その仏頂面、そろそろ何とかならないか?」
「よっ、ほっ、それがしはこれが普通でござるぅ!」
何処がだと、心乱れしパートナーに目線を向ける。
綺麗に枝分かれしている眉がつり上がり、口角がカワハギになっているし、コントと思うぐらい明らかに口調が違う……。
それとは逆に、道端では無邪気な猫達は日向ぼっこと洒落混んでいる。この陽気だ、昼食後はアクビが止まらないだろう。全くもって羨ましい。
「まだ、怒っているのか?」
「当たり前なのだぞ。ナガテの慈悲深さを分からん小童共め」
赤くなった長い耳が垂直に立つ。
そんなに興奮すると血糖値が上がるぞ。
「爺さん婆さんでもパルミラさんにとっては子供でござんすか」
実は先日の一件以来、メイド様はえらくご立腹だったのだ。自分の感情を露にする。ありがたいことだが、接客とかの仕事に影響しまっているのでそろそろ終わりにして欲しい。今回一緒に来たのも半ばお嬢に追い出されたからだ。これから大事なお客様がやって来るのに、この仏頂面でお出迎えされたら逃げてしまうだろうとの事だ。
「でも、しょうがないだろ。旦那様のお陰で全てを許されているのは事実だ。そのライトルガードに危害を及ぼす訳にはいかない」
「我輩は声を大にして叫びたいぞ。初体験はナガテだと」
「ボケエルフ、色々と端折るんじゃねぇ!」
ペンで能力の始動キー『君にありったけの愛を注ぐ』と書き込む。文字には愛が入っていて告白めいていればいればオッケーなのだが、威力が大きい程、審査が厳しく失敗すればステータス異常のペナルティーがある。何より未だに恥ずかしい。
続けて『ハリセン』と書いた左手を振り上げ、「あう!」エロフをシバいた。頭が俺より下にあるお陰で、軽快で小気味良い衝撃音が頭上から鳴る。後は星マークのエフィクトが欲しい所だ。もちろん、所詮は紙と同じ効果なのでノーダメージ。
昔、お嬢の第1従者を賭けてガチンコ勝負した事がある。それに勝っただけだ。
衝動的に体が動いた為、バランスが崩れそうになるが、ヤジロベエを追体験してるかの様に間一髪で踏み止まる。
夫婦漫才にまた磨きがかかってしまうな。もしクビになっても当面はこれで食っていける。
「特殊な力を持っていたって、ナガテはナガテだぞ」
「いつの世だって、自分にないものを持っている奴に脅威を感じるのは変わらない」
「それは分かるのだ。エルフとドワーフも似たような歴史はある。だから腹が数倍立つ」
感慨深く頷く。少佐時代に思いを馳せているのだろうか。
「それはそうと、何かおかしくはないかなのだ?」
身を震わすパルミラ。また牛乳飲み過ぎてオシッコか? 今更一杯飲んだところでスタイル良くならないぞ。
「何が?」
「表現が難しいのだが、敢えて例えるのなら風が哭いているのだぞ」
「……」
うっわぁ……、このエルフ、現実とファンタジーの境界線が理解できない思春期がこじれたみたい。
「そうだな、今日はやけにあの大戦で封印した俺の右目が疼く」
そう、右目を押さえて、憂いを帯びた眼差して虚空仰いだ。
理解者がいないと可哀想なので、相棒として対の車輪、両手両足みたいに話に合わせる。
「現実とファンタジーの境界線が理解できない思春期みたいな事は笑えないから止めるのだ」
「……」
そういうのは良いから的な、真顔で注意されてしまったのだが。何だろうか、この裏切られた感は?