第4話「騒がしいアフタヌーンとステータスバトル」7
「ちっ、魔神か……、また血が流れるな」
「奴には昔からエルフ族も苦労したのだ」
「二人ともあまりその名を連呼しない方が良いわよ」
お嬢は二人を嗜める。
「大丈夫なのだ、向かいがさっきから煩いから、我輩達の声など掻き消えてしまうぞ」
大志なんぞ抱いてないがクラーク博士像ばりに指を伸ばした先には沢山の人集り。過疎している地方の与党候補が演説する並みには人が集まっている。
『聴け! 神の慈悲を受けた使徒の使命を忘却させ、偽りの平穏を享受する愛すべき愚かなる民草よ』
向かい側の道端では教会の袈裟を纏った司祭が、甲高い声で説法をしていた。何処の世界でもそうだが、特にここの宗教家は偉そうだ。俺達が全ての諸悪の元凶、生きているだけで罪だと表現する。俺達が怠慢にならない為なのか、本当そうなのか、解釈は様々、まさに神のみぞ知ることわりだ。
『我らが母、女神プルートは愛の神である。魔神とは神が我ら人を信じて与えたくださった愛の試練である。死を恐れるな。死こそ女神が与えてくださる最大の愛である』
そんなヤンデレな教え、かえって怖すぎるわ。
プルート教。女神プルートを信仰している大陸最大宗教団体だ。大陸国家の国教も大半はプルート教である。
“闘志を忘れ怠惰した魂は不浄、人生をあがき苦しんだ魂を神聖”の教えを第1に掲げている宗派。
色んな宗教を知っている俺の見解だと邪教に近い。
慈愛の女神なので、とにかく愛の教義が多い。良いことも嫌なことも全てはプルートの愛で説明がつくそうだ。
俺の知っているプルートとはだいぶ違う。ギリシャかローマかは忘れたが、神話の神々の一員で冥界の長。あとプルトニウムの原語になった事ぐらいだ。
ここのプルートと違い愛とは縁遠い存在だと思う。
『神は仰った。“子供達よ、我が愛に応えよ”と。深海より深い愛に我らは答えなければならない!』
教義の一端では魔神は神の試練で、乗り越えた先に祝福があると信じられてきた。
だが、実際はそんな御大層な代物じゃないと唱えている学者も多い。簡単に言ってしまえば、ただの自然災害と定説を立てている。イナゴやペストや山火事や台風の部類。魔神自体に悪意はなく、本能のままに生きるモンスターと何ら変わりもしないというのが主流だ。
どっちが真実か定かではないが、俺が仕留めたマッチョなごんぶとオークみたいに、感染したモンスターは能力が格段に底上げされて、見方を借りれば、ゾンビのB級パニック映画の如く質が悪いのは実証済みだ。教典では従事する魔物は使徒または天使とあるが、迷惑でしかない。
『敬虔なる神の使徒達よ、祈るのだ。さすれば道は開ける! 遥昔より我らが祈りを捧げ続けこの国は守られてきたのだから』
「何言ってやがる。アタイ達冒険者が血を流しているから、この街は昔から守られてきたんだろうが。お前ら拝み屋の手柄なんてチリ程もない」
何の根拠もない教会の主張に真っ向から楯突くミネヴァ。冒険者を冒涜されて不機嫌になったのか、面白くなさそうに眉を吊り上げる。
冒険者、元いた世界ではよく聞いた言葉。
世界またはダンジョンをくまなく探索し、立ちはだかるモンスター群を蹴散らしながら、クエストに挑む者達の総称だ。
RPGの代名詞というか、無かったら始まりもしない王将的要の存在と言っていい。
この世界の冒険者も上記で述べた通りだ。
ただし、ここのは冒険者に二つの意味合いをもつ。世界の探索者、そして魔神の討伐。
冒険者は魔神討伐を第一功績と定められていた。倒した者には富と名声が約束される。次に魔神発見者は第二功績とさせる。数が把握出来ない上に探知しにくい魔神は、早期発見が重要になってくるからだ。
モンスターからは街で雇われた俺達冒険者が守ってきた。だから、何もしていない宗教家の態度にミネヴァでなくても頭に来る。
「そう言えば、今回はナガテは全然驚かないんだね。何時もだったら大慌てするのに」
コスモ、お前に言われたくない。平静を装っているのに、先程からテーブル越しに伝わってくるバイブレーションな足の振動がウザイぞ。
「いやいや、これでも驚いいる方だ」
我ながらヘタな言い訳だ。
勿論、無反応の原因は俺が第1発見者だからだ。感染型オークを人知れず葬ったのだ。残念ながらオスカー顔負けの演技力は持ち合わしていないし、好きでもない隣人が死んでも、まなこから涙が流れるまで腹が真っ黒な大人でもない。
本当なら報告すればそれなりの金が手に入るし、被害がもっと少なくて済んだと思う。だが、魔神に関しては、おいそれとこのナガテと言う名前をおおやけに出来ない理由があった。一個人では対処出来ないレベルで深刻になりかねない。
「それより、さっきの続きだ。俺の華麗なるステータスを見ろ!」
俺はシラケてしまった場の立て直しを図る。
ナイフで親指先端に切れ込みを入れてトマトジュースなみに濃い血液を紙に押し付ける。はぐらかす、または罪の意識から逃れると言った、心の防衛本能に従って、ステータスを躊躇なく公開した。
ながて
にんげん?
どろぼう らべる18
えいちぴぃ 150/150
えむぴぃ 0
くそぢから 79 エム 385
てくにっく 123 にげあし 201
わるじえ 251 めんたる 212
あくうん 156
称号
《プライドを捨てし者》《ロリイーター》
《幼女のパンツを被りし者》《エルフ大好き》
固有スキル
《ロリを愛でる》しないと死ぬ
《人間カーペット》踏むとお嬢様が喜ぶ
《人間サンドバッグ》エムの嗜み
《人間馬》乗せるとエルフが喜ぶ
ぱる
「うわぁ、とうとう性犯罪者になったか」
「へ、変人だよ!」
「やはり私に責められて喜んでいたのね、この変態」
「でも、ぱるってなんだ?」
「さあ?」
仲間達はターゲットのアイドルに興味が無くゴシップネタを本気にしている一般人と同じ風に、好き放題言ってくれる。長年俺が積み上げてきた信頼と実績が、砂上の楼閣が崩れるみたいに一気に崩壊した。
「……」
突っ込みどころ満載過ぎて目眩がする。これはしてやられた。イタズラだ。
『おいパルミラ、誰がウケ狙えとお願いした?』
お前は大阪芸人か?
会社の草野球で身に付けた野球監督ばりのサインで、ボケエルフと交信を試みる。
『ふはははは、我輩はパルミラにあらず』
負けじとダンス気味のジェスチャーで応戦。
『じゃあ、誰だ?』
『爆炎の魔法少女、トロピカル・パルミランだぞぉ! キラン~☆』
と、俺が作ってやったお手製ハート型ロットを振り回す。昔のアニメを思い出しながら作ったので、基盤の代わりに埋めてある魔法石を稼働させる様に加工するのが難しくて苦労した。
ところで最後になんでも『カル』が付けば魔法少女というのは、今後議論するべき点ではなかろうか。ラジカルやロジカルは許せても、これではヘクトパスカルやスカルやローカルまで対象になってしまう。
『パルミラの晩御飯はピーマンのサラダとお嬢に言っておこう』
『ごめんなのだ、ちょっとしたイタズラなのだぞ!』
長い付き合いだ。ネゴシエーター並みに交渉カードを多く持つので、いたずらエルフは簡単に折れた。
ロリとの激しいやり取りで、ヅラならブーメランの様に飛んでいったであろうオーバーアクション、流石に頭を覆うっていた頭巾がめくれ下がる。「あ、しまった」俺の平凡な顔が公衆の面前で晒された。
「――ああ!? チート能力者だ!」
周囲は一転、このキーワードに反応して人々の動きが一瞬止まる。
俺はくたびれ気味の袖で咄嗟に顔を隠すがもう遅い。この街では演歌の大御所または第一級戦犯並みに顔が割れているからだ。
「何でチート能力者の分際でこんな所にいるんだ!?」
「この人殺し!」
「疫病神!」
「うちの娘は処刑されて、なんであんただけ殺されないんだ!」
通行人達が角砂糖に引き寄せられる蟻の様に群がってくると、俺とパルミラはお嬢の前に立つ。
「幾ら寛大なご領主様がお許しになっていても、神はナガテという忌み名の悪魔の存在を認めてはいないぞ!」
収めてくれると期待した司祭様の言葉が一番辛辣だった。過去の優しかったあの人とは別人の様に、人を導く求道者とは思えないセリフを吐き捨てる。
「ここは下等亜人が居て良い場所じゃない、失せろ!」
飛んできたハンマーが俺の腕を直撃。
「……ナガテ、ゴメンなさい」
あのお嬢が頭を下げる。世の中がチート能力者に拒否反応を出している事についてなのか、伯爵がチート能力者なのに俺だけ人権を与えているからなのだろうか、昔、1番大事な時、お嬢がいなかった事を指しているのだろうか、聞き返すつもりもないので、何に対してなのかは定かではない。
「……」
そして……、俺は全てを置いて逃げ出した。




