第1話「何時もの光景」1
読んでくれるとありがたいです。
更新は毎週水曜日を予定してます。興味を持ってくれた方はご贔屓にしてくれると嬉しいです。
ジメジメとした湿原に踏み入れる事、実に半日。
虫の羽音、野鳥、獣の鳴き声、魚の跳ねる音、水が流れる音、色とりどりのリズムが混ざり合う。
出発した時に登った目立ちたがり屋の天然スポットライトが、もうすっかり頭上で俺達の喜劇を観賞していた。もし、生きているのなら、お昼のランチでも洒落込んでいるのだろうか。
湿原とは見た目は生い茂った草原だが、一歩足を踏み入れたら恐ろしい底無し沼が待っている。普通は旅人または冒険者の為に、土地の所有者が渡し板を整備しておくのがセオリーだ。
だが、残念な事に、ここの領主は自分の領地に余り興味または愛着が無いみたいだ。一部の板が腐って無くなっていた。およそ1メートル65センチ。なんでそんなに正確に目算で測れるかというと、答えは簡単、俺の背の高さとピッタリ合致するだからだ。
「うーん」
俺はこの予想外に軽く唸った。
一人ならば助走をつければ余裕で飛び越えられる。だが、残念ながら連れがいた。それも多人数。
さて、困ったぞ。うちのパーティーは非常識な集まりだ。しかもその中で群を抜いてワガママなのがいる。クイーンオブ自己中だ。
残念ながら俺はその存在に逆らう事が出来ない。そんな事をしたら一族郎党が俺を殺しに来るだろう。
神様、また俺に活躍の場を与えてくれてありがとう、等と皮肉を思ってみる。
お陰様で俺がまた、絶対にも認めてはくれない縁の下の力持ちをしないといけなくなるから、これくらいの文句なら神様も寛大に許してくれるだろう。
一見、一般人なら歪んでいる思想を垣間見たと思考が行くだろうが、何時もこう思いを巡らす事で、内心が台風みたいに荒れ狂う精神状態を正常に保っているのだ。この不遇を考慮に入れてくれると嬉しいし、これから起こる不幸に同情または哀れんでくれる事を切に願う。
「早く倒れなさいよ」
不意に後方からの一撃が、デリケートなMyおけつにヒット。俺は大木宜しく前のめりに倒れ込む。事前に言ってくれれば、倒れるぞー! と、声を大にして叫べたのに、声の主は相変わらずせっかちだ。
泥が跳ね、重たい水音と、豪快な俺の吐いた息で形成されたあぶくが不協和音を起こしていた。
「ぐひ、重たい」
息継ぎに頭を横に曲げると、俺の脆弱な背に約200キロの物体が、断りもなく一歩一歩踏みしめて移動。足から頭まで行くのに時間が、実際は1、2分程度だが、カップラーメン5、6個を順にお湯を注いで待った位に感じた。まるで 頭が弱い大型のトロルが吊り橋の上で、後先も考えずにコザックダンスを踊っている程の衝撃だ。
それだけならいざ知らず、さっきからアンモニア臭と糞が大量に溶け出したチョコレート状の泥が鼻に付き、嘔吐が喉入り口でオンオフを繰り返していた。
だが、購うことは出来ないのが今の現状。先程に述べた喜劇の正体はこういう事だ。
因みに俺の回りにある浮遊するデジタル数字はダメージだ。この世界はそういう仕様なので、細かい事は気にしないでくれ。もしくは女神様の恩恵と言うことで、この場は納得してくれるとありがたい。
いちいち説明するのが面倒だ。
「0点ね」
うわーい、最高の辛口採点ありがとう。このくそお嬢様。
やっと渡ったりきった腕組みした高慢ちきが、唇をへの字に結び、偉そうに未だにうつ伏せになっている俺へと、心無い弾丸を打ち付ける。
「因みにどういった採点で0点なのでしょうか?」
生意気にも評価内容が気になったので、長髪ブロンドが鬱陶しい雇い主に聞き返す。異を唱えると、親戚一同がヒットマンになりかねないので、聞き方はあくまでソフトだ。
ただ、体は正直なもので、理不尽な仕打ちで悔しくて震えが止まらない。
「揺れる」
200キロ支えたら痙攣位は普通に起きる。150キロを誇るフルアーマー着たまま使用人を橋代りに使うなんて、頭がイカれているとしか思えない。
「生臭い」
お前の親父に言え。ここの領主の娘よ。
アルシャンデリア・ライトルガード。これがこのお嬢のフルネーム。
ここの領主、ラクセイク伯のご令嬢だ。
「ナガテ、お前が大嫌いだ。ふん」
お嬢は一瞥し、少女らしく可愛いく鼻を鳴らす。ツンデレなら救いがあるのだろうが、残念ながら何処まで行ってもホライゾン。つまりのところ見込みはゼロと宣言しても良い。
例えるならば、新入社員歓迎会で半裸になり女性に絡んでくる上司と同等な位は軽蔑されている気がする。
だが、それはこっちの台詞だ。
俺はこの世間知らずに、煮えたぎる本心を訴えたいが、すんでのところで言葉を飲み込んだ。
ライトルガード家の使用人、ナガテ、つまりこの俺もこのお嬢様が大嫌いだった。