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菓子の行方

作者: 家咲

息抜きです

やられた。またしてもやられた。


真理子は甘い香りだけを残して肝心の中身が空になった皿を見ながら、心の中でそう独りごちた。


真理子の趣味は菓子作りだ。子どもの頃くだらないと妄想して切り捨てた社会の歯車に成り果ててしまった真理子だが、あの頃好きだったお菓子を、あの頃を取り戻すかのように作るのが、真理子の趣味である。


ストレスが溜まるごとに大量に作っては、一人では消費しきれずに家族や友人にばら撒いていたものだったが、最近妙なことが真理子の周り、こと菓子作りにおいて起きていた。


ようやく完成、という瞬間に真理子の作った菓子がその甘やかな香りのみを残して、ことごとく消え失せるのだ。


そんなバカな、と真理子も最初は思った。真理子とて現代日本人の端くれ、そんな世迷いごとを聞いたならば冗談だと思ったことだろう。

しかし実際体験している身としては、その思いも十分理解できるために誰にも言えていない。


ただ消えるだけならば実家暮らしの真理子の知らぬ間に誰か家族が食べてしまった、という可能性もあったかもしれないが、そうではないと真理子は思っている。


というのも、綺麗に空になった容器には、異国のものらしき硬貨が入っていることがしばしばあるからだ。


今回は、焼きたてのチョコチップクッキーが乗っていたはずの皿に、電球の光を反射して輝く金貨が1枚、ポツリと乗せられていた。


「……うーん?」


真理子はその金貨を拾い上げ、手で玩びながら矯めつ眇めつ眺めていた。

少しひんやりとしたそれは、確かに金属でできてはいるが、真理子が数十年生きてきて見たことのない硬貨だ。見知らぬ紋様に、見知らぬ文字が刻まれている。鋳造技術は日本のそれには及ばないらしく、わずかに歪みがあり、それが却って本物らしさを醸し出していた。


便宜上金貨と言ってはいるが、本当にそうなのかを確かめるすべは真理子にはない。コイン屋や質屋にでも持っていけば何かわかるかもしれないが、持っている理由を問われて正直に答えられない貨幣など、他人に見せる気は真理子には起きなかった。


「……ま、いーや」


いくら考えても解決が及びそうにない問題に、真理子はあっさりと匙を投げた。

今日も正体不明の金貨は真理子の手によって、棚の空き瓶に硬質な音とともに放り込まれる。金貨ばかりがそろそろ50枚ほどに及ぼうか。


真理子の趣味は菓子作りである。食べるのも嫌いではないが、作って満足してしまう性質だ。出来栄えがよく、美味しくできていればなお満足ではあるものの、出来上がりは一口二口で満足してしまう。要は、余るのである。

もしこの硬貨たちが換金できれば、材料費ぐらいにはなるのかもしれないがそもそも手慰みで作っているのだ。見知らぬ硬貨などなくても作るに違いないし、むしろ謎の消失によりさっさと捌けるので製作のペースが少々上がっているくらいだ。


「さて、次は何にしようかなあ」


何事も準備段階が一番楽しいものであると真理子は思う。〇〇の元で作るようなものも楽しいが、やたら凝ったものもそれはそれで一興である。そろそろ暑くなって来たことだし、冷たい菓子もいいかもしれない。プリンとかババロアとかゼリーとか、ちょっと凝ってティラミスとかアイスとか。多分食べごろに冷えた瞬間か、皿に移してぷるんとなった瞬間か、その辺でいつものように消えるのだろう。

願わくば、受け取ったひとが喜んで食べていますように。 真理子はそう思いながら、次のレシピを考えるのであった。

筆者は作るのも好きですが食べる方が好きです。

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