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カニバリズム

 「いきなりですが、質問です。この世で1番おいしい肉は何でしょう?」


 私は大学の講堂で、聴衆である男女の大学生達を前に質問した。

 それはもう、ハイテンションで。

 だって、今日は素晴らしい事実をみなさんに堂々と発表出来るチャンスなのだから。


 「牛肉、豚肉、羊肉、馬肉、犬肉とまあ、この世には様々な肉の種類がありますね。この中で1番おいしいのは牛肉の最高級ブランドだと言う方がいるでしょうし、豚肉がおいしいと主張する人もいるでしょう。抵抗がなければ、犬肉も十分おいしいと主張する人もいるのではないでしょうか?」


 聴衆達が考える仕草をアピールするかのように微妙に見せてくる。

 ここまでは、人間として正常な反応ね。


 「ですが、私はもっとおいしい肉を知っています。舌触りが滑らかで、油がたくさん詰まって……ああ! 想像するだけで涎が出てきてしまいます!!」


 思わず私、恍惚の笑み。

 でも、いいの。

 自分の顔が歪むと自覚出来てても、もう止まらない。


 「みなさんは何の肉だか想像がつきましたか? さてさて、正解は……人肉でしたぁ!!!」

 「……」


 聴衆達の顔が意味不明って感じになっていた。

 冗談か何かだと思ってるのね。


 「ちなみにみなさん、これは冗談ではありませんよ? はい、ここ笑うところ~ってとこじゃないですからね」


 とびっきりの笑顔で忠告する。

 それに対して、聴衆達はザワザワと騒ぎ出した。

 冗談だと思ってクスクス笑っている者半分、不快な顔をして黙っている者半分。

 聴衆達の後ろに控えている講師陣は……怒ったような、悲しいような表情。


 でも、いいわ。

 私は気にせず続きを言うの。


 「えーと、真面目な話をすると、人肉は多くの国々で食することが違法とされている食材です」


 いやいや、それ以前に食材じゃねえしと男の罵声が飛んでくるけど、気にしない。

 彼の声はただのノイズにしか聞こえない。


 「人肉を食することが違法だとされている理由……それはやはり、禁忌の行為だと認識されていることだからでしょう。同族を食べることはありえない。常軌を逸していると本能的に人間の心に訴えかけてくるものだからでしょう」


 それが普通のこと。

 当然と聴衆達が頷いている。


 「なのに、国外に住んでいる少数部族の中には、食人という行為を正当化していた事実もあります。それは相手の魂を取り込むことで、自身の肉体に力が宿るとか、ある種宗教的な意味合いを彼らの中で持っていたからです」


 まだ私のプレゼンが終わっていないのに、聴衆達のイライラが講堂内を包む。

 この時点で本当ならプレゼンは終了するだろうけど、私の場合主席なまじ成績が良い為にまだ聞いてやろうって姿勢がギリギリ保持されている。


 「けど、みなさんの持っている倫理観であれば、そんなの非常識ですよね? 考えられないことですよね」


 私が問いかけても、みなさん無言だった。

 つまり、無言の肯定。


 「私も宗教上の理由で食人を行うのはくだらないことだと思います。食とは種が生存する為に行う立派な行為です。みなさんもスーパーで売られている豚肉や牛肉を食べてますよね。屠殺された豚や牛を想像することもなく。肉を”ただの食材”と思って、”動物だった肉”として普段認識してませんよね?」


 ちょっとスパイシーな皮肉を入れてみた。

 お~みんな怒ってる怒ってる。


 「動物の命が散らされるシーンが収録されたビデオを見て、初めて私達が食べていたのは命が宿っていた肉だとやっと認識するわけです。それもまあ、ビデオを見た人達は数日後には大概忘れてますけど」


 みんな怒ってる。

 ということは、怒っている人達には思い当たる節があるってこと。

 怒り=図星ってこと。


 「でも、その間スーパーで肉を食べることを可哀想だと思いませんでしたか? 思わない人もいるんでしょうけど、多分それは少数派だと思います」


 その少数派の私が言うのだから、間違いない。


 「それはビデオの中に映った動物を身近に感じたからこその忌避感です。人間は身近な生物を食することを禁忌とする側面を持ってますから。だってほら、犬を食べることを拒否する日本人は多いでしょう?何故かって言うと、日本は愛玩として犬を飼う風習が定着してるからです。それだけ犬が身近な存在だからです」


 そう。

 だからこそ、私は……


 「でももし、犬が身近に感じられない動物だったら? 牛や豚のような認識と同じだったら? きっと中国と同じように、犬が普通に肉として売られることも十分に考えられるでしょう。所詮、犬の飼育なんて”人間の心を満たす都合”の為に行うエゴですからね」


 動物保護団体や愛犬家から非難を浴びされそうな堂々発言。

 もちろん講堂内から退室する人達が出始めた。

 きっと愛犬家なんだろうなぁ~

 自分のエゴを自覚してない人なんだろうなぁ~


 「さて、ここで本題です。人間は人間を身近な存在として認識していますが、もしその感覚が希薄で、生きている人間は無理でも、人間の死体の肉を動物の肉と同じように認識してしまったら?」


 講師陣の目がギラリと光る。

 プレゼンのタイムリミットがどうやら迫っているようだった。


 「私は人間の肉を純粋においしいと感じます。そこに宗教的な意味合いは一切ありません。食材としての価値があるのです。だってそうでしょう?人肉をおいしいと感じる人間が実際に存在するんですから!」


 ここで約半数の聴衆達が呆れて退室していた。

 もう半数は面白半分で私のことを馬鹿にしているようだった。

 馬鹿なことにスマホで私のことを盗撮している男女もいた。

 でもいいわ。

 動画投稿サイトにでも勝手に流してくれれば、それはそれで世界へのアピールに繋がるし。

 要はどんなに馬鹿にされたって、話題性があればあっというまに世間にそれは広がっていく。


 「人間は日頃から様々な食材を食べて生きています。それは言い換えると、”肉が肥えている”ということでもあります。家畜の栄養供給は人間に管理されていて、非常にストレスが生じます。それはどんな高級ブランドでも同じことです。でも、人間は自由に食材を選び、食します。当然ストレスも少ない。肉として人間を見れば、ものすごく上等だということです」


 でも、日本人の肉は社会的なストレスで品質は落ちてるだろうけど……


 「ブランドで言うのであれば、やはり先進国の肉が上等でしょうね。衛生面さえしっかりしていれば、人肉は十分に製品化可能なレベルです。そう、製品化が可能なんです!!」


 私は力説する。

 ここが力の入れ時だと知っているから。


 「近年宗教的な埋葬の重要性が薄れているので、無宗教用の葬儀を行う人達が急増しています。となると、日本の墓地にはそれだけ多種多様な墓が建てられるというわけです。通常は火葬されて、長男の家系の墓に骨を収められますが、それでも日本の土地を大量の墓が圧迫している状態です。だからこそ、死んだ人間の肉を製品化し、流通させることで墓の乱立を食い止め、日本の食糧生産率にも貢献することが出来るのではないでしょうか!!」


 聴衆は驚愕……しなかった。

 笑ってる。

 馬鹿にされてる。

 大真面目に話しているのに。


 「人の倫理観が、人の世の発展を邪魔しているのです。動物は食べて、人は食べない? おかしな話じゃないですか! 人間を食べることは倫理観に反するとでも? 死体損壊の法があること自体バカバカしい。もう少し世界の法律は人肉食に対する理解を深めるべきです」


 誰も……聞いてくれない。

 何故だろう?

 分からない。

 気持ちを共有してくれない。

 1人くらいいてもいいでしょう?

 なのに、いない。


 「人肉に対する偏見を払拭して食せば、これほどおいしい食材は殆どこの地球上には存在しないことが分かるはずです。何故、食べもしないで禁忌だと? それはただの思い込みでは? 生理的に受け付けないという意見など、人の錯覚でしかないのです! だって、前提としておいしいと感じることが出来る食材なのですから!!」


 私がそう言った直後、ポンと肩を叩かれる。

 教師陣の1人だった。

 もうプレゼンを終われとのことらしい。

 けど、私は粘る。


 「偏見さえ取り除けば、こんなにメリットのあることはないんですよ? 新しい人肉ビジネスだって起こせる。死体を金で買収して、ドナーに提供出来そうな臓器は残し、肉を消費者に提供する。大学の死体解剖が医学に貢献する理由で許可されているなら、人肉ビジネスだって世に貢献出来るわ! 死体提供者の同意だって取ってみせる。なんの問題もないでしょう!?」


 私は叫んだ。

 対して聞いている者はもういなかった。

 次のプレゼンの用意をしていた。

 私はもう、ただのキチガイ女として見られているだけだった。

 邪魔者だった。


 「何でよ……」


 私は男性教師に無理矢理講堂の外にズルズルと連れ出されたのだった。

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