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スレイヴ

 「ヒヒ~ン」


 馬の声。

 馬はブフフンか、ヒヒ~ンしか言わない。

 人間様とは違うはずだ。

 そう、人間とは違うはずなんだ……


 「おら、そこの奴隷!! さっさと働け!!」


 怒鳴り声と同時に、僕は馬に乗って鞭を持った監督に背中に打たれた。

 それはSM調教より遥かに度を越した痛みを僕に与えた。


 「いたい……」


 背中の激痛が続く。

 多分、血の亀裂が背中に入ってる。

 ブラッドタトゥーは僕の体には似合わないよ……


 「はい、すいません、すいません」

 「ハッ! 謝ることしか能のない馬鹿が! さっさと体を動かせ!」


 僕は命令に従って、身を起こした。

 僕の視界に広がるのは、薄暗い洞窟の入り口……炭鉱だ。

 僕はここで、一体何をしているのか?

 ここで労働を”させられている”のだ。


 僕の傍には、今日も元気に強制労働に励む奴隷達が、疲労と不満と恐怖の混じった表情で炭鉱から石炭を運び出していた。

 大きなガラ袋に入れて、人力で……


 「何をぼさっとしている!! また俺の”調教”を受けたいのか!?」

 「すいません!!」


 僕は転んだせいで落ちた石炭入りの袋を手に持ち、再び歩き出した。

 この袋、クソ重い。

 多分、20キロは軽く超えている。

 最初だけならまだいいが、続けて運ぶとキツさがボクサー階級で言うところのミニマム級とヘビー級並みに違う……のは言い過ぎか?


 「おいおい、若いの。あの鬼畜監督官は男の歯をパンチでどれだけ吹っ飛ばせるかを競ってる腐れ野郎じゃ。あの男の前だけは転びなさんな」


 そう言って、僕の横で石炭を運びながら注意してくるじじいが一人。

 10代後半の僕より、数倍長く生きているであろうよぼよぼの枯れ木みたいな老人だった。

 なのに、こんなダンベルを持った方がまだマシな石炭を運べるだけの体力がある。

 ってことで、見た目は参考にしない方がいい類の人間だった。


 「無理だって。あの男から僕、何発も鞭もらっちゃって、もう足がすくむんだよ」

 「恐怖でかの?」

 「そう……怖いんだ」


 あの監督の顔を見るだけで、もう怖い。

 最初はそうじゃなかったのに……

 認識が日を追うごとに、上書きされていた。


 「それはそれは、見事に”調教”されちまってるのお。あっちからしてみれば、良い傾向じゃて」

 「……それは僕が、奴隷だからか?」

 「今はまだ立場だけがそうじゃ。が、心も奴隷と化したら、人間じゃなくなるのじゃ」


 僕もそう思う。

 人間は何かを選択出来るから、人間なのだ。

 対して奴隷は、ただ従うだけ。

 だから選択出来ない。

 ……人間じゃない。


 「アリストテレスはこう言った。奴隷は命ある道具じゃと」

 「偉大な哲学者も、奴隷制度擁護派なんだもんな」


 世の中はそう出来ている。

 僕が黄色人の奴隷で、今はそういう時代だから……

 それが当たり前の時代だから。


 そうひっそりと話している間に、石炭の入った袋が山ほど積まれた広場へ到着する。

 僕と同じ大勢の奴隷達は、みんな袋をそこに置いて、また炭鉱の中へ戻っていく。

 ここと炭鉱の奥を、何回も往復するのだ。

 それが、僕の奴隷としての仕事。


 「それじゃ、生き残れよ、若いの」


 そう言って、じじいは再び戻っていった。

 薄汚い洞窟の中へと。


 僕も歩き出す。

 そして、鬼畜監督の前を通り過ぎる。


 「そこのウスノロ、止まれ」

 「えっ……」


 僕は監督の呼び声で歩くことを中断する。

 足がブルブルと震えだした。


 ……怖い。

 恐ろしい。

 やめてくれ。

 何をされるんだ?

 痛いのは嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ……!!!


 「お前はこの労働が終わった後、俺の部屋に来い。たっぷり可愛がってやる」

 「……」

 「おい。俺が誘ってやってんだぞ? ここは素直にうなずく場面じゃないのか? え?」

 「……はい、ありがとう……ございます」

 「そうだそうだ。それが正しいぞ、ボウヤ」


 僕はソロソロと前を歩きだす。

 奴隷として、労働するために。

 奴隷は嫌だ。

 けど、どうしようもない。

 労働しなければ、殺される。

 監督の命令に従わなきゃ……殺される。


 「……」


 僕は無言で、体を酷使し続けた。



 ---



 監督の部屋に呼ばれ、僕は死にそうなほど恐怖心を駆られながらも、室内へと入った。

 そこで待っていたのは、鞭を持った教官と、数人の他の地区の監督だった。

 部屋の中央には、磔が……


 ああ……痛いんだろうなぁ。

 僕は何となくそう思った。


 僕が入室した瞬間、拘束が始まり、上着や下着を1つ残さず脱がされ、磔に固定される。

 その様子は、かつてキリストが十字の形で死んだような光景を連想させる、酷い有様だった。


 「ハハハハ!! いくら察しの悪いボウヤでも、今からされることくらいは分かるよな? ああ?」

 「やめて……ください」

 「敬語だな。丁寧だ。いい心がけだぞ」

 「な、なら……」

 「答えは無理です、だ」


 醜悪な笑みと共に、彼らは僕の肉体に鞭を打ってきた。

 手足、ふともも、お尻、胸、股間。

 あらゆるところに、傷が入る。

 血がたくさん出てくる。

 僕は今だけ、赤い芸術作品になっていた。


 「ぎゃあああああ!!! 痛いです!! やめて! やめてえーーー!!!」

 「よしよし、いい子だ。泣いたご褒美に、鞭打ちを追加でプレゼントだ!」

 「ああああああっっ!!!!」


 鞭は、僕を傷物にする。

 最近、赤いおしっこが出るようになってきた。

 何故だろうな?

 途中から、痛みを感じない。


 だけど、辛い。

 痛くないのに。

 けど、ここから解放されたら、じわじわこれが痛くなる。

 これを何回ここの炭鉱で繰り返したか……


 「痛い痛い痛いっ!!!」

 「お前の剥がれ落ちた皮は俺達の物だからな! 奴隷は何も所有することは出来ない! 自分の命であってもだ! お前の体はお前の物じゃない!! だから文句言うな!!!」


 僕の全てが否定されていく。

 僕は正当には生きられない。

 正統な人間でもない。

 僕は人間ではなく、ただの奴隷だから……


 人に従うことしか出来ない者は、人間じゃなく奴隷だ。

 僕は……人間じゃない?

 じゃあ、奴隷?


 そっか。

 もう、ヒトじゃないんだ……


 「……」


 僕は……ひたすら痛みに耐えた。

 皮が剥がれ落ちた。

 内側の肉が露出する。

 白い脂肪の部分と、ピンクの部分が見えた。

 それは、普段監督達が食べている肉よりも生々しくて、気持ち悪い。

 人間の肉って、こんな風だったのか……

 もう、肉は食べられないかもしれない。


 「……」

 「ふん、これ以上やると死ぬな。おい! 次の楽しみにこいつを壊すのはとっておく。マイフェイバリットだからな。部屋の外に放っておけ」


 やっと、終了の合図が聞こえた。

 拘束を解かれ、ズルズルと男達に運ばれていく。

 引っ張られるだけで痛い。

 もう、嫌だ。


 死にたい。

 けど、出来ない。

 生きたい。

 幸せに生きたい。

 死ぬのは怖い。


 監督が怖い。

 逆らったら、殺される。

 従ったら、壊される。

 どっちもどっち?

 いや……


 死ぬ方が怖い。

 殺される方が怖い。

 怖いんだ……


 だから、壊される前に、自分を壊そう。

 苦痛は、自分が壊れていないから……壊れる余地がまだあるからそう感じるんだ。

 だから、自分で壊せばいい。

 そうすれば、苦痛を感じることなく生きていられる。

 楽して、生きられる。


 ああ、何で分からなかったんだろう。

 僕に、もう壊れる以外の選択肢がないってことに。


 絶望だった。

 けど、それでもまだ生きたい。


 醜い。

 けど、プライドなんかもうない。

 それはどこかに捨ててきた。

 

 「ハハ」


 僕はそこら辺に転がっているこぶし大の石を手に持つ。

 冷たくてヒンヤリとしている。

 今は体中がマグマみたいに煮えたぎってるから、気持ちがいい。


 僕は石を掲げて、そして振り下ろした。

 自分の頭に。

 ガツンと音がして、意識が途切れそうになる。

 けど、耐える。


 僕は壊れなくちゃいけない。

 壊れろ!

 壊れろよ!!!


 僕は何度も石を自分の頭にぶつける。

 そして、遂に僕は……



 ---



 「おい、若いの。昨日のは大丈夫だったか? 酷いケガだぞ?」


 昨日のじじいが、石炭を運びながら僕に話しかけていた。

 相変わらずタフなご老人だ。


 「ああ、大丈夫だったよ。むしろ気分が良くなった」

 「……変わったな」

 「ん? 何がだよ?」

 「口調もそうだが……心がな。もう、元には戻らんようだ」

 「もう少し分かるように話せよ。主語がないとこっちもキツイぞ」

 「お主もそこいらの者達と同じく、奴隷になったということじゃよ。身も心もな」

 「何言ってる? じいさんも奴隷じゃないか?」

 「わしはわしじゃ。命令を自分の意志で実行しておる。お主は、ただ従うだけじゃろう?」

 「ああ……そっか」


 僕はじじいが何を言いたいのか、分かった気がした。


 「僕はもう、人間やめちゃったからな」

 「それで、いいのか?」

 「いいよ。ここでは、もうそうするしか僕は生き残れない」

 「奴隷から解放される時がもしあれば、お主はもう自分の意志では生きてはいけんのだぞ?」

 「もう、いいんだ。僕は奴隷として、死ぬことにした」

 「……ならば、もう何も言うまい」

 「……ねえ?」

 「何じゃ? 若いの」

 「じいさんは、まだ、人間として生きてるのか? 奴隷から解放されることをまだ願い続けることが出来ているのか?」

 「ああ、そうとも。例え先が見えなくとも、絶望で終わったとしても、最後まで諦めないこと。実に熱血で、生々しくて、醜くて、矮小で、人間っぽいじゃろう?」


 ニカッと太陽みたく笑って、じじいは石炭を運んだのだった。



 ---



 目の前に馬に乗った監督がいた。

 また、鞭で打たれた。

 先日の傷が、開いて、苦痛が倍増する。


 でも、もういいのだ。

 諦めた。

 苦痛が痛いのは、この状況に納得がいかなかったからだ。


 どうして僕が鞭でぶたれなきゃいけないの?と。

 けど、今は納得しているから耐えられている。

 だって、僕は奴隷なのだから、鞭でぶたれて当然だ。


 文句なんか言わない。

 ただ、黙って従って生きていればいい。

 そういう生き方しか出来なくなるが、ここではなんとか生き残れる。

 心がもう壊れているから。


 「ヒヒ~ン」


 馬の声。

 馬はブフフンか、ヒヒ~ンしか言わない。

 人間とは違う。

 けど……僕は人間じゃない。


 馬は酷使されていた。

 僕も酷使されていた。

 同じ奴隷だからだ。


 だから、僕も馬も別に対して違いがないのだった。

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