ザ・クイーン
ワラワはとある一国の女王。
ひたすら優雅な時間を過ごしている。
例えばまず、ワラワは朝に国民から強制的に徴収した税を使い、大量の良い品質のワインを購入した。
今、国民は飢餓で飢えている。
だからこそ、こんな時には酔って気分を盛り上げねば。
だからワインを一家に一本分け与えた。
なんと優しく、慈悲深いワラワ。
みなが幸せに包まれるわ。
これでみな、有意義に暮らしてゆけることであろう。
そうワラワは確信しつつ、就寝を取った。
そして次の日、私の相談役である、チョップ・ソンマが王の間にて、国民の声を代弁して言った。
「我らがクイーン。憂慮すべき事態です。国民から相当数の訴えが来ておりまする」
「ほう、チョップ。ワラワが愛すべき国民達の飢えを快楽で凌いだというに、どのような訴えがそなたの耳まで入ってきたというのか?」
「それが……ワインなぞを送るのであれば、食料を送って欲しかったと……」
「何故じゃ? 何故食料がそんなにもほしい?」
「我らがクイーン。先日も申し上げた通り、この国は大変干ばつによる作物の被害が大きく、特に穀物類が壊滅状態でございます。であるからして、この国の貨幣も暴落し、よその国から食料を輸入することすらも困難な状態でございます。国民は当然貯蓄した分の食材を使い飢えを凌いでいましたが、それも最早限界でございます。ですから……」
「ええい!! 長いし難しいわ!! 一言で要約せい!!」
ワラワは美声を惜しみなく王の間に響かせ、チョップを制する。
これが、女王の力。
ワラワが命令すれば、事は思いのまま。
ワラワに不可能なことなど、ありはしない。
「も、申し訳ありません! このチョップ・ソンマ、失礼いたしました!」
「まあ、よい。不問とする」
「有難き幸せ、感謝しまする」
「では、言うがよい」
「……国民が腹を空かしているのでございます」
腹が空いているとな?
これまたおかしなことを……
「みながよく食べているのは、パンであったな?」
「そうでございます。我らが国の主食品は穀物から練られ、作られたパンにございます」
「では、パンがなければケーキを食らうがよい」
「……は?申し訳ございません。今、なんと?」
「全く、チョップ。ワラワの美声を聞き逃しおって。ワラワは、パンがなければ、ケーキを食らうがよいと言ったのじゃ」
ワラワの言葉に、余程関心したようじゃ。
チョップ・ソンマの顔が驚愕したような表情であった。
そんなに名案であったか。
少しして、チョップが口を開けてこう言った。
「我らがクイーンよ」
「何じゃ? 申してみよ」
「ケーキはパンよりも高価なものでございます。であるならば、パンも食べられない状況で、どうしてケーキが食べられるのでございましょうか?」
「そうか、そうなのだな」
なるほど。
ケーキは高級な食べ物であったか。
では、他にも選択肢はある。
「ならば、もう一度国民から税を徴収し、そして平等にケーキを与えてやろうではないか」
「……最早、徴収出来る税を国民が満足に用意出来ないのでございます。もし民に税を支払う財産があれば、それこそ自身の食すパンに金銭を使うことでしょう」
「何故、国民に金がないのじゃ。ワラワは余るほど黄金を蓄えておるわ」
「それは国民から今まで集め続けた税でございますから、当然のことでしょう。ですが、もう国民から税を取れる状況にはございません。今後貯えを増やすことは、難しいかと……」
「ほうほう、それは困ったのう……」
ワラワは玉座の隣に置いてある、美味なる菓子を頬張りつつ、考える。
それでは……
「そこらの犬猫でも捕まえ、食らうがよい」
「……そう仰ってしまいますと、国民から相当の反発があると予想されまする」
「何故じゃ? ワラワにもペットはおる。が、みな由緒正しき血統の可愛い我が子じゃ。じゃが、街に巣くう犬猫は下等な雑種じゃろう? そんなものを殺したとて、何の罪があろうか?」
「我らがクイーン。命は命でございます。命に上等も下等もないのでございます」
「じゃが、実際ワラワのペットは気品が高い。街の犬猫は汚らしく、粗野であろう。これは紛れもない事実じゃ」
「……それでは、国民には犬猫を殺して食えと?」
「後、あればケーキを食うことじゃとも追加で伝えとけい」
「……了解致しました。我らがクイーンよ」
そうしてチョップは、そそくさとワラワの前から姿を消した。
全く、チョップめ。
下らないことでワラワに思考させおって。
雑念はお肌の天敵ではないか。
ワラワは急いで、肌の潤うバラの湯へ入ることとした。
これでワラワの美は、永遠に保たれる。
黄金で作りし浴槽を見れば、また気分も良くなるであろう。
こうして、今日という一日が終わった。
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「我らがクイーン。またもや憂慮すべき事態です」
「なんじゃ、チョップ。ワラワは今、見ての通り爪を美しく研いでおるのじゃ。話なら後にせい」
「そうしたいのは山々でございますが、何卒、お話を聞いてくだされば……」
「ほう、ワラワに頼み込む程か。なんじゃ? 教えてみるがよい」
「国民が……さらに怒り狂い、城の門までやってきている状況でございます」
「なに? 我が愛する国民達が、反旗を翻したとでも?」
「まだそこまでには及んでいませぬが……一触即発とはこのことでございます」
国民が、さらに怒り狂ったじゃと?
そんな馬鹿な。
ワラワはやるべき責務はこなしているはずじゃ。
であるならば、国民がこんな反発をするわけがないであろうに……
「……理由を述べよ」
「やはりというべきでございましょう、国民が犬猫を食らうことに否定的なのでございます。この国では穀物の他に、狩猟というもう1つの文化がございます。その狩猟には、多くの狩猟犬が用いられていることは、我らがクイーンもご存じのことでしょう」
「ええい、ワラワに恥をかかせるでない! ワラワは狩猟犬など知らぬわ!!」
「も、申し訳ありませぬ。我らがクイーンの思慮深さであれば、この国の文化についてもご存じであるかと……ああ、いいえ、知らぬとはこれまた失礼を致しました」
必死に謝罪をしてはいるが、腹の底では何を考えているのか分からぬ男だ。
じゃが、その男すらも赦してこその器の大きさというもの。
女王の女王たる所以を見せておかねばなるまい。
「……次回はないと思え」
「我らがクイーンの慈悲深さに感謝いたしまする」
「して、その猟犬とは何じゃ? また下等な生き物のことか?」
「……猟犬と申しますのは、古くから狩猟を狩人と行ってきた、犬のことでございます」
「ほう、では下等だな」
「我らがクイーン。あまり下等と呼ばれるのは、慎んだ方がよろしいかと……」
「事実であろう? 狩人は下っ端のやることではないか。その下っ端にこき使われる存在……やはり下等には違いあるまいて」
瞳の力を強くして、チョップに伝える。
すると、チョップは脂汗をチョコのようにドロドロと流した。
相変わらず、汚い男じゃ。
「下等であるならば、食らうことにも抵抗はないはず……ならば何故、犬猫を食らうことに抵抗が?」
「我らがクイーン。狩猟犬は、狩人と心を繋ぎ合わせているのでございます。一心同体になってこその狩猟犬でございます。ならば、家族も同然。家族を食べることは、禁忌に相当するかと」
「ならば、狩猟犬の狩ってきた獲物を食料とするがよい。それが、狩猟犬のいる意味なのであろう」
「クイーンの察する通りでございます。ですが、干ばつという天災に見舞われたのは、人間だけではございませぬ。野生の動物もそうなのでございます」
「何故じゃ? 理由がよく見えぬが……」
「干ばつにより水が少なくなりますと、植物が生えてこなくなりまする。とすると、今度は植物を食する動物が飢えに苦しみ、死んでいくのでございます」
「ならば、その植物を飢えに苦しむ動物達に提供しようではないか」
「最早、一本たりとも生えてはいないのでございます」
「……ううむ」
これは難しい問題じゃ。
ワラワはこんなにも潤った生活をしているのにも関わらず、下界はこうも上手くいかぬ。
少しはワラワを見習ってほしいものじゃが……
「何はともあれ、我らがクイーン。お金が、お金がないことが一番の問題でございまする」
「金がないじゃと? 何度言わすのじゃ、チョップ。金はワラワは潤うほど持っていると、何度も言ったではないか」
「そうでございます。ですから、その国民から税として徴収した財産をほんの少しでも国民のために使ってほしいのでございます」
「ほう? ワラワの財産を国民のために使えと?」
「我らがクイーンのおっしゃられている通りでございます」
なるほどのう。
チョップが言いたいことは、結局のところそれであったか。
「嫌じゃ」
「・・・恐れながら、理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
「これはワラワが仕事として受け取った金銭じゃ。ならば、ワラワの物であろう? 何故ワラワが働いて稼いだものを、国民に分け与えねばいかぬのじゃ」
「クイーン。それは国民の税が元となっておりまする。国民がいなければ、ここまでの財産はクイーンの元に集まることはなかったでしょう」
「財産は、ワラワが国民を愛した分の正当な報酬。国民達が労働して稼いでいることと同じじゃ。それを国民に分与するとは何事か」
「では、ただ分与するのではなく、貸し与えるのはどうでございましょう? 利子を凍結した状態で、クイーンの管理する王国の財産を国民に貸し与え、復興を図っては?」
「駄目じゃ。国民に貸し与えてしまったら、いつ戻るかも分からぬ」
「では、借金の猶予を・・・」
「嫌じゃ!!!」
ワラワは声を張り上げた。
同時にチョップも黙りこくる。
これこそ、女王の力。
これがあれば、誰にも負けることはないわ。
ワラワの物はワラワの物じゃ。
何人たりとも触れることは許さぬ。
「……このままでは、国民は飢え、国は滅びまする」
「ワラワは疲れた。後の処理はチョップ、貴様に任せることとしよう」
「ですが、最早この国は何もないのです! クイーンの……国民の財産を使うしか、手段は残されていないのです!!」
「声を荒げるでない、このたわけが!! 国民の財産だと? この裏切り者が! これは全てワラワの物だと何度も言うておるに!!」
「クイーンよ! 何故、国民なくては国が存続しえないことが分からないのですか!? 国民があってこその国です。女王なのです!」
何を知ったようなクチを……
ワラワが何も知らない世間知らずのような言い方をしおって!
「じゃから、ケーキを食えと何度も……」
ドスッと音がした。
ワラワの腹からじゃ。
下をソロリと見ると、汚らわしいナイフがワラワの腹に突き刺さっておった。
「これは……なんじゃ?」
「もう、疲れました。我らがクイーンよ」
なんと、チョップがワラワの腹を刺しておった。
そんな……馬鹿な。
「本当に、裏切りおって……」
「貴方は、女王失格です。絶対君主制など、最早時代にはいらないのです」
「ワラワあっての……法なのじゃぞ?」
「法は国民が考えまする。この国に、王は要らない。王は、国民達でいい」
「チョップ……」
ワラワの意識が薄れていく。
痛い。
酷く痛い。
無礼者め。
痛みなんぞが、ワラワを苦しめおって。
虫唾が走るわ……
クソ。
クソ……
何故じゃ。
ワラワは良いことをしたのじゃ。
何故……
ワラワは……