乙女ゲームの世界に転生したが、悪役令嬢がチート過ぎて諦めました
短編登録しておりましたが、かなり高評価をいただきましたので、連載化する事にしました。
タイトルは「乙女ゲームの世界に転生したが、悪役令嬢がチート過ぎて諦めました。でも攻略開始です!」です。
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よろしければお読みください。
私がそれに気付いたのは5歳の時でした。
その日私は母が作ってくれた美味しそうな食事を食べようとして、椅子から転げ落ちて背中を強打した。
あっつあつのシチューをスプーンで掬い、母がふーふーして食べなさいと言ってくれたのを無邪気に無視して口に運び、あまりの熱さにスプーンを落としてそれを拾おうとしてバランスを崩したのです。
そして、あまりの痛さに目から星が飛び出るかと思うぐらい脳が刺激され、唐突に思い出したのです。
私には前世の記憶がある。
そう、私は転生者として生を受けていた事に気が付いたのです。
私の前世は日本と呼ばれる国の少女で、最後の記憶では高校に通う学生でした。
家庭環境は結構裕福で、父はそれなりに大きな会社の社長、母は弁護士、兄は国立大学に通う学生というエリート一家。
私はと言えば中学校から共学ではなく女子校に通い、大学までエスカレーター式のそれなりに格式あるお嬢様学校で少女時代を過ごしていた。
なぜお嬢様学校に通っていたかと言えば、両親の教育方針と私の意向でした。
私は幼稚園までは普通の娘でしたが、小学校の時に男の子からちょっとしたイジメに遭い、軽い男性恐怖症に陥っていたのです。
当時は本当に男の子が怖かったのですが、今から考えるとあれは男の子なりのコミュニケーションの取り方であって本当にイジメていた訳ではないようです。
そう思えるようになったのは中学校に通い始め、小学生時代のイジメにより落ち込んでいた暗さもなくなり、明るい雰囲気を纏い始め、高校生の時に他校の男子生徒から告白されたからです。
それだけだったらそう思わなかったのですが、その告白してきた男子高校生というのが、小学生の頃の同級生で、私をイジメていた主犯格の少年でした。
告白の内容が「あの頃から好きでした。構ってほしくてイジメてました」だったから、ああ、なるほど、と思う様になったのです。
あ、当然、そんな彼はお断りさせて頂き、名前や高校もばっちり抑えたので、今後近寄ってきたら警察に通報すると脅しておきました。
だって、私、男子が嫌いでしたから。
お嬢様学校に通ってすでに4年も経てば性格もある程度形成されます。
いわゆる私は百合女子になっていたのです。
きっかけは男性恐怖症ですが、優しいお姉さまたちに囲まれ、どこかの神さまが見てる感じのお姉さまと妹みたいな制度があったお嬢様学校だったので、それが加速してしまったのです。
最初はそういう気持ちはなかったのですが、やはり4年もそういう生活をしていればもはや洗脳と言えるレベルではないでしょうか、すでに私は綺麗で可愛い女の子の虜です。
そう、私は可愛い娘さんが大好きなのです!
ごほん、話が少しそれてしまいましたね。
そういう自分でもちょっとやばいなぁ、と思うアレな性格の私は父と兄以外の男性が相変わらず苦手でして、それではダメだとお姉さまがあるゲームを貸してくれたのです。
ゲームなんてやるのか、お嬢様が?とお思いかもしれませんが、お嬢様学校といってもフィクションのような世界ではないですからあのような奇抜な学校ではありません。
俗世間にもある程度精通してスマートフォンなんかも持ち込みOKでしたし、交際、不純異性交遊は禁止されていましたが、社会勉強のためにアルバイトも認められていました。
ですからゲームぐらいやるのです。
そして私が通っていたお嬢様学校で人気のゲームは恋愛アドベンチャー系のゲームです。
5割が乙女ゲームと呼ばれるヒロインが攻略対象の男性と恋に落ちるモノ、2割が百合ゲームと呼ばれるヒロインが攻略対象の女性と恋に落ちるモノ、1割が美少女ゲームと呼ばれるモノ、1割がBLゲームのと呼ばれるモノが隆盛していました。
残りの1割は普通のジャンルのモノで、スマートフォンのソーシャル系のゲームですね、クイズとかパズルなの。
私が居た当初でも、なぜかスマートフォンで遊ぶよりPCや据置型のゲーム機で遊ぶ方が人気でした。
なぜならゲームをする理由がお気に入りのキャラクターと疑似恋愛したいからで、スマートフォンのような小さな画面では満足できなかったのです。
そう、可愛い娘さんは大きな画面で見たいのです!可愛いおんにゃのこばんざい!
大事な事なので強調しておきました。
こういう事もあって、リアルの男子には全く興味がなく、男子は二次元に限る、女子なら両方OK!などというちょっと頭のおかしい娘に成長していたのです。
そう、私の前世は腐女子にあらず、百合女子だったのです!
前世を思い出してその宣言が大事なのか?とお思いでしょう。
ですが、私と言う人間性を説明するには不可欠な要素だったので、力を入れて説明させていただきました。
なお、私の前世の死因ですが、高校2年生の時に駅のホームで暴漢に襲われていたとても可愛らしい中学生の少女を庇い、包丁で背中を刺されて出血死です。
ああ、あの女の子、すごくかわいかったなぁ。
死の間際に嗅いだ、あの娘さんの髪の香りはとてもたまりませんでした、とてもたまりませんでした!
だから前世の死には一切の後悔はありません。
美少女を守って死ねたのだから、本望なのです!
「リーナ、大丈夫?」
前世を思い出した私、椅子から転げ落ち、背中を強打したので母は慌てて助け起こしてくれて、そう話し掛けてくれました。
今生での母はとても若く、少し疲れが見えるがすごくかわいいのです。
そう、きゃわいいのです!
「大丈夫だよ、お母さん!お母さんがお母さんでリーナ最高です!むふー!」
「頭でも打ったのかしら、この子」
大事ないか?と心配そうにしていた母の表情が、別の意味で心配そうな表情に変わった瞬間でした。
そんな表情も可愛いから反則です、お母さま!
前世の記憶を取り戻した転生者である私の名前はリスティナといいまして、愛称はリーナです。
自分で言うのもなんですが、桃色ブロンドに青い瞳、肌は透き通るように白く、とても可愛らしい幼女さまです。
母も同じく桃色ブロンドで瞳は茶色く、肌は透き通るように白い、子持ちに見えないほどの可愛さを持ってます。
胸は多少残念ですが板状のぺったんこではないので、娘である私も不安はちょっとしかありません。
やっぱり無いより有る方が良いに決まってますからね!
でも、母の場合は胸の大きさも容姿にぴったりはまっているのでお持ち帰りしたくなります。
しなくても家に帰れば居るので必要ないですが。
そう、私は勝ち組なのです!
そしてこんなきゃわいいお母さんを射止めた男が存在するはずなのですが、私は見た事がありません。
母の過去話では、昔は王都のとある屋敷でメイドとして働いていたそうで、私を身籠った時にお暇を頂いてこの村にやって来たそうです。
夫が居ない若い女性、しかも今までメイドとして街暮らしだった母はとても苦労をしているのですが、幸いな事に特殊な技能を持っていたので生活は苦しくありません。
可愛いは正義!という真理はあれど、それだけではやっぱり母子家庭は成立しませんが、母には他の追随を許さない才能があったのです。
それはどんな病気でも、どんな怪我でも治してしまう癒しの魔法。
母は高位の神官と同じレベルの癒しの魔法の使い手なのです。
子持ちだけど、母はきゃわいい魔法少女だったのです!
是非ふりふりらぶりーな衣装を着て欲しいのですが、そんなお金もないので普通の村娘スタイルです。
それがとても残念で仕方ありません。
なので私は決心しました。
「お母さん、私ね、決めたよ」
「あら、なあに、リーナちゃん」
「私冒険者になってお金を稼いでお母さんを楽にしてあげるね」
「まあ、嬉しいわ」
「それでね、お母さん。お母さんにはピンクでふりふりらぶりーでインナーはちょっとタイトな服を着てもらうの。ピンクのロッドなんかも持ってきゃわいいポーズも決めてね!」
「また治療魔法が必要みないね、この子は」
何故かお母さんに治療魔法を、特に頭に念入りに掛けられましたが、こうして私は強くなって冒険者になりお金を稼ぐことにしたのです。
前世ではフィクションの中でしか存在しない魔法や冒険者も今生では存在し、しかも中世レベルぽい異世界ファンタジーな世界なのです、ここは。
村には小さいながらも冒険者ギルドが存在していて小さな子でも登録可能で、お使いクエストとかあったりします。
そしてモンスターなんかも居たりして、ある程度大きくなると討伐クエストも解禁されます。
そうなってくると報酬も高額になるので、私は今から強くなってがんがん稼いでいこうと決めたのです。
なお、この世界はロールプレイングゲームのようにレベルや能力値と言ったモノが存在し、5歳になると教会で洗礼を受けてそれが見えるようになります。
私も5歳の春に洗礼を受けてステータスを確認できるようになってます。
とても子供なレベルと能力値でしたが、そこはほら、異世界の知識を使ってチート育成をしちゃえばがんがん強くなるはずです。
と、いう事でまずは私自身の育成から始めて行きました。
修行パートの始まりです!
修行と言っても走り込みや木の棒を振り回したり魔法の練習です。
走り込みなどの身体能力を向上させる訓練は誰でもできる事だから、村の子供たちに交じって遊びながらやってます。
でも魔法の練習は魔法使いに教えて貰わないとできませんので、村一番の魔法使いである母に教えて貰う事にしました。
「お母さん、私もお母さんみたいに癒しの魔法を覚えたい!」
「あら、リーナちゃんにはまだ早いわよ。10歳になったら教えるわ」
「えー」
教えて貰えませんでした。
ですが、ここで諦めてしまったら試合終了です。
なので母がやっている魔法治療院にお出掛けし、邪魔にならないように見学から始まり、お手伝いをし始め、間近で魔法を使っている所を見学しておりました。
教えてはくれませんが、ちゃんと見せてくれる母には感謝しかありません。
いや、若くて可愛いお母さんが魔法を使っているその姿はまるで聖女のようで神々しくて、思わずはぁはぁしちゃいます。
そう、お母さんはきゃわいいのです!
やっぱり魔法少女の衣装を着て貰わなければ!と再度誓うのでした。
そんな母の魔法行使を見ていてだんだんと魔力の流れとか、魔法詠唱とかが解ってきました。
実際に自分でも魔法を使ってみようと模倣してやっているうちに体内の魔力の流れや詠唱が上手になっていき、7歳になる頃には簡単な治療魔法が使えるようになりました。
これには母もびっくりしてしまいまして、なんでも神童と呼べれる子供や貴族でもない限り10歳になるまでに魔法を使えるようにはならないらしいです。
なぜ10歳かと言えば、その頃から魔力が増えだすのが普通で、増えだした魔力の流れを感じて魔力操作を覚え、魔法が使えるようになっていくそうです。
という事で、チート成長、フィクション知識である程度やれると踏んでいた私は神童と呼ばれる存在になったのです。
治療魔法が使えると他の魔法、攻撃魔法や補助魔法なんかも使いたくなるのはどの世界の子供でも共通でしょう。
私は妄想力を全開にして試行錯誤を繰り返し、村のお友達からドン引きされたり、母から頭を重点的に治療魔法を施され、魔法修行に明け暮れました。
ついでと言ってはなんですが、身体能力の向上や武器の扱いなんかも治療魔法頼りで限界までやっているので、能力値がガンガン上がり、レベルも戦闘経験0なのにちょっと上がりました。
私は10歳を迎える事になると、村の冒険者と同じぐらいのステータスを手にしていたのです。
それがどれぐらいのデータかと言えば、レベルが3、筋力は幼女なので低く、器用や敏捷は平均くらい、魔力は超えておりました。
5歳から始めたお使いクエストで貯めに貯めたお金で安い鉄の小剣を購入し、それを使った剣術もレベルが2と村の冒険者と互角。
魔法に至っては中級の治療魔法に初級の補助魔法と攻撃魔法を操れます。
そう、私は武器と魔法で戦い、魔法で治療と補助ができる万能冒険者、勇者スタイルになったのです!
「お母さん、お母さん」
「なに、リーナちゃん」
「私ね、10歳になったから戦闘冒険者の登録しちゃった!」
「まってちょうだい、リーナちゃん。今なんて言ったの?」
「だから明日から私討伐クエスト受けるんだよ。これからはゴブリンとかオークとかガンガン狩ってお金を稼ぐね!」
「ちょっと、リーナちゃん、そこに座りなさい。もちろん、床に正座」
初めて母に正座させられました。
もうそろそろ30歳に近いはずなのに、まだまだ10代半ばに見える美少女なお母さんは激おこプンプンでした。
でもそんなプンプンなお母さまもきゃわいくて思わずはぁはぁしてしまいます。
説教の後に、抱きしめられながら頭に念入りに治療魔法を施されてのは良い思い出です。
ああ、お母さんの匂いって、なんだか甘くて蕩けちゃいそうです、むはー!
狩り暮らしのリーナを初めてから2年以上たったある日の事でした。
私は森でとある拾い物をしました。
正直言いまして、私はそのままぽいしておこうと思ったんですが、なにやらその物が気になる事を言ったので、とりあえず引きずって帰る事にしたのです。
私の筋力は幼女、もう12歳ですから少女ですね、にしてはかなり高くなっており、これもゴブリンやオークを狩りに狩りまくった成果でレベルが10を超えたからです。
その美少女離れした筋力、あ、そうそう、幼女の頃からぷりちぃだった私は、自分で言うのもなんですが村一番の美少女になっておりまして、男性の視線を母と2分しております、な美少女筋力で大人でも引きずれるようになってます。
ですが、今生の私に言い寄ってくる男の子は今のところ居ません。
私は前世と違って男性が苦手、なのは変わりませんがそれほど嫌いではなくなっており、リアル男子は必要ありません。
あれ?これってやっぱり前世も今世もあまり性格的には変化ないのかも?
でも、変わった事と言えばちゃんと男性でも触れるようになっておりまして、よく幼馴染の男の子たちを可愛がっております、物理的に。
なぜ、こんなに可愛いのに誰も言い寄ってこないのか不思議ですが、もし来ても精神的に可愛がるつもりですから来てほしいと思っています。
まあ、男の子は恥ずかしがりやですしね、ここは淑女の余裕で待ってあげましょう。
あ、日焼け止めの補助魔法が切れそうです、掛けなおさなくては。
さて、今引きずっているものとは実は男性でして、村にほど近い森で行き倒れになっておりました。
見たところ30歳ぐらいの大人で、金属製の鎧なんかを着こんでいます。
あと腰には鞘がありまして、この鞘や鎧はなかなか見事な装飾が施されていますから、それなりに高位の階級の騎士さまなのでしょう。
全身血塗れで息も絶え絶え、背中のマントも破れて半分以上を失い、今にも天に昇りそうな状態です。
そんな危篤状態の騎士になぜ治療魔法をしないのか?と思われるでしょうが、私も魔力の残りが乏しいのでそこまで使ってられないのです。
さっき日焼け止めの魔法を使ったじゃないか、とツッコミ入れたいでしょうが、よく考えてください。
どこぞの誰とも知れない高位階級の騎士と美少女なら、それは美少女を選ぶでしょう。
美少女の肌を日の光で焼いてシミでもできたら世界の損失です!
少なくとも私は悲しいです!自分で言っておいてなんですが。
ですから一応生きている事は近寄って確認したのですが、そのまま捨てておこうとしたとき、この騎士さま薄目を開けて呟いたのです。
「ああ、ティナ。最後に、逢えて、良かった」
視線は定まっていませんが、私を見てそう言ったのです。
ティナと言う名前に憶えがあった私は、この騎士さまを連れて帰る事にしました。
血塗れで服が汚れそうでしたので、両脚を掴んで引きずってますが。
大丈夫、この森は起伏が激しくなく、ちゃんと獣道を通ってますから頭を変な所にぶつけたりはしません。
ごん、とか、がこん、なんて音が偶にしてますが、きっと金属鎧や鞘の所為でしょう。
騎士さまを引きずる事10分、村の入り口に到着し、門番である馴染みのおじさんに挨拶しました。
「あ、おじさん、こんにちは!今日も良い天気ですね!」
「リ、リーナちゃん、その人大丈夫なのかい?」
「はい、ちゃんと生きてますよ」
「な、なんで足を持って引きずってるのかな?」
「だって鎧とか着てる男性ですから重いです」
「リーナちゃんは魔法使えるよね?使ったらおじさんより力持ちじゃなかったかな?」
「魔力が切れそうなんですよ。だから、仕方なくです。そう、仕方なくデス!」
「そ、それは仕方ないね。あ、おじさんが治療院まで運ぶよ」
「ありがとう、おじさん!」
こうして門番のおじさんが騎士さまを背負い、母が経営する魔法治療院に運んでくれました。
私が先導して運び込むと母はちょうど手隙ですぐに応対してくれました。
「お母さん、森で大けがの騎士さん拾ってきたよ!」
「リーナ、あなた人を子猫を拾ったみたいにいわないの。あ、ゲインさんありがとうございます」
「いえいえエスティさん、これぐらいお安い御用です!」
「そちらに寝かせて貰えますか?」
「はい、喜んで!」
なんだかどこかのブラック居酒屋みたいなノリでしたが、このおじさん、いえ、おじさん以上の年代の母への対応はいつもこんな感じです。
なんせ、母は30歳近いのに未だに10代半ばに見えるとてもきゃわいい聖女さまですからね、仕方ないと思います。
で、治療台に乗せ、いざ、魔法を唱えようと母が騎士さまをちゃんと見た時、母は呪文を唱えるのも忘れ、呟いたのです。
「ザナードさ、ま?」
うん、やっぱりこの騎士さまは母の知り合いのようでした。
だって、母の名前はエスティナで、愛称がエスティかティナなんですもの。
これは事件ですよ、お姉さま!
「エスティナ殿、治療頂き感謝いたします」
「呼び捨てで結構ですわ、ザナード様。それに怪我をした人をそのままに出来なかっただけですから」
「ティナは変わらないな」
騎士さま、ザナードさんの治療を終え、鎧と血塗れの衣装の脱がして着替えさせて数時間。
母と起きたザナードさんは昔を懐かしむような会話をしております。
あ、着替えさせたのは母でも私でもなく、門番のおじさん、ゲインさんです。
着替えさせた後、騎士とはいえ見知らぬ男が母の魔法治療院にいる事が危険としばらく居てくれたのですが、母が身元を証明するから大丈夫と追い出しました。
追い出したといってもおじさんにも仕事があるし、ずっといて貰うのが申し訳ない、と母が言ったら素直に帰っただけですけどね。
可愛いお母さまの言う事は誰でも聞いてくれちゃうのです!
「死の縁であなたに会え、そして救ってくれた。これは神に感謝せねばなりませんね」
「ザナードさまは相変わらずお上手ですね」
うん、この騎士さま、ザナードさんですが、30歳ぐらいに見えますが、いわゆる美青年でして、かなり大人な色気を醸し出す美丈夫です。
まあ、私はリアル男子に興味ないので、いくらイケメンさまだろうが、ときめいたりは一切しないのですが。
「ところでそちらのお嬢様はティナの娘なのかな?」
「はい、娘のリスティナです。ほら、リーナ挨拶なさい」
「エスティナの娘リスティナです、ザナードさま」
一応前世の知識を活用してそれっぽい挨拶をしておきました、貴族向けの。
でも別にそういう教育を受けた訳ではないので、お嬢様学校時代の礼儀作法とゲーム知識を使ったなんちゃってお嬢様挨拶なんですけどね。
冒険者なのにワンピースドレスを着てる私ですからカーテシーなんかも忘れずにプラスしております。
「ティナに似て可愛いお嬢様だ。それに教育も行き届いている」
「リーナちゃん、何時の間にそんな挨拶覚えたの?」
「なんとなくです、お母さま。あと、私の容姿は母譲りですから、可愛いのは当然です、ザナードさま」
「はは、なるほど、確かにティナに似ているから当然だ」
「まあ、ザナードさまったら」
うん、母もザナードさんの褒め言葉にまんざらではない様子。
に見えるが、目がそうは思ってないと判るので、社交辞令として受け取っている感じなのかな?
それとも何か思うところがあるんだろうか?
よく考えたら母の過去って王都でメイドしていたぐらいしか知らないのです、私。
さて、この後の事ですが、しばらく会話、今までどうしていたかの話を少しして、ザナードさんは再度眠りました。
明日王都に向かうとの事で、どうも隣国との戦争の事で至急旅立たないといけないらしい。
実は現在この国は隣の国と戦争状態でして、5年ほど前から始まった戦が未だに終わらないのです。
ただ、今回の戦闘で終結する事になりそうな事案が発生してしまい、無理やり馬を走らせていたそうです。
なんでも両軍入り乱れる戦場にモンスターの群れが雪崩れ込んできたのですって。
さすがにそんな状態で戦争なんて続けられないので、王へ援軍と停戦の話を至急伝えないといけないのです。
そんな話を魔法が使える知人とはいえただの村人な私たちに話してよかったのだろうか?と疑問に思うのですが、母も深刻な顔をして聞いていたので私は黙ってました。
兎も角、急患が居る状態なので、今日は家に帰らず、このまま治療院で明日を迎える事になりました。
そして翌日、騎士姿に戻ったザナードさんは王都へ向けて旅立ちました。
衣服はちゃんと洗濯してありましたし、なんせ騎士服ですから捨てられないし。
鎧も水洗いして綺麗にしておきまして、馬を村で購入されて早馬の伝令と化して去っていきました。
そして母とザナードさんの別れ際に気になる事を言っておりました。
「それではエスティナ殿、お世話になり申した」
「ザナードさま、お気をつけて。それとあの時のお約束は今でも有効です。ぜひ、よしなに」
「・・・そうか、了解した。では、さらばだ!」
あの時の約束、とかすっごく気になるのですが。
だってザナードさんってば絶対に母に惚れてますよね、あの感じからいくと。
母はそんな気配を見せてないですが、昔から自分の感情をあまり出さない、出すけど分かりにくい人なので、どうなのか私には解りません。
ザナードさんを見送る母の横顔は、知人を心配する女性の顔、ではありますが、そこにどんな感情が入っているのか解らないないままでした。
ただ、そんな横顔もとても可愛いので、そんな事なんてどうでもいいですね!
可愛いのであればなんでもOKなのです!
ザナードさんが旅立った日から数日後の事です。
私と母は罪人のような扱いを受けて王都まで連行されました。
それはもう、本当に唐突にやってきたのですが、たまたま私は母の経営する魔法治療院でお手伝いしておりまして、数人の兵士と身分の高そうな役人が乗り込んできたのです。
何も悪い事をしていない私たちですからいきなりそんな人たちが押し入ってきて強盗?と思って私は抵抗しようとしたですが、役人が身分を明かして私たちを脅してきたので、大人しく確保されました。
恰幅が良すぎる汗だくの役人曰く、私たちに王都から出頭命令が出ているらしく、縄で縛ったりの拘束はしないが、まるで罪人を護送するような扱いで馬車にほりこまれました。
それを見ていた村の人たちは抗議してくれましたが、相手は王都のお役人さんですからどうする事もできず、これ以上立てつこうとすれば村にも悪影響がでると、母が止めました。
村の人たちは私たちの無実を信じてくれているようでしたが、もし無実でも私の育った村ではもう生活できそうにありません。
この村は王族直轄領にある村ですから王都の役人に何かしらの理由で目を付けられた者なんて迷惑でしかありません。
これがもし母の魔法の腕を見込まれて召し抱えるというなら別ですが、どう見てもこの扱いは罪人、もしくはそれに準ずる扱いです。
いくら貴族と平民の差があるにせよ、王族直轄の領民は王族の財産ですから、罪でも犯さない限り不当には扱えないのです。
ですから私たちは何か罪を犯した者として村人も認識するし、この村以外の人たちがそう判断んするでしょう。
だから私たちは少なくとも王族直轄の地では生活できなくなるのです。
「折角買った剣だったのになぁ」
そして私の愛剣である二束三文の小剣は取り上げられ、母は魔法の指輪を奪われています。
別になくたって戦えるし魔法は使えますが、やはり愛着ある自分の物を獲られるのは納得いかないと思います。
それに母の魔法の指輪だっておそらくかなり高額な物のはず。
それを半ば無理やりに取り上げられたのだから納得いくはずがない!
のですが、母はなぜか怒りを見せておりませんでした。
「お母さんは怒ってないのですか?」
「そうね、怒ってないわ。王都の役人なんてあんなものだから」
「えー、でもいきなり罪状も言わずに強制連行だよ?これ罪人扱いだよね、絶対」
「強制召喚と言っていたわね、あの方は」
「召喚だとしたらもう少し丁寧に扱ってほしいな。あと剣もお母さんの指輪も取り上げる必要ないと思うよ」
「そこだけは問題ね。いい、リーナちゃん。あの役人の名前と紋章はちゃんと覚えておくのよ」
「もしかしてそのまま自分の物にするかもしれないってこと?」
「ええ、嘆かわしい事だけど、王都の役人なんてそんな物よ」
「だから嫌になって村へ引っ越したの?」
「いえ、そうじゃないわ。手出しがし難いからあの村にしたのだけれど、どうやら見込み違いだったみたいね」
「えっと、もしかしてザナードさんが帰る時に言ってた約束に関係あるのかな?」
「そうね、関係あるかもしれないわ。約束があるからあまり話せないのだけれど、おそらく私たちはこれからとある貴族の元に連れていかれるわ」
「とある貴族?」
「この国、フランディル王国の侯爵家の1つであるノワール家よ」
聞いてください前世からお慕いしているお姉さま。
どうやら私、上位貴族である侯爵さまのお家に連行されているようです。
もしかして、母が昔務めていた屋敷が侯爵さまの邸宅なのかしら?
そう思って聞いてみたら、苦笑しながら母は頷きました。
うん、苦笑するってことは、かなり嫌な思い出があるんだろうな、と私は思いました。
しかしです、お姉さま。
苦笑したお母さまもとても可愛らしくて、私、もう耐えられないかもしれません、むはー!
私と母は罪人の如く、でも拘束されずに馬車に揺られる事数時間、王都までやってきました。
窓から見える王都の風景はそれはそれは華やかで、田舎も田舎、ど田舎の生まれ故郷の村なんかと全く違う別世界でした。
別世界と言っても日本の方が遥かに栄えてますから驚きはしませんが、異国情緒あふれる町並みには感動いたしました。
これが護送されたかのような状況でなければもっと楽しめたのに、とても残念です。
王都に入ってからも馬車は揺れ続け、下町を抜けてどんどん北上していきます。
どうやらこの王都は南から北に掛けて階位が上がっていくようで、最北に王城があり、その周りを上級貴族たちの邸宅が並び、南へ行く毎に中級貴族、下級貴族、平民と住み分けがされているようです。
母の話ではこの王都の北側に湖があるらしく、その湖に映る白亜の王城はそれはそれは綺麗だそうです。
本当にこんな時でなければ私もワクワクしていたと思いますが、今そんな話を聞いても、ふーん、としか言えません。
母が一体何を考えているのか分からないですが、私に色々と王都の話をしてくれます。
中央広場にある噴水は魔法技術を使ったものであるとか、その側にある時計塔から眺める景色は綺麗だとか、下町のとある通りに良い魔法道具屋があるとか。
そんな話をしてくれる母を見ている私は意識の半分だけ聞き耳を立てています。
もちろん残り半分は母を愛でるのに使っております。
だって、娘である私だけを見て話す母の姿と来たら、もう、本当にこのまま食べちゃいたいぐらい、きゃわいいのです!
「それでこの先に貴族院を兼ねた魔法学校があって平民でも優秀な魔力の持ち主は通う、って、リースちゃん聞いてるの?」
「はい、お母さまは可愛いです!お母さまが正義です!もう、他に何もいりませんから、ぜひ先ほど聞いた服屋さんにオーダーしにいきましょうね!」
「聞いてるのか聞いてないのか分からない反応ね。でも、そうね、もうこの際だから服でも買おうかしら」
「やっふー!」
「でもリーナちゃんが言うような服は買わないし着ないわよ」
「ええっ!?」
などと退屈だけど、母とのコミュニケーションはとても楽しく、もう、本当にこのまま時が止まって欲しかった。
ですけど時はとまらず進み続け、やがて上級貴族街まで辿り着き、その中でも一際大きな屋敷の前で止まった。
「さあ、降りるんだ、二人とも」
あの恰幅の良すぎる役人が外から声を掛けて来て、兵士さんが扉を開けてくれました。
あ、この兵士さんはすまなさそうにしてますから多分良い人なのだと思います。
馬車から降りた私と母は目の前の邸宅を見上げてため息をつきました。
私と母ではそのため息の質が違うのでしょうけど、さすが私たちはぷりてぃできゅあきゅあな母娘です、息ぴったりでした。
問題は二人ともメインぽい感じなので、同じ番組には出れそうにない事ですね。
それはオールスターズの時のお楽しみにしておきましょう。
さて、戯言はさておきまして、そのまま館の衛兵さんたちに引き渡されそうになりましたので、慌てて、でも落ち着いて役人へ声を掛けました。
「あの、お役人さま、よろしいでしょうか?」
「なんだ、平民。話しかけるとは失礼だろうが」
「それは失礼いたしました。ですが、そろそろお返し願えませんか?」
「あ?何をだ?」
「私の剣と母の指輪です」
「なんだと?今からお前たちは侯爵さまのお屋敷に入るのだぞ?武器を持つなど許されるはずもなかろう!」
「武装するつもりはありませんが、ただ、手元に戻したいだけなのですが」
「何、貴様は私に反抗するのか!」
「いえいえ、そんな。ただ、私たちは罪人でもありませんから、お役人さまが押さえておくのも不自然と思いまして」
「ぐ、貴様」
まあ、いくら王都の役人とはいえ他人の財産を勝手に所有する訳にいきませんからね。
このまま何も言わなかったら所有権を主張してない事にされかねませんから、あえてこのタイミングで言っておきました。
なんせこの場には役人とその部下の兵士さんたち、それに侯爵さまの衛兵さまがいますからね。
「ああ、では私たちで預かっておこう。問題ないかな、お嬢さん」
「はい、もちろんです。よろしいですよね、お母さま」
「ええ、よろしくお願いします、ワトソンさま」
「そういう事だ。こちらで預かろう」
「ええい、解ったわ!」
どうやらこの衛兵さんとも母は知り合いだったようで、入館前の武装の預かりという事で受け取ってくれました。
これで役人に掠め取られずにすみました。
「ふん、平民の分際で生意気な小娘め。覚えておれ」
役人は最後に雑魚ぽい捨て台詞を吐いて馬車を引き返していきました。
何となく、勝利!と右手を突き上げたくなりましたが、ここはぐっと我慢の子です。
「さあ、エスティナ殿。当主様がお待ちです」
「ええ、解っております」
私と母は衛兵さんに連れられ敷地内へと足を踏み入れたのでした。
何といいますか、私、すごく場違いなところに居る気分です。
私みたいな平民風情が上級貴族の邸宅へ招かれるなんて、ありえるんでしょうか?
あ、招かれたのではなく連行された、でしたね。
さあ、この先何が待っているのかドキドキしてきましたよ、お姉さま!
私たち母娘が通されたのは大きくはないが、調度品などが明らかに高そうな部屋でした。
おそらく応接室のような役割のある部屋なのでしょう、過度な豪華さはありませんが、センスが良い、といっても庶民の私にはわかりませんが、落ち着行けるスペースです。
さすがに侯爵ともなれば資産や歴史は凄い事になっているでしょうから、それらがこの部屋を作り上げているんでしょうね。
前世の記憶と合わせて30年近い年月の中で、これほど豪華さと寛ぎが調和されたスペースにお目に掛かった事はほとんどない。
1度だけ、私のお姉さまになって頂いたご令嬢、なんと旧華族の一族の姫なのですが、その方のお屋敷に御呼ばれした際に通された部屋もこのような雰囲気でした。
現代日本の資産家と異世界の上級貴族と違いはあれど、雰囲気だけは同じです。
だからセンスが良いと感じたのかもしれません。
そんな部屋でお茶も用意されずに待たされている、と言うのは歓迎されているのかされていないのか判断が付きにくい。
私たちは本当にどうなってしまうのかなぁ、と隣に腰かける母を見た。
母の横顔は緊張しておらず、いつもの温和な笑みを浮かべてただ正面を見つめるだけ。
なぜかその姿がりりしく感じ、ああ、少女が精いっぱい背伸びしてるように見えるので、もう、たまりませんでした!むはー!
「リーナちゃん、いえ、リスティナ。気を引きしめて置きなさい」
「はい、すみません、お母さま。でも、お母さまも悪いのですよ、かわい過ぎるから」
「はぁ、あなたって娘は。大物なのかただの変な子なのか判断に困るわね。教育を間違ったかしら?」
「お母さまの教育は完璧です!でも、お母さまの可愛さが罪なのです!そう、神が与えた試練なのです!神が与えた可愛さなのです!」
「・・・やっぱりあの時に頭を打った所為ね、これは」
ため息をつくお母さまもとてもぷりてぃですよ!
などと楽しんでいましたら、唐突に扉が開いて部屋の温度が下がりました。
あれ?冷房なんてこの世界にあったのかな?
「おや、これはこれは。お久しぶりねエスティナさん。かれこれ13年ぶりかしら?」
冷気を発していたのはエアコンではなく、人でした!
しかもこの方、とても上品な雰囲気を醸し出してますが、明らかにこちらを見下した感じを隠そうともしていません。
まるで女王さまの如くソファーに座る私たちを見下ろしている。
お召しになったドレスは黒を基調とし、赤を散りばめた豪華な物。
でも、その黒と赤のコントラストが絶妙で、この目の前の女性、おそらくこの館の婦人にはとても似合っていました。
母は私の腿を一度触ってから立ち上がり、目の前の婦人にカーテシーを持って挨拶しました。
「お久しぶりです、アデレードさま」
「本当に久しぶりね。久しぶり過ぎて私の立場を忘れたのかしら?」
「いえ、そのような事はありませんわ、ノワール侯爵婦人。ただ、こちらに娘もおりますのでお名前をご紹介させていただくために、あえて、お名前でお呼びさせていただきました」
「あら、そうだったの。それでは致し方ありませんわね。ところでそちらの娘は何というのかしら」
「私の娘でリスティナと申します」
「エスティナの娘でリスティナと申します、ノワール侯爵夫人」
先ほどの合図は取り敢えず立ちなさい、という事はすぐわかったので立ち上がって待機してましたが出番とあらばカーテシーで迎撃です。
それにしても今のやり取りだけで母と侯爵夫人の関係がどういう物か解ってしまいました。
あー何といいますか、私、もしかしてちょっと危ない立場の出自なんですね、今それに気が付きました。
身籠ったから暇をもらって村へ単身お引越しだなんて、同考えても私の父は侯爵さまかその関係者です、ありがとうございました。
「あなたに似た男好きしそうな容姿ね。今度は誰を狙っているのかしら?」
おいおい、この方、私たち母娘をビッチ呼ばわりしちゃいましたよ。
私、前世も併せて男性経験どころかお付き合いも1度もないのにビッチ認定されちゃいましたよ。
やっぱり髪色ピンクはビッチという都市伝説は実在したのでしょうか?
「これは御戯れを。私は生涯ただ一人のみしか愛を口にしておりませんわ。まあ、それも覚めましたが」
「あらあら、まさか本気にしていたなんてね。ただ覚めるもなにもと思いますわよ」
あ、なんか目の前に見えないビームが飛び交っている幻想が見えています。
私の妄想力は等々幻想まで生み出すに至ったのでしょうか?
取り敢えず寒いです、温かい紅茶とか出して頂けないのでしょうか。
などと思っておりましたらまたもや扉がいきなり開かれまして、温かい、いや熱い空気が流れてきました。
「おお、すでに再会していたかアデレード」
「あら、旦那さま。もうご用事はよろしいのですか?」
「うむ、まあ、相手はザナードだ。関係者だからこの場に居合わせても問題あるまい。だから終わらせた」
「作用でございますか。だれか、お茶を用意しなさい」
さてさて、入って来た人物ですが、これはこれは何といいますか、渋さを持った青年というアンバランスな魅力振りまく御仁です。
背丈は先日お会いして、また現在再会中の騎士さまであるザナードさまと変わりなく、鍛え上げているだろう肉体はまさに美丈夫。
そして金髪に青い瞳。
さぞかし少年期はおモテになっていた、いや現在進行形でモテているであろう男性でした。
侯爵婦人が旦那さまと言うぐらいだから、この方が侯爵さまなのでしょうね。
その侯爵さまは私たちの前、テーブルを挟んで存在するソファー、上座に座られ、その両脇に侯爵夫人とザナードさんが座られました。
なんでしょう、この組み合わせ。
なお、ザナードさんの瞳の色は茶色です、念の為。
「さて、久しいなエスティナ。まずは座ってくれないか」
「もうお会いする事はないと思っておりましたが、お久しぶりです、ノワール侯爵閣下」
「う、うむ、その話をしたくて来て貰ったのだが、まずは座ってくれ」
「旦那さまのご命令でしてよ、エスティナ」
「解りました」
まあ、ずっと立ってるのなんて嫌だから座りますけど、正直言いますともう帰りたいです、帰る場所がありませんけど。
「それで、そちらの娘を紹介してくれないか」
「はい、ノワール侯爵閣下。こちらは私の娘でリスティナと申します」
私は座ったままですが深くお辞儀をするに留めます。
なんせ相手は大貴族の爵位持ちとはっきりと解っているからです。
そんな方と直接会話などして不敬罪に問われたくありませんから。
侯爵婦人やザナードさんとは会話しましたが、ザナードさんは爵位持ちか解りませんし、侯爵婦人はあくまでも婦人なので爵位はないはず。
まあ、これもゲーム知識ですからこの対応で正解なのかは甚だ疑問なのですけどね。
取り敢えず、直接しゃべる事を許されるまで私は貝になります。
「エスティナによく似ている。それにその瞳は、やはりそうなのか?」
「恐れながら」
「おお、そうか、やはり我が娘か!」
あー、やっぱりそうなんですね、そうだと思ってましたよ、先ほどから。
でもですね、正直嬉しくも何ともありません、目の前の自称父親な侯爵さまと違いまして。
なにせ12年以上一度も顔を見た事もない方ですし、しかも、母の発言や今までのやり取りから言いますと、私の存在ってば非常にやばいのです。
まあ、その前にもっと危険な事になっておりますが、それはいつ開示したらよろしいでしょうか。
私は直接会話できませんからまずは母に振ってみましょうか。
「お母さま、よろしいでしょうか?」
「ノワール侯爵閣下、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わんよ。何かな、リスティナ、話してごらん」
「それでは僭越ながら」
「12歳、そろそろ13歳と思えぬほどしっかりしておるな」
「恐縮です。色々とお聞きした事があるのですが、その前にまずお伝えしておいた方が良い事がございまして」
「何かね?」
「実は私と母はザルツ村に住んでおりました」
「ザルツと言えば王都の南にある村だな。王族直轄領に居たのか」
「はい。そして母はその地にて魔法の才を活かし、治療院を営んでおりました」
「エスティナの魔法の腕は衰えておらんだか」
「はい、欠損こそ修復できませんが、死に瀕したザナード卿の怪我も一瞬で治すほどの腕にございます」
「おお、聞いておるよ、その話は。ザナード、死中に活を見たな」
「左様です、閣下。感謝しておりますよ、エスティナ殿」
「ふん、それぐらいの事で」
あ、この発言は侯爵婦人ですが、とても小さな声で、しかも黒い扇子で顔を隠されての発言ですから私と母ぐらいしか聞こえてないと思います。
あと、紅茶を用意するメイドさんたちもか。
なお、この部屋には私たち5人以外に、家令と思われる黒執事スタイルのご老人とメイドが2人控えてます。
でも使用人は居ないものとして扱うらしいですから、基本的に空気なんですよね。
空気だけに音は良く伝わります、なんちゃって。
折角入れて頂いた紅茶ですし、侯爵婦人が口を付けたのを確認して一口飲む。
うわ、これすっごい美味しい。
お姉さまのお屋敷で頂いた紅茶にも引けを取りません。
さすがです、侯爵家。
私の表情を見ていたのか家令のご老人が会釈されました。
あれ?私表情に出てたのだろうか?
「とても美味しいです」
「あら、味がお判りになるのですね。驚きました」
下賎な平民風情の癖に生意気な、という事ですね、解りたくありません。
「お話しを続けますが、そんな私たちでしたが本日お招き頂いたしだいなのですが、少し問題がございまして」
「問題?何かあったのか?」
「私たちはお役人の、王都のお役人の方にお連れ頂きました。強制召集というお言葉と共に」
「なんだと?それはまことか!」
「あら、旦那さま、お気を沈めてください。ところでそれのどこが問題なのかしら?」
「私たち母娘は当然確認させていただきました、どなたからの召集なのかと。失礼ですが、今回のご命令は侯爵閣下直々という事でよろしいのでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。私の名で手配した」
「やはりそうでしたか。ところがです。お役人さまは、こうおっしゃいました。王よりの召集と」
「なんだと!?」
「馬鹿な、そんなはずはない!」
「私たちもなんども確認いたしましたが、お役人さま、アイザック様は王都の領局にお勤めで、王都の使者として来ている、とのご回答です」
「なぜ領局の役人が直接動くのだ。私は確かに今回の事で届け出は出したが、迎えは別に用意していたぞ!」
「左様でしたか。ですがアイザック様は私どもを問答無用、もちろん平民の私たちは逆らい事ができません、王の召集とあれば。ですから同行に応じました」
「まずいぞ、ザナード!」
「閣下、今すぐ参りましょう」
「うむ、この話は帰ってからする。よいなアデレード」
「は、はい、旦那さま」
あーちゃー、やっと気づいたのですか侯爵婦人。
おそらく私たちを罪人の如く扱う様に仕向けたのはこの方なんでしょうが、ちょっと何といいますか、先を読めない人だったみたいですね。
慌てて上級貴族、しかも国内でも最上位に近い侯爵の当主が慌てるほどの案件なのですよ、これ。
なんせ、侯爵家が王族の財貨を勝手に持ち出したのですから。
王族直轄地に席を置いていた私と母は、王族の富その物なんですよ。
ですから、あの役人も気を利かせて一度王城に連れて行くなりしてから侯爵家に移動させたら問題なかったのですが、直接連れてきちゃいましたからね。
これだと侯爵家が王族から領民を奪った、と取られてしまう訳です。
いやぁ、これ、もしかして恋愛ゲームとかで言うところの断罪イベントなのでしょうか、もしくはざまぁイベント。
この話が始まるまで氷の仮面を被っていた侯爵婦人も、顔を青くしてあわあわしてます、センスで隠す余裕がないぐらい。
このお方も若く見えるしきゃわいいです、今の姿は!
で、母といえば逆に、私に対して目線だけでぐっじょぶ!というサインを送ってきてます。
うん、そんなお母さまもとっても可愛いですよ!
まあそんな私は可愛いお母さまを愛でつつ紅茶を飲んでおりました。
そんな時です。
「あら、お父様は慌ててどちらに向かわれたのですか?」
凄く聞きなれた、それでいてもう聞く事のはずの声を耳にしたのです。
思わずここがどういう場所か忘れて振り返りました。
そこには、お姉さまが居たのです。
艶やかな黒い髪が艶めかしく、髪と同じ黒い瞳は全てを見通すかのように宝石の如く輝き、薄い赤のルージュがその顔を彩っている。
身に纏う黒の衣装は灰をアクセントにした、まるで一つの芸術でした。
気が付いたら立ち上がってしまっている私。
その私を訝しむように見つめる目の前の少女の瞳。
私は、今、もう会う事ができないはずのお姉さまと再会したのです。
「ジョナサン。この者たちは?」
「旦那さまがお連れになった方々です。後でロザリアお嬢様にもご説明があるかと存じます」
「そう、解ったわ」
この瞬間、私は気付いたのです。
私が転生したこの世界は、異世界ファンタジー感あふれる未知なる世界。
ではなく、私も知っている世界。
乙女たちのロンド~愛は戦いの中でしか輝かない~
という乙女ゲームの世界なのだと。
私は前世でとある乙女ゲームにハマっておりました。
そのゲームは貴族院を兼ねた魔法学校を舞台にした恋愛と育成ロールプレイングを組み合わせたモノです。
主人公であるピンク髪で国内でも上位の貴族であるノワール侯爵家の血を引く平民育ちの少女が、様々なイベントを乗り越えて素敵な男性たちと恋に落ちる物語。
主人公の母は魔法学校に通っていた過去があり、そこでノワール侯爵と出会い、侯爵家でメイドとして働く事となり、寵愛を得て子を宿し館をさる。
そして生まれたのが主人公で、母と同じ癒しの魔法の才能が認められて魔法学校へ入学した時からゲームはスタートする。
攻略対象は4人で、ここフランディル王国の第二王子、公爵家の嫡子、伯爵家の嫡子、国教の御子、という者たち。
彼らはそれぞれ悩みを抱えており、普段はそれを見せず、美貌と才能で学校の者たちから慕われている。
また、彼らの内王子と嫡子2人には許嫁が存在しており、その許嫁たちはいわゆる悪役令嬢と呼ばれる存在。
もちろん、悪役令嬢たちはそれぞれ個性にあふれ、3人とも美少女であり、すべてのパラメーターが標準より高く、しかもそれぞれ特化した才能を有している。
取り巻き令嬢たちとの連携により戦闘力を上げる伯爵家嫡子の許嫁令嬢。
取り巻き令嬢たちを使って陰謀に長けた公爵家嫡子の許嫁令嬢。
そして、一切取り巻きを持たず、すべてのパラメーターが高水準のミスパーフェクト令嬢は王子の許嫁。
その悪役令嬢は孤高の黒薔薇姫、というイメージで作成されたとファンブックに記載されており、常に一人でヒロインに立ち塞がる美少女なのです。
そして、この令嬢の名がロザリア・ノワール。
ノワール侯爵家令嬢にして、主人公の腹違いの姉。
イメージの通りの外見をしており、私はこの少女が一番のお気に入りでした。
何故かと申しましたら、ロザリア、愛称ローズさまは、とてもお姉さまに似ていたからです。
キャラクターボイスなんかはお姉さまがアテレコされたのでは?と思うほどそっくりです。
そして黒髪や黒眼、顔立ち、醸し出す雰囲気、すべてが似ていたのです。
お姉さまを敬愛、いえ、愛していたと言ってもいいぐらいだった私は、このゲームに出会い、ローズという少女に恋をしたのです。
そして今目の前にそのローズが居るのです。
そう、私がヒロイン役としてこの世界に生まれ落ちたのを理解するには十分だったのです。
だから私はこの日誓いました。
面倒な性格と悩みを抱えたリアル男子なんて諦めます。
目の前に顕現された美の女神、チートな美とも言える存在に私が敵う訳がないのです。
だって、私は。
だから私は、目の前の強敵に立ち向かうのでした。
「私、リスティナと申します。ぜひ、私をリーナとお呼びください。そして私のお姉さまになってください!」
「「「「「はい?」」」」」
この日私は決意しました。
乙女ゲームに転生していたと気が付きましたが、悪役令嬢でチートな美を持つローズさまの妹になりたいからヒロイン役を諦めます。
だって可愛いは正義で絶対ですもの、むはー!
お読みくださってありがとうございます。
ネタを考えて、と言いますか、悪役令嬢モノ多いなぁ、とランキングを見ていたらふと思いついたのです。
連載の方のプロット書くつもりでいたのになんで4時間以上もキーを叩いてんだ、私は(
*追記
かなり高評価をいただきましたので、連載化する事にしました。
タイトルは「乙女ゲームの世界に転生したが、悪役令嬢がチート過ぎて諦めました。でも攻略開始です!」です。
http://ncode.syosetu.com/n7899de/
よろしければお読みください。