チョコレート
2話目です。
小説を書くことに慣れてないので設定が固まるまでは話の書き直しを何度かするかもしれません。
人が人を殺して食べる。
そんな異常な世界に耐えられなくなったイトは地上から17mの高さにあるビルの屋上から身を投げることにした。
ここから落ちればとりあえず死ぬことはできるだろう。
問題は15歳の少女であるイトに飛び降りる勇気があるかどうかだ。
幸せな家庭で何不自由なく生まれ育ったイトが飛び降りることを決心するのは簡単なことではなかった。
イトがビルの屋上で悩むこと3時間、太陽はイトの真上まで昇ってきた。
「熱い…。」
イトがそう呟きながらうなだれたそのとき一つのペットボトルがイトの目に入った。中には水が入っている。
「またこれか」
いったいなぜ自分だけ都合よく水や食料が手に入れられるのか、なぜ自分に殺意を向けた人間は死んでしまうのか、イトには全く分からなかった。
初めのうちは疑問に思うと同時に誰から与えられてるのかも分からない幸運に感謝もしていた。
しかし、イトの体は無事でも心はボロボロだった。
人と人が殺し合い、勝った人間が負けた人間の肉を喰う。人が人を食べるしかないという、この異常な世界に耐えられる人間が果たして存在するだろうか?
少なくともイトには耐えられそうになかった。
否、耐えられなかった。
事実、イトは自分の足下に突如として現れた幸運を無視してビルの屋上から身を投げた。
その刹那、見知らぬ少年がイトを呼び止めるために放った叫び声と人間にしては速すぎる足音がイトの耳に飛び込んできた。
その声と足音にイトはなぜか安心し、ゆっくりと目を閉じた。
それから先のことをイトは覚えていない。
きっとさっきの少年が助けてくれたのだろう。
イトは暗い地下にひっそりと佇む最後に残った人間たちの秘密基地で目を覚ました。
暗い部屋を一つのランプが頼りなく照らしている。
目を覚ましたばかりのイトに一人の青年が近づく。
「……!?」
イトは自分に近寄るなと言わんばかりの鋭い目つきで青年を睨んだが、青年は怯むどころか笑い出した。
「アハハ、いや、ごめんごめん。別に怖がる必要はないよ。僕らは外にいる奴らと違って人を食べようなんて全く思わない。」
「本当に?」
「本当さ、だって僕らにはアレがあるからね。」
そう言いながら青年は隣の部屋にある四角い物体を指差した。
あまりにも見慣れた形にイトが思わずつぶやく。
「冷蔵庫みたい…。」
「そうなんだよ!!でさ、実はコレがね・・・」
その言葉を待っていたとばかりに青年が嬉しそうな顔をしながら冷蔵庫によく似た四角い物体について説明し始めた。
「・・・っていう訳で僕らはこの四角い箱のおかげで毎日三食、まともな食事にありつけてるわけさ。」
青年の話が長すぎて、まだ若干寝ぼけているイトには全てを記憶することはできなかったが肝心そうなところだけはしっかり記憶できた。
この地下にはイトを含め今12人の人間がいること。
この地下にはどんな食べ物でも1日50個まで出現させることができる四角い箱があること。
それだけしか憶えられなかったが、青年はどうでもいいことまでペラペラと喋っていたので仕方のないことだ。とイトは自分を正当化することにした。
「まあ、口で言ってもよく分かんない…っていうか信じられないよね。ちょっと見てて、今、実際に食べ物を出してみせるから。何が食べたい?何でも出てくるよ。」
イトは迷わず自分の大好物の名称を答えた。
「チョコレートがいい。」
「チョコレートだね。OK。」
青年は四角い箱の前で両手を合わせ奇妙なフレーズを唱えた。
「開け!!チョコレート!」
すると取っ手が無い四角い箱のドアが開き、中にはなんとチョコレートが入っていた。
「ほら、出てきた。さっ、どうぞお食べ。」
青年がイトにチョコレートを差し出す。
イトは本当にコレを食べてもいいものか少し考えたが、以前は毎日欠かさず食べていた大好物を前に辛抱できるわけがなかった。
「おいしい…」
久しぶりに口にした大好物の優しい甘さと、久しぶりに触れた優しい人の心にイトの目から自然と涙がこぼれた。
8月31日。地球からあらゆる食料が消え去り、社会はパニックに陥り人は自分の命のために争いあった。
イトは異常なまでの幸運に恵まれ三日間生き延びてきたが、人と人の殺し合いを見てきたイトの心はボロボロだった。
しかし、イトは久しぶりに人の優しさに触れることができた。
それがとても嬉しくてイトはしばらく泣き続けた。
青年は少し困ったような顔をしながらもイトの頭をそっと撫でてやった。
それからイトはしばらく地下の秘密基地で暮らした。
3年後、異常に運がいい少女イトと異常な身体能力を手に入れた少年クロの世界を救う旅が始まる…