第5話 旅のはじまり
―日が昇るときの空は、いつだって見とれるほど素敵だ―
「ふわぁ、なーんだってこんな早朝に出発するんだよ」
「旅立ちは午前中がベストなんだ」
「だれが決めたよ、そんなこと」
グタグタと文句を言う時田と、それを諫めるトニー。空間移動の名コンビが研究所の入り口をくぐって行く。
「おはようございます!」
「うーん、ナオくん、相変わらずいい挨拶だねー」
と、ナオの髪をクシャクシャしながら追い越そうとして、ビシィ! とその手をはたかれているジュリーを、もう一発ビシィ! と泰斗がはたく。
「先輩、朝っぱらからふざけないで下さい。さ、行きますよ」
泰斗とナオの2人が両脇からガシッと腕をとらえている様は、まるで捕まった大きな宇宙人のようだ。
「あれえーひどーい」
「「いいんです! 」」
そのあとを、水澄がクスクス笑いながら「いつもの光景ね」とついて行く。
マヒナとレイラは、仕事にも熱意を燃やしているが、そこはそれ、若い女子。
「ラバラさま、もう来てるかしら! 」
「そうね、やっぱり今日みたいな日の運勢は大事よね」
と、やけに嬉しそうだ。
その2人の後ろには、朔と遼太朗がいて、こちらは他国の歴史話に余念がない。
「緊張してるのか? 丁央」
珍しく口数の少ない丁央を、少し心配そうに見やる斎。
どうしたことか、それを受けて丁央は立ち止まると、俯いてブルブル震え出す。
「丁央? 」
とそのとき。
「いやったーーー! とうとう出発だーー! 」
両腕を天に突き出して、飛び上がるように言う丁央。
斎は驚きはしたものの、「緊張するわけないよな」と、苦笑した。
「武者震いって本当にあるんですね。はじめて経験しました」
「そうか」
斎は次に優しく微笑むと、丁央を促した。
「さ、行くぞ」
「はい! 」
研究所のカフェ特設会場には、もうほとんどのメンバーが揃っていた。
国王は、王宮での大がかりな出発式を提案してきたのだが、斎はそれを固く辞退した。他のメンバーともそれは話し合いの上だ。
ふざけあったり、笑い合ったり、話をしていたり、それぞれが思い思いに過ごすメンバーの中、奥の窓際あたりで月羽と雪乃の2人が何やら真剣に話をしていた。すかさず月羽の所へ行こうとする丁央を引き留める斎。
「…」
無言で首を振る斎に、わかりましたというように頷いた丁央は、泰斗と遼太朗のそばへと目標を移していく。
「夜が明けるわ」
しばらくすると、窓の一番近くにいた雪乃がつぶやく。
その声に引き寄せられるように、皆が窓の方に目をやった。
「わあ」
地平線の上に幾重にも掛かっていた雲の間から、目覚めたばかりの朝日が顔を覗かせる。あかねに染まる周りの雲と、開け始めの濃い青とグレーの空。
窓のあたりに集まって、メンバーたちはしばし、旅立ちを祝福するようなその光景を、あきずに眺めていた。
「…素敵ね」
「ああ、綺麗だ」
いつの間にか隣に立っていた斎に、雪乃は構えることなく自然に微笑みかける。その事に自分自身で少し驚きつつも、なぜか嬉しくなる彼女だった。
和やかな雰囲気のカフェに、「失礼します」と、固い声が響き渡る。
入ってきたのは、ハリス隊を先頭に王宮の近衛兵たち。そして最後に国王と王妃の2人だった。
メンバーたちは、居住まいを正しながら国王の前に並んで各々作法通りの礼をする。
「いや、そんなにかしこまらなくてもいいよ」
メンバーから一歩進み出て、ひざまずこうとする斎を手で制しながら国王が言った。
「本当なら、もっと派手に大々的に見送りたかったのに、君たちときたら…」
国王は心なしか少しションボリとしているようだ。
「おまけにこんなに朝早く」
「それは、何度も申し上げたとおり」
「他の人の仕事に差し支えないように、だったね。けど、近衛兵たちにとっては、充分差し支えてるよ」
「それは…」
少し言葉に詰まる斎を見かねて、月羽が口を開きかけたタイミングで、王妃が口を挟む。
「まあまあ、いいじゃない。あのね、王様はとってもお祭り好きなだけなの。ほっとくと花火とか打ち上げてしまうわよ。だからあなたたちの選択は大正解よ」
「なにを言う。こんなに危険で大事な仕事をしてくれるプロジェクトチームが、こんな地味な出発をせねばならないなんて」
「だからね、それはね」
放っておくと夫婦漫才? が始まりそうだったので、斎はコホンと1つ咳をして言う。
「ありがとうございます。おふたりのお心遣いはメンバーの胸に充分届いております。私たちは、ただいつもの仕事をいつも通りこなすだけです。それには、大げさな見送りなどいりません」
すると、その言葉に感激したのか、国王は斎の肩をバンバン叩き、王妃はハンカチを取り出して目元をぬぐう。月羽はそんな両親を見て恥ずかしそうに俯いている。
そのあとメンバーは、1人ずつ国王と王妃の前に進み出て言葉を交わし、移動車に乗り込むためにカフェの外へと出て行った。
最後に残ったのは、月羽だった。
「月羽」
王妃はいとおしげに月羽を抱きしめると、
「しっかりね。ちゃんと食事は取るのよ。睡眠もね、あと、適度な運動も大事よ。それからね、」
「ああ、そもうそれくらいにしなさい。月羽ももう子どもじゃないのだから」
「子どもですよ、あなたは心配じゃないの? 」
「そんなわけはないだろう」
「だったら」
またまた放っておくと、今度は夫婦ゲンカに発展しそうだったので、月羽は2人の間に割って入る。
「お父さんもお母さんも、心配しなくて大丈夫よ。メンバー見たでしょ。女子にはね、星読みのラバラさまっていう、最強の守り神がいるの。だから」
そこまで言って、月羽は両親から離れると、ひざまづいて最敬礼をした。
「国王、王妃。私、新行内 月羽は一致団結、皆と協力して、必ずプロジェクトを成功させて参ります。どうかご心配なく」
その姿に、感無量の国王と王妃。
月羽は立ち上がって姿勢を正すと、もう一度礼をして、きびきびした足取りでカフェをあとにする。
「たくましくなったな」
つぶやく国王に、寄り添いながらニッコリ微笑む王妃だった。
今回のプロジェクトは、移動車、作業車などもあわせると20台を超える大所帯だ。
砂漠にずらっと並ぶそれらは壮観である。ただ、その端の方から変な声が聞こえるのを除いては。
「R-4~。見送りに来てくれたんだ~。優しい~」
そこには、嫌がる? R-4を無理矢理捕まえて、頬をスリスリしている時田の姿があった。横には移動部屋の入り口が、ポッカリと現れている。
「モウ、時田、はなセ。ボクは泰斗に用事があるノ」
言いながら、ボヨンと時田を放り出し、泰斗の方へと行ってしまった。
「ふん、いいもんね。俺はこの出入り口をとことん追求するまでだもんね」
今回もR-4に振られた時田は、移動部屋へときびすを返す。笑いながら彼を出迎えたトニーとともに、出入り口にふれた途端、時田は打って変わって真剣な表情になった。
「泰斗、あノね」
「うん」
こちらでは、R-4が何やら泰斗に説明を始め出す。
女性陣は、ラバラがいきなり始めだしたカードに興味津々だ。
彼女の手の中で踊りだすカードがいっきに空へと舞い上がった。
ポカンとしてそれらを見上げていた彼女たちは、信じられないものを見る。
ヒュウン
と、風が通り過ぎたかと思うと、カツン、とひづめの音がして、一頭の一角獣がそこにいた。その口にはラバラが放ったカードがくわえられている。
ラバラの手には1枚のカードのみ。
手の中のカードを眺めたラバラは、ニンマリと笑って一角獣に近づき、「ありがとよ、見送りに来てくれたのかい」と、首のあたりを優しくなでて、カードを受け取る。
「ラバラさま、旅の行方は? 」
斎が問うと、
「波瀾万丈、そのあと大成功じゃ」
ラバラはそう言って、カラカラと豪快に笑うのだった。
そして。
珍しいことに、このあたりにはほとんど姿を現さない一角獣が、一頭、また一頭と現れ出す。
彼らは、順にういーんと遠吠えのように首を伸ばす。
「おや、あいつらを呼び出すのかい? 」
異界の魔物の血を引くラバラには、彼らの声がかすかに聞こえるようだ。
すると。
サァーーーーー!
と、音がして、どこからともなく金銀の物体が集まってくる。
「…リトルペンタ」
誰かがつぶやくと、そいつらは旅立ちを祝うように、ピカピカと光を放ちながら様々な形を作り出す。
「きれい」
「可愛い」
つぶやく女性陣が見とれているうち、最後にその名の通りペンタグラムを形取った彼らは、きらめきながらどこへともなく消えていった。
「ペンタグラムはクイーンシティの守り。今のは、この旅にご加護あれとリトルペンタがくれた餞別じゃ」
ラバラが言うと、メンバーはキリリとした表情で、空のかなたを見上げるのだった。
「では、プロジェクトチーム、出発します」
斎の乗り込んだ移動車から声がしたかと思うと、それは音もなく浮かび上がる。他のメンバーが乗り込んだ移動車も次々と浮かび上がる。空を飛ばない作業車などは、しずしずと砂漠を進み出した。
最後に浮かび上がり、そのすべてを追い越したハリス隊の移動車を先頭に、プロジェクトチームは旧国境をあとにしたのだった。
「いってらっシャーい」
名残惜しげに手を振っている国王、王妃、研究所の面々とは裏腹に、R-4は一言言うと、そそくさと移動部屋へ帰り、その入り口を閉じた。
〈おまけ・ハリス隊車中〉
「ヒューウ! やあっと出発だぜえい! 宇宙人だろうが地底人だろうが、古代人だろうが何だってきやがれってんだ! 」
操縦席に座る熱くてうるさい男に、鉄拳が飛ぶ。
「相変わらずうるさい。少しは黙れ」
哀れ熱い男はぶっ飛ぶ、…かと思いきや、彼は完璧に移動車を操縦しながらその拳を受けてかわす。
「ふん、副隊長さんってば弱ーい。全然きいてねーよ」
せせら笑う男の頭上で、ピキ、と何かが切れる音がした、ような気がした。
ズガーン!
爆音とともに男は吹っ飛び、操縦席には代わりに副隊長が座っていた。
「おい、お前ら、移動車を壊したら、強制送還だからな」
指揮席からハリスが声をかける。
「了解しました」
冷静に答える副隊長と。
「り、りょーかい~」
壁に激突したままの姿勢で、敬礼する熱い男がいた。
「やだー、ネイルとれてるぅ。ねえーワイアット、お願い~」
「またか。まったくお前は。見せてみろ」
「はーい」
ワイアットと呼ばれた男は、チッと舌打ちしながらも、とれたネイルを見て目つきが変わる。取り出したキットで、電光石火のごとく修復されていくネイル。
彼は何を隠そう、カリスマネイリストの異名を持つ男だ。
「わー、綺麗だねー。僕もしてもらおうかな」
2人の様子をのぞき込みながら、ホワンと笑う癒やし系。
「レヴィ、あんたは顔にしてもらえば? 」
それに答えるクールな声。
「ははは、いーねえ、俺も顔にネイルしよっかな」
「カレブはおしりにでもすれば? 受けるわよ」
「ティビー、相変わらずきっつーい。あ、でも、受けるんなら試してみようかな~」
明るく言う野郎と、ふん! とそっぽを向くレディ。
壁からようやく立ち直った熱いヤツに、濡らしたタオルを差し出す美女。
「大丈夫ですか? はい、これで打ち付けた所を冷やすと良いですよ」
「おおー! 相変わらずパールは優しいねえ」
感激する男に、容赦ない一言が飛ぶ。
「パール、甘やかすとつけあがるわよ、イサックは」
ハリスは、いつものことだな、と、ため息交じりで彼らの様子を眺めるばかり。
彼らこそ、泣く子も黙るクイーンシティ最強の「ハリス隊」のメンバーだ。個性の強いヤツばかりだが、その強さは、…追々明かされることになるだろう。
「なにをしてらっしゃるの? 」
「ううん、パールもおしりにネイルすれば? 」
今にもセクハラしようとするお調子者男が、熱い男の隣にぶっ飛ばされるまで、あと0.5秒。
ハリス隊、本日も絶好調です。
〈ハリス隊メンバー紹介〉
ハリス … 言わずと知れたハリス隊の隊長。強面の外見とは裏腹にけっこう優しい性格をしている。
〈男性陣〉
イサック・シュナイダー … 熱い!
月縞レヴィ … 癒やし系
ワイアット … クール!
カレブ … お調子者~
〈女性陣〉
ゾーイ … ハリス隊副隊長 容赦なし!
ティビー … クール!
東谷 花音 … 天然~
浅海パール … 美しい
明けましておめでとうございます。
新年とともに、プロジェクトチームも旅立ちです。
ここで、「ハリス隊」とひとくくりにされていた隊員たちの正体?
が明らかになりました(笑)
このあとものんびり更新していきますので、
今年もどうぞよろしくお願いいたします。