第4話 準備と顔合わせ
斎が雪乃に説明したように、このプロジェクトチームの面々は、それぞれに大事な仕事を持っている者ばかり。だから今は、自分の仕事に目途をつけるため、皆あちこち奔走している最中だ。
そのため、旧国境付近に建設されていたエネルギー研究所内に、プロジェクト準備室が設置されたあとも、メンバーはなかなか揃いそうになかった。
ただ、元から勤めていた者たち、(月羽もその1人だが、)は、仕事する部屋が変わっただけで、内容そのもそのはほとんど変わりなく毎日を送っていた。
ある1つの出来事を除いては…。
「月羽さーん、またお客様がお見えでーす」
なぜかニヤニヤと来客を取り次ぐ後輩に、ため息を落とす月羽。
「また? もう…」
他の所員もなぜか失笑を隠せない。
このところ、3日に1度はこういうやり取りが続いているのだ。
そしてその原因となっている来客とは。
「お仕事の邪魔をしてすみません。ちょっとこの近くを通ったもので」
なんとそれは丁央だった。
彼はプロジェクトに参加出来ると知ってすぐ、月羽に報告がてら、研究所を訪れて大胆にも皆の前で交際を申し入れたのだった。
「お断りします」
即座に断った月羽に、少し焦りを感じさせながら言う丁央。
「どうしてですか。まさか、いいなずけがいるとか」
「いいえ、いませんわ、そんなもの。だけど、今の私にとっては、プロジェクトが最優先事項なんですの」
「そうですか、さすがですね。だったら、このプロジェクトが終わったあとで交際するかどうか考えるとして、それまでは候補の1人として、常に頭の片隅に置いて下さいませんか」
「え? あの」
「よろしくお願いします」
真面目な表情できちんと頭を下げる丁央を、さすがに無碍にする訳にもいかず、月羽は思わず首を縦に振ってしまったのだった。
だが、丁央は、月羽の顔を見るためだけに来ているのではない。
周りの所員とも、積極的にシステムや研究の話をしてコミュニケーションをはかり、助言を受けたり、時には助言をしたりもする。プロジェクトが始まる前に、出来るだけここの空気になじんでおこうとする姿勢は、所員たちにも高評価で、
「月羽くん、彼は好青年じゃないか」
「そうですよ、先輩。あまり邪険にすると可哀想ですよ」
などと言って、丁央をお勧めする者まで出てくる始末だ。
城を落とすにはまず外堀を埋めよ、かしら。などと思いつつも、彼に会うために受付へと出向いていくと、とたんに周りがぱっと明るくなるような笑顔を向けてくる丁央。それを最近は、なぜかまぶしく感じる月羽だった。
プロジェクトリーダーとして、斎は丁央よりも頻繁に準備室を訪れている。
当然、丁央の話も彼の耳には入っていた。
今日も、ついさっき帰ったばかりだと教えてもらった。
「丁央、いや、小美野が? 」
「丁央くんで良いですよ。今ではうちのヤツらも皆、丁央って呼んでますから」
「そうですか」
斎は、ひょうひょうとして、意識せずに研究所の皆の心をつかんでしまう丁央を思い出しながら、クスクスと笑いだす。
「どうかしましたか? 」
研究員に聞かれて、曖昧に答えをはぐらかすと、彼は色んな事を教えてくれた。
最初は丁央のことを、月羽目当てでやって来るけしからんヤツだと思っていたが、どうもそうではないらしい。子どものように目を輝かせながら、研究所のシステムの話や機械の説明を聞く彼に、その研究員も嬉しくなって話をするうち、彼のファンになってしまったようだ。他のヤツらも何だかそんな感じですよ、と研究員は言う。
丁央には素で人を引きつける才能があるようだ。
もう少し人生経験を積めば、リーダーとなる才覚が一番あるのは彼かもしれない。斎はこのプロジェクトの間に、大きく成長してくれればと願わずにはいられない。もちろん丁央だけでなく、参加するすべてのメンバーに対してだ。
「まあ、あまり皆さんの邪魔をしないようには、言っておきますよ」
と言うと、斎は今日の本題に入るため、所長を呼んでもらった。
「出発までにはまだ時間を要しますが、1度メンバーの顔合わせをしておきたいんですよ。まあ、丁央のような厚かましいヤツもいるんですが」
少し苦笑しながら、斎は所長に話を持ちかける。
「おお、それは良い考えかもしれませんな。私たちのように日頃準備室にいる者は、プロジェクトを身近に感じていますが、その他の方々がどういう思いでおられるのかは気になっていました。ですが、見ず知らずの所には顔を出しにくいのでは、とも考えましたし」
そう言ってしまってから、あ、と思い出したように付け加える。
「まあ、丁央くんはちょっと例外ですかな」
「そうですね」
微笑みながら、顔を見合わせる2人。
「ただ、1度で全員が集まるのは、かなり難しいと思いますので、何度か集える日を設けて、ランダムに顔を覚えてもらえれば良いかな、と。ですがそうなると、会場としてのこちらにご負担をおかけするので、了解を取り付けてから、と思いました」
「いや、そこまで考えてくれますか、ありがたい。うちの方は、日にちが決まっていれば大丈夫ですよ」
と、所長は、快く複数回の顔合わせに応じてくれた。
「ありがとうございます。それでは早速なんですが、今、日時を決めさせて頂いてもよろしいですか? 」
「これはこれは。さすがに仕事がお早いですな。わかりました。うちのスケジュールをもう一度確認してきます」
そう言って部屋を出て行った所長だったが、次に入ってきたときには、なんと噂の月羽を伴っていた。
「お待たせしました。ご紹介します、彼女はうちの研究員で、新行内 月羽と言います。この人は研究以外でも優秀でしてな。所員、とくに私の秘書的な役割を、とてもよく果たしてくれています。覚えの悪い年寄りはいつも叱られてばかりです」
カラカラと笑う所長に「叱っていません、確認しているだけです」と、少し顔を赤らめながらあわててこちらにお辞儀をする。
「初めまして、新行内 月羽と申します。プロジェクトの顔あわせの事でお話しがあると伺っています」
てきぱきと言葉を発する月羽に、丁央はこういうしっかりしたお嬢さんがタイプなのかな、と少し微笑ましくなる。
「初めまして。今回プロジェクトリーダーを務めさせて頂きます、多久和 斎です。お時間を取らせてはいけないので、早速始めましょうか」
その後の打ち合わせで、斎はあらためて月羽の秘書能力の高さを垣間見たのだった。
「丁央は皆勤賞だね」
「そりゃあそうですよ。週に1日しか来ちゃいけないなんて、あんまりだー」
「そうだな、今までの半分になっちまったな。ははは」
「笑い事じゃありませんよ」
今日は恒例の集いの日だ。
あれから、研究所側と斎との話し合いにより、3度ほど顔合わせが行われたのだが、どうしても来られなかった者のために、週に1度、集いの日というのを設ける事にした。
曜日も特に決まっておらず、その週ごとにランダムに決められて全員に連絡される。
チームのメンバーはその日なら、何回でも研究所に来て良いことになったのだが、逆に他の日は研究員の負担になるとの理由で、訪問を控えるようにとのことだった。
それを聞いて愕然としたのが約1名。
もちろん丁央だ。
「丁央なら、前みたいにしょっちゅう来ても大丈夫だぜ」
研究所の面々はそう言ってくれるが、やはりそれは出来ない。
「いや、それはやっぱり決定事項だから。俺だけ特別って訳にはいきません」
「そう、だな。そんな真面目さもお前さんの良い所だ。まあ頑張れや」
「ありがとうございます」
ただ、丁央にとってのラッキーは、時間の都合がつけば、その日は一日中研究所にいても良い事だろう。出来るだけ事務的な仕事をその日にまわして、ともすれば丁央はほぼ丸1日研究所にいたりする。
今日もそのつもりだったのだが、今日は同じくそのつもりがあと2名、いや、3名いた。
「君たち、早く帰らないと仕事がたまっちゃうよ」
「なにご丁寧な言い方してるんだ。俺は今日は休みだぜ」
「僕もぼくも。だから一日中いられるんだよねー」
「なんだと! 」
驚いたあとに、「その手があったかー」と、悔しそうにする丁央。
本来の仕事が休みで来ている2人とは、遼太朗と泰斗だ。
ガックリ肩を落とす丁央の肩を持ち上げてなぐさめるのが、言わずと知れたもう1人。
「そーんな常識を見落とすなんて、丁央くんらしくない、どーうしちゃったの」
空間移動の第一人者、R-4の移動部屋大好き、時田だった。
「いや、今度からそうします。でも、時田さんも今日はお休みなんですか? 」
「ああ、俺の場合はたまたまだがな。顔合わせで知り合ったラバラさまの占いによると、今日俺がここへ来れば、天地を揺るがす、すごーい事があるんだそうだ」
「なーに大げさな事を言っておるんじゃ。私はただ方角的にこっちが良いとアドバイスしただけじゃ」
そこへ現れたのが、ラバラだった。
3度の顔合わせに3度とも律儀に出席したラバラは、参加した女子たちの熱いまなざしを浴びて大歓迎されていた。初めての顔合わせのとき、魔法のように出てくるカードを1人1人の顔の前にかざし、ワンポイントアドバイスをする。
「マヒナ、お前は…」
「レイラは…」
「水澄はね」
「うーん、ナオ、」
短い言葉ながら、さりげなく知りたいことがポンポンと飛び出てくるので、女子たちは驚きと喜びを隠しきれないでいる。
だが、
「丁央! 」
「泰斗! 」
「遼太朗! 」
男性陣に対しては、叱咤激励、と言うより厳しい言葉がドンドン飛び出して、泰斗などは少し震え上がっていた。
しかも。
「斎! 」
「ハリス! 」
それは、プロジェクトリーダーだろうが、強面だろうがお構いなし。
特に、大柄なハリスが身を縮めてラバラのアドバイスを素直に聞く姿に、実は皆、心なごんでいたのだった。
その中で、時田は占いよりもカードの現れ方に興味津々で、とんちんかんな質問をする。
「どういう計算をして、どんな装置を使ってカードを移動させているんですか? 」
「はあ? カードはほれ、ここに持っておる。それが1人1人に応じて、自分で出てくるんだよ」
と、短い息を吐いたラバラの手にはもうすでに1枚のカードがあった。
美しい絵柄を見つめていたラバラの瞳が一瞬ゆれる。
「ほう、あんたにはいい相棒がいるね」
「えーと、トニーのことかな」
「そうそう。あんたたちは、また2人で、すぐれたものを作り出すとある」
それを聞いて大喜びした時田だが、すぐに腑に落ちない顔をして首をかしげる。
「また2人? って、トニーとは長いつきあいだけど、一緒に何かを作り出したことはないんだけどな」
「おお、そうか。私ももうガタが来たかね。とにかく良いものが出来るんだ、自信をお持ち」
「アイアイサー! 」
大まじめにへんてこな返事をする時田をひどく気に入ったラバラが「店にもちょくちょく顔を出しな。簡単な事なら占ってやるよ」と誘ったので、時田は生真面目にちょくちょく顔を出しているのだった。
「ところでラバラさまは何しに来たんだい? 」
時田が失礼なことを聞くが、ラバラはてんで気にとめない。
「何か用がなきゃ、来ちゃいけないのかい? 私も今日はお暇なんだよ。……。おや? ははあ、そういうことか」
独り言を言いながら、うんうんと頷くラバラを誰もが不審そうに見たとき、集い部屋に入ってきた人物がいた。思わず丁央が声をかける。
「あれ、加倉さん? お久しぶりです。っていうか、ここへ来るの初めてですよね? 」
それは加倉 雪乃だった。同じ仕事をしている丁央は彼女を知っているが、他の者はたぶん初対面だろう。
「あ、丁央、ホント久しぶり。ごめんなさいね、なかなか仕事の都合がつかなくって、今頃になってやっとここへ来られたの。でも、誰もいなかったらどうしようって、ちょっとドキドキだったのよ。今日はたくさん集まってるみたいだから良かったー」
そう言いながら、他のメンバーにお辞儀をする雪乃。そこで雪乃を知る丁央が、皆に順番に彼女を紹介して行こうとしたのだが。
なぜかラバラが前に進み出て、皆にそうしたように、すっとカードを雪乃の顔のあたりまで持ち上げた。
少し驚く雪乃とカードを交互に見やっていたラバラは、優しく雪乃をハグする。
「え? 」
耳元でラバラが何かささやくと、雪乃は見開いていた目を伏せて、思わずラバラの胸に顔を埋めてしまう。ラバラは優しくその背中をなでていたが、しばらくするとポツンとつぶやいた。
「いい旅になるよ」
言われた雪乃は顔を上げ、小さく微笑みながら頷いたが、その頬には涙のあとがあった。
そこへ、丁央お待ちかねの月羽が入ってくる。
「皆さん、よろしければお昼をご一緒に。あ、加倉 雪乃さんですよね? えっと、どうも初めまして、新行内 月羽、…です」
月羽は昼食の案内をかねて、どうやら初めてここを訪れた雪乃に挨拶に来たようだった。だが、ラバラにもたれかかりながら、泣きはらしたようなあとを頬に残す雪乃の姿に、少し戸惑い気味だ。
そんな月羽にウィンクすると、ラバラは両手に2人の華をたずさえ、
「もうお昼なのかい? 場所は? 食堂? じゃあ行こう。あんたたちの紹介は道々私がしてやるよ」
楽しそうに言いながら、さっさと部屋を出て行く。
慌ててあとを追いかける丁央の肩をぐっと引っ張って、時田が言う。
「おい、あの、ほぼ完璧に八頭身美人は誰だ? 」
「え、ああ、加倉 雪乃さんですよ。俺の先輩で、よくお世話になってます」
「ふーむ、美しい。あんなに整った八頭身を見たのは久々だ」
すると、可笑しそうに2人を追い越しながら泰斗が言う。
「時田さんの美人の基準って、なんか変ですよお」
「そうだな、月羽姫に初めて会ったときも、顔パーツの黄金比率がどうとか言ってたな」
同じく彼らを追い越しながら、遼太朗が言う。
「おい、お前たち。それがわからないなんて、やーっぱまだお前たちはひよっこってことさ」
完全に対象が泰斗たちにうつった時田は、2人の間に割って入って、美人の基準とは、と、熱く語り始める。
ワイワイしながら研究所内の食堂に入っていくと、中では女子特有の黄色い声がこだましていた。
「ラバラさま、ひどーい! 来るんなら言ってくれなくちゃ」
「そうよ、それもなるべく早めに」
「お昼休み返上で来てるんですから」
どこで情報をつかんだのか、マヒナ、レイラ、水澄そしてナオの4人が口をとがらせてラバラに文句を言っていた。
その横では、肩をすくめたトニーが時田に気づいて手を上げる。
そして、ジュリーが泰斗めがけて嬉しそうにやって来たので、泰斗はあわてて逃げだそうとして、大柄な人物が立っているのに目がとまる。
「ハリス! ハリスも来てたんだ」
ジュリーの攻撃をかわすため、ハリスの影に隠れながらも嬉しそうな泰斗。
「ああ、そろそろ砂漠にも慣れておかないとな」
彼の率いるハリス隊は、今日は1日砂漠での訓練だそうだ。
「期せずして、今日は全員揃ったな」
最後に食堂に入ってきたのは、多久和 斎と青葉 朔の2人。
「そうだな、よろしく頼むよ、隊長さん」
ポン、と斎の肩を叩くと、
「よせよ、柄じゃない」
斎は照れて言うが、彼のまなざしには、このチームを率いていくと言うゆるぎない決意がみなぎっているようだった。
少し身体を固くしながらその様子を見ていた雪乃の頭をポンとなでて、「大丈夫だよ」と言いながら、ニイッと笑うラバラに、
「えっなに? ラバラさまおまじない? 私もー」
と頭を差し出すナオと、それに習う他の女性陣。
こちらはジュリーに頭をクシャクシャにされながら、なにか言っている泰斗と、かばうでもなくただあきれて見ているハリスたち。
そこに面白がった時田が加わったので、さすがにハリスが間に入り、もう何が何だかわからない状態になっている。
「あとひと月ほどだな」
「ああ、楽しみだ! 」
騒がしい面々を眺めながら、静かに言う遼太朗に、ワクワクする気持ちを抑えることもなく、楽しそうに答える丁央だった。
彼らの旅が始まるまで、あと少し。




