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第2話 エネルギーと高い壁


 壇上から降りた月羽つきはは、しばらくすると、泰斗たいとの予想通り彼らの所へとかなりの勢いでやって来た。

「泰斗、お久しぶりね。早速だけど貴方の失礼なお友達、紹介していただこうかしら」

 最初は無視するように泰斗にだけ話しかけていたが、後半は視線を丁央に移して彼を睨み付けながら言う。

「あ、…ああ、月羽、久しぶり。あのね、」

 泰斗が真っ青になって言い訳しようとするのを、遮るように声がした。

「初めまして、月羽王女。お目にかかれて光栄です。俺、いや、わたくしは小美野おみの 丁央てぃおと申します」

 言いながら、大げさに腕をまわしてその場にひざまずく丁央。泰斗は「丁央…」とつぶやきながら手で顔を覆う。

 少し気勢をそがれた月羽だったが、どんな状況でも落ち着いているようにと、日々鍛えられているのは伊達ではない。腰を落とした丁央の目の前に、二の腕まである手袋をはめた右手を優雅に差し出して言った。

「こちらこそ、紹介がまだでしたわね。私はクイーンシティ国王第一子、新行内 月羽と申します」

 丁央は基本通り、月羽の差し出した手をとり、その甲に軽く唇をあてる。だが、なぜか手を離そうとせず、そのまま立ち上がって月羽にニッコリ笑いかけた。

「なにかしら? 」

「いや、出来ればずっと手を握っていたいなと思ったので」

「…」

 月羽は、今度は返答につまる。そして、いったいなにを考えているのだ、この男は、と言うようにまじまじと丁央を見返した。

 そんな月羽を満足そうにしばらく眺めたあと、ようやく丁央はゆっくりと手を離し、おもむろに話しだした。


「先ほどは大変失礼しました。ですが、あれはわざとやったことで」

「え? 」

「あんなふうに言われたら、泰斗の友人とおぼしきヤツにきっと何か言いに来られると思いまして」

 そして、もういちど軽く頭を下げた丁央が言う。

「俺をプロジェクトの一員に加えて頂きたいと、じかにお願いしたかったので」

 すると、しばらくして月羽がふっと表情を緩めて言う。

「そうでしたの、だったら睨み付けてごめんなさい。でも、私もただの一員ですから、そんな権限があるわけではないのよ? それにしても…」

 と、微笑みながら、

「そんなに早く決断をして大丈夫なの? 」

 と、聞く月羽に、丁央はくそまじめに言う。

「それはもう。わたくしはクイーンシティのエネルギー問題を解決すべく尽力なさる月羽様にいたく感動し、ぜひともこのプロジェクトに参加させて頂きたいと、ゆるぎない思いでおります」

「まあ、ありがとう…。でも、やはり私の一存で決定できることではありませんから。あ、少しお待ちになってね」

 と言うと、月羽はわざわざ出入り口まで行って、そこに置かれた資料を何部か抱えて帰ってきた。


「これをどうぞ」

 と、丁央と隣にいる泰斗、そして少し離れたところで所在なげにしていた遼太朗りょうたろうにも資料を渡す。

「もしその思いが本物なら、これをよく読んで、きちんと手順を踏んでメンバーに応募して下さい。それが面倒だというような方には、プロジェクトには参加して頂きたくありません」

 今度は丁央が目を見張る。

 彼女は、暗に月羽に興味があってお近づきになりたいからという理由で参加するような輩は、いらないと言っているのだ。

「それでは私はこれで。あ、泰斗、また今度、貴方の研究所に遊びに行ってもいい? 」

「あ、うん、もちろん! いつでも大歓迎だよ。けど、来る前に必ず連絡してね」

「ありがとう。変な言い方だけど、研究所のロボットたちって、とっても癒やされるの」

 そう言って少し照れたように笑ったあと、また丁寧なお辞儀をして、月羽は舞台のある方へと帰って行った。


「ううー、」

 と、丁央が俯いてうなっている。

「どしたの? 」

 泰斗が心配そうに聞く。

 すると、ガバッと顔を上げて嬉しそうに言う丁央。

「やっぱり気に入った。決めたぜ。俺はプロジェクトに入る! 」

「え? 」

「お前、そんなに簡単に言うけれど、今の仕事はどうするんだ? まずはそこからだろう」

 冷静な遼太朗が現実的な助言をする。

 その言葉に、あっと言う顔をした丁央だったが、それであきらめるような丁央ではない。

「そうだな、まずは社長を説得するところからだな。よーし、この資料を読み込んで、絶対にうん、と言わせてみせる! 」

「丁央らしいけど」

「…」

 思わず顔を見合わせる泰斗と遼太朗だった。





「ホントに丁央ってば、どうなることかと思ったよ」

 泰斗が、はあーっと大きなため息をつきながら言う。


 ここは、王宮近くの落ち着いた住宅街にある、泰斗の実家だ。祝賀会のあと、1番近くにある彼の家へ、遼太朗も含めた3人でやって来たのだった。

 学校を卒業したあと、丁央は北地区にある建築設計事務所で、建築の勉強をしながら実践的な仕事もしている。遼太朗は王宮近くにある全寮制の歴史考古学専門学校に入り、こちらも学びながら実質的な仕事をこなしている。

 泰斗は最初、ブレイン地区にあるロボット工学研究所にここから通っていたのだが、研究に没頭したいという理由で、研究所所属の、先輩たちと同じアパートメントへと引っ越したのだった。


 まだ部屋に置かれている、昔使っていたベッドに座ってクッションを抱きしめていた泰斗は、ため息とともに後ろにパタンと倒れ込んだ。

「あんなケンカふっかけるようなことするから、どうしちゃったのかと思ったら、惚れちまったって、おかしいよー。好きならなんていうかこう、もっと優しくしてよー」

「ハハハ、悪いわるい。俺もまさかの一目惚れってやつ? けど、怒らせるつもりはなかったんだぜ。もしお姫様がプロジェクトに参加するんなら、手を上げようと思っただけさ」

「で、丁央はこれからどうするんだ? 上司を説得するのか?」

 遼太朗はわかりきった事だと思ったが、念のため聞いてみた。

「もちろん。説得してプロジェクトメンバーになるさ、決まってるだろ。だから、お前たちも上を説得しろよ」

 と言いつつ、指で銃を作って2人をパンパンと撃つ真似をする。

「ええっ、なんで?!」

 ガバッと起き上がって反論する泰斗と、肩をすくめる遼太朗。

「え、一緒に行かないのか? 楽しそうじゃないか」

「って、理由それだけ? 」

 あきれて言う泰斗に、丁央は今度は真面目な顔で言う。

「いや、違うな。わたくしはクイーンシティのエネルギー問題を解決すべく尽力なさる月羽様にいたく感動し、」

「それってさっき言ってたこと、そのままじゃない」

 泰斗は捨て台詞?のように言うと、またクッションとともに後ろへ倒れ込んだのだった。


 その横では、これも昔泰斗が使っていたという勉強机の椅子に腰掛けていた遼太朗が、泰斗の母親である静流しずるが入れてくれた紅茶を一口飲んで話し出す。

「俺は、プロジェクトに参加してもいいと思う」

 すると、丁央は「さすが遼太朗! 」と、指を鳴らし、泰斗は驚きを隠さずに言う。

「どうしちゃったの、遼太朗。まさか遼太朗も月羽のこと」

「まさか」

「じゃあ、なんで? 」

「これだよ」

 遼太朗は、この部屋へ入るなり、月羽から手渡された資料を熱心に読んでいた。そのなかのひとつのページを開いて泰斗に渡す。

 泰斗が、受け取った資料を見ると、それはクイーンシティの歴史に関わる事だった。

「クイーンシティのまわりの砂漠は、ずっと昔、すべて国だった。それは教科書で習った事があるだろう? 俺たちのように歴史を調べている者は、本来ならその砂漠をほじくり返してでも、周りにあった国の、過去の建造物や暮らしぶりを調べたい。だが、ブラックホールの脅威から、砂漠に出ることは固く禁止されていた。…今までは」

 その言い方に少しひっかかりながらも、泰斗と丁央は、黙って遼太朗の話を聞く。

「さっきのお前のいとこの話と、この資料を見ると、今回のプロジェクトはその禁忌を破るものだ。おそらく、エネルギー不足とそして高い壁の崩壊、それと砂漠へ出ていく危険とを天秤にかけたら、前者の方が勝ったんだろう。だったら、クイーンシティのためにもプロジェクトは進めるべきだ」


 遼太朗の話を最初は嬉しそうに聞いていた丁央も、最後は真剣な顔になっていた。泰斗もうつむき加減で何かを考えているようだ。

「とはいえ、俺の興味はエネルギーよりも、砂漠に覆われた歴史の方に傾いているんだがな。俺にとっては歴史を紐解く絶好のチャンスだから」

 考え込む2人の気持ちをほぐすためか、遼太朗はそんなふうに付け加えた。

 丁央がそれを察してか、また嬉しそうな顔で言う。

「今のお前の話だと、砂漠の中には過去の建造物がわんさと眠っているんだよな。その上、ジャック国の高い技術力! だったら俺も、どうしてもそれを見てみたい」


 残りのひとり、泰斗にとっては、それほど興味深いものはなさそうだが。

 俯く顔を上げながら、ふっと息を吐いて微笑んだ彼が言う。

「わかったよ。僕はみんなの役に立つロボを考えるよ。砂漠で迷子にならないようにとか…。あ、そうだ、砂漠の深いところを透視したり探索できるようなロボとか、それだと―」

 話をするうち何かを思いついたのだろう。急に泰斗は黙り込んで自分の世界に入り込んでしまった。

 丁央と遼太朗の2人はそんな泰斗には慣れっこなので、床に置かれたテーブルに場所を移すと、あらためてプロジェクトメンバーになるための手順を確認しはじめるのだった。




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