第1話 成人祝賀式
18年後。
今日はクイーンシティの祝日だ。
王宮では、18歳の成人を迎える若者たちを招いて、祝福の宴が開かれている。
「よう、皆、揃ってるな」
少し遅れてやって来た男が、集まって話をしている男女に声をかけた。
「丁央! 」
「遅かったじゃないか」
「そうだよ、お偉いさんの、ながーーーーーい話、終わっちゃったよ」
「それはラッキー」
嬉しそうに笑って言うのは、小美野 丁央。
「まったく、お前はやっぱりラッキーボーイだな」
隣で冗談めかして言うのは、刀称 遼太朗だ。
この2人は建築と考古学と言う全く違う分野の専門家だが、中心街で市民の憩いの場として長く歴史を刻んできた王宮の傷みが目立ってきたので、その修復調査のため、今は同じチームで仕事をしている。
「やっぱりって、俺の周りでそんなにラッキーなことあったかなあ」
「あるある、なんなら順次言ってやろうか。えーとだな」
「はは、やめてくれよ。謹んでご辞退致します、だぜ」
「2人とも冗談はそれくらいにしてさ、料理取りに行こうよ、料理! 早く行かないとハリスみたいな大食漢がぜーんぶ食べちゃうよ」
そしてもう1人。ふたりの腕を引っ張って、豪華な料理めがけて進んでいくのは…。
18年前に、R-4から100%戻ってきたと、お墨付き? をもらった、新行内 泰斗だった。
「ハハ、さすがにあの料理を全部平らげるのは、無理なんじゃないか? 」
「いや。泰斗はただ腹が減ってるだけだろ」
2人は苦笑いしながらも、素直に泰斗のなすがままになっていたのだが。
料理が並ぶテーブルの前で、皿をてんこ盛りにしているガタイの良い男たちの集団が目に入ると、丁央が俄然張り切りだした。
「うわ、何だよあいつら! あ、ハリス! くっそお、負けねえぜ」
引っ張っていた泰斗の手を反対に引っ張るように駆けていく。
「わあ、丁央、転んじゃう」
「急げ! 」
「うん! 」
嬉しそうに料理のテーブルへ突進する2人を見ながら、肩をすくめてゆっくりと歩き出す遼太朗。
「まったく子どもだな、2人とも」
そのあと、彼らがついたテーブルだけ目に見えて料理が減っていき、給仕たちが大慌てで追加を何度も持ってくる羽目になった。
会食がようやく落ち着いてきた頃、会場の照明が少し落とされて、祝辞やらスピーチやらが行われたステージに、再びスポットライトが照らされる。
一段高いそこには、うしろにいつの間にかスクリーンがしつらえられていた。その横には、マイクテーブルが置かれている。
そこに、司会者が現れる。
「皆さま、心づくしのお食事はお楽しみ頂けましたでしょうか? お時間が参りましたので、ここで国王陛下よりのご提案をお知らせさせて頂きます」
そこでいったん話を切った司会者は、袖の方に向かって何やら言っていたかと思うと、また会場の方へ向き直って話し始めた。
「失礼しました。誠に恐縮ながら、本日、国王陛下は所用のためご欠席です。代理と致しまして、国王のご長女にして、クイーンシティ周辺砂漠の利用開発にご尽力されている、新行内 月羽様より発表がございます」
シンとしていた会場がザワザワとざわつきだした。
「提案ってなに? 」
「国王陛下、どうしたの、なんで来ないの」
「長女ってさ、たしか私たちより年下だったよね」
「大丈夫かなー」
司会者はコホン、と咳払いを1つ落として「ご静粛に」と、皆を黙らせたあと、おもむろに舞台の袖を指し示して紹介する。
「では、月羽さま、どうぞ」
皆、どんなに可愛いお姫様が登場するのかと半ばワクワクしながら注目する。
「「「!」」」
だが、スポットライトを浴びながら出てきたのは、可愛いと言うよりかなりの美人。年相応なドレスをまとってはいるが、会場に集まる若者を見渡す目は、力にあふれ、とても自分たちより年下とは思えないほどの迫力がある。
彼女は何の迷いもない足取りで、マイクテーブルの前に立つと、優雅な仕草で一礼する。
「皆さま、本日は誠におめでとうございます。私は、クイーンシティ王女、新行内 月羽と申します」
透き通りつつも、会場の隅々にまでよく通る声で話し始めた。
「お前にあんな気の強そうないとこがいたなんて、初めて知ったぜ」
丁央が泰斗の横に来てつぶやいた。
現国王と泰斗の父が兄弟であることは、誰もが知っている事である。
「あれ? そう言えば月羽には会ったことなかったね、丁央も、遼太朗も」
「ああ」
そう言いながら、丁央は何やら楽しそうだ。どうやら泰斗に文句を言っている訳ではないらしい。
「さあて、王女様は、何を提案して下さるんだ? 」
そこで月羽が語った提案というのは。
今より200年ほど昔、各地に現れたブラックホールにより、クイーンシティを取り囲むようにあった国々がすべて飲み込まれ、砂漠と化した。
幸いにしてその難を免れたクイーンシティの人々は、おごることなく努力を重ね、美しい領土と子孫を守りながら生きてきた。
しかし、やはり小さなクイーンシティの領土だけでは、エネルギー資源に限界が見えてきつつある。太陽光も最大限利用してはいるが。
月羽は環境科学を学んできた事もあって、技術者たちと連携を取りながら、クイーンシティの自然環境を保護しつつ、街のまわりを取り囲むように広がっている砂漠を有効に活用出来ないかと、日々研究を続けている。
ただ、エネルギー不足に対応するためには、かなり広範囲にわたっての砂漠調査が必要と思われる。
そしてもう一つの問題。
旧市街のまわりと、旧国境跡には高い壁がそびえている。200年以上前に建築された壁は、やはり老朽化が激しく、取り壊しを勧める声も出てきていた。ただ、これほどの建造物を取り壊すのは惜しいという声もあり、協議をすすめて行くうちに、昔、クイーンよりも高い建築技術を持つ国があったと言う事実が判明する。
それは、ジャック国。
技術力のみならず、強大な力を持っていたその国は、ブラックホールが現れなければクイーンシティもその傘下に入っただろうと言われている。もし砂漠の中に、まだその国の建築物や資料が残っていたとしたら、高い壁の修復も難しいことではないかもしれない。
奇しくも同じ時期にエネルギー問題が浮上したため、王宮では2つの問題を解決するべく、調査プロジェクトを立ち上げることとした。
「このプロジェクトは、長期間を要するものと思われます。その上、200年前後現れていないとは言え、いつまたブラックホールが現れるかもしれない危険も伴います。ですが、それをおしてでも参加したい、と言う方を、現在各方面から募集しています。詳しい資料はお帰りの際にお渡しさせて頂きますので、今日、成人を迎えられた皆さまの若い力も、ぜひクイーンシティの未来のためにお貸し願えれば光栄です。…私からの説明はこれで終わらせて頂きます、ご静聴、ありがとうございました」
スクリーンに映し出される資料や映像を駆使して説明を続けていた月羽は、最後にそう言って、深く頭を下げた。
「月羽さま、どうもありがとうございました」
またあらわれた司会者が、ねぎらいの言葉をかけて、月羽を袖へ誘導しようとしたところ、
「ちょっと、質問させてもらってもいいですか? 」
と、声が上がる。
誰もが声の方へ注目した。
それは、笑顔で高々と手を上げている丁央だった。
司会者は少しあわてて月羽を見るが、彼女は少しも動揺せずに司会者に頷いてみせる。そして、今まで話していたマイクを通して、丁央に声をかけた。
「ご質問をどうぞ」
すると丁央は、上げていた手を下ろして、さっきとは少し違う意味を含んだ笑みを浮かべながら話し出す。
「質問はひとつだけ。貴女もこのプロジェクトに参加するんですか? 」
「え? 」
「いや。長期間でしかも危険を伴う仕事ということは、王女様はどこか別の安全なところで、ああしろこうしろと指図するだけなのかなー、なんて思いましてね」
「な! 」
「ちょっと! 丁央! 」
隣にいた泰斗が、焦って丁央の袖を引っ張るが、彼はそんなことお構いなしでまっすぐ月羽を見つめている。
皮肉っぽい発言をした丁央を初め睨んでいた月羽は、呼吸を整えるように目を閉じたあと、次にその美しい瞳を開いて丁央を正面から見据える。
「ご心配には及びません。この提案には最初から関わっていますので、プロジェクトに同行し、最後まで責任を持って見届けるつもりです。間違っても自分だけが安全圏にいるようなことは致しません」
すると丁央は、ほう、と言うように目を見開いたあと、深々と頭を下げた。
「了解いたしました。失礼な発言、申し訳ありませんでした」
「いいえ」
そう言いながら月羽は、丁央の隣に立っている泰斗を睨み付ける。言外に、あとできっちり説明を聞くわ! と、その目が語っている。
そしてもう一度優雅にお辞儀をすると、月羽は舞台を降りた。
「丁央ー、何言ってくれるんだよぉ。月羽、怒らせるとめちゃくちゃこわいんだからー。きっとこのあと僕ん所へ来てさ、問い詰められるよ、あーどうしよう」
泰斗は丁央の腕をゆさゆさと揺すりながら嘆いている。
「やって来るか、あのお姫様」
「もう、絶対! 」
「良かった」
「え? 」
ニヤリと笑った丁央が、そのあと思いも寄らないセリフを言って、また泰斗を大慌てさせた。
「どうやら惚れちまったみたいだ、俺。あのお姫様に」