第16話 ふたつの星座を抱いて
ペンタグラムとツイン・ダイヤモンドが呼応し合いながらきらめく中、戦闘ロボットが、ザザッと横並びになって砂漠に通り道を作る。そしてさっきバリヤ隊の行く手を阻んでいた乗り物が、今度は彼らを先導するように、国境の方へと進み出した。
向かうのは、最初にジャック国が国を興したその場所だ。
当時、侵略を重ねて国を広げるジャック国がもうすぐそばまで迫っていたが、ダイヤ国は応戦も降伏もするつもりはなかった。そのすぐあとのこと、ブラックホールがジャック国を飲み込み、そのままこちらへ向かっているとの情報が入った。
事実を知ったダイヤ国の者は、他国のくだらない戦争に巻き込まれて滅ぶより、ブラックホールに飲み込まれる方が数段潔いと腹をくくる。だが、なぜかブラックホールはダイヤ国を避けるように通りすぎて行ったのだ。
しかし、砂の被害は甚大で、生き残ったダイヤ国の民は、新天地を求めて、ブラックホールの進んで行った方角とは逆の方に向かうことを決める。そうして移動してきたのが、この地だった。
「それで、元の国には誰もいなかったのですね」
「そうです。砂の被害の他に、想像以上のブラックホールへの恐怖から、一刻も早くあの場所を離れたかったと文献に残っています。不気味なことに、あのブラックホールは、動物だけを選ぶように吸い込んでいくのだとか。それは本当に恐ろしい光景だったとあります」
ジャック国が首都として使っていたこのあたりを、当時の人々は年月をかけて再生し、整備し、小さいながらも平和なこの国を築き上げたのだ。
歓迎されながらダイヤ国に入ったプロジェクトチームは、王宮で国王と謁見し、これまでのいきさつを説明したのだが、なぜか国王はこちらのことを知っているようだった。
「うちにも魔女がおりましてな。あなた方が、と言うより、伝説の血を引かれている方の強い力を、旧ダイヤ国に入られた頃から徐々に感じ始めたようです」
伝説の血を引くとは、おそらくラバラのことだろう。ラバラももちろん何かを感じていたのだろうが、危険を感じた訳でもないので、何も言わなかったのだろう。
「そうだったのですか」
「私たちも、まだ他に残っている民族がいると喜びましたが、ただ、あなた方の目的がわからなかったので最初はあのようなご無礼を、どうか許して下さい」
「いいえ、それはこちらも同じです」
国王は、新ダイヤ国もクイーンシティと同様、他を征服したり従わせたりして国を広げるような意思は毛頭ないとの返事を返してくれた。その上、自分たちに出来ることがあれば、喜んで協力するとも言ってくれたのだ。
ドームバリヤの応用研究、宇宙エネルギーの相互利用、空間移動の技術利用、一角獣の分布範囲、ペンタグラムとツイン・ダイヤモンドの関連性、等々。
2つの国が共同して研究していく事柄は、多岐にわたっている。技術交換は、それぞれの専門家に任せることにして、斎は、ダイヤ国との取り決めや交渉ごとは、月羽に頼むことに決めた。国同士の話し合いは、王族の月羽がするのが適任だろう。それに、ここまで共に旅をしてきた斎は、その度量から、いずれ月羽が王位を継ぐことになるだろうと確信していた。
そして、彼女の隣には、補佐として選ばれた丁央が立っている。
この人選は、月羽自身が決めたことだ。
斎から国同士の交渉ごとを任せたいと打診された月羽は、少し考えてみると言って、しばらくして返事を持ってきた。
「それなら、補佐を1名つけて頂きたいのですが」
「ああ、そうか。じゃあ誰が良いか、考えてみるよ」
「いいえ、もう決まっています。小美野 丁央です」
「え? 」
驚く斎に、いつもの堂々とした様子とは違い、少しうつむき加減で話す月羽。
「彼が、その、いつもふざけたように、私に惚れた、だの、付き合いたい、だの言ってくるのを知ってらっしゃいますよね? 」
「ああ、まあ」
斎が苦笑して答えると、月羽は顔を上げ、まっすぐな瞳をこちらへ向けていう。
「私はこのプロジェクトが無事終わって成人を迎えたら、クイーンシティの王位を継ぎたいと国王に提案するつもりです。けれど、私は生まれたときからそういう中で育っていますが、彼は、丁央は違う。そんな彼がどこまで本気なのか、私と付き合うという事がどういう意味を持つのか、どれほどの責任と圧を背負うのかを、私と行動することで見てもらいたい」
「…」
「もしそれで、逃げてしまうようなら、彼の気持ちはそこまでだったという事でしょう」
ニッコリ笑って月羽は言うが、握りしめた手が少し震えている。丁央の気持ちに応えたいが、王位を継いで国を護っても行きたい。どちらも彼女の本当の気持ちなのだろう。
「どちらも手に入れたいなんて、虫の良い話ですよね」
「いいや、月羽さんの真摯な気持ちは僕から説明するよ。丁央はああ見えて、中身はそんなにチャラチャラしてるわけじゃないし」
「それはよくわかっています! あ…」
力強く答えてから、はっと口に手を当てて月羽は恥ずかしそうにする。
斎は、どんなにメンバーが素晴らしくても、それをまとめるリーダーと言うものが負う責任の大きさや、他にも色んなものが入り交じった事柄があることを、この旅で深く学んだ。
その、まとめる規模が国になるのだ。丁央にとっては、月羽とそれを背負う気があるのか、そこまで月羽と信頼しあえるのか、また重圧に耐えられるか、まさに試されることになるだろう。
「そうだね。丁央の気持ちを測る良い機会だ。いいよ、承認しよう」
「ありがとうございます」
「応援してるよ」
斎の言葉に、おもわず顔をほころばせる月羽だった。
斎から話を聞いた丁央は、はじめ「本当ですか?! 」と大喜びしていたが、ダイヤ国王と話をしている月羽の所へと向かう途中、また以前のように、急にうつむいて立ち止まる。
「どうした丁央? 緊張? …するわけないよな」
斎が苦笑いして言うと、
「いえ、…今回は俺、メチャクャ緊張してます」
「え? 」
よく見ると、身体の横で握りしめたこぶしが心持ち震えているようだ。
珍しいな、と、もう一度違う意味で微笑んだ斎が口を開こうとしたとき、丁央がすっと顔を上げる。
「けど、怖いとかではなくて、なんて言うか、緊張でワクワクするんです」
「は? …ハハ、丁央らしい。そうか、ワクワクするか」
「はい。月羽がそこまで俺を信頼してくれてる事に対する緊張と、国を背負って立つっていうワクワクとが入り交じって」
すると、斎はまた可笑しそうに笑う。
「緊張するところと、ワクワクするところが反対じゃないか? って、まあ人それぞれだよな」
「そうですか? 」
不思議そうに言う丁央の前で、ちょうどたどり着いた部屋のドアをノックする。
この向こうには、丁央にとっての新しい世界が広がっているのだ。振り向いて確認するように頷くと、強い意志を持った瞳で頷き返す丁央。これから未来を担っていく若いふたりに、あらためてエールを送りたいと願いながら、斎はドアを開いた。
何度か行われた話し合いは順調に進んだ。結果的には、どの分野も研究に時間を要するため、今回のプロジェクトチームはいったん帰国し、また新たな専門チームを組んで協力し合うことになった。
ダイヤ国王は、賢く機転の利く月羽と、いつの間にか警戒心を解かせて人を引きつけてしまう丁央、このまだうら若いふたりをいたく気に入り、いつか必ず来てくれるようにと約束を取り付けるほどだった。
そんな頃。
移動部屋で医療ちゃんが精密検査をとりおこなったあと、ダイヤ国の病院に搬送された泰斗が目を覚ます。だが、彼は不思議なことに移動部屋でのことをほとんど覚えていなかった。
「R-4は!? 」
起きるなりそう聞いた泰斗に、ジュリーが答えてやる。
「お前が機能を回復させたんじゃないか。覚えてないのか? 」
「え、そう、なの? あのときジュリー先輩に怒られて正気を取り戻して。けどそのあとはもうR-4を直さなくちゃって必死になって、混乱して…、気がついたらここだった」
「そうか、じゃああのときのあれは、火事場の馬鹿力って奴だったのかなあ。泰斗くん、それはそれはすごかったんたからぁ。ジュリー、感激しちゃった~」
「また、ジュリー先輩。そうやってふざけるんですから」
ジュリーは不思議に思ったが、あまりにも根を詰めすぎた泰斗が、現実と幻覚を混同したのだろうと、あのとき泰斗が言った言葉の意味を深く追求するでもなく、また冗談を飛ばしてあきれられるのだった。
そのR-4はというと。
「R-4、もう大丈夫だから、いい加減その護衛ロボちゃん解放してあげてよ」
「いやダ、また撃たれたラ、どーシテくれるの」
あれから急に用心深くなったR-4は、ロボットチームの水澄やナオが何度言っても、常に護衛ロボットを、2体も! 連れて歩くようになってしまった。
「だーかーらー。戦闘ロボットは水澄先輩と手分けして、あのときみたいに特定の周波数に反応しなくしたんだから」
「泰斗がしてナイから、信用できなイ」
「あ、ひどーい! 」
追いかけるナオから、護衛ロボとともに逃げていくR-4。
「もう。あーあ、こうなったら早く泰斗先輩に帰ってきてもらわなくちゃ。護衛ロボットちゃんたちが可哀想」
「そうね。ジュリーの話だともうすぐ退院だってことだけど」
「じゃあ、お見舞いに行って、確認してきましょうよ」
すると、とっくに逃げたと思っていたR-4がそそくさとやって来て、平然と言った。
「ボクも、行きまース」
病院で泰斗が、「2人が調整したのなら大丈夫だよ」と言った途端、R-4が護衛ロボを解放したのは言うまでもなかった。
帰国の前日、ダイヤ国王が催してくれた送別と再会を約束した宴は、夜半まで続いていた。
時田とトニーのコンビは、空間移動というダイヤ国にはない技術の説明に心血を注ぎ、こちらの若い技術者を心酔させている。
歴史班はこちらの考古学者とともに、自分たちの国はむろんのこと、大国ながら謎の多いジャック国の歴史を共同で調査することを約束した。
エネルギー班は星々のエネルギーに関して、ダイヤ国の技術者たちとの会話に余念がない。
そんな中、雪乃が、風に当たろうとバルコニーへ出てくる。
「どうしたの? 」
もちろん、そこに斎の姿を見つけたからだが。
「いや、皆の熱気に酔ったかな。少し暑くて」
「あら、お酒じゃなくて? 」
微笑んで言う雪乃に斎が手を差し伸べる。
「ああ、そんなに飲んでないよ、…おいで」
「…」
そばへ来た雪乃の腰に手を回すと、雪乃が斎の肩に頭を預けてもたれかかる。
帰国が決まったあと、斎は雪乃にプロポーズした。ただ、そのセリフというのが。
「僕を、君の所で雇ってくれないかな。期限無しで」
「え? 」
驚く雪乃に、珍しくいたずらっぽい顔で付け加える。
「ついでに雪乃の部屋に居候させてもらえると、ありがたいんだけど」
「あら、そっちは期限はあるの? 」
「もちろん、無期限で」
雪乃は可笑しそうに笑いつつも、頷いた。
「仕方ないわね、じゃあ、永久就職ってことで採用させて頂くわ。うーん、お部屋の方も、仕方ないわね」
「どっちも、仕方ない、ですか。でも、ありがとう。それから、外部には、僕の名前は伏せてくれれば良いから」
雪乃が別れた理由を知ってしまった斎はそう言ったのだが。
「どうして? 多久和 斎を雇っておきながら、その名前を伏せるなんてあり得ないわ」
「でも」
「貴方のネームバリュー、どんどん利用させて頂くわ。心配かけてごめんなさい、でももう大丈夫。だって貴方の素晴らしさを1番知ってるのは、私だもの」
そう言って、わだかまりない笑顔を向けた雪乃に、斎も微笑みを帰して言う。
「ありがとう、雪乃。でも、僕も雪乃の素晴らしさを1番知ってるよ…」
2人の瞳が揺れて、影が重なり合う。
運悪く部屋の奥にいたハリス隊のカレブ、ティビー、花音と、ロボチームの水澄、ナオの5人は、今度こそ2人の邪魔をしてはならないと、息を潜めて固まっていたのだった。カレブが心の中で叫ぶ。
(何でいつもこんなに間が悪いんだよー! )
宴のざわめきが天に吸い込まれていく。
いつの間にかバルコニーに出てきた歴史班の朔、ロボット班のジュリーが、斎と雪乃の隣に立って星空を見上げた。
「プロジェクトも、もう終わりだな」
「なーんか、長かったようで短かったようで」
「まだ、帰国の途が残ってるよ」
「家に帰るまでが遠足ですかー? 」
茶化して言うジュリーの言葉に、思わず3人の顔がほころぶ。
「チームリーダーを引き受けてくれたこと、感謝してる。どうもありがとう」
「いーえ」
「全員のおかげだよ」
「そう、誰が欠けても成り立たなかったわ。あ…」
雪乃が天空を指さす。
ペンタグラム星座からは金銀が、そしてツイン・ダイヤモンド星座からはプラチナブルーが、細い尾を引いて流れ星のように飛びだしたかと思うと、空で融合して花火のようにはじけ出す。
いくつも、いくつも。
宴に華を添えるように、彼らを祝福するように。
美しく輝くそれは、そこにいた者の胸に深く刻み込まれていった。
〈エピローグ〉
旧ダイヤ国近く。
傾いた見張り台の見える砂漠に、移動部屋の出入り口がポッカリと空いている。
R-4が、退院した泰斗のお祝いと称して、丁央、遼太朗の2人も誘ってやって来たのだ。
「それにしても、何でこんなとこ? 」
見張り台しかない砂漠に連れてこられた丁央が、怪訝そうに聞く。
「ボク、ここが好きナノ」
「ええー? R-4の趣味、おかしいだろ。なあ? 」
丁央があとの2人に同意を求める。
「まあ、いいんじゃないか」
「そうだよ! 皆で来れば、どこでも楽しいよ」
クールな遼太朗と、いつものんびりの泰斗と。
肩をすくめながら、ま、俺たちらしいか、と妙に納得する丁央だった。
「ああー、無事にプロジェクトも果たせそうだよね。良かった~。けどまだこれから色々することは山積みだけどね」
うーんと伸びをしながら泰斗が言う。
「そうだ! 俺は帰ったら王宮教育とやらが待っているらしい、あー、めんどくさい」
隣でこちらもうーんと伸びをして、丁央が言う。
「じゃあ、やめるか? 」
「いや! やめない! 」
はは、と笑って、珍しく遼太朗も気持ちよさそうに伸びをした。
「ウン、皆、ヨクやった。でもね、デモネ。今回、R-4たちモ、よく頑張ったヨ。R-4えらい? ほめてホメテー」
いつになくわがままを言うR-4。泰斗は振り返ると、笑ってリクエストに応えてやる。
「あはは、わかったよ。R-4、えらーい! 」
ぽんぽん、とR-4の頭をなでて言うと、珍しくR-4は黙り込んでしまった。
「どしたの? 」
泰斗が不思議そうに聞くと、R-4がぽつりと言った。
「やっと、ここデ、ホメテもらえた…」
「? 」
するとなぜか、いつもは部屋から出ようとしない分析ちゃんと医療ちゃんが外へ降りてきて、ガタガタしながら泰斗たちに頭を差しだす。
「え? なになに? 君たちもほめてほしいの? 」
「ほほーう、そんな良い役、泰斗だけに任せておけるか! 」
「丁央は相変わらず、負けず嫌いだな」
三人三様だったが、やがて3人とも満面の笑顔になって、彼らの頭をなでまくる。
「もうみーんなまとめてほめてあげる。みんなホントにえらい! えらーい! 」
「ワーイ」
「★☆★」
「☆★☆」
はしゃぐ3人と3台の声は、こだまとなって彼らの世界に響き渡っていった。
ペンタグラムとツイン・ダイヤモンド。
2つの星座を守りに持つ国は、これから手を取り合って平和を築いていくことだろう。
次元を超えてやり直した歴史は、成功を収め、また新たな未来へと続いていく…。
了
バリヤ7 終了いたしました~。
ここまでお読み頂き、どうもありがとうございました。
バリヤの6と7は続いた物語になっています。
いちどは絶滅してしまった世界が、永遠? の命をもつR-4たちの奮闘で、また続いていくというお話しです。どういうわけか、ふと、バリヤの未来を書いてみたくなって。なんとか無事に収まってくれました。
また色々物語を紡いでいきたいと思いますので、お暇なときは、遊びに来てやって下さいませ。




