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生誕

こちらの作品は、のんびり更新させていただきます。

申し訳ございません。

天井の天燐(てんりん)が、(こうこう)々と輝く中、1人の少年が地面に(うずくま)っていた。


「グ・・・・・・グガァアアアアアアアアアアア!!!!」


絶叫する少年。


目を見開き、苦悶の表情を浮かべ、口からは大量に涎を垂れ流している。


苦しそうに胸へ爪を立てると、服が破れる事も(いと)わずに、力いっぱい掻き毟る。


鮮血が流れ、両手を真っ赤に染め上げると、震える身体を揺らして地面へと頭を叩き突ける。


額を割り、自身を、地面を痛めつけると、スッと動きを止めた。


「ボクは・・・・・・・・・・」


まるで正気に戻ったかのように、虚空を見詰める。


次の瞬間。


あれほど流れていた血液が消え、瞬く間に裂傷が回復すると、後に残ったのは破れた衣服だけとなった。


「ボクはいったい・・・・なんなんだ・・・・・・」


自身の存在が信じられないかのように、両手を震わせガタガタとその身を揺らす。


そこへ・・・・・


「ギャォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」


大絶叫。


天燐の光を浴びながら、通路の奥から化物が現れた。


体躯5mを越える大きさの、四足歩行のオオトカゲ。


口端から炎を奔らせ、地響きを立てながら少年へと向かって一直線で駆けて来る。


だが、少年は動かない。


オオトカゲが大口を開けて、少年を一飲みにしようとしたその時、少年は姿を消した。


まるで霧のようになって・・・・


獲物が眼前から消失され、慌ててオオトカゲが周囲を見回すと、少年は現れた。


オオトカゲの真上に。


「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」


右手を腰に構え、大声で気合を入れて打ち放たれる。


空中からの攻撃に、オオトカゲは阿鼻叫喚としながら、脳天を打ち抜かれて絶命した。


吹き出る鮮血。


少年の身体を返り血で汚し、あたかもシャワーでも浴びているかのように、(せんせん)々と血潮を浴びせ続けた。


事切れたオオトカゲ。


少年は冷ややかに見詰めていた。


自身を襲った化物。


他者の命を奪った手。


少年には感情が浮かんでこなかった。


悲しくも、辛くも、喜びも、悲しみも、何もなかった。


「ボクは・・・なんでこんなところに居るんだ・・・・・」


天を仰ぐ少年。


天井からは、天燐(てんりん)が妖しく輝いていた。












ウベル族。


神々に愛された大地『ファーラン大陸』の西部で、羊やヤギなどを放牧して暮らす、遊牧民の一族だ。


真紅(しんく)の月』と言われる、月が赤く染まる日に、ウベル族では赤ん坊が生まれた。


真っ白な透き通った綺麗な髪に、青い瞳を宿した子供。


その子の名前はエストと名付けられた。


女性ばかりのこの一族。


待ち焦がれていた、待望の男子だった。


「やったわ!男の子よ!!」


「セルナ!!よく頑張ったわ!!」


「ええ。リナ。本当によかった・・・・」


口々に喜びの声を上げる女性達。


まるで我が子の様にエストは歓迎された。


そして、エストはすくすくと育った。


「ほらエスト、これが勇王ライオネル様よ」


「こっちは堅牢王イシャル様よ」


「レイラ母さん!モリア母さん!!すごくカッコイイ人だね!!」


英雄譚。


男の子が1度は憧れる、英雄のお話だ。


朝早く起き、一日中羊やヤギのお世話をするエストにとって、就寝前に母達が読み聞かせてくれるおとぎ話が、何よりの娯楽だった。


「ボクもいつか英雄に成れるかな?」


「ええ、成れるわ」


「そうね。エストは賢い子だから成れるかもしれないわね」


頭を撫でる母達に、エストは嬉しそうに目を細めた。


「ボク、英雄になるよ!母さん達を守るんだ!!」


「そう・・・嬉しいわ。エスト」


「ありがとうね。エスト」


胸に抱くエストへ向けて、母達は微笑みかけた。


ずっとこんな幸せな日が続くと信じて。


多くの母親に見守られ、まるで神の加護でも授かったかのように、エストは健康的で精悍(せいかん)な少年へと成長した。


だが、彼が14歳となった時、ウベル一族に凶事が起きる。


原因不明の奇病が蔓延し、エストは多くの母親を亡くした。


「エスト・・・あなただけでも生きて・・・・」


実母セルナはそう言って、エストに指輪を手渡した。


真っ赤な宝石が1つ付いた、不気味な指輪を。


「い、いやだよ!セルナ母さん!!」


「エスト・・・お願い・・・・どうか、どうか生き延びて・・・・」


縋り付くエストに、実母セルナはそう言い残し、静かに息を引き取った。


「セル・・ナ・・・母・・・さん・・・・・・う・・・うわぁあああああああああああああああ!!!!」


泣き崩れるエスト。


非情にも、意識は突然そこで途絶えた。











次にエストが目を覚ましたのは、薄暗い室内だった。


幾重にも築かれた石壁に、硬い石畳。


エストはその上で眠っていた。


(ボクは・・・・なんでこんなところに・・・・・)


体を起こし周囲を見回すが、自分以外に誰も居なかった。


いや、何も無かった。


天井は妖しく煌き、室内を煌々と照らしている。


(どこだろう、ここ・・・・セルナ母さんはどこに・・・・)


息絶えた母を捜すエストだが、母の姿はどこにもない。


力無くフラフラと立ち上がると、まるで誰かに呼び寄せられるように、小部屋の外へと歩き出した。


砂埃が舞う薄汚れた通路。


自身が暮らしていた、緑豊かな大地とは大違いだった。


(セルナ母さん・・・・・)


求める人はもういない。


エストにはそれはわかっている。


だが、求めずにはいられなかった。


そこへ・・・・


「グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」


雄叫びが聞こえた。


通路を響かせる程の咆哮が、エストの鼓膜を強く震わせる。


あまりの大声に、エストは両手で耳を塞いだ。


(なんだ!?いったいなんなんだ!?)


驚いて周囲を警戒するエストだが、そこで2つの黄色い光に気が付いた。


明滅する光。


通路の奥から地響きを鳴らして、その光は近づいてきた。


「な・・・・なっ!?」


天井の明かりが、その姿を照らしだす。


体躯3mほどの大柄な人の姿に、頭部は牛の仮面を着けていた。


いや、着けていたのではない。


牛だったのだ。


「ば、ばけもの!?」


エストは慌ててその身を(ひるがえ)すと、全速力で小部屋へと走った。


後方からものすごい振動が、エストの身体へと伝わってくる。


間違いなく牛人は、エストを追いかけて来ている。


「た、たすけて・・・・セルナ母さん!!!」


亡き母を呼ぶエストだが、無情にもその声は届かない。


母はもう、いないのだから。


やがて小部屋へと辿り着くエスト。


牛人は小部屋の入り口で立ち止まると、口角を吊り上げ嬉しそうに舌なめずりをした。


(こ・・・殺される)


小部屋の隅でガタガタとその身を震わせる。


牛人は1歩1歩着実にエストへと向かって歩いていた。


「か、母さん・・・・母さん・・・・・・母さん・・・・・・」


尚も母に縋るエストに、牛人は右手を振り上げ、拳を叩き付けた。


「ドンッ!!」


衝撃音。


エストの身体を壁へめり込ませ、石壁ごと粉砕したのだ。


胸を、腹を見事に捕らえ、口から(おびただ)しい量の鮮血を吐き出す。


「ゴハッ・・・・グ・・・・ゴポッ」


息も出来ない程の衝撃。


全身がバラバラになったのではないかと錯覚さえした。


(ボク・・・死ぬ・・・・・)


内臓を押し潰され、肋骨や背骨もへし折れた。


めり込んだ石壁のおかげで、かろうじて立っている状態。


「グゥウウウウウ・・・・」


牛人は低い呻り声を上げると、拳を引き抜き、止めとばかりに再度右手を振り上げた。


(ああ・・・母さん・・・・今・・・・行くよ・・・・)


走馬灯が頭を過ぎる。


多くの母と過ごし、幸せだった記憶。


天蓋(てんがい)を畳み、羊やヤギとエサを求めて移り住んだ記憶。


キライだった勉強や、つまみ食いして怒られた記憶。


寝る前の唯一の娯楽であったおとぎ話。


(面白かったな・・・あの英雄譚(はなし)・・・・)


その時、母の顔が思い出された。


奇病に犯され、全身に斑点を作り痩せこけた母達の顔。


「もう、絵本読んであげられないね・・・・」


「幸せだったよ・・・・ありがとうエスト」


「こんな私を、母さんって呼んでくれて・・・・ありがとう」


自分勝手で仕事もいい加減なのに、エストには甘々な母レイラ。


実直で、何事も一生懸命で、エストが苦手な勉強をずっと教え続けてくれた母モリア。


男勝りな性格で、料理が一番上手だった母リナ。


そして・・・・


「エスト・・・お願い・・・・どうか、どうか生き延びて・・・・」


それが、誰よりも優しく、エストをずっと愛し続けた実母セルナの、最後の言葉だった。


(母さん・・・・・・・母さん・・・・・・・・・・・母さん!!!)


全身を血が駆け巡った。


熱い、とても熱い血が。


次の瞬間。


「ドゴンッ!!!」


石壁は粉砕された。


牛人の巨大な拳によって。


パラパラと崩れる石壁。


砂煙が舞い、牛人の視界を遮ると、牛人は崩れ落ちた。


頭部を失って。


やがて、砂煙が徐々に晴れると、天井の明かりが映し出したのは、物言わぬ牛人を見下ろすエストの姿だった。


顔や右手を真っ赤に染めて、ゴミ屑でも見るかのように、ジッと牛人を見詰めていた。


「ボクは・・・・いったい何をしたんだ・・・・・」


震える身体。


ヘタリとその場に座り込んだ。


小部屋には自分1人。


事切れた牛人を屠ったのは、間違い無く自分。


打ち付けられ傷付いていた身体。


確かに怪我を負っていたはずなのに、今は見る影も無く回復している。


「なんだよこれ・・・・・ボクはなんなんだよ!!!う・・・・うわぁああああああああ!!!!!!」


エストの叫びが、小部屋に響き渡る。


誰も聞く者が居ない小部屋に・・・・


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