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コバルト投稿作

魔王も阿呆もかわらない

作者: 雨咲まどか

 我輩は魔王だ。全ての魔のものを統べる唯一無二の存在であり、人々から畏怖されてきた。

 指先で巨岩を砕き、腕をなぎ払えば風圧で森一つ吹き飛ばし、息を吐けば街は焼け野原。人間が祭り上げる無能とは違う、絶対的な君主。

 その我輩が、あんな小汚い小娘一人に、このような。


 額から垂れてきた水が目に入った。知らぬ間に雨が降りだしていたようだ。魔王ともあろう者が、雨にうたれて濡れ鼠か。あまりの屈辱に、笑いが込み上げる。

 あの小娘はどうやら時空間魔術を行ったらしい。ここがどこなのか皆目検討も付かぬ。

 にょきにょきとそこかしろに意味のわからぬ建造物が生えているし、魔族はおろか魔力も瘴気の類も、何一つ感知できぬ。どこか遠く離れた場所の、遠く離れた時代へ飛ばされたのだ。封印などよりもよほど性質が悪い。人間にこのような魔術を使える者がいたとはな。


 油断していたのだ。あんな小娘、一瞬で殺せた。

 考える程に笑いが止まらぬ。

 我輩は当ても無く歩く事にした。まずはより現状を把握する他無い。いっそ全て破壊してやろうか。





 彼を初めて見かけたのは、ある雨の日でした。公園に置かれた象を模した滑り台の横で彼は銅像のように立っておりました。偉人と見紛う風格です。むしろ偉人なのでは?


 黒ずくめで長細い男性が傘も差さずに立ち尽くす姿はなんとも言えず琴線を震わせ、いじらしくすらありました。僭越ながら、殿方にこの様な気持ちを抱くのは生まれて初めてです。


 私は傘を差し出すか否か悩みに悩み、その陰鬱かつ哀愁の漂う横顔を眺めながら何度もステップを踏み鳴らしました。


「あの、この傘、良かったら……」


 頬を赤らめ傘を渡そうとする私の手は震えています。彼は一瞬驚いた顔をしてから、不器用にはにかみ、私の手にその大きな手を添えます。


「ありがとう可憐なお嬢さん。結婚しましょう」


 いや、そんな、結婚だなんて、私たち今会ったばかりなのに早すぎますよお。


――このような妄想を五十通り程繰り返しつつ、私はじりじりと彼との距離を詰めていきました。この間二十七分。彼はとうにずぶ濡れです。


 その時でした。ふいに低い笑い声が聞こえてきたのです。押し殺すようだった声は次第に大きくなり、とうとう高笑いへ。声の主は紛れもありません、彼です。地の底から這い出てくるような笑い声は、公園全体に響き渡りました。

 ひとしきり笑うと、彼は覚束ない足取りで歩き出しました。私は慌てて後を追います。無論、彼に気づかれないように。


 彼の行き先は不可解でありました。きっと目的がないのでしょう。黙々と歩き、時に立ち止まり、時に座り、時に寝転び、早くも二度日付が変わりました。雨はとうに止み、水を吸って重そうだった漆黒のマントも乾いて風になびきます。

 歩き回った末に彼が辿り着いた場所は高層ビルの屋上でした。私は音を立てぬよう細心の注意を払い、地上を見下ろす彼の背中を見つめます。

 これは断じてストーカーなどではありません。人助けの精神に基づいた、もっと高尚なものです。現に、彼がもしも何か助けを求めればいつでも手を貸す準備は万端です。もしも彼が空腹を訴えれば、実にさりげなく懐のパン(何日前の物かは忘れましたが)を差し出しますし、体調不良を訴えればすぐさま病院へ運びます。


「どんとこいです」


――あ。


 しまった、声に出してしまいました。

 目にも止まらぬ速さで彼が振り返ります。彼の切れ長の目が私を捉えました。眼光鋭い三白眼は、紫色をしておりました。


「我輩に何か用か」


 その威圧感に思わず首を横に振りかけた私ですが、この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかないと思いとどまりました。言い換えれば彼のほうから私に話しかけてきてくれたのです。

 私はもじもじと上目遣いに彼を見ました。


「お名前を教えてください」


 彼の動きが止まりました。やはり馴れ馴れしかったでしょうか。


「……名など無い。我輩は〝まおう〟だ」


 私は首を捻りました。





 辿り着いた高い建物の上で、元の時代の面影すらない世界を見下ろしていると、背後で声がした。

 なんだこの女は。全く気配を感じなかった。腐っても魔王である我輩の警戒を掻い潜るなど、只者ではない。

 睨み付けるが、女は何故か頬を赤らめ、名前を教えてくれとのたまった。気を逸らすためか?

 距離を詰めるが、女は間抜けな面で我輩を見つめるだけである。

 途端に馬鹿らしくなった。


「名など無い。我輩は魔王だ」


 女は首を傾げる。我輩と対峙してこの様な態度を取る者には初めてであった。やはり気を抜かぬべきか。


「……えっと、じゃあ、魔王さんとお呼びすれば?」


 いや、やはりただの阿呆だ。


 


 

 まおうさんは(お返事が無かったので勝手ですがこう呼ぶ事にします)なんともいえない表情を浮かべると、私に背を向けてまた柵の方へ戻ってしまいました。その大きな背中には悲壮感が漂います。


 私はごく自然に、さも今来たかのような雰囲気を醸し出してその横に並びました。仕切りなおしです。

 横から僅かに視線を感じたので、髪をかき上げてみたり、意味ありげにため息を吐いてみました。陰のある素敵な女性を演出です。


「おい」


 あ、とうとう彼が声を掛けてくれました。大人な女性作戦が功を奏したのでありましょう。


「――あら、まおうさん、奇遇ですね」


 目を丸くしてから微笑みかけます。こうして意図的に運命とは作る事が出来るのです。先日読んだ恋愛指南書に書かれておりました。

 まおうさんの紫の瞳に戸惑いが浮かびました。なんて可愛らしい人でしょう。


「……何故なにゆえまだいる」


「……そんなの野暮って奴ですよ」


 私は顔を赤くして柵のほうを向きそっと俯きました。遠くの地面に車が走っています。使われる事が減ったとはいえ、まだまだ健在です。おじいさんは古い車が好きだったなあ、と私はなんとなく思い出しました。


「あ、そうだまおうさん。お腹減っていませんか? パン食べますか?」


 懐からアンパンを取り出して言いましたが、まおうさんは興味なさそうにすぐ目を逸らしてしまいました。


「いらぬ。貴様が食えばいいだろう」


「食べませんよう」


 私は誰にも食べられずにいるアンパンの今後を想い、そっと目元を拭いました。涙は出ませんが。

 しばしの沈黙ののち、まおうさんがまた口を開きました。


「おい、あほ。まおうとは何か本当に知っているのか」


 あほとは私の事でしょうか。早速あだ名を付けられてしまいました。

 私はくすくす笑いました。


「何を言っておられるのです。まおうとは貴方の事でしょう。ご自分で名乗られたではありませんか」


「……そうではなくて……、まおうがどういう存在なのか知っているか」


 私はまた首を捻りました。どういう存在って――。


「ああ! カッコいいですよ!」


「……もういい」


 まおうさんはなぜか拗ねてしまいました。せっかく褒めたのに、気難しいお人です。




 

 阿呆は、予想以上に阿呆のようだった。こいつから情報を聞き出すのは無理がある。

三日間に渡りこの世界を見てきた結果として、我輩が出した結論はここが遠い未来であるというものである。我輩がいなくなり魔族が絶滅した後だと考えれば、ここに魔族の気配が無いのも納得できる。

 瞼を下ろし、形だけだろうが慕ってくれていた部下を脳裏に浮かべた。


「絶滅、か」


 我輩が守ってきたものは、ここまで脆いものだったのか。

 目を開くと、鼻先にあほ面があった。思わず後ずさる。至近距離にいたというのに、全く気が付かなかった。

 阿呆はにへらと笑った。


「絶滅、とは何の事ですか?」


 我輩は緊張を解かぬまま咳払いを一つした。


「貴様には関係の無い事だ」


「そんな、こうなったら私たち、運命共同体ですよ!」


 どうなったというのか。

 阿呆は我輩に近づいてくると腕を掴んだ。なんたる不覚。


「離せ」


「お話してくれたらお離します。あ、今の駄洒落じゃないですよ?」


「知るか、殺すぞ」


 腕を掴む力はそのままに、阿呆は目を瞬かせた。元々丸い目がもっと丸っこくなって、あほ面が悪化している。――と思うと、次はゆっくりと細められた。


「貴方が殺してくれるなんて、嬉しいです」


 あまりに嬉々として言うから、顔を顰めてしまった。少し力を入れて振り払うと阿呆は簡単に吹っ飛んだ。なんだ、弱いではないか。何故このような弱い生き物に、我輩が動揺させられなくてはならぬのだ。


 さっさと立ち去ろうと、倒れこんでいる阿呆に背を向けて歩き出した。どうせ行き先は無いが。

 二歩ほど足を進めたところでマントを引っ張られ立ち止まる。顧みるとやはりあほ面があった。


「何の真似だ」


「死にませんでした……」


 阿呆は眉尻を下げて申し訳なそうに声を小さくした。

 こいつ、阿呆にも程がある。


「もういい、わかった。話すから離せ」


「ふふ、まおうさん駄洒落ですか?」


「黙れ」


 声を低くすると、阿呆は両手で自分の口を塞いだ。

 柵に凭れて腰を下ろす。すると阿呆は口を押さえたまま我輩の前に座った。


「いいか阿呆。魔王とは魔族の王を指す。しかし今、この世界に魔族は居ないだろう。つまり絶滅したのだ」


 真剣な表情で聴いていた阿呆だが、案の定首を横に倒した。

 我輩は何度目になるか知らぬ溜息を吐いた。


「阿呆が。――仕方ない、最初から話そう」


 阿呆は背筋を伸ばして大きく頷いた。


「我輩は、恐らくこの時代よりも遥か昔に生まれた。そしてすぐに魔王となった。魔王となった我輩は瘴気の穴を守護する事を最重要事項に挙げていた。瘴気の穴とは瘴気が発生する穴の事だ。瘴気は魔族の力の根源であるが故に、我輩は瘴気の穴の上に魔王城を建てた。しかし、城内に人間が侵入してきたのだ」


 魔王城へ人間共が無謀にも乗り込んでくる事は以前より稀にあった。それ故今回も、魔王討伐を掲げた馬鹿共が侵入してきたとの部下の報告に別段驚きもしなかった。

 大抵は部下のどれかにやられて、王座まで辿り着かないのだが、今回は二人も我輩の前へ姿を現した。


「非力な人間など、我輩の敵ではない。……が、一人の女がふざけた呪文を唱えたのだ。それで我輩は数千年後であろうここへ飛ばされた」


「はあ、つまり魔王さんは負けたと」


「黙れ」


 しまった、と阿呆はまた口を押さえた。

 我輩は雲だらけの空を見やった。生ぬるい風が頬を撫でる。

空だけを見ていれば、何もかわらないというのに。


「――我輩がいなくなって、人間は穴を塞いだのだろう。瘴気が受容出来なくなった魔族は絶滅だ」


 強い魔族は瘴気が無くとも生きながらえただろうが、どちらにせよ弱体化は免れない。

 阿呆に視線をやると、掌の下で口をもごもごさせながらじっと我輩を見ていた。頬が潰れて不細工極まりない。何故我輩は、こんなのに話をしたのであろう。


「……喋っていい」


「ぷはっ! あ、えと、私、難しい事はよくわからないのですが、どうして人間は魔族を絶滅させたのですか?」


「は?」


 どうしてなどと、決まっているではないか。

 我輩は眉を顰めるが、阿呆はやはり阿呆な顔で、我輩の答えを待っている。

 空を意味のわからないものがいくつも飛んでいる。ああ、なんだか、馬鹿馬鹿しい。


「――知らん」





 まおうさんのお話は、理解しがたいものでありました。ですが、良妻とは夫の足りないところを補うのも勤め。これから、少しずつわかっていけばよいのです。そうだ、まおうさん観察絵日記でもつけましょうか。偶然ですが絵は得意です。


 話を終えたまおうさんの顔を見つめていると、「喋っていい」と許しをくれました。なぜ私の言いたい事がわかったのでしょう。以心伝心でしょうか。まおうさんはすごいです。


「どうして人間はまぞくをぜつめつさせたのですか?」


 唇の自由を取り戻した私が訊ねると、まおうさんは一瞬間だけ目を見張って、それから眉を顰めました。少し不思議ですが、私は人に怪訝そうにされるのは慣れっこです。


「知らん」


 目線をそっと空に滑らせてから、まおうさんはやっと口を開きました。その青い唇はほんの僅かに、けれども確かに、微笑の形に歪んでおりました。どきどきと、胸が高鳴ります。


「まおうさんでもご存じない事があるのですね」


「……むしろ知らない事ばかりだ」


「では私と同じですねえ」


 まおうさんに倣って、私も空を見上げました。雲が灰色をしています。けれど大丈夫です。今度は迷わず傘を貸し――あれ、私、傘どこにやりましたっけ。

 ながーい沈黙の後で、まおうさんは「そうだな」と呟きました。


「情けないだろう。我輩は、なにも知らないのだ。目的が霧散して、如何様に過ごせばよいのかわからぬのだ。魔族が絶滅した世界で、なにが魔王だ。もう守るものもない」


 まおうさんはくつくつと喉の奥で笑いました。


「元より、支配だの征服だの滅亡だの、人間共が噂していたような願望は無かった。この世界には我輩の存在意義は無い。どうすればいいか、なにをすればいいのか、わからぬのだ」


 私は、ぼんやりと歩き回っては立ち尽くしていたまおうさんの姿を思い出しました。世界には人も物も溢れているのに、まおうさんはずっと独りぼっちでした。


「では、私と同じですねえ」


 奇しくも、先ほどと一字一句違わないことを言ってしまいました。しかしながら、まおうさんの反応は異なっていました。


「何故同じなのだ」


 私は目をぱちぱちさせました。


「だって、おじいさんが死んでしまいましたから、私の存在意義はもうどこにも無いのです」


 今度はまおうさんが目をぱちぱちさせました。





 阿呆の言っている事は、理解しがたい。今だってそうだ。確かにこいつは阿呆だが、存在意義がないとは如何様か。


「おじいさんとやらが死んだのと貴様になんの関係があるのだ」


「私はおじいさんの孫になるために作られましたから、死んでしまえばすることがありません」


 当然と言わんばかりの阿呆に、我輩の眉間の皺は深くなるばかりだ。

 孫になるために作られた? 何の話だ。


「順を追って話せ」


「え、えっと、順を追って……。あ、えと、おじいさんには身寄りがなくて、余生の思い出にお孫さんが欲しくなったそうで、私を注文したのです。それから、十二年と五十八日の間一緒に過ごしたのですが、おじいさんは亡くなってしまって。私には持ち主がいなくなってしまったのです」


 頭を掻く阿呆だが、ふと動きを止めて「ああ!」と叫んだ。


「み、見逃してくださいね! 回収所には連れて行かないで下さい!」


「……回収所?」


「持ち主がいない人型のロボットは、回収所で処分か初期化されるって決まりじゃありませんか!」


 は? ろぼっと? 

 さっきから、作られただの注文しただの、持ち主だの処分だの、まるで己を物の様に――物?


 我輩は阿呆の肩を掴んで引き寄せた。「きゃあ、まおうさん大胆」などと喚いているが、無視した。阿呆の体は不自然なまでに硬い。匂いが無い。内臓が機能していない。鼓動の音がしない。代わりに無機質な音が聞こえてくる。


「貴様は、なんだ」





 まおうさんに抱き寄せられてしまいました。出会ってまだ三日なのに、手が早い事です。ロボットと人(まおうさんは人間ではなくまおうらしいですが)との禁断の恋です。なんたるロマンス。何を隠そう、私は少女のロボットで、その上「可愛い孫」という注文を反映された思春期設定の身の上でありますから、大好物です。ずいぶんと昔に使い古されたネタではあるらしいですが、それだけ人気があったということは、それだけ魅力的であったということでしょう。


「貴様はなんだ」


 まおうさんの低い声が私の耳元でしました。

 なんだ、とはなんでしょうか。

 もしかしてまおうさん、ロボットを知らないのでしょうか。


「ロボットですよう。……ロボットとは、人が作った機械です。機械に色々な役割を与えているのですよ」


「――ならば貴様は、人間ではないのか」


「はい」


 まおうさんはなんだか複雑な顔をして、黙り込んでしまいました。寡黙な人は嫌いではないですが、折角ならば会話を楽しみたいというのが乙女心というもの。

 ほっそりした頬を指先で突いてみたら、振り払われました。手首から先が飛んでいってしまいます。長くメンテナンスをしていませんでしたから、仕方ありません。

 まおうさんの腕から抜け出すのは勿体無い事ではありますが、その低い体温を記憶してから手首を拾いに行きました。弾みで外れただけですから、嵌めて回せば元に戻ります。


 まおうさんの元へ戻り、さっきの位置に入り込もうとしましたが、彼の腕は頑なに開きません。


「あれ、ちょっと、まおうさん?」


「――だから、殺されたかったのか?」


 私は質問の意図を汲み取りきれずにしばし悩んでしまいましたが、勘で答える事にしました。ロボットの勘は、勘でありながらも統計に基づいておりますから、よく当たります。きっと。


「はい! えっと、まおうさんが『殺す』って言ってくださって、本当に嬉しかったのです。私は、『死にたい』のです。処分でも、初期化でも、壊れるのでも、止まるのでもなくて、死にたいのです」


 思えば、まおうさんと出会ったのは、自殺しにいく途中でした。恋愛をするような設定はされていなかったような気もしますが、成長機能が充実していましたからそのせいでしょう。それから、目的を失ってのエラーでもあると思います。


 近年、ロボットの自殺は増加の一途を辿っています。ついこの間までは、なぜそのような事をするのだろう、役目が終わったなら、初期化をされ新たなる人生、もといロボ生を送るのが最も幸せな道なのでは? と考えていたのに、今では自殺するロボットの気持ちがよくわかるのです。ロボットが「気持ち」なんて、ばからしいでしょうか。でも、「気持ち」を作ったのは、人間です。


「何故そのように思うのだ」


 私は、頭を抱えてうーんと唸りました。なにゆえ、なにゆえでありましょうか。





 死にたいのだ、と笑う阿呆に、我輩はどこか腹立たしさを感じていた。

 認めがたいが、我輩もそうだからだろう。死にたかったのだ。

 散々熟考した阿呆は、我輩がもうこいつをほって立ち去ろうと痺れを切らした頃、ようやく面を上げた。


「――ロボットだから、でしょうか」


 我輩は盛大に嘆息した。阿呆は「だ、だめですか」とあたふたしている。

 なんだ、長々と考えた割りにくだらない。馬鹿らしい。阿呆な上に馬鹿だとは、救いようが無い。


「我輩からすれば、人間もロボットもかわらん」


 吐き捨てるように言うと、阿呆はころころと笑った。おめでたい脳を持ち合わせているようだが、こいつは疲れないのだろうか。ああ、機械なのだったか。

 阿呆は立ち上がり、したり顔で我輩の顔を覗きこんだ。


「私からすれば、魔王も人間もかわりません」


 雲の切れ間から日が差して阿呆のあほ面を照らした。

 そうか、ならば、魔王もロボットもかわらないやもしれぬ。





 ほんのり明るくなった空の下で、まおうさんは目を細めました。まおうさんはカッコいいですが、笑うととっても可愛らしいです。

 私はまおうさんの手を取りました。手袋越しですが、とても大きいのがわかります。


「では、行きましょうか」


 まおうさんはきょとんとしました。あれ、私、変な事言いました?


「どこへ行くのだ」


 その問いに私はぎくりとしました。


「ど、どこか決まっていないといけませんか?」


 まおうさんは私の言葉に、声を上げて笑います。私は、なぜ笑っているのかわからないやら、まおうさんの笑顔が眩しいやらで、ショートしそうです。

 やっと笑い止んだまおうさんは、私の手を少しだけ握り返して腰を上げました。


「いや、どこだってよかったな」


 私の手を引いて歩き出すまおうさんの横に並びます。

 こうして隣を歩けば、ひょっとして私たち、お似合いかもしれません。だって結局のところ、まおうさんも私も、さしてかわりがないのです。



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[一言] 初めまして。 作品を読ませていただきました。 読みやすく、すいすい引っ張られていく文章でした。 また、魔王と少女の関係性も楽しくて、ちょっぴり切なくて、でも、この先の幸せを願いたくなる二人…
[良い点] はじめましていつつつと申します。今回の短編では宮一宇名義でもう一歩におります。 まずは最終選考おめでとうございました!感想を書かせて頂きますね。 まず文章が大変リズミカルで読みやすいで…
2013/12/01 16:51 退会済み
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