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悪魔の法律

作者: 麦ちよこ

 僕はもう駄目だ。地位も金も名誉も、全て全て奪われた。何より家族を殺された。一体何を糧に生きれば良いんだ。奪い返すのも巻き返すのも、最低相手に報復するにも何も元手がありはしない。何でも良い。何でも良いから何かをどうにかする力が欲しい。

 悲嘆にくれた僕の前には暗闇しかない。その暗闇が一瞬揺れる。気のせいか。何もないところ何かが生まれるはずなんてない。そう思ったとき再び暗闇は大きく揺れた。


「力が欲しいか。欲しいのならばくれてやる」


 暗闇から突如として現れた男の声。手を伸ばせばその声の主に触れられる。いつの間にここにいたんだ。僕一人しかいないはずだろう。


「俺は悪魔だ。お前の力の渇望を感じ来てやったのだ。わかるだろう?死後、魂を渡すのであればお前の願いを聞いてやろうではないか」


 夢でも見ているのであろうか。非現実的ではあるが、今は悪魔に魂を売るくらい安いものだ。どうせこの命、後は時間の問題なだけであるし。魂が死んだ後どこに行くかなど大したことはない。


「僕の魂をあなたに捧げよう。だからどうか、どうか全てを取り戻し、全てに復讐し、今生に安息が欲しい。」

「その願い聞き入れた」


 悪魔が僕の左手を掴む。瞬間激しい動悸に苛まれ、掴まれている部分が燃えるように熱かった。


「契約は成された。」

「ちょっとまったぁぁぁぁぁ!!」


 女性の声がした。悪魔とは別の声の主。ここには僕だけしかいなかったはずなのにいつのまに3人になったのだろう。


「ケイオス、あんた何やってんの」

「見てのとおり人間と魂の契約」

「馬鹿じゃないの!!人間との契約は禁止されたでしょうが!!」

「俺は納得していない!!」

「あんたが納得するかなんて問題じゃないの!!法律なの!」


 ケイオスと言われた悪魔と女性が言い争いを始めた。シリアスに契約したばかりなのに、僕は置いてけぼりである。話をまとめると彼女も悪魔で、悪魔が守る悪魔法律というものがあって、悪魔法律の改正がつい最近あって、それでは人間と契約することを禁じていて、ケイオスは法律違反を犯したことで罵倒されていて、ケイオスからしたらそんな法律クソくらえと。


「あのぉ」

「はいっ。何でしょう?」


 勇気を出して悪魔の争いの中に入ってみる。意外と女性は人当たりの良い雰囲気だ。悪魔だけれど。


「お話を聞く限り、契約をしてはいけかったんですよね?それでも、もう成されてしまったといいますか。ケイオスさんは法律違反で逮捕だとして、僕は一体どうなってしまうのでしょうか?」


 せっかく力を貰ったのに一度も使いもせず返したくない。強欲だとは思うが、それだけこっちだって切羽詰っているのだ。希望を見せたくせにそちらの都合でとりあげるとか、法律の説明もされていなかったのだからケイオスに非がある。こちらが一方的に契約破棄を言い渡されるなんてあんまりだ。


「あー。契約不履行するにもこっちが悪いですものね。どうしましょうかね、これ」


 女性の声に困惑を感じる。まぁ、改定されたてらしいし、破った後の事例なんてほとんどないのであろう。


「俺はこのまま契約を遂行する義務がある!!」

「あんたは黙ってて!」

「いいや、古の悪魔のように契約に契約を重ねてご先祖様を超えてやるんだ」

「できないから禁止されたんでしょうが。なんであんたはそんなに馬鹿なの」


 ケイオスは乗り気である。女性はあきれている。ケイオスの先祖がなんか憧れられるような古の悪魔らしいってことだけわかった。意味ないけど。

 とりあえず、暗闇で会話するのに違和感がある。電気をつけよう。ぽちっとな。ああ、ふたりともかなりの麗人です。


「それでどうなるんですか?なにやら法律もあるそうですし、司法の場で説明しにいかねばならないのでしょうか?悪魔の弁護士に心当たりはありませんし、そもそも対価をもっていないのですけれども」

「罰則条項は悪魔側だけですので、証言には呼ばれるでしょうが、あなた自身の裁判も罪状もありません。これは悪魔の法律ですから。ただ、場所が場所でして。人間を証人喚問にお呼びしたことはないのですよね。必要なものだとかスケジュールだとかお知らせしたいのですが、前例がなくてどうにもこうにも」


 ひとまず悪魔に裁かれることはないようです。良かったぁ。いや、そもそも力はどうなるんだろう?ケイオスさんに視線をやる。不貞腐れている。


「役人的な人は逮捕しに来ないのですか?」

「あっ、申し送れました。私、悪魔警察のベラドンナと申します」

「えらく彼と、ケイオスさんとはフレンドリーですね」


 警察だとは思わなかったよ。フレンドリーっていうかお母さんっていうか。とにかく叱ってるというレベルで警察だとは気づかなかった。


「ええ、ケイオスとは幼馴染なんです。昔からちょっと思慮に欠けるというか。ご先祖様を超えてやる、が口癖でして。しょっちゅう契約に出てはいたんですが、断られたり、逆に騙されたり。最近の人間は賢いですからね。改定前からこのおばかに契約は重いのですよ」

「聞いてくれベラ!今日の契約はまともだったんだぞ!ちゃんと断られなかったし、騙されてもいない!余計なことを説明せずに古の悪魔を真似たんだ。成功したんだ!これで魂さえ貰えれば完璧だろう!」

「だーかーらー、法律で禁止になったから魂はもらえません。そしてあなたは罰金か禁固刑です」

「そんな!!初めてうまくいったんだ。見逃してくれよ。知ってるだろう俺の夢を!!」


 悪魔が夢を語っています。ベラドンナさんに聞かなくてもわかりますよ。あなたの夢は先祖超え。僕だって覚えました。


「兎に角!あんたは逮捕!彼はとりあえず応接室にお招きします。彼のお名前は?」

「きいていない」

「はぁ?」

「だから聞いていないんだってば!」

「名前聞かずに魂貰えるとおもってんのかー!そんなの契約じゃないじゃないっつーのー」


 なんだって?名前は聞かれなかったから答えてはいないが、契約が成されていないって?それは問題だ。何も得られていないのにただで時間を消費して協力しなければならないなんて。こっちは明日生きる金すらないんだぞ。


「契約なされていないのですか?」

「あー、契約印がとりあえずついてはいますから仮契約ってところですね。あなたに力は宿りましたが、こちらはあなたの魂を捕捉する手段が書き込まれていないと」

「じゃあ逮捕されるいわれはないね!失敗しちゃったけど。仮契約の法律なんかないだろ!ザマァミロー!失敗しちゃったけど」


 力があるのなら問題ないです。いや、取り上げられる可能性はあるのか?あとこの短時間でケイオスさんのオバカ加減がわかりました。残念なイケメンです。


「あの、仮契約ってことはいつ契約きられてもおかしくないってことですか?単刀直入に聞きますが、この力は返却しなければならないとか?」

「んーどうなるんでしょう。その辺も、初の逮捕者な物で。いや、逮捕にならないのか。もうそのままでいいんじゃないですかね。逆に本契約をせず、そうして仮契約のままなのであればこの馬鹿は逮捕はされず、でも裁判所から警告は出せるのでこちらとしても助かります」


 ただで力を手に入れた!らしい。助かるといわれたのである意味安心だ。もう僕にはこのあとどうなろうが知ったことではない。悪いね、ケイオスさん。ちょっと揉まれてきてください。


「ああもうそれでいいよ。失敗なんだからベラはもう帰れよ。俺は反省会をする」

「ここで?そんなもん帰ってからにしなさい。あと、中途半端な契約をして巻き込んでごめんなさいって彼に謝罪をしなきゃ駄目でしょう。謝罪をするかしないかで警告の内容も変わりますよ!」

「おまえ…名前なんだっけか。ごめんな?」


 謝罪も中途半端だなぁ。ん?契約が中途半端ってまさかくれた力も中途半端なことはないよな。


「ケイオスさん、確認ですけど僕に与えた力って具体的になんですか?」

「力は力だろう。小指一つで岩をも砕く!お前ら人間頭いいだろう。それで金なり地位なり手に入れればいい。あ、力を使っても骨折とかしたら問題だから体超頑丈。ついでに風邪一つひかない」


 そんなもんいらねぇぇぇぇ。確かに地位や名誉や金は取り返したいし、欲している。でもこちらで考えろって丸投げじゃないか。ケイオス、お前が頭使えよ。ついでにコレが一番重要。家族はどうやって取り戻すんだ?ベラドンナさんが力について罵倒しているが間に割り込ませていただこう。


「ケイオスさん。僕の願いを魂の叫びを聞いたのですよね?僕、家族を取り戻したいってのも願っていたのです」

「え。それって死んでる?」

「ええ。死んでます」

「流石にそれは無理だわぁ。悪魔の管轄じゃねーし」

「その前になんで契約するのに詳細を詰めてないのよ。本当にばか」


 ちゃんと契約内容細かく追求しなかった僕も馬鹿なのですけれどね。それでもこの力はないわー。それでもって全部できるって期待させといて家族はどうにもならないのかー。状況はだいぶというか、かなり良くなっていますが残念です。いや、力の使い勝手がわからなくてこれからどうすればいいのかすら微妙だ。


「とりあえず、力は本当にただの力で、家族には会えないってことでいいですかね?」


 思ったより落胆していたようだ。僕の声がかなり哀しい音になる。


「んー。会いたいか?」

「会えるのであれば」

「もうこの世には連れてこれないぞ?」

「それでも会えるのであれば」

「こらこら、何をしようとしているの。あなたもケイオスのばかにお願い事なんてろくなことにならないからお止めなさい」

「いや、冥府に会いに行けばすむだろう?仮契約になっちゃったけどこいつの絶望は本物だったし、迷惑かけたお詫びとしてちょっくら会いに行かせてやろうかなって」


 会うことが出来るらしい!一緒に生きてはいられないけれど。それはわかっているのだ。僕自身がみんなの葬式も埋葬もしたのだから。それでも死人な家族に会える。家族にもう一度会って謝ったり感謝を伝えたり愛を伝えたりはできるのだ。


「連れて行ってください!!家族に伝えたいことがあるのです!!」

「ああ、もう」

「よしよし、冥府につれていこうぜ」

「だめよ。人間は生死の世界の分別が必要なのよ」

「死ねば会えるのですか?今すぐ死ねばちゃんと再会できるのですか?」

「ほら、行く気だぜ」

「行く気だぜ、じゃないでしょう。自殺教唆よ。だめ。あなたは死んじゃ駄目」

「いやです!!今ここで死ぬので会わせて下さい!」

「だめっ」

「もうさ、間とって生きたまま会いにいくでいいじゃないか」

「だから生きたままは駄目なの!」

「生きたままはだめなのに死んでもだめ。ベラ、わがままだぜ」

「わがままじゃない!両方だめなの。根本の会いに行くというところを止めればすむでしょ!」

「それの中ではどっちが法律違反なんですか?」

「どれも違反じゃなかったよな?」

「暗黙の了解ってのがあるのよ」

「ならベラは口を出せないだろうよ。行こうぜ、えっと、お前名前なんだっけ」


 僕はケイオスに連れられて冥府の門に行く。生きたまま通るわけで門番さんに袖の下を渡す。家にあった鍋に適当な雑草を土と根っこがついたまま入れたものだ。プランターに雑草が生えているみたい。取っ手がついているけれど。何でもここには魂云々問わず生きたものは早々来ないため、生きた観賞物は物凄く高価らしい。真面目そうな門番さんが飛び上がって喜んだ。今度はザリガニでも持ってこよう。そしたらまた入れてくれそうだ。と、いうか悪魔といい冥府の門番といい頭が足りない。これでは人間と契約なり取引なりするのを禁止されるのは当然の結果だろう。悪魔の法律改定をした人は実に英断だったと思う。

 ケイオスさんだけだと要らぬトラブルが舞い込むだろうとベラドンナさんも付いてきてくれた。プランター作戦で既にげんなりしている。

 僕の家族は冥府でのんびり過ごしていた。色々葛藤や覚悟やら後悔をしていたのに拍子抜けした。今回の契約の話だとか門番の話もして、またそのうち会いに来るよと約束した。何もいわなかったけれどこれにはベラドンナさんが渋い顔をしていた。勿論伝えたかったことも伝えている。そして家族は次回のお土産を要求した。このちゃっかりした家族がいなくなったから僕は不幸に転落したのだろうなと思う。そもそも家族が殺されてからあれもこれもとりあげられたのだから。

 行きで道を覚えた僕は後ろに付かずケイオスさんとベラドンナさんの横に並んで歩く。


「なぁ、お前さ、もう帰らないでここに住めばいいんじゃねぇの?」

「だから自殺教唆はだめだってば」

「いや、死ぬ必要ないし。ここで働けば生きてようが死んでようが関係ないだろ?暗黙の了解があっただけで別に法律では生きた人間が冥府や悪魔と関わる仕事をしてはいけません、なんてないんだし。生きてる人間がそのまま悪魔の配偶者として魔界にも住んでるし。まぁ、元人間であってもう悪魔になってるけれど。あ、これいいんじゃね?お前、悪魔になれば?」


 え、悪魔ってなれるの?確かにずっと人間でここに通うよりは問題点が減るだろう。二人はすんなり冥府の門は入れたし。


「またあんたは考えなしに。それは配偶者が悪魔だったからでしょ。別に彼、悪魔と結婚してないじゃないの」

「ベラとすればいいんじゃね?ほら、問題解決」

「ばっかっ!!」


 うん、これはケイオス馬鹿だと思うよ。こんなに君のお母さんみたいにベラドンナは世話を焼いているのに。


「ねぇ、ケイオス。ベラドンナさんはさ、多分僕より君のことが好きだよ」

「ちょっ!!」


 うんうん、図星みたいだね。


「だからさ、僕ではなくてケイオス、君がベラドンナさんに結婚してもらいなよ。絶対幸せになれるから」


 これだけオバカなのにずっと見ているのだ。不注意事故も減って幸せだろう。君には彼女みたいなしっかりした奥さんが必要だ。


「え、俺?確かにベラ以上に親しい女性はいないけれど。うーん、そうだな、今までもずっと一緒にいたし、これからもずっと一緒にいるのはベラだな。うん、ベラ、俺と結婚してくれる?」

「え、え。えっ」


 ケイオスは本当に馬鹿だな!!時と場所を考えろよ!!そして理由は愛してるからとか言えよ!逆にしっかりもののベラドンナさんが慌てているのは可愛らしい。ちょっとケイオスには勿体無い気がしてきたぞ。


「ケイオス、もっとロマンチックな場所で二人きりでやり直すんだ。僕がいたらベラドンナさんもなんて応えていいかわからないだろう。あと、ベタでいいからもっと考えてからプロポーズの言葉はいいなよ」

「おう!なんか色々巻き込んだのにありがとうな!!って、お前の名前なんだっけ」


 先ほどは誤魔化したけれど、ケイオスなら悪いようにはしないだろう。むしろできないだろう。僕はようやく彼に名前を告げた。




 そして僕は、人間のまま悪魔の弁護士になった。悪魔は頭が足りない奴が多すぎる。古の悪魔と違って魔界も人間界も争いのない時代が長すぎたようだ。人間界では騙されがちの僕だけれどこうやって外から見れば学習できた。ケイオスは相変わらずオバカだったので僕は魔界デビューしてすぐから彼の案件で何度も裁判所に通った。おかげさまで仕事は順調に増えたので感謝の気持ちでケイオスの依頼は格安で受けている。たまに多すぎていらっとするけれども。

 たまにといえば人間界でお土産を物色して冥府の家族に貢いでいる。なんだか仲良くなったのでケイオスとベラドンナと通っているうちにおまえもそろそろ悪魔の嫁さんをもらえとせっつかれ始めた。ケイオスは馬鹿だけれども二人はすごく幸せそうだ。

 復讐も何気に終えたし、家族も死んでるけど元気だし、魔界では順調に仕事をしているし、ついでに死んだらそのまま冥府に入らず魔界で弁護士を続けてもいいらしい。どれだけ弁護士不足なんだ。たしかにケイオスのコピーのような悪魔だらけだけれども。そんなわけで、なんとなく僕も婚活というものをしてみようかなと思い始めている。ケイオスが厄介ごとを起こさない限り僕の周りは今日も平和である。

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