思い違いが未来を担う
崇慧が消えてまもなく、晴明の元に数人の人影が近づいていく。
陰陽寮から駆けつけた本物の陰陽師達が現われたのだ。
その中には見知った顔、保憲も含まれており、さっきまでとは違う、本当の安心感が晴明を優しく包み込む。
保憲は庭の中ほどで座り込んでいる晴明を見つけると、歩みを駆け足に変えた。
「晴明!? どうして君がここに? 先刻、ここから鬼気が感じ取れたのだけど……」
「や、保憲様……よかった、僕……僕、怖かったよぉ~」
言いながら保憲にしがみつき、本気で泣き始める。
怖かったというのは鬼のこともあるが、それよりも崇慧の呪詛をかけるぞと言わんばかりの顔が頭から離れず、そちらのほうがもっと怖かったのである。
だが、事情を知らない保憲にしてみれば、晴明が恐怖にかられながらも、ここで鬼を滅したととらえた。
鬼の気配が消える寸前に神通力を感じ、消滅するとともに鬼気も消えた。
現場に来ると鬼に化身しようとしていたであろう女性が倒れており、傍らには自分のよく知る陰陽生がいる。
これらを総合して導き出した結論。
普段は気弱で臆病だと思っていた少年が、鬼を退治した。
自らが出した答えに保憲は軽い衝撃を受け、この陰陽生には天賦の才があると、いままで抱いていた印象が変化した。
そんなことを晴明が気づくはずもなく、差し出された手を受け取り、やっと地面から腰を浮き上がらせた。
「晴明、君にいくつか質問があるのだが、尋ねても?」
「え? あっ、はい……」
何を聞かれるのか想像に容易く、崇慧のことを言わないように乗り切ろうと、小さな決意をする。
「ここに鬼がいたと思うのだが、鬼はどうしたのだね?」
いくつか予想した質問の一つが投げられてきた。
「お、鬼は、あの方から出て行きました」
「そのようだが、どうして彼女から出たのかを聞きたいのだ」
「そ、それは、その……女性が鬼を追い出したというか、鬼が出たというか……」
「私には言えないのかい?」
「い、いえ、そんなことはないのですが……」
崇慧がやったと言えば話は早いのだが、それができないのだから説明が難しい。
ましてや、自分の行いだなんて言えない。
そんなことを言って、次回、妖が出現したときに、退治を任じられたらたまったものではないからだ。
保憲は保憲で、自分がやったと言えない事情でもあるのかと思い描いていた。
悪事を働いたわけでもなし、陰陽生であるからといって、清めを働いてはいけないわけでもなし、もしかして自分に遠慮しているのかと微笑んでみせた。
「晴明、私は誇りに思っているよ」
「え?」
「まだ年端もいかない、陰陽寮に入ったばかりの君が、鬼に変化しようとした女性を助けた。これは素晴らしいことであり、君の才能の片鱗がそうさせたんだ。自信を持つんだ、晴明」
自信を持てと言われても、そんなものを持てるはずがない。
だが、保憲の自分を見る眸を見ていると、自分がやったわけじゃないと、言えなくなってしまい、思わず頷いてしまった。
これが完全に保憲を勘違いさせた。
鬼を退治し、女性を救ったのは晴明。
この話題は、一日を待たずして保憲の口から陰陽寮の隅々に広まり、晴明は注目の的となってしまった。
本人の辞めたいという意思とは裏腹に、未来の陰陽寮を担う逸材として。